第二話:鼓動だけが証拠
1
その夜、彩花は眠れなかった。
自分のベッドに寝転がったまま、天井を見つめ、頭の中では昼間の実験室の光景が何度も繰り返されていた。
あの原始人がチャンバーから身を起こしたところ。
琥珀色の目が開いたところ。
彼女を見たところ。
そして――
そらしたところ。
柱を見るように。
彩花は寝返りを打って、枕に顔をうずめた。
「ただの目新しいものに浮かれただけ。明日には治る」と枕に向かって小さく言った。
枕は答えなかった。
もう一度寝返りを打ち、仰向けになって、天井の細長いひび割れをじっと見つめた。
あのひび割れは照明器具から壁の隅まで伸びていて、干からびた川のようだった。子供の頃、よくこのひび割れを見ては、蛇だの、枝だの、稲光だのと想像したものだ。
今は傷跡のように思えた。
彼の胸の上を鎖骨から肋骨まで走るあの傷跡のように。
彩花は突然起き上がった。
「考えない」と自分に言い聞かせた。「もう考えない」
枕元のスマホを手に取り、時間を確認した。
午前二時十七分。
メモ帳を開き、新規ドキュメントを作った。何と名前を付ければいいかわからず、しばらく考えて、結局一文字だけ打った。
「彼」
それから三分間、この文字を見つめたまま、一言も打ち込めなかった。
何を書けばいい?
「今日、原始人にひと目ぼれしました」?
「まだ心臓の鼓動が治まりません」?
「私、正気を失ったのかも」?
結局、何も書かなかった。
スマホを消し、ベッドに戻り、目を閉じた。
暗闇の中で、彼女は一つの決心をした。
このことは、誰にも知られてはいけない。
誰にも。
お父さんでさえも。
2
翌日は日曜日だった。
彩花は昼過ぎに起きて、階下に降りると、父親はもう出かけていた。冷蔵庫に一枚の付箋が貼ってある。
「彩花、研究所に行ってくる。冷蔵庫にカレーライスがあるから、レンジで二分温めて。夜は戻れないかもしれない。――父」
彩花は付箋をはがし、手のひらで握りしめた。
研究所。
彼もそこにいる。
彩花は首を激しく振って、その考えを追い出そうとした。付箋を丸めてゴミ箱に捨て、冷蔵庫からカレーライスを取り出し、電子レンジに入れて、二分押した。
レンジがぶんぶんと回る。
彼女はキッチンのカウンターに寄りかかり、回る容器をぼんやり見つめた。
一つのことを考えていた。
また研究所に行くべきか?
お父さんは夜戻れないと言っていた。行っても誰も迎えに来てくれない。家から研究所までは電車で四十分、往復で一時間半。それに行って何をする? 隅に立って彼が虫を食べるのを見る?
レンジが「チン」と鳴った。
彩花はカレーライスを取り出し、食卓に座り、スプーンを手に取った。
一口食べた。
それからスプーンを置き、スマホを手に取り、マップを開いて研究所までの電車の時刻表を調べた。
次の電車は十二時四十分だった。
彩花は画面の時間を見つめ、心の中で二つの声が言い争っていた。
一つが言う:何やってるの? 昨日誰にも知られちゃいけないって決めたばかりでしょ。今研究所に行くのは自殺行為だよ。お父さんがいるし、田中助手もいる。またあの人たちの前で鼻血でも出したらどうするの?
もう一つが言う:でも今日は何を食べたんだろう? またご飯を食べなかったりしない? お腹すいてないかな?
一つ目:原始人なんだから! お腹が空いたら自分で虫を食べるよ!
二つ目:でも生きているコオロギ、買ったのかな? 昨日の箱はもう食べ切ったみたいだったし……
一つ目が沈黙した。
彩花はスプーンを置き、立ち上がり、二階に上がって着替えた。
タートルネックを着て、首をすっぽり隠した――そうすればせめて顔が赤くなっても首までは赤くならない。さらに帽子をかぶり、髪を全部中に入れた。
そうすれば彼にフケを食べられなくなる。
違う。
そうすれば彼に髪を気づかれなくなる。
違う。
なぜ帽子をかぶる? 彼に自分を気づかれないようにしたいの?
彼女はいったい何を考えているのか?
彩花は玄関の鏡の前に立ち、鏡の中の自分を見た――タートルネック、帽子、無表情の顔。
銀行強盗にでも行く人のように見える。
ため息をつき、帽子を脱ぎ、タートルネックを普通のクルーネックスウェットに替えた。
まあいい。
赤くなるなら赤くなろう。
3
研究所に着いたのは午後一時半を過ぎていた。
彩花がB2実験室のドアを押すと、中には二人だけだった:父親と旦棱。
父親は操作台に突っ伏して眠っていて、顔の下には開きっぱなしの記録ノートが押しつぶされ、「摂食行動」の欄がよだれで大きく滲んでいた。
旦棱は隅っこに座り、昨日のあの骨を手に持って、じっくりと眺めていた。
実験室は静かだった。機器の低い唸り音と、旦棱が時折骨を回すときに発するかすかな擦れる音だけが聞こえる。
彩花は入り口に立ち、躊躇した。
お父さんを起こすべき? それとも先に帰る?
彼女は旦棱を一目見た。
今日は虫を食べていなかった。ただ静かに座って、太い指で骨の表面をなぞっている。石を砕けるようなその手が、驚くほど優しく動いていた。
彩花はそっと隅の折りたたみ椅子まで歩き、音を立てずに座った。
旦棱は顔を上げなかった。
彩花はバッグから本を取り出し、開いて、読んでいるふりをした。
でも実際には一文字も頭に入っていなかった。
彼を見ていた。
ページの上端から、こっそりと彼を見ていた。
彼の横顔は、冷たい白色灯の光の下でいっそう荒々しく見えた。眉骨の影が眼窩を覆い、彼の表情を考え込んでいるように見せていた。でも実際は何も考えていないのかもしれない。ただぼんやりしているだけかもしれない。
彼女と同じように。
彩花の心臓の鼓動がまた速くなり始めた。
唇を強く噛みしめ、視線を本に戻した。
見るのをやめなさい。
やめなさい。
彼を見てどうするの? 彼はあなたを見てなんかいないのに。
彼女は一ページめくった。前のページに何が書いてあったのか、まったく覚えていない。
実験室は静かで、自分の心臓の音しか聞こえなかった。
ドクン、ドクン、ドクン。
そして彼の息遣い。
落ち着いた、ゆるやかな、潮の満ち引きのような呼吸。
彩花は目を閉じて、深く息を吸った。
落ち着け。
落ち着くんだ。
あなたはお父さんに何かを届けに来ただけ。彼を見に来たんじゃない。たまたまここに座っているだけ。ただ本を読んでいるだけ。何もしてない。何も考えてない。
目を開けて、本を見下ろした――本が逆さになっていることに気づいた。
彩花:「……」
あわてて本を直し、顔が火照るのを感じた。
こっそり旦棱を見た――彼は顔を上げていなかった。
もう一度父親を見た――まだ寝ていた。よだれが記録ノートの二ページ目まで浸食していた。
誰も本が逆さだったことに気づいていない。
誰も心臓が速くなっていることに気づいていない。
誰も彼女がこっそり彼を見ていたことに気づいていない。
これは彼女だけが知っている秘密だ。
4
彩花は実験室に二時間座っていた。
父親は寝続けていた。旦棱は骨で遊び続けていた。彼女は本を読んでいるふりを続けていた。
途中、旦棱は骨を置き、自分の体を調べ始めた。腕から一匹の虫をつまみ上げ、口に入れ、噛み、飲み込んだ。
彩花はその動作をじっと見つめ、心の中で思った:彼の指、本当に器用だな。
そして心の中で自分を罵った:おかしいよ、私。
旦棱は腕を調べ終えると、次に首、胸、お腹を調べた。虫を見つけるたびに食べた。その工程は静かで集中していて、日常的な作業のように見えた。
彼にとっては、確かに日常的なことなのだ。
彩花は彼を見ながら、ふと一つの疑問を抱いた:彼はこれまでずっとこうして生きてきたのだろうか? 四万年前の氷原で、焚き火のそばで、獣皮のテントの中で、吹雪の音を聞きながら――こうして静かに、集中して、自分の体を調べ、虫を食べていたのだろうか?
誰も隣で見ていない。
誰も何匹食べたか記録していない。
誰もこっそり心臓をときめかせていない。
彩花は本を握る指に力を込めた。
急に胸が痛んだ。
自分のためじゃない。
彼のためだ。
彼は一人で四万年後の世界にやってきた。この世界の何も知らない。白い壁、唸る機械、冷たい白色灯。そんなものは彼にとって、氷原よりも寂しい場所かもしれない。
仲間はいない。家族はいない。そばで虫を食べてくれる者はいない。
彼は一人きりだ。
彩花は鼻の奥がツンとした。急にこみ上げてきた切なさを必死に押し戻した。
泣かない。
何を泣くの?
彼はあなたのことなんて知らないのに。
あなたは彼にとってただの他人。
頭の上に塩がついているかもしれない、ただの他人。
彩花はぎゅっとまばたきをして、再び本に目を落とした。
今度は本当に読んだ。
その本のタイトルは『氷河期の狩人たち』で、学校の図書館から借りてきたものだ。昨日放課後、図書館で三十分も探してやっと見つけた。貸し出しカウンターの司書が彼女を二度見した――彼女が図書館に来たことがなかったからだ。
本にはこう書かれていた。
「ネアンデルタール人は孤独な狩人だった。彼らは通常、十人から十五人程度の小規模な家族集団で生活し、複雑な社会的関係や情緒的絆を持っていた。考古学的証拠によれば、ネアンデルタール人は病気や怪我をした仲間の世話をし、死者を埋葬し、墓に花や道具を安置していた」
仲間の世話をする。
死者を埋葬する。
墓に花を供える。
彼らは獣ではない。
彼らは人間だ。
彩花は顔を上げて、旦棱を見た。
彼はうつむき、骨を裏返して、反対側の面を見ていた。表情は相変わらず何の変化もないが、その動作はとても優しく、何か大切なものを扱うようにそっとしていた。
彩花は思った:彼にもきっと仲間がいた。家族がいた。友人がいた。怪我をしたときに世話をしてくれる人がいた。死んだときに埋葬してくれる人がいて、墓に花を手向けてくれる人がいた。
その人たちはもういない。
四万年。
彼だけが残された。
彩花の目尻がまた熱くなった。
うつむき、唇を強く噛んだ。
泣かない。
泣かない。
泣いたらだめ。
泣いたら気づかれる。
気づかれたら理由を聞かれる。
答えられない。
「原始人のことが悲しいんです」とは言えない。
そんなの馬鹿げている。
そんなのおかしい。
彩花は本に顔をうずめ、目を閉じて、その一滴の涙をこらえた。
顔を上げたとき、彼女の表情はもう平静を取り戻していた。
旦棱を見た。
彼はまだ骨を見ていた。
彼女を見ていない。
一度も見たことがない。
彩花は深く息を吸って、心の中で自分に言い聞かせた。
この気持ちは、心の中にしまっておくしかない。
誰にも言えない。
お父さんにも。
誰かに話したら、きっと気が狂ったと思われる。きっと変な目で見られる。きっと「原始人を好きになるなんて、頭おかしいんじゃない?」と言われる。
誰も理解してくれない。
誰も。
だからこれはあなただけの秘密。
あなただけの。
5
午後三時半、ようやく父親が目を覚ました。
「ん……何時だ?」旦罗正樹がぼんやりと顔を上げると、記録ノートの格子模様がほっぺたにくっきりとついていた。
「三時半」彩花が言った。
「どうした、来たのか?」
「届け物」彩花はテーブルの上のトートバッグを指さした――中には実際は何も入っていなかった。ただ来る途中で急遽でっち上げた言い訳だった。
「何を?」
「……洗顔料。顔の脂がひどいから」
旦罗正樹は自分の顔を触り、確かに脂っぽいのを確認した。あくびを一つして立ち上がり、背伸びをした。
「彩花、いつ来たんだ?」
「さっきまで」
「顔、また赤いぞ」
「B2が寒いから」
「またかよ」父親は呆れたように娘を見た。「顔が赤い理由を聞くといつもB2が寒いからだって言うけど、B2は恒温四度だ。顔が赤くなったり赤くなくなったりするような温度じゃない」
彩花は沈黙した。
父親は彼女をひと目見て、それから隅で骨をいじっている旦棱を見て、もう一度娘を見た。
その目つきが変わった。いつもの大らかで呑気な目ではなく、人類学者としての鋭い、観察する目だった。
「彩花」彼は口を開いた。声はとても低く。「もしかしてお前――」
「違う」
「まだ何も――」
「何て言おうと、違うから」
旦罗正樹は娘を見た。ほんのりと赤らんだ頬、固く握りしめた指、そして自分の視線をわざと避けるその目つき。
彼は沈黙した。
長く沈黙した。
それから言った。「わかった。違うな」
彩花は顔を上げて父親を見た。
父親の表情は穏やかだった。追及も、詮索も、冗談もなかった。
ただうなずいて言った。「行こう。駅まで送る」
「送らなくていい――」
「送る」
彼は上着を手に取り、旦棱のところに歩いていき、しゃがみ込んで、旦棱には理解できない言葉で静かに言った。「ちょっと出かけてくる。すぐ戻る」
旦棱は顔を上げなかった。
旦罗正樹は立ち上がり、入口へ向かった。彩花はその後ろについて実験室を出て、廊下へ出た。
廊下の蛍光灯がブンブンと鳴っていた。
親子は並んで歩き、どちらも口を開かなかった。
エレベーターの前まで来て、旦罗正樹は下のボタンを押し、それから振り返って娘を見た。
「彩花」
「うん」
「お前が何を考えているにせよ」彼は声をひそめて、何か大切なことを言うように話し始めた。「一つだけ覚えておきなさい」
「何?」
「お前は旦罗彩花だ。十七歳の高校生だ。お前自身の人生があるんだ」
彩花は彼を見つめた。何を言いたいのかわからなかった。
「俺の言いたいことはな」父親は少し間を置いた。「見るのは構わない。でも深入りするな」
彩花の鼓動が一拍飛んだ。
彼にわかった?
どうやって?
どこで気づいた?
父親は娘のおろおろした表情を見て、笑い、手を伸ばして彼女の髪を揉んだ。
「緊張するな」と彼は言った。「別に何かを見つけたわけじゃない。ただ何となく言っただけだ」
「でも、どうして――」
「お前は俺の娘だから」彼は言った。「見抜かなくてもわかるんだよ」
エレベーターが到着し、「チン」と音がしてドアが開いた。
旦罗正樹はエレベーターに乗り込み、外に立つ娘を振り返った。
「帰れ」と言った。「気をつけてな」
エレベーターのドアが静かに閉まった。
彩花は廊下に立ち、閉まったドアを見つめていた。心臓が胸から飛び出しそうなほど激しく打っていた。
お父さんは気づいた。
絶対に気づいた。
でも彼は言わなかった。
「あの原始人が好きなのか」とは聞かなかった。
「お前は正気を失ってる」とも言わなかった。
ただこう言った――「見るのは構わない。でも深入りするな」。
彩花は廊下を振り返しながら歩き出した。
自分がどこへ向かっているのかわからなかった。家に帰りたいわけでも、実験室に戻りたいわけでもなかった。ただ一人で少しの間、ぼんやりしたかった。
廊下の突き当たりの窓のところまで来て立ち止まり、窓の外の空を見た。
四月の空はとても青かった。雲は白い。遠くには大学のグラウンドがあり、数人の男子学生がサッカーをしている。
普通の世界。
普通の十七歳。
普通の恋。
彼女は窓の前に立ち、その普通の世界を見つめ、胸に手を当てた。
鼓動はまだ速い。
とても速い。
目を閉じて、深く息を吸った。
そして自分に言い聞かせた。
「これは秘密」
「私だけの秘密」
「誰にも知られる必要はない」
目を開けて、エレベーターへ向かった。
下のボタンを押し、エレベーターを待った。
ドアが開いた。
乗り込み、一階のボタンを押した。
ドアが閉まるその瞬間、わずかに残った隙間から廊下の突き当たりにある鉄の扉――B2低温実験室――を一目見た。
彼は中にいる。
隅に座り、手に骨を持って、何を考えているのかわからない。
この世界に、一人の十七歳の少女が彼のために心臓をときめかせていることなど、知る由もない。
ドアが閉まった。
エレベーターが上昇し始める。
彩花はエレベーターの壁にもたれかかり、天井の数字がB2からB1、B1から1に変わっていくのを見上げた。
「チン」
一階に着いた。
ドアが開いた。
彩花はエレベーターを出て、研究所の建物を出て、四月の日差しの中へ歩き出した。
ポケットに手を突っ込み、うつむきながら、歩道を駅へ向かって歩いた。
風が吹いて、春の匂いを運んできた。
心臓の鼓動がようやく落ち着いてきた。
平常に戻った。
一分間に七十二回。
まるで何もなかったかのように。
まるで彼女がB2の地下実験室で四万年前の原始人にひと目ぼれなんてしなかったかのように。
これは秘密。
誰も知らない。
彼女だけが知っている。
鼓動だけが、唯一の証拠。
第二話・完




