はじめての一人旅 〜一人旅は、予期せぬご縁と〜
一部改変しました。(9.29)
平日の朝の東京駅。
足早に歩く人々、混み合う電車に乗り込む人、エスカレーターを急ぎ足で上る人……。
そんな日常の景色を横目に見ながら、私は人混みから離れた東海道・山陽新幹線のホームへと向かう。新幹線を待つ人の姿は、それほど多くない。
一人旅はこれが初めてだ。荷物は最小限にして、いつものパンプスではなく、歩きやすいスニーカーを履いている。
新幹線がホームへと滑り込んできた。
(いよいよだ……!)
自分が浮き足立っているのは分かっているけれど、この胸のワクワクはどうしても止められない。
車内に乗り込み、予約していた二人掛けの窓側の席に腰を下ろす。
「失礼」
新幹線が走り出し、次の駅でスーツ姿の男性が会釈をして隣に座った。私も軽く会釈を返し、視線を窓の外へと向ける。男性はすぐさまパソコンを開き、忙しなくキーボードを叩き始めた。ポケットの中のスマホも頻繁に震えている。
(忙しそうだな……)
「すみません」
なんだか隣の雰囲気に落ち着かなくなった私は、席を立つことにした。男性は少し眉間に皺を寄せ、一度立ち上がって私を通すと、再び忙しそうに仕事へと戻った。
お手洗いを済ませ、自由席の方をチラッと覗いてみると、意外にも空いていることに気がついた。指定席よりも自由席の方が空いているというのは、時折あることだ。
私は自由席の後方にある三人掛けの窓側に座り、ほっと息をついた。
「ふぅ……」
忙しなく動いている人の近くにいると、知らず知らずのうちに自分まで疲れてしまう。今日はせっかくの休みだ。思い切り満喫したい。
(さっきの席だと気分が休まらないし、この席で過ごそう)
トンネルを抜けると、外の景色が見えてきた。都会を抜けて、だんだん見たことのない風景になっていく。
(私、旅してるなぁ)
そんな実感が、じんわりと胸に込み上げてくる。旅行にゆっくり行けるのはいつ振りだろう。
——やがて、岡山駅に到着した。
私は軽い足取りで新幹線を降りた。
「すみません!!」
背後から、引き留めるような声が聞こえる。
「そこのワンピースの方!」
今日の私の服装はワンピースだ。
「……私?」
振り返ると、指定席で隣に座っていた、あのスーツ姿の男性が急いで走ってくる。
「あなたです! これ、忘れてますよ!」
「……あ!!」
男性が差し出したのは、私の茶色の旅行鞄だった。最初に座っていた指定席に置いたまま、普段持ち慣れない旅行鞄のことを、すっかり忘れていた。
「す、すみません! ありがとうございます!」
私は自分が恥ずかしく、顔が熱くなるのがわかった。忙しいだろうに、わざわざ持ってきてくれるなんて、とても親切な人である。しかし私は、隣で仕事をされるなんて落ち着かないと席を立ち、挙げ句の果てに迷惑をかけてしまった。
(最悪だ……)
「大丈夫ですよ、俺もここで降りる予定だったので。ついでです」
男性は微笑んでいた。眉間に皺を寄せていた人物とは思えない、柔らかくて優しい表情だった。
「あの、本当にすみませんでした……」
「窓からあなたが見えたので、焦りました。じゃあ」
「はい。ありがとうございました!」
男性は軽く手を挙げて颯爽と去っていく。私はその背中に向けて、深々と礼をして見送った。
◇
「わぁ……!」
私は旅の目的地、出雲大社へ辿り着いた。
木々が生い茂る参道には、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。
心地よい風を感じながら、見上げるほど大きな鳥居をくぐる。その先には歴史を感じさせる、重厚な社殿が見えてくる。
(まずは、無事にここまで来られたことへの感謝を伝えて……あとは何をお願いしようかな)
いざ神様の前で願い事を考え始めると、結局は「健やかに過ごせますように」といったシンプルなところに行き着く。
参拝を終えたあと、授与所でお守りを眺めてみる。
(せっかくだし、記念に買って行こうかな?)
『縁結』『交通安全』『厄除』など沢山ある。迷った末に、私は『縁結』に決めた。人との縁、仕事との縁、場所との縁……。
(私も、何か素敵な縁があったらいいなぁ)
「いらっしゃいませ」
たくさん歩いたので少し休憩しようと、神社の近くにあるカフェへと入る。とても可愛らしい内装で、女性客で賑わっている。
温かいコーヒーを飲みながら、何も考えずにぼーっと窓の外を眺める。日常では味わえないこんな時間も、旅だからこそ味わえる贅沢である。
店を出て、海のある方へと歩く。
絶好の観光日和だ。しばらく歩くと、海岸が見えてきた。
「ふぅー……」
開放的な景色に、私は思わず深呼吸する。
ここは、日本海が望む稲佐の浜。弁天島という、鳥居が立つ大きな岩も見える。
空と海の青色がどこまでも続いている。
景色を見つめていると、心が凪いでいくのが分かった。
(思い切って、来てよかった……!)
最寄りのバス停までぶらぶら歩く。行きは見知らぬ街だった景色が、帰り道には知っている景色に変わる。その感覚が面白い。
バスはあと五分ほどで来るようだ。バス停には男性が一人並んでいる。そのスーツ姿が、朝の新幹線で出会った男性を思い起こさせた。
(まさかあの人……なわけないよね)
少し残念に思っている自分を感じながら、バスへ乗り込む。乗客の数はまばらだ。
持参していたガイドブックを開き、明日の目的地を確認する。
島根県立美術館へ行って、それから宍道湖を歩いて……。
停留所でバスが止まり、新たに数人の乗客が乗り込んできた。
「隣、いいですか?」
「はいっ……」
ガイドブックに夢中になっていた私は、頭上から降ってきた声に顔を上げた。
私は一瞬、驚きで体が固まった。
そこに立っていたのは、あの新幹線でカバンを届けてくれた、スーツ姿の男性だった。
「あ……!」
「奇遇ですね。旅行、楽しんでますか?」
そんな奇跡みたいなことがあるのか? 私は思わず自分の腕をつねる。……ちゃんと痛いので夢ではないようだ。
「は、はい! 出雲大社と稲佐の浜に行ってきました」
「出雲大社も、あの浜も良いですよね。空気が清々しい感じがして……」
「わかります! 私も気持ちいいところだなぁって思いました」
男性は思い出しているのか、遠くを見ている。
「……駅までですか?」
「はい」
「「……あの」」
言葉と視線が重なった。
バスは駅まで緩やかに走る。私の旅は、まだ始まったばかりだ。
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