隕石衝突3日前
【残り3日】
とある日の休日、テレビをつけた。
好きな番組を見ていると急にチャンネルが切り替わり、テレビの液晶画面の中で、アナウンサーが張り詰めた声で同じ内容を繰り返している。
「惑星ほどの大きさの隕石があと3日で地球に衝突です!!繰り返しますーー」
どうやら、世界の終わりが来たらしい。
俺はコートを羽織り、いつもの商店街へ向かった。
驚くほど静かだった。どこの店もシャッターを下ろしている。いつもなら、学校帰りの学生がはしゃぎ、食べ歩きを楽しむ人々や、買い物袋を下げた親子連れで賑わう、笑顔の絶えない通りだ。それが今は、まるで何年も前に見捨てられたシャッター街のようだった。歩いている人間なんて、俺くらいしかいない。
そのまま足を延ばして、いつもの公園に向かう。身体を動かすのが趣味の俺にとって、ここは休みの日にランニングや筋トレをし、天気の良い日には芝生で昼寝をする特等席だった。
しかし、広大な公園は見事なまでに貸切状態だった。風で木の葉が擦れ合う音だけが、やけに大きく響く。俺は誰もいない静寂の中で、いつも通り軽く身体を動かした。
帰宅し、冷蔵庫にあるものでいつも通りの飯を作って食べる。味は、いつもと変わらなかった。
【残り2日】
一応、いつものルーティンで仕事に向かった。しかし、会社の自動ドアの前に立つと、一枚の紙切れが貼り付けられていた。
『業務は一昨日を以て終了とします。残りの日数は、どうかそれぞれの人生を生きてください』
社長の直筆らしき丸っこい文字を見て、俺は小さく息を吐いた。「そりゃそうか」と呟き、踵を返す。
見上げるほど高い高層ビルが立ち並ぶコンクリートシティ。いつもなら通勤客でごった返すビジネス街なのに、路上には人っ子一人いない。映画で見たゴーストタウンそのものだった。
家に帰ってもやることがない。暇つぶしに、お気に入りのMMOにログインしてみた。
さすがにサーバー内は閑散としていたが、驚いたことに、いつも広場で見かけるいわゆる「ネトゲ廃人」たちのキャラクターが何人かログインしていた。
チャット欄には淡々とレベル上げの報告が流れている。彼らにとって、隕石が落ちるなんて些細なことなのだろう。文字通り、このデジタル世界に住んでいる彼らのブレなさに、少しだけ救われた気がした。
【残り1日】
今日が、泣いても笑っても最後の1日だ。
俺は静かな自室のベッドに寝転がり、天井をぼーっと見つめていた。「明日、本当に隕石が落ちるんだな……」と頭の中で反芻してみる。不思議と、恐怖はなかった。静かにその時を受け入れている自分がいる。
テレビの電源を入れてみたが、画面には砂嵐が映るだけだった。テレビ局の人間すら、電波を流す仕事を投げ出したらしい。まあ、地球最期の日だしな、と納得する。
ふと思いついて古いラジオのスイッチを回してみると、ザーザーという雑音の奥から、かすかに音楽が流れてきた。どこかの誰かが、最後まで放送を続けている。
その温かい機械音をBGM代わりに聴きながら、何をするでもなく過ごしているうちに、外はとっぷりと暮れて夜になっていた。
冷蔵庫を開ける。残った材料をかき集め、最後の晩餐を作ることにした。
ジュワジュワと小気味いい音を立てて揚がったのは、俺の大好物、天ぷらだ。炊きたてのご飯をどんぶりによそい、タレにくぐらせた天ぷらを豪快にのせて、特製の天丼を完成させる。
サクッとした衣と、甘辛いタレの味。最後の日であることを噛みしめながらも、胃袋が満たされる感覚はいつも通りだった。食べ終えて皿を洗い、いつもの時間に布団に入って目を閉じた。
【隕石衝突当日】
……翌朝。
差し込む太陽の光で、目が覚めた。
「生きてるな」
身体を起こし、まだパチパチと音が鳴り続けているラジオのボリュームを上げた。ノイズ混じりの音声から、信じられないニュースが飛び込んでくる。
『――繰り返します。本日未明、地球に接近していた隕石は、未知の重力干渉または軌道計算の誤差により、予測ルートから大きく外れました。地球への衝突の危険性は完全に消滅しました。繰り返します――』
俺はラジオの前に座り込んだまま、ぽかんと口を開けた。
地球は滅びなかった。最高の天丼も食べてしまった。そして何より……俺は一昨日、仕事を失ったばかりだった。
外からは、恐る恐る窓を開けた近所の人たちの、困惑と歓喜が入り混じった騒がしい声が聞こえ始めていた。
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