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第3章 : 目覚めの森


そこには、何もなかった。

空もない。

地面もない。

音もない。

ただ、果てしなく広がる黒い空間だけが、あらゆる方向へと伸びていた。

その中に、二人の子供が立っていた。

その姿は小さく、か弱く――明らかに幼い。しかし、その顔はぼやけていて、まるで世界そのものが彼らを正しく記憶することを拒んでいるかのようだった。

そのうちの一人は落ち着きなく動き回っていた。元気いっぱいで、足元の空虚など気にも留めていない様子で、ぴょんぴょんと跳ねている。

「ねえ――ねえ! こっちだよ!」

明るく弾んだ声が、虚無の中に反響する。

彼は腕を振り、笑いながら、まるで遊びのように何度も呼びかけた。

もう一人の子供は、少し離れた場所に立っていた。

静かで。

穏やかで。

ほとんど動かず、ただ見ているだけだった。

そして――

何の前触れもなく、二人目の子供は消えた。

光もなく。

音もなく。

理由もなく。

ただ……消えた。

最初の子供は凍りついた。

その身体から、興奮が一気に抜け落ちる。

笑顔が崩れ、困惑が広がり、やがてそれは――重く、痛みを帯びたものへと変わっていった。

震える手を伸ばす。

もうそこにはいない誰かを、まだ掴めるかのように。

「……ねえ?」

闇が、その声を飲み込んだ。

そして――

ソラは、はっと目を覚ました。

深い水の底から浮かび上がったかのように、鋭く息を吸う。

視界に飛び込んできたのは、頭上にそびえる巨大な木々。絡み合う枝が空を覆い隠している。湿った土の匂いが肺いっぱいに広がった。

夢。

いや……ただの夢じゃない。

記憶だ。

ほとんど、永遠に失われかけていた記憶。

ソラはゆっくりと起き上がり、胸に手を当てた。

心臓は強く打っている。だが、それは恐怖からではなかった。

悲しみは、かすかに残っていた。

大切な何かの残響のように。

けれど、押し潰されるほどではない。

代わりに、彼は……確かに感じていた。

安定感。

生きているという感覚。

ソラは、ゆっくりと息を吸い。

そして、吐いた。

近くでは、すでにカエレンが起きており、鞄の紐を締め直して、出発の準備をしていた。

彼はソラを一瞥し、まだ残る緊張に気づく。

「……悪い……夢?」

ソラは首を横に振った。

「……いや」

静かに言う。

「悪くはない」

カエレンは少しの間、彼を観察するように見つめ、それから小さく頷いた。

「それ……なら……いい」

そう言ってから続ける。

「リラックス……して……感じ……ろ」

ソラは瞬きをした。

「……感じる?」

カエレンは説明しなかった。

ただ、目を閉じる。

困惑しつつも興味を惹かれ、ソラも目を閉じた。

最初は、静寂だけだった。

だが――

何かが、変わった。

森は、静かではなかった。

感じる。

足元の土の下を這う虫たち。

高い枝で擦れ合う葉。

枝葉に隠れた鳥たち。

見えない場所から、こちらを窺う生き物たち。

だが、それだけじゃない。

もう一つ、別のものがあった。

空気を通って流れる、かすかな温もり。

木々の間を縫い、地面を脈打つように行き渡る感覚。

音でもない。

触覚でもない。

それは――存在だった。

そして、ゆっくりと……

ソラは、それを自分の中にも感じ始める。

長い眠りから、何かが呼吸を始めたような感覚。

ソラは、目を見開いた。

「……すごい」

畏敬を帯びた低い声で言う。

「こんなに……たくさん……」

カエレンは目を開け、彼を見る。

「それ……いい」

そう言ってから、言葉を選ぶように間を置いた。

「この……エネルギー」

続ける。

「世界……持ってる。お前……感じてる」

彼は、ブーツの先で軽く地面を叩いた。

「……マナ」

その言葉は、ソラの胸に落ち、まだ体内を流れる不思議な温もりと共鳴した。

マナ。

ソラは、再び森を見渡す。

今度は、よそ者としてではなく――

この世界の息遣いを、ようやく聞き始めた者として。

その時だった。

近くの茂みから、柔らかく、不揃いで、どこか無防備な物音がした。

ソラが振り向くと、木の根の間から、小さな影がよろよろと現れる。

狼だった。

だが、想像していたものとは違う。

犬ほどの大きさしかなく、毛並みはまだ不揃いでふわふわしている。脚も少し覚束ない。

その瞳は鋭さよりも好奇心に満ちていた。

子狼だ。

それは数歩先で立ち止まり、首をかしげる。

ソラは瞬いた。

「……あ」

小さく声を漏らす。

子狼は一歩近づき、空気を嗅ぎ、尻尾を不安そうに揺らした。

考えるより先に、ソラは少しかがみ、手を差し出す。

「大丈夫……」

子狼は一瞬ためらい――

それから、ちょこちょこと近づいてきた。

ソラは小さく笑う。

「迷子か?」

子狼は、鼻先で彼の手をつついた。

一瞬、すべてが普通だった。

まるで、地球でも起こり得た出来事のように。

ソラは、何か言おうとしてカエレンを振り返り――

止まった。

カエレンの様子がおかしい。

身体は緊張し、肩がこわばり、視線は森の奥に固定されている。

手が鞄の近くでわずかに動いた。

「……カエレン?」

返事はない。

森が、静まり返った。

それは、穏やかな静寂ではなかった。

警戒の沈黙。

その時、ソラも感じた。

先ほどの感覚――だが、今度は鋭い。

言葉にはできない。説明もできない。

ただ、肌を押すような圧を感じる。

何かが、来ている。

カエレンが、低く、切迫した声で言った。

「狼……離せ」

「動く……今」

ソラの心臓が跳ねる。

「な、なんで?」

カエレンは木々から目を離さない。

「危険……来る」

ソラはそっと子狼を地面に下ろした。

小さく鳴き、困惑した様子だったが、抵抗はしない。

カエレンは鞄を肩に担ぐ。

彼らは動き出した。

走らない――まだ。

だが速く、慎重に、木々の間を進む。

ソラは一度だけ、振り返った。

子狼は、その場に立ち、彼らを見送っていた。

「……何が起きてるんだ?」

息を荒くしながら尋ねる。

カエレンは速度を落とさず答えた。

「狼……来る。多い」

ソラの腹が冷える。

理解した。

狼は、群れで生きる。

あの子は罠ではない。

誘き寄せでもない。

ただの偶然。

迷子の子供――

そして今、群れが狩りに来ている。

速度を上げる。

枝が顔を叩き、根が足を取ろうとする。

木々の間に、動く影。

大きい。

暗い毛。

あちこちから、淡い目がこちらを見ている。

一体。

二体。

そして、さらに。

ソラの耳に、脈打つ音が轟く。

それでも――

喉から、奇妙な笑いがこぼれた。

恐怖。

だが、それだけじゃない。

これだ、と彼は思う。

息も絶え絶えに。

生きてるって、こういうことだ。

だが、胸を焼く疑問があった。

どうするんだ?

武器はない。

隠れ場所もない。

ソラには、策が見えない。

だが――

カエレンは、慌てていなかった。

突然、彼が止まる。

減速ではない。

完全に、止まった。

ソラはぶつかりそうになる。

「な――」

カエレンが手を上げた。

「見る……」

ソラが振り向く。

囲まれていた。

狼たちが、木々の間から静かに姿を現す。

十体。

二十体。

それ以上かもしれない。

緩やかな円を描くように、ソラとカエレンを囲む。

視線は、逃がさない。

ソラから、歓喜が消えた。

恐怖が、取って代わる。

「……どうするんだ?」

囁く。

カエレンは、武器を抜かない。

動きもしない。

「……落ち着け」

静かに言う。

ソラは睨む。

「それだけか?! 今そんなこと言ってる場合かよ!」

その時――

子狼が、再び現れた。

輪の中へ、まっすぐソラの方へと駆けてくる。

尻尾を、不安げに振りながら。

成狼たちが、緊張する。

ソラは、息を止めた。

ゆっくりと、一体の狼が前に出る。

他よりも大きく、毛は濃く、その存在感は重い。

それは子狼に近づき、首筋をそっと咥え――

そして、止まった。

狼は頭を上げ、向きを変え――

ソラの脚に、額を擦りつけた。

一度。

そして、もう一度。

ソラは、息ができなかった。

空気が、変わる。

マナ――いや、その流れが変化した。

空間を押し潰していた緊張が、解ける。

まるで、長く止めていた息を、ようやく吐いたかのように。

成狼は子を連れ、後退する。

一体ずつ、狼たちは背を向け――

森へと溶けていった。

数瞬のうちに、すべてが消えた。

静寂が戻る。

カエレンが、息を吐いた。

「全部……大丈夫」

ソラは、その場に立ち尽くす。

「……今のは、何だ?」

カエレンは彼を見る。

その瞳は、読み取れない。

「俺……全部は……分からない」

そう認めてから、続けた。

「でも……一つ……確か」

「……何だ?」

「奴ら……去った」

「……お前……のせいで」

ソラは首を振る。

「でも、俺は何もしてない」

カエレンは頷く。

「それ……理由」

「お前……傷つけない」

「奴ら……分かる」

ソラは、自分の手を見つめた。

何もかもが、理解できない。

記憶が戻り。

マナが目覚め。

狼に囲まれ――

そして、去っていった。

まだ、一日は終わっていない。

まるで合図のように――

グゥゥゥ……。

ソラは固まった。

そして、ため息をつく。

「……正直」

力なく言う。

「狼より……飢えの方が怖いかも」

カエレンは一瞬止まり――

そして、ほんのわずかに、笑った。

[第3章終了]

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