三章の三
行兼は先ほどの男と対峙していた。
我に返ったのか、さっきまで暴れていた人と同じ人には見えない。急に落ち着いて、聞かれたことに淡々と答えている。ある女にずっと恋文を送っていたこと。麗景殿のお傍にいる女らしい。いつも同じ女中に恋文を渡してもらっていたこと。その女中から恋文を渡すことと、会わせてもらうことを条件に今回結子という舞を踊る女を殺してくれと頼まれたと話した。しかし、実際会ったらとても殺す気にはなれず、手籠めでもいいかと考えたと。
確かにあの結子という巫女、依子様に似てとても綺麗だった。先ほどの結子の姿が頭をよぎって頭をがしがしとかいた。あの子は深の想い人だぞ。
今頃深は想いを告げることができただろうか。行兼は更に男を尋問することにする。
その女中の名前が分かればよいが。
「行兼様」
「これは木葉殿。どうされた」
「お茶をお持ちしました。検非違使の方々も一緒にどうぞ」
ふわっとお茶の香りが漂う。
「ありがたい」
みんな喉が渇いていたらしく一息つく。
「何か分かりましたか?」
「うむ。恋を盾に利用されたような感じだな。可哀想だが」
そうなのですかと木葉は牢に入れられている男を見る。
「あれ。この方、何度か茜様とお話ししているのを見たことがあります」
「茜?」どこかで聞いた名だな。行兼ははっとした。
「茜とは麗景殿の女中をしている女ではないか?」
「はい。そうだったと思います」
確か深に付きまとっている女も茜ではなかったか。
夜遅いが、これは麗景殿の女御様に話しを聞きに行きたいところだが。どうしたらいいだろう。
「木葉殿。朗報が聞けた。ありがたい」
「い、いえ。お役に立てたなら幸いです。先ほどはこのものを捕らえるときの行兼様のお姿、とても凛々しかったです」ほんのりと頬を赤らめる木葉を見て、行兼も嬉しくなる。
「いや、検非違使もすぐにきてくれたしな。やはり本業は違うな」
「いえ。行兼様も素敵でした」
「すぐに口説く行兼殿が今晩はどうしました?どう見てもあなたに好意があるようですよ」
仲の良い検非違使がからかってきた。
「木葉殿はまだ幼いゆえな」
「わ、わたしはもう十七になります。幼子ではございません」
木葉の力強い声音に行兼と検非違使も意表を突かれる。
「し、失礼しました。大きな声を出しまして」木葉は誰が見てもわかるくらい落ち込んでしまった。
「いや、木葉殿。こちらこそ見た目だけで決めつけた私にも非がある。申し訳ない。これから麗景殿の女御様に話しを聞きたいと思っていてそちらにばかり頭が働いていたようだ」
「これから女御様に?」
「どうもその茜という女中が怪しいと思ってな」
「女御様でしたらここ数日は皇子様のご様子を心配なさって何人かの女中と交代で起きておられます。行兼様、私の後についてきて下さい。仲の良い樟葉という女中にお伝えすればなんとかなるかと」
「誠か。すまぬがお願いする」急に凛とした木葉を快く思った。




