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はじめての一人旅 〜一人旅は、予期せぬご縁と〜

作者: 紙絵。
掲載日:2026/09/18

一部改変しました。(9.29)

 平日の朝の東京駅。

 足早に歩く人々、混み合う電車に乗り込む人、エスカレーターを急ぎ足で上る人……。

 そんな日常の景色を横目に見ながら、私は人混みから離れた東海道・山陽新幹線のホームへと向かう。新幹線を待つ人の姿は、それほど多くない。

 一人旅はこれが初めてだ。荷物は最小限にして、いつものパンプスではなく、歩きやすいスニーカーを履いている。

 新幹線がホームへと滑り込んできた。

 

(いよいよだ……!)

 

 自分が浮き足立っているのは分かっているけれど、この胸のワクワクはどうしても止められない。

 車内に乗り込み、予約していた二人掛けの窓側の席に腰を下ろす。


「失礼」


 新幹線が走り出し、次の駅でスーツ姿の男性が会釈をして隣に座った。私も軽く会釈を返し、視線を窓の外へと向ける。男性はすぐさまパソコンを開き、忙しなくキーボードを叩き始めた。ポケットの中のスマホも頻繁に震えている。

 

(忙しそうだな……)


「すみません」

 

 なんだか隣の雰囲気に落ち着かなくなった私は、席を立つことにした。男性は少し眉間に皺を寄せ、一度立ち上がって私を通すと、再び忙しそうに仕事へと戻った。

 お手洗いを済ませ、自由席の方をチラッと覗いてみると、意外にも空いていることに気がついた。指定席よりも自由席の方が空いているというのは、時折あることだ。

 私は自由席の後方にある三人掛けの窓側に座り、ほっと息をついた。

 

「ふぅ……」


 忙しなく動いている人の近くにいると、知らず知らずのうちに自分まで疲れてしまう。今日はせっかくの休みだ。思い切り満喫したい。

 

(さっきの席だと気分が休まらないし、この席で過ごそう)


 トンネルを抜けると、外の景色が見えてきた。都会を抜けて、だんだん見たことのない風景になっていく。


(私、旅してるなぁ)


 そんな実感が、じんわりと胸に込み上げてくる。旅行にゆっくり行けるのはいつ振りだろう。


——やがて、岡山駅に到着した。

 

 私は軽い足取りで新幹線を降りた。


「すみません!!」

 

 背後から、引き留めるような声が聞こえる。


「そこのワンピースの方!」


 今日の私の服装はワンピースだ。

 

「……私?」


 振り返ると、指定席で隣に座っていた、あのスーツ姿の男性が急いで走ってくる。

 

「あなたです! これ、忘れてますよ!」

「……あ!!」


 男性が差し出したのは、私の茶色の旅行鞄だった。最初に座っていた指定席に置いたまま、普段持ち慣れない旅行鞄のことを、すっかり忘れていた。


「す、すみません! ありがとうございます!」


 私は自分が恥ずかしく、顔が熱くなるのがわかった。忙しいだろうに、わざわざ持ってきてくれるなんて、とても親切な人である。しかし私は、隣で仕事をされるなんて落ち着かないと席を立ち、挙げ句の果てに迷惑をかけてしまった。

 

(最悪だ……)


「大丈夫ですよ、俺もここで降りる予定だったので。ついでです」


 男性は微笑んでいた。眉間に皺を寄せていた人物とは思えない、柔らかくて優しい表情だった。


「あの、本当にすみませんでした……」

「窓からあなたが見えたので、焦りました。じゃあ」

「はい。ありがとうございました!」


 男性は軽く手を挙げて颯爽と去っていく。私はその背中に向けて、深々と礼をして見送った。


 ◇


「わぁ……!」


 私は旅の目的地、出雲大社へ辿り着いた。

 木々が生い茂る参道には、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。

 心地よい風を感じながら、見上げるほど大きな鳥居をくぐる。その先には歴史を感じさせる、重厚な社殿が見えてくる。

 

(まずは、無事にここまで来られたことへの感謝を伝えて……あとは何をお願いしようかな)


 いざ神様の前で願い事を考え始めると、結局は「健やかに過ごせますように」といったシンプルなところに行き着く。

 参拝を終えたあと、授与所でお守りを眺めてみる。

 

(せっかくだし、記念に買って行こうかな?)


『縁結』『交通安全』『厄除』など沢山ある。迷った末に、私は『縁結』に決めた。人との縁、仕事との縁、場所との縁……。

 

(私も、何か素敵な縁があったらいいなぁ)

 

「いらっしゃいませ」

 

 たくさん歩いたので少し休憩しようと、神社の近くにあるカフェへと入る。とても可愛らしい内装で、女性客で賑わっている。

 温かいコーヒーを飲みながら、何も考えずにぼーっと窓の外を眺める。日常では味わえないこんな時間も、旅だからこそ味わえる贅沢である。


 店を出て、海のある方へと歩く。

 絶好の観光日和だ。しばらく歩くと、海岸が見えてきた。


「ふぅー……」


 開放的な景色に、私は思わず深呼吸する。

 ここは、日本海が望む稲佐の浜。弁天島という、鳥居が立つ大きな岩も見える。

 空と海の青色がどこまでも続いている。

 景色を見つめていると、心が凪いでいくのが分かった。


(思い切って、来てよかった……!)


 最寄りのバス停までぶらぶら歩く。行きは見知らぬ街だった景色が、帰り道には知っている景色に変わる。その感覚が面白い。

 バスはあと五分ほどで来るようだ。バス停には男性が一人並んでいる。そのスーツ姿が、朝の新幹線で出会った男性を思い起こさせた。

 

(まさかあの人……なわけないよね)

 

 少し残念に思っている自分を感じながら、バスへ乗り込む。乗客の数はまばらだ。


 持参していたガイドブックを開き、明日の目的地を確認する。

 島根県立美術館へ行って、それから宍道湖を歩いて……。

 停留所でバスが止まり、新たに数人の乗客が乗り込んできた。


「隣、いいですか?」

「はいっ……」


 ガイドブックに夢中になっていた私は、頭上から降ってきた声に顔を上げた。

 私は一瞬、驚きで体が固まった。

 そこに立っていたのは、あの新幹線でカバンを届けてくれた、スーツ姿の男性だった。


「あ……!」

「奇遇ですね。旅行、楽しんでますか?」


 そんな奇跡みたいなことがあるのか? 私は思わず自分の腕をつねる。……ちゃんと痛いので夢ではないようだ。

 

「は、はい! 出雲大社と稲佐の浜に行ってきました」

「出雲大社も、あの浜も良いですよね。空気が清々しい感じがして……」

「わかります! 私も気持ちいいところだなぁって思いました」

 

 男性は思い出しているのか、遠くを見ている。

 

「……駅までですか?」

「はい」

「「……あの」」


 言葉と視線が重なった。

 バスは駅まで緩やかに走る。私の旅は、まだ始まったばかりだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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