追放されたその後に
「先生のお陰で、だいぶ腰が楽になりました。これから収穫の時期でしたんで助かりましたよ」
「そうですか、お役に立ててよかったです。でもムリはダメですからね?」
私がこうして、小さな治療院を一人で切り盛りするようになってから、もう4か月が経った。
患者さんは日に十数人ほどで、食べていくのには充分な収入にはなっている。それに、患者さんから『これ先生にと思いまして』と、毎日診察室に肉だの野菜だのパンだのが差し入れられるので、食べるものには困らない。
何の問題もない日々がここ数ヶ月続いていた。
強いて問題点を挙げるとしたら2つ。
ひとつ、ここが聖女である私の宿敵とされる魔王が治める魔王領であるということ。
ひとつ、患者さんが全員、一人の例外もなく『魔族』と呼ばれる人たちであるということ。
聖女である私が魔王領で魔族の皆さん相手に治療を始めるきっかけになったのは、実にくだらないものだった。
私は勇者様が率いるパーティの回復役、ヒーラーとして勇者様に付き従っていた。
剣と魔法を極めたとされる勇者様。
魔導においては世界的な第一人者であり、絶世の美貌を誇る大賢者。
鉄壁の守備力を誇り、パーティの盾となってくれている聖騎士。
そして、加護と回復を司る『聖女』であるこの私。
4人のパーティは、立ちはだかる強大な魔族たちを打ち倒しながら、魔王の住む魔王城を目指していた。
そんなある日。勇者様と聖騎士が、揃って川で水浴びをしているときのことだった。
私は大賢者のアバズr――じゃなかった、美貌の大賢者にテント裏へ呼び出された。
『ねぇアンタ、いい加減気付かないの?』
あのクソ女――もとい、大賢者は私の襟首を掴んで顔を近づけてきた。
『アンタ邪魔なのよ。私が勇者様と結ばれるのに』
『な、何を言っているんですか!? 私たちは魔王を倒すという、人類にとって重要な任務を――』
『聖女ってホント真面目ちゃんよねぇ。魔王を倒した後に私は勇者様と結ばれるの。戯曲なんかじゃ勇者と結ばれるのは聖女って決まってるみたいだけど、気に入らないじゃない? やっぱり英雄と結ばれるのは美しいこの私じゃなきゃ絵にならないのよ。アンタみたいなパッとしない地味な田舎女じゃダメなのよ』
言い返せなかった。
確かに、私は王都から遠く離れた田舎の出身で、見た目だってこの大賢者と並んだらお世辞にも美人とは言えない。
胸だってこの眼の前の露出狂女――大賢者みたいに、これみよがしに谷間を全開に出来るようなご立派なものじゃない。
女としての魅力を語るなら、私はこの色ボケ大賢者とは勝負にすらならない。
でも、今は女として争うような余裕がある状況じゃないはずだ。
『私は別に勇者様の事はなんとも思ってません! そんなことより、私たちは1日も早く魔王を倒さなきゃいけないんですよ!?』
『その魔王だってどうせ大したことないわよ。城に引きこもってるだけの陰キャなんでしょ。私の極大魔法で一撃よ』
あぁ、また始まった。
この自意識過剰な露出狂は、確かに大賢者と呼ばれるほどの魔法の実力を持っているけれど、それだけに根拠もなく相手を見下してしまうクセが有る。
つい二日前に倒した四天王のひとりと呼ばれる吸血鬼も、さんざん侮った挙句苦戦させられたことをもう忘れたのだろうか。
『強くて美しいこの私に目を奪われる勇者様……そうよ、私だって回復魔法を使えるんだから、そもそもアンタ要らないのよ』
『な、何を言っているんですか! この魔王領に漂う瘴気を防いでいないと、勇者様も聖騎士さんも実力を出せないんですよ!? あなただってそうです!』
『何が瘴気よ。魔王領に入ってから、そんなの感じたこと一度だってないじゃない』
それはそうだ。
私が常時発動型の結界で全員を護っているのだから。
そもそも、回復職が重複するのに聖女である私がパーティに参加しているのは、この瘴気対策のためだ。
その私が『邪魔』だなんて、この女は本当に『叡智の結晶』とまで言われた大賢者なのだろうか。
まさか、『叡智』って『えっち』の間違いじゃないのかと疑うわけじゃないけれど、色ボケで大局を見失っているんじゃないか。
『聖騎士と勇者様を両手に侍らせる絶世の美女で、魔導の頂点である大賢者、それがこの私よ。アンタみたいな田舎女は邪魔なの』
大賢者の手から眩い光が放たれたかと思うと、私の足元に魔法陣が浮かび上がる。
これは――転移魔法の魔法陣!?
『転移魔法って便利よねぇ? 行き先指定しなかったら、ランダムな場所に『追放』出来るんだもの』
『あ、あなた何を!? 自分が何をしようとしてるか、分かってるんですか!?』
『もちろんよ。邪魔者の排除は、恋の成就に必要不可欠だもの。じゃあ、二度と会うこともないと思うけど』
足元の魔法陣がひときわ強い光を放つ。
あの性悪で自意識過剰なアバズレ露出狂クソ大賢者の、あの時の歪んだ笑みは、きっと一生忘れられません。
『心配しないでいいわ、アンタは突然現れたゴブリンメイジの転移魔法にやられた、ってことにしといてあげる。名誉の戦死ね?』
その言葉を聞いた直後、私はこの魔王領の小さな村にいた。
鄙びた農村といった雰囲気で、周囲にはゴブリンやコボルドから、オーガといった上位の魔物が集まっていた。
ああ、私もここまでか。きっと私はこの魔物たちに掴まって、犯されて殺される。そう覚悟を決めたときだった。
長老と思しき老いたオークが、私に歩み寄ってきた。
『お前さん、どっから来なすった? 腹減っとるんじゃないか? 怪我はしとらんようだが、行く宛はあるのかね?』
思いもよらない言葉だった。
私はどうやら『迷い込んできた人間の子供』とでもみなされたのだろう。何故か村の者たちから保護されてしまった。
ある日、私は保護してくれたオーガのひとりが怪我をした現場に出くわした。
私は聖属性の魔法と回復魔法を使うことが出来る。使っても良いか、と話したときは、
『お嬢ちゃん、回復魔法なんて使えるのかい』
と驚かれたものだ。
私にとっても驚きだったのは、魔族である彼らにも、回復魔法が効いたことだ。
人間と同じ魔法が、人間と同じように効いた。
『人間と同じ魔法で回復させられる。人間と同じ赤い血が出る。彼らは姿形が違うだけで、ほかは人間と同じ。私と何が違うんだ』
そう考えるようになるまで、1か月もかからなかった。
私は長老に頼み込んで、治療院を開かせてもらった。保護されるばかりでは居心地が悪かったということもある。
以来、私の治療院はまぁまぁ繁盛している。
「そういや先生、魔王様がついに勇者一行を捕らえたんだってよ」
「はいはい、そんなこと良いですから。この怪我どうしたんですか。ほら、回復魔法をかけますから横になって下さい」
若いコボルド族が何か言った気がするけれど、治療が先だ。
「はい、じゃあちょっと痛みますよ?」
「せ、先生? あの、出来れば優しく――」
「男の子なんだから、少し我慢してください」
治療室に『きゃいん』という悲鳴が響く。
あぁ、今日も治療院は平和そのものだ。
今回も「追放モノ」のショート・ショートです。
「ざまぁ」無しのハッピーエンド追放モノを試してみました。




