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真実の愛査定サービスをお求めですか?

作者: Lemuria
掲載日:2025/12/14

 王国では古くから、婚姻を管理する役割は神殿が担っていた。平民であろうと貴族であろうと、はては王族であっても例外はない。婚約という契約の締結、破棄、そして解消に至るまで、そのすべてには神殿婚姻監査部の許可が必要とされている。


 貴族間の婚約は、単なる個人同士の合意では終わらない。領地運営、税制、軍役といった内政全般に影響を及ぼすため、第三者機関によって厳密に記録される必要があった。ゆえに、結婚よりも前段階である婚約ですら「公的な契約」と見なされ、その解除には必ず神殿の審査が求められる。


 もっとも、神殿が婚姻そのものを支配しているわけではない。あくまで祭事的、儀礼的な意味合いが強いだけで、誰と誰が婚姻を結ぶかを神殿が決定することはない。基本的に、婚姻の相手を選ぶ自由は、当事者たちに委ねられている。


 けれども、宗教として婚約そのものを祝福する形を取っている以上、そう簡単に相手をころころと変えられてはたまらない。神殿の威信や面子に関わる問題であり、祝福を安売りすることにもなってしまうからだ。

 そのため、婚約を結ぶこと自体に制約は設けられていないものの、婚約を破棄する場合には、神殿はいくつかの条件を提示している。


 一つ、重大な犯罪行為が発覚した場合。

 一つ、一族の存続に関わる疾病が、公式に確認された場合。

 一つ、《真実の愛判定制度》によって、真実の愛が認められた場合。


 細かな規定は他にも存在するが、概ねこの三点に集約される。


 最後の項目は昨今の異常な婚約破棄率のせいで、割と最近に追加された新制度である。

 狙った男性に婚約者がいた場合、なんらかのいじめを捏造したり、犯罪行為を相手の女性にでっち上げ、婚約破棄に追い込む手法が横行していたため、追加された新制度だ。


 制度の原理は単純である。

 申請者が「自分には真実の愛があり、それゆえ婚約を続けられない」と主張した場合、神殿は《真実の愛審問官》として聖女を派遣し、当事者かその相手、もしくは両方の審査をする。


 聖女は当事者にいくつか質問をして、その回答を聖女のみが扱える魔道具、アモーレ計測盤に打ち込み聖女が祈りを捧げると真実の愛が数値化されるのだ。


 なんでそんなことする必要があるのかと問われれば理由は明確である。本来、神殿は真実の愛を否定する側ではなく、祝福する側の立場だからだ。


 だが、現在の世情では、真実の愛はあまりにも安易に口にされ、そこかしこに落ちている。それゆえに、祝福すべきものとそうでないものを区別するための、明確な基準が必要とされた。程度の低いものは、適切に排除されなければならない。


 数値が基準を超えた場合、婚約破棄は正当なものとして合法化される。逆に基準を下回れば、ただの自己中心的な行動と判断されるため、破棄申請は却下、もしくは申請者の有責となり、多大な罰金と神殿での講義受講が課される。


 今日もまた、真実の愛の審問依頼が舞い込んできた。今回は大物である。

この国の第一王子アラン殿下と、公爵令嬢セリーヌとの婚約破棄、そして男爵令嬢マーゴットとの間にあるという真実の愛の査定だ。


 今夜の夜会の場で婚約破棄を宣言するため、同席しその後に真実の愛を査定してほしいとの要請が添えられていた。公の場での実施は、申請者側が自ら望んだ形式である。なぜかみな、婚約破棄を公の場でやりたがるのだ。


 神殿から派遣されるのは、第十一聖女スティラ。若くして聖女位に認定された、婚姻監査部所属の優秀な聖女審問官だ。


「お初にお目にかかりまーす!わたくし、神殿より派遣されてきました、真実の愛審問部第十一番聖女スティラと申しまーす。この度は真実の愛判定サービスにお申し込みいただきまーこーとーに!ありがとうございます!」


「な、なによ、ずいぶん軽いわね。さっさと始めてもらえるかしら?」


「もちろんですよ! 大切なお客様をお待たせするわけにはまいりません。では、いくつか質問いたしますので、お答えいただけますか?」


 そう言って少し自慢げな顔をしながら、アモーレ計測盤を取り出す。神殿では審問部の聖女一人につき一つ与えられている魔道具だ。


「お高いんですよーこれ。私のお給料半年分ぐらいするんです。壊れたら泣いちゃいます。まずは、殿下にお伺いします!婚約破棄の理由を教えてくださーい」


「私の婚約者が身分を振り翳して――」


「あ、はい、もうそこまでで結構です。テンプレートAですね。マーゴット様は男爵家の出身で、階段から突き落とされて、殿下はマーゴット様を守る為に婚約したんですよね」


「そ、そうだが……」


「なるほどなるほどー。話が早くて助かりますねー。次に、マーゴット男爵令嬢にお伺いします!階段から突き落とされた時の目撃者は仲のいいご友人と殿下だけ、その他受けた被害は教科書を破られたり、お茶をかけられたりしたで、公爵令嬢はそれを否定してるで間違いないですか?」


「そ、そうだけど、なんで知ってるのよ」


「いいですねー。テンプレートAのパターンBですねー」


 手慣れたように計測盤に情報を打ち込んでいく。本人たちにとっては一世一代のイベントかもしれないが、何せ膨大な数の婚約破棄の現場をこなしているスティラにとっては良くある話以外の何物でもない。


 神殿で聖女位を取得している者は十七人いるが、その全員が真実の愛審問官というわけではない。地方の祭事、治療、予言、巡礼対応と役割は多岐にわたり、婚姻監査部に常駐しているのは半数にも満たなかった。そんな人手不足の中でスティラは一日に何件も真実の愛査定を行っているのだ。経験値は聖女一であった。

 打ち込み終わったスティラが、計測盤を抱えて神に祈ると、ピピピピピという甲高い音が鳴った。


「計測結果出ました!真実の愛判定は……2%です!」


「はぁぁぁ!? なによそれ!?」


「はい、ランクとしては『行きずりの愛』あるいは『うさぎの情事』ですねー」


 軽い調子で言うが、実際のところ真実の愛が認められた例はそう多くない。勘違い、一時の気の迷い、誰かの入れ知恵、そういった想いの浅さに本人が気付くのは中々難しい。客観的に見れば馬鹿馬鹿しい話でも恋は盲目にしてしまう。現実を認められない人が次に言って来ることも大体決まっている。


「何よそれ!壊れてるんじゃないの?!」


「再審査します?ちなみに再審査は高いですよ?」


「や、やるわ!」


「毎度ありがとうございまーす!これで私のボーナスアップアップです。お客様は神様ですね。祈りますよー、私、神様に祈ります」


 再度、計測盤を抱えて神に祈ると、ピピピピピという甲高い音が鳴り数字が現れる。


「お!おめでとうございます!真実の愛判定は3%になりました。1%増えましたね!高額支払いの覚悟が評価されたんじゃないでしょうか。でも100%にするにはこの国の財源、全部溶けますね!私としては大歓迎なんですけど、やります?」


 ふざけないでよ!と癇癪起こしているがそもそも金銭を天秤に載せた時点で真実の愛からは程遠いこと自体に本人は気づいていない。政略だったり、お飾りだったり、婚姻そのものに必ずしも愛が伴うわけではないのだ。本来貴族の婚姻というのはそういうものなのだから、その中で愛を示したいと言うならせめて相応の覚悟をもって欲しいものだとスティラは思う。


「あ、あの……」


 後ろから控えめな声がして、スティラは振り返った。


「僕も……お願いしても良いでしょうか」


 そこに立っていたのは、見た目にこれといった特徴のない青年だった。身分は男爵家の令息だという。事情を聞くと、つい先日、最愛の婚約者と死別したばかりだった。死因は流行病である。婚約は家同士の取り決めではあったが二人は仲が良く時間が許す限り一緒にいたし、会えない時は手紙を書いて送りあっていた。


 そんな折、婚約者が病に臥せったとの知らせが届いた。うつる可能性があるから近づかないように、という周囲の忠告もあったが、青年はそれを無視し、最期まで看病を続けた。だが、その甲斐もなく、婚約者は先日亡くなってしまったという。


「僕は、あの人以外と結婚するつもりはありません。もっと何かしてあげられたんじゃないかと、そればかり考えてしまうんです。ただ……せめて、あの人との愛が本物だったのか。それだけでも、確認したくて。お金はいつか必ず支払いますのでどうか……」


 スティラはひとつ頷くと、アモーレ計測盤を作動させた。

 本来、真実の愛の判定は神殿を通して事前に予約し、順番を待って行うものであり、予定にない計測が行われることは稀である。それでもスティラは、青年の態度に紛れのない真剣さを感じ取り、例外的に依頼を受けることにした。そしてそこに表示されていた数字は115%であった。


「おめでとうございます。あなたは確かに真実の愛をお持ちです。どうか誇ってください。操を守り続けるのもひとつの形ですが、あなた自身の幸せを第一に考えてください。それこそ、あなたが愛した方が望むことです。聖女としてあなたの真実の愛を祝福致します」


 青年はその場で泣き崩れてしまい、スティラは聖女として厳かに祈りを捧げている。誰も口を挟むことはできなかった。


 今回の件は非常に数の少ない、合格値のサンプルとして神殿内で共有される。こういった事例の登録が多くなればその分聖女たちの負担が減るため、真実の愛を持つものからは寄進は頂かない規定になっている。


 青年は深く頭を下げ、静かに去っていった。


「さてさて、お待たせ致しました。再々審査しますか?しませんか?」


 殿下も男爵令嬢も何も言えず、その場で立ち尽くしてしまっている。これを見た後まだ騒げるほど恥知らずではなかったらしい。スティラはそれを確認すると、特に感慨もなく計測盤を片付けた。今日の査定結果は既に神殿に持ち帰る資料としては十分すぎるほどだ。

 真実の愛が否定された申請者には義務が課される。婚約破棄による慰謝料の支払い。破棄した相手への謝罪。そして、真実の愛の勘違いを正し二度とこのようなことを起こさないための神殿での講義という名の修行だ。


 慰謝料は王国法に基づき算定されるため、殿下であろうと減額はない。男爵令嬢についても同様で、虚偽申告が認定された場合は連帯責任となる。今回の件では、計測前の発言内容と結果の乖離が大きく、情状酌量の余地はないと判断した。婚約破棄されたセリーヌ公爵令嬢は謝罪と満額の慰謝料を得られることになる。


 講義は最低でも半年。内容は、婚約制度の基礎、身分差による責任、感情と愛情の区別、そして「衝動を愛と呼ばないための自己点検法」といった実践的なものが中心となる。修行と呼ばれる所以は、まるで祈りを捧げるかのように何度も何度も復唱させられるからだろう。


 殿下はその説明を受け、顔色を変えた。男爵令嬢は途中で口を挟もうとしたが、スティラが一瞥すると、それ以上は何も言えなかった。


 真実の愛を声高に叫ぶこと自体は罪ではないが、それを盾に制度を破壊する行為こそが罪なのだ。


 スティラは必要事項を淡々と記録し終えると、書類を閉じた。今回の業務はこれで終了だ。


「それでは!私はこれで失礼致します。真実の愛査定サービスをお求めの方は神殿まで!またのご愛顧お待ちしております!」


 聖女スティラは計測盤を抱え直し、いそいそと扉へ向かって行った。仕事はまだ、いくらでもあるのだから。



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― 新着の感想 ―
真実の愛の査定!という何とも凄いタイトルに惹かれて読ませて頂きました。聖女スティラの商売人チックな台詞回しにクスッとなりましたが、男爵令息の対応の際には聖女らしい(?)態度になってたのが印象的でした。…
男爵令息がこの思いを抱いていつか幸せになれるといいですね…!! すごいいい話だった…清涼剤のよう…さわやかでありがたい。王子と令嬢はまぁがんばれ。 判定係の聖女さん達も幸せ掴めるといいねぇ〜〜
こうして一件の「真実の愛」が査定され、神殿及び聖女、聖職者たちにこの愛の情報が共有された。 尚、王子の「婚約破棄を伴う真実の愛宣言」のほうは、真実の愛が認められなかったため、規定通りの慰謝料、賠償金そ…
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