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黒の舞姫  作者: 藤宮 蒼
2/19

一章の二

結子は深の手から小箱を受け取り、そっと開ける。中には化粧道具が一式入っていた。


わあ、と結子は声を上げ、そっと中身を確認し紅を見つけた。


「とても綺麗な紅」


「結子ももうつけていい年頃だ。遅いくらいだろう」もう結婚した友人のことを言っているのだろう。


結子が一番仲良かった子は十四で嫁入りし、次の年には男の子を産んでいる。


結子は家屋のそばを離れることを許されていないので会えていないが、手紙では元


気そうに子育てしているようだ。


「ありがとう。深兄様」

「あとこれも」

 深の懐から手渡されたのは菫の花が押し花になっている栞だった。

「兄様、またしばらく会えないの?」

「そうだな。都での仕事だし、なかなか帰ってこられないからな」

しゅんと落ち込む結子に深は意味深なことを呟いて去って行った。


都で会えるよ。結子。


その時は、ただ会えることが素直に嬉しく、本当の意味も知らずただ喜んだ。





 その日の夜。

湯あみを終えた結子は、母の部屋へと向かった。

朝の見たことのない母の顔を見てから嫌な予感がしている。廊下がいつもより冷たく感じた。

「母様。結子です」

部屋の奥からお入りなさいと、母の声が聞こえてくる。結子はそっと襖を開けて中に入った。母の部屋に入るのは久しぶりだった。昔と変わらず書物しかない部屋。とても殺風景で小さい頃の結子は母の部屋に来ても長居はしたことがなかったなと、昔を振り返った。

 「この部屋にくるのは久しぶりでしょう」

母も同じことを考えていたのだなと感じで結子は「はい」と答えた。

「あなたもなんとなく分かっているとは思うけれど、普通の家系ではないのよ」

「はい。朝晩のお勤めで何となく」

そうでしょうねと、呟いて母は結子を見つめた。

「早いものね。あの小さかったあなたがもう十六になろうとしている」

昔を思い返しているのか、母の眼は遠くをみているようだ。

 「結子。あなた自分の身体について変だなと思ったことがあるでしょう」

そう言われて、ふと思ったことを母に聞いてみることにした。

「女性の身体にはほど遠い気がします」

「そう。月のものがきて、乳房も大きくなって赤ちゃんを産む準備をする身体つきになっていくのが普通よ。でもうちの家系は何代目かのときに厄を身体に受けたことで恋をしないと月のものがこないようになってしまった」

「恋?」

「そうよ。ごめんなさいね。この屋敷には男がいないでしょう。昔から妻子のある人を好いてしまったりして、揉めたものよ。一度好いてしまうとその人の子供しか産めないの」

「お父様もそうだったの?」

少しの沈黙のあと。

「そうね。話すわ」

寒いから火桶のそばにおいでと言われて火桶の母のすぐ隣に座った。こんなに近くに座るのも久しぶりだ。

「今までお父さんのこと何も聞かなかったわね」

「亡くなっていると思っていたから。生きているの?」

「生きているわ。今の白亜村の長よ」

結子は声も出ず母を見つめた。何度か会ったことがある。子供のころに。

「私にも分からなかったけれど、いつの間にか好いてしまっていて。もうあの人には奥様もお子さんもいらして、それは揉めたわ。でもうちの家系を絶やしてはいけないからと、あの人にしばらくこの家に通ってもらって、抱いてもらったわ」

急にこんな大人の話しをしてごめんなさいね、と謝る母は寂しそうな顔をした。

「寂しかったわ。あなたを身ごもると、あなたのおばあさんはもう会わなくていいと。あの人を遠ざけた。あの人もあんなに好いてくれている感じだったけれど役目を終えたと感じたのかもうこなかった。どうやら人を好いてしまうと色香が出てその人を惑わせてしまうみたいなのよね」本当は愛されてなかったと思うと切なかった。そう話す母は本当に悲しそうだ。


「あなたにはそういう思いをしてほしくなくて屋敷に男をおかないようにしたの」

結子は、はっとした。

「それで深兄様もこなくなったの?」

そうだったのかと思った瞬間とても深兄様に会いたくなった。胸がぎゅっと締め付けられるような変な感覚に襲われる。会いたい。兄様のあの低い声で名前を呼んでもらいたい。

 急に深兄様のことでいっぱいになった。

「ごめんなさいね。心配しすぎよね。でも結子には幸せになってもらいたくて」

母の気持ちも切なく伝わってきて結子は何も言えなかった。これからが本題よ、と母が先ほどの母親の顔から別人のような顔になる。

「私がたまに都に行っているのには理由があるわ」

都から帰ってくるといつも顔色が優れない。しばらく寝込むこともあった。結子は舞がなにか関係あるの?と聞いた。

「なんとなくわかっていたかしら。そう都に舞を踊りに行くの。でもただの舞じゃない。帝の御子の元服や裳着の儀式の舞よ。帝の御子にはいろいろある。自分の子供を次の帝にしたくて呪詛したりしてね。昔はたくさん亡くなっていたみたい。うちの家系はその呪詛を舞で身体に取り込んで厄を祓うのよ。その呪詛が強ければ強いほど舞を舞ったものは身体が自由にならない。死ぬときもある。私はもう次で身体がもたないかもしれないわ」

 まさか死んだりすることとは思ってもみなかった結子は呆然とした。

「その厄を祓ったとき、今の人を好いてからじゃないと月のものがこない身体になってしまったようなのよね。しかも女の子しか産まれない」と依子は苦笑する。

「・・・いきなり言われてすぐに納得できた?」

「すぐには無理だったわ。でも帝からたくさん援助してもらっているわ。だから頑張れるし、結子がいたから頑張ってこられたわ」

微笑みながら話す母だが、今まで辛いこともたくさんあっただろう。父にも頼ることもできずに。

「来月都に舞を踊りに行くわ。結子も一緒に来なさい。私の踊るのを見て覚えなさい。もう何度も舞っているけれどやはり本番は違うわ」

結子は頷くことしかできなかった。でも昼の深兄様の都で会えると言っていたのはこのことだったのだと確信したのだった。




 ひと月は舞の練習で明け暮れた。

そしてそのひと月の間に結子の身体に変化が表れた。急に体に丸みが出てきて、徐々に乳房が大きくなり月のものが始まったのだ。急な身体の変化についていけなくて月のものが終わるまで寝込んでしまった。二週間も続いた月のものが終わって湯あみのとき自分の身体を見てぎょっとした。たった二週間で結子は完全に女性の身体になっていたのだ。

ふっくらとした真っ赤な唇。乳房は母よりも大きくなっており、先端は桃色になっていた。尻も痩せて小さかったのが、むっちりとしていつでも赤ちゃんが産めそうなくらいだ。

ここしばらく都に行く準備として結子のものを買いに出でいた依子は結子の変化にびっくりし、立ちくらみで風呂場の壁に寄り掛かった。

今まで会った男で、結子が好いたのなら深しかいないと依子は思った。幸い深はまだ結婚していない。だが結子を愛してくれるか。都で聞くしかないと、壁に寄り掛かったまま考えていたら、結子が青ざめて依子を呼んでいた。

「母様これって」

自分の変化に戸惑っている結子を優しく抱きしめた。

「大丈夫。おめでとう結子。好いた人がいるのね?」

依子の腕の中で少し落ち着いてきたのか結子の体の力が抜けたようだ。更に戸惑った様子だったが、小さな声で多分深兄様だと思うと囁いた。




 諦めようと思った。しかし諦めようと思えば思うほど想いは募るばかりで苦しい日々を過ごしていた深は、最後の望みを期待し結子に誕生日の贈り物を持って会いにきた。結子だけに会えるようにこっそり。

 贈り物を貰った結子は、頬を朱に染めて喜んでくれた。少しは期待してもいいだろうか。

いつからだろう。結子を好いていると気が付いたのは。

おそらくもう結子に会うな、と言われてからだろうが、その前から好きだという気持ちはあったのだろう。わからなかっただけだ。 

「深兄様」と呼んで跡をついて歩いてくる結子はとても可愛らしかった。何故会ってはならないのかを調べるのは大変だった。うちと結子の家系は遠い親戚らしく昔のことを誰も話そうとはしなかったのだ。しかし結子の家系と親戚だからと帝から都でのお勤めをしないかと、話しが舞い込んできたときはこれで結子の家系を調べることができると思いすぐに返事をした。都ではすぐに調べることはせずに、まずは帝の信用を得ることから始めた。

ただの文使いから始まり、帝の御子の遊び相手。そして今は帝の囲碁の相手ができるまでになった。五年は長かった。帝の政を学びたいとお願いし、昔の資料を保管している資料庫の出入り許可をもらった。しかし仕事の合間しか資料庫に入ることができなかったのでなかなか結子の家系らしい資料を見付けられなかった。

 資料庫に通いだして三月後ようやく結子の家系の書物を見付けた。まるで隠されているような置き方だった。

 

 「祓い巫女」


 聞いたこともなかった。帝の御子の元服、裳着の儀式のときの厄を祓う巫女と書かれている。舞で御子に憑いている厄を身体に取り込んで祓うと書かれている。家系図は何代にもなっていて結子が一番下になっていた。十五代目からは女児しか産まれていない。

深は十四代目から枝分かれしたように隅っこに名があった。「本当に親族だったのか」と再確認したとともに、こんな何代目かの男児をよく帝の傍においてくれているなと、有り難く思った。十五代目からは好いた人の子しか産めない。女児しか産まれず舞の儀式の準備は全部巫女がすることになったとある。十四代目までは巫女の兄弟が舞の儀式の準備を取り仕切っていたのが途絶えている。この資料を持って帝にお願いすれば結子の舞の手伝いができるかもと、深は次の囲碁の相手の時を見計らって話そうと決めた。そして結子に少しでも自分を好いてもらえるようにと、結子に文を度々出すようにしたのだった。


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