鋼鉄の檻と、玻璃(はり)の空
その瞬間、世界から一切の騒音が剥落した。
眼前を奔る大型トラックの暴力的なまでの質量は、私の意識が捉えた瞬間に、美しき静止画へと昇華されていた。排気ガスの燻りも、濡れたアスファルトの匂いも、すべては絶対零度の静寂の中に凍りつく。
私は、自らの肉体がひしゃげる音を待った。しかし、訪れたのは破壊ではなく、底知れぬ「透明」への没入であった。
意識が回帰した場所は、石造りの冷徹な回廊であった。
天を仰げば、そこには日本の湿った空ではなく、磨き抜かれたレンズのような、あまりに非情で美しい蒼穹が広がっている。私は自らの掌を見つめた。かつての、執筆活動と FX チャートの監視に費やされた青白い指先ではない。
そこにあるのは、精緻な彫刻を思わせる、異質なほどに端正な少年の手であった。
「……なるほど。これが『転生』という現象の、物理的帰結か」
口を突いて出た言葉は、自らの思考をなぞる冷徹な響きを帯びていた。感傷はない。あるのは、未知の摂理に対する純粋な観察眼のみだ。かつて耽読した三島が描く「豊饒の海」のごとき輪廻の円環が、いま、私の身を以て証明されようとしている。
周囲を見渡せば、この世界は過剰なまでの「生」に溢れていた。
重厚な石造りの建築様式。
大気を震わせる精霊の残滓、あるいは魔力と呼ばれる未知の粒子。
中世の影を色濃く残しながらも、物理法則が微妙に歪曲した空間。
この世界の住人たちは、おそらく感情という名の濁流に身を任せ、泥臭く生を謳歌しているのだろう。だが、私は違う。この新しき肉体という檻を得てなお、私の魂は冷ややかな理知の刃を研ぎ澄ましている。
死を甘美な終焉として求めていたはずの私が、皮肉にも異郷の地で、瑞々しい生命の器を与えられた。
私は、ゆっくりと立ち上がった。
足元に転がっているのは、錆びついた一振りの剣。この世界における私の属性、あるいは役割を示す記号に過ぎない。
「美しいな」
思わず呟いたのは、目の前の風景に対してではない。自らの運命が、既存の論理を越えて未知の深淵へと滑り出していく、その構造の美しさに対してであった。
太陽は残酷なまでに輝き、少年の姿をした私を照らし出す。
私はその光を、冷徹なレンズ越しに眺める天体観測者のような心地で受け入れた。
ここから始まるのは、英雄譚ではない。
魂の純度を測るための、永劫なる「試行」の記録である。




