事件を聞いたのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第49弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「違和感を得るのは、君のほう。」の後の話です。
それは少し前のこと。
ノインが怪我をしたと言って現れた男の言葉に、オルガはひどく動転した。
ノインはその人を連れていってしまったけど、帰ってきたら謹慎……ううん、自宅待機を命じられた、とか。
「さっきの人、なんだったの?」
防衛騎士団の人じゃなかったのかな。
というか。
(謹慎って……なにしたの、ノイン……)
「ノインが怪我したって言ってたけど」
「…………」
目を細めてから、「あぁ」とどこか苛立ちを含んだ声で洩らす。
「そういうことを言って、扉を開けさせたんですね…………再起不能にしておけばよかった」
「ん?」
なんて??
「おかしいと思っていたんです。君はなにか理由がない限り、扉を開けないはずなので」
「? そりゃそうでしょ」
ノック回数だって決めてるし、このへんの治安が良いわけじゃないってことも教えてもらってるし。
(夜は特に危ないんでしょ?)
だから家の中の鍵がやたらと多いわけで。
「……あの男は、防衛騎士団の者ではありません」
え?
そう言われて、なにを言われたのか一瞬、わからなかった。
「じゃ、じゃあ誰なの?」
「善意だと思っている人です」
「……善意?」
は……?
「君を助けるつもりで、ここに侵入しようとしたんです」
「…………」
え? な、なにそれ。
「えぇ……なんでそんなことになるの……? たすける?」
そういえば、そんなことを口走っていたような気もするけど。
今さらながら、自分は迂闊なことをしたのだと気づいて、握っている手に力がこもった。
「君は悪くないです」
「…………」
「騙して入ってこようとする者が悪い。子どもでもわかる理屈です」
「そう、だけど」
どうしよう。
「どれだけ気をつけていても、防げないことはあります」
重みのある、見てきたかのような、言葉。
「……私、なにか、もっと気をつけたほうがいい?」
そう尋ねると、ノインは軽く笑う。
「俺以外には扉を開けないことは大前提ですが……」
なにか思案したように瞳を伏せてから、ノインはまっすぐ見てくる。
「今後、防衛騎士団の誰かが俺の留守中に訪ねてきたら、こう訊いてください」
「うん?」
「副団長の息子さんは元気ですか、と」
「副団長の、息子さん?」
「はい。副団長は二人いますが、どちらも子息がいないんです。片方に娘が一人いるのみなので」
「??」
「その質問をして、少しでも迷ったら開けないでください」
???
「そして寝室にすぐに向かって、内鍵を閉めて俺が帰るまではここに居てください」
「? ここに?」
「俺の書き机の引き出しを開けて、待っていてください」
書き机?
窓際にある机のほうへ、視線を動かす。
「なにか入ってるの?」
「菓子が入ってます」
えっ??
「……そんなの入れてたの?」
「食べていてください」
ええっ!?
「時間を潰せれば、それでいいです。俺が必ず、駆け付けますから」
今日みたいに、と続けてから。
「遅い夕飯になりましたけど……俺が用意します」
「……」
「それとも、抱っこして居間まで運びましょうか?」
「いっ、いいよべつに、そんなことしなくても」
「今日はぎゅっとして寝ましょうか」
「……うん」
二人で一緒にベッドに横になって、こうして手を握り合っている……それだけでも嬉しい。
ふいに、ノインが微笑む。
「やっぱりいいですね」
「? なにが」
「俺があげたペンダントを、君が肌身離さずつけてくれているの」
「ノインもでしょ?」
ノインの手が伸びてきて、胸元のペンダントの石に触れた。
少し考えてから、いきなり覆い被さってきた。
「っ、え? ど、どうしたの?」
「もう一回したいです」
「ええええええ!?」
まあ、できないことはない、けど。
おなかは空いてる。だけど。
オルガは両手を伸ばして、首に腕を絡める。
その動きにノインが苦しいのか、嬉しいのか、よくわからない表情をする。
「大好きです、オルガ」
唇が、重なる。
吐息も、混ざった。
好きだと何度も囁かれながら、夕飯がもう少し遅れそうだなとちょっぴり思った。
*****
夕飯の準備をしていた手が、止まる。
帰宅したノインは制服を脱ぎ、普段着になっている。
そちらを見て、言う。
「あのね」
「はい」
すぐ、返事をしてくれる。
持って帰ったらしい書類の確認をしていた手を、彼は止めた。
「こわい話をね、聞いたんだけど」
「こわい話」
……うーん。
「……人が、殺されたって、話」
「どこで聞いたんです」
「運送屋の……」
ああ、とノインが納得の声を吐き出す。
「そういえば、また呼ばれたんでしたね。
慣れましたか?」
「……慣れたけど」
だけど。
視線を、伏せる。
彼女たちは全員、自分よりも年上で、生まれがここの王都だ。
話すとたくさん学べるけど、戸惑うことも多い。
優しい人たちだとは思うけど、心を開けるほど親しくはないし……たぶん、これからも、そうはならない。
書類を捲りかけていたまま、こちらを見ているノインを見た。
「ノインと話すのが、一番楽しいよ」
「…………」
驚いたように軽く目を瞠ってから、ノインは微笑んだ。
「そうですか。俺も君と話すの、楽しいです」
それで、と促される。
「男の人が、女の人に、こう……交際を迫って……」
そうらしい、みたいな言い方をされたから、よくはわからない。
でもきっと、街の治安維持をしているノインなら、知ってる。
「ねえ、迫るって、なに?」
そこが一番よくわからなかった。
「結婚を迫ったってこと? それとも、縁談の申し入れ?」
結婚を前提に交際をするなら、わかる。
縁談を申し込みたいって、迫った? とか。
(結婚を迫る、の間違いじゃないの?)
椅子を軋ませて、ノインが立ちあがる。
まっすぐこっちに来て、傍に立った。
「???」
「違います」
ちがいます?
「結婚を前提としない関係を求めることもあります」
…………。
(はあ?)
「結婚しないのに? なんで?」
あ、もしかして。
「わかった! 男の人が結婚してたとか? 浮気ってやつでしょ」
「違います」
即答されて、完全に固まってしまう。
「…………え? 結婚してないなら、その、結婚を申し込めばいいんじゃないの?」
「結婚する気はないのに、男女関係だけを求める人もいます」
「…………」
結婚する気は、ない?
理解ができない。
困惑しているのに、ノインは困ったように微笑んだ。
「最終的にそうするつもりもあったかもしれませんが……いや、ないな」
「??」
理解ができない。まったく。
「相手が望んでいないことを、一方的に押し付ける場合があるんです」
「?」
「今回の件は、それです」
さっと、オルガの顔色が青くなった。
「あ……? え、っと……で、でも、それ」
いけないんじゃ、ないの?
それに、殺された、ってことは。
「こ、交際? っていうのを断られて、その……殺した、ってこと?」
「そうです」
「なんで!? 正式に申し込めばいいのに!」
「そこまでではないんでしょう」
「はあ!?」
そんなの。
「ダメだと思う!」
「……結婚を前提にしない男女関係を求める人は、一定数いるんです」
「だ、男女関係!?」
順番が違う。
先に結婚の申し入れをして、そして相手と交際をするのがふつうのはず。
そんなことをされたら、困る。ぜったいに。
それに今。
(ノインは、相手が望んでいない、って言った?)
女の人は、望んでなかったのに? ってこと?
「そ、その人」
声が、震える。
「に、逃げなかった、の?」
嫌だって。無理だって。
ああ、でも。
心のどこかで、わかってしまった。
(逃げられるなら、逃げてるし……それができなくて、死んじゃったのかな……)
子どもの頃した、鬼ごっこのことを思い浮かべてしまう。
自分はどうやっても、逃げ切ることはできなかった。
ノインが少しだけ、目を細める。
「逃げられなかった理由があるんです」
「理由?」
「辞められない仕事、断れない立場、顔を合わせ続ける関係ですね」
「???」
「それらが重なれば、身動きがとれなくなってしまいますから」
「…………」
よくはわからないけど、ノインは、全部知ってるんだ。
その女の人がどんな状況にいたのか。
「その女性は、なにも悪くありません」
「そうなの……」
「はい。彼女は、できることはすべて、やっていますから」
だけど。でも。
「……それでも、殺されちゃったんだね」
悲しそうに微笑まれて、オルガはなにも言えなくなってしまう。
ノインはそっと手を伸ばしてきて、優しく頬を撫でてきた。
「君も、嫌だと思ったら、我慢なんてしなくていいんです」
「ノイン……」
「距離を取るか、俺を呼んでください」
「…………」
「そういう人がいたら、俺の後ろに隠れてください」
その言葉に、なんだか、小さく笑ってしまう。
「なにそれ。小さいから、私、ぜんぜん見えなくなっちゃうよ?」
「それでいいじゃないですか。
嫌な人から君を隠せるなら、俺の身長も伸びた甲斐があります」
「ふふっ、なに言ってるの」
軽く笑うけど。
(ノインが私をすごく心配してるのは、そういうことが身近な仕事をしてるからなんだよね)
殺した男の人の気持ちなんてもの、わかるわけはないけど。
全部を放り投げて逃げられるほど、甘くないってことをノインは知ってる。
「オルガ」
「ん?」
「どうしても言いたくないことが起きても」
「?」
「恥ずべきことだと思っても」
「……うん」
「恐ろしく、辛くても……俺は大丈夫。大丈夫ですから」
「どうし……」
「全部言ってください。隠さず、全部」
真剣な薄桃色の瞳の奥に、恐ろしいほどの、鋭い刃がある。
「俺は君の剣。君のために剣を抜き――敵を討ち滅ぼしましょう」
「…………大袈裟だよ」
「そうですね。そうならないようにするのが、俺の仕事です」
ふっと柔らかく微笑んだノインの胸元を軽く、押す。
「お話の騎士みたいだった」
「ふふっ。惚れ直しました?」
「ほっ!?」
なんでそ、そう…………。うぅ。
オルガは熱くなった顔を隠すように俯かせながら、小さく頷く。
「もしかして、ノインがその……担当したの?」
「いいえ」
否定されて、「そっか」と短く呟いた。
「事件が起きた時、俺は君の傍にいたので」
「?」
「夜の二十二時過ぎから深夜までの間に起こったのだと、聞いています」
「…………」
自分たちの知らないところで、そういうことは起きていても不思議じゃない。
そして。
(ノインはそうならないように、頑張ってるんだよね……)
その時担当した騎士の人たちだって……。
きっと、いい気分にはならなかったはずだ。
*****
或日。
午後の詰所。
窓際の机に、数枚の記録書が広げられている。
サグムが一枚を押さえたまま、淡々と読み上げていた。
「……被害者は、勤務先で一定の距離を保っていた。私的な接触はなし」
タルジが腕を組んだまま覗き込む。
「断ってた記録は?」
「ある。複数回」
紙をめくる音が響いた。
ノインは少し離れた壁際に立っている。
視線は向けていないが、話が耳から入ってきてしまう。次の指示を受けるために来て、そのまま待機することになったからだ。
どうやら二人は、少し前に起こった事件についての記録書に目を通しているようだった。
「それでも犯人は『合意だった』と主張。『許可はとっていた』と」
タルジが顔をしかめる。
「……断ってただろ」
「記録上はな」
サグムは次の行に指を落とす。
「店内での威圧行動あり。大声、物音。複数回」
聞いた途端に、タルジは小さく息を吐いた。
「そういうタイプか」
「被害を受けた女性は、刺激を避けた可能性が高い」
例の、殺された女性に対しての事件のことだった。
犯人が乱暴をして殺したという件になる。
「まだ若い娘だろう。危険を感じて抵抗できなくなるだろうが」
「……やれることはやったんだろう」
「待ち伏せされてたわけか。……どうせ相手を刺激しないように必死だったんだろ」
逃げられない状況に置かれたその娘の恐怖は、計り知れない。
「店側は?」
「最初は、ただの常連客との行き違いとして処理されたようだ」
「……」
「本人は店主に相談している。だが、『気のせいだろう』で終わったようだな」
「……おい」
「その後、来店頻度が増えた。滞在時間も長くなり、注意はしたらしいが強くは出られなかった……とあるな。
客でもあるし、威圧行動もしていたなら当然か」
なにかを何度も言いかけて、タルジはやめた。
「はあ……。それで? まだ文句をつけてるのか?」
サグムは静かに記録書に視線を戻し、最後の一文を読み上げた。
「なお、犯人は供述を一貫させている。『拒絶は恥じらいだった』と」
「ふざけるな!」
怒りに任せてタルジが机を叩く。
「まだそんなことを言い続けてるのか!? 処分が出たのにか!? 縛り首になるのは当然だろうが!」
「落ち着け」
「胸糞悪い」
サグムも視線を伏せる。
「……殺しまでいくのは珍しいからな。その手前までは、いくらでもある」
「…………わかってる。上がってこないからな」
いいや、来た時にはすべてが――遅いのだ。
ノインは視線に気づいていたようだが、しつこく向けられていたのでやっとタルジのほうを見た。
「なんでしょう」
「おまえはどう見る」
「今回の件に関しては、女性側に非はありません」
「だが」
「勘違いさせるような行動を一切とっていないのに、犯人がそう言っているのなら、防ぎようはありません」
「おまえ……」
「思いつきで殺しをするような人間もいます。
……どれだけ警戒していても、無駄な時は無駄なんです。俺たちも完璧には対処できません」
「まあ、そうだが……」
「………………だから、最善を尽くして守るしかない」
小さすぎて、二人はその声に気づかなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




