それぞれの正義
女王暗殺計画の時は、絶対的に武器を隠す必要があった。しかし、今回はいちいち変装したり、無駄な小芝居は必要ない。いつもの自分でいればいい。
黒で身を固めれば、アレスの身体によく馴染んだ。一気に、スイッチが入っていく。
やるべきことは一つ。内通者の排除。そこに感情はいらない。
アレスはよく身体に馴染む黒で全身を固めて、一階へ降りた。
ほかのメンバーは、すでに全員払っていた。残っていたのは、ファミル、アイザック、サラ、ナリーだ。
「ファミル、昨晩話した通り、俺たちはロジャーのところへ向かう」
アイザックがそう告げる。ファミルには、すべて話を通している。
「レジスタンスとしては、到底認められるものではない。わかっているのだな?」
ファミルは、真っ白な髭を撫で上げる。そして、少し白濁した細い目で睨んだ。
年老いてはいても、誰よりも気迫がある。部屋全体に静電気が発生したように、ピリッとした。
横に控えていたアレスが答えた。
「わかっています。サラのこと、頼みます」
アレスは、ファミルの横を一瞥する。 手を握りしめ、キャップを目深に被った金色のショートカットは、黙りこくったままだった。アレスは、つま先を外へと向けていく。その時、ナリーが足元に絡みついた。
「前回の暗殺計画の時に持ってたハンカチの効力は、抜群だったでしょ?」
冷静に考えてみれば、あの絶望的な状況下で、よく生き延びられたなと思う。
「ナリーの言う通り、ハンカチのもらったおかげで、今があるのかもしれないな」
アレスがそういうと、ナリーは照れくさそうに笑った。ナリーはまだ子供だからという理由で、今日の計画の輪郭しか教えていない。真実を告げるのは、すべて終えてからということになっていた。
その判断は、アイザックによって下されている。
だからこそ、その明るさが、後ろめたかった。そんな思いを包み隠すために、ナリーの頭をくしゃりと撫でまわした。
「今回も持っていってよ」
差し出してきたハンカチは、淡い青色をしていた。
そこにまたナリーの字で「がんばれ」と書かれている。その横へ視線を滑らせると、達筆な文字で「ご武運を」と書かれていた。サラの字なのだろう。ナリーにせがまれたのかもしれない。
「有り難くもらっておく」
もう一度、ファミルの横にいる金色のショートカットを見やる。相変わらずうつ向いたままだった。彼女にとって、提示された真実はあまりに残酷なものだということは想像がつく。自分以上の失望が、あるはずだ。
ナリーは、そんな大人たちがそれぞれ抱えている暗さとは、対照的に満面の笑みを浮かべ、そのまま外へ走り出していた。
ナリーには、ナリーの役目があるのだ。
アレスは、小さな背中を見送り、手渡されたハンカチを左胸ポケットに入れた。
穏やかな光も、そこの中へしまい込む。一度目を閉じて、開けると、本来のアレスの姿となっていた。
誰もが怯んでしまいそうなほど、研ぎ尽くされた刃のような鋭い瞳がある。
アレスは、ファミルヘ深々と頭を下げ、アイザックと共にドアを押した。
バタリと閉じられた扉。
二人だけのがらんとした空間なのに、やけに空気が薄く重かった。
ファミルは、大きくため息をついた。
「いくら考えても、仕方のないことがある。だが……現実は受け止めねばなるまい」
ファミルは、独り言のようにそういった。
ファミルの横で、無言を突き通し立ち続けている細い手には、拳が握られている。その手は、震え続けていた。
取り残された二人の間で会話がないまま、やがて、ロジャーの死刑執行の時刻を迎えていた。
部屋にある壁掛け時計が、正午の鐘を鳴らす。
それが合図だったかのように、ドアをたたく音がした。
レジスタンスに所属している者にしか知らない、独特なノック音だ。
ファミルが立ち上がり、扉へ手を伸ばそうとしたとき、ドアが蹴破られた。
ドアがファミルへ直撃しそうになる。ファミルは、咄嗟に後ろへ飛んだ。ファミルは、襲ってくる扉の方ばかりに気がとられる。
その隙に、黒い影が幽霊のように部屋の中へ入り込んでいた。
あっという間に侵入に成功したそれは、目深にかぶったキャップの金色のショートカットの女の背後へ回り込む。そして、細い首にナイフを突きつけていた。
暗殺者さながらの身のこなしだった。
「女王、一緒に来てもらおう」
背後に回り込んだ男が、女にぼそりと耳打ちする。
女の細い首にナイフが当たった。その冷たさが、彼女の全身の熱を奪っていく。これは、現実なのだと、知らしめるように。
女は耐えきれず、声を絞り出していた。
「どうして、あんたなの……? 」
背後の男の体に電流が走ったように、体が跳ねた。その衝撃のせいで、手元がぶれる。
細い首に、薄く傷がついた。ツーっと一筋の赤い道ができ上っていく。首に突き付けていたナイフが、驚いたように離れた。
目の前にいる女の正体を知った男は、よろよろと一歩二歩と後ろへ下がっていく。
女は、ゆっくりとキャップのつばに手をかけた。それをゆっくり取り除くと金色の髪と一緒に外れていく。本来のオレンジ色の髪が姿を現し、振り返った。 男は、その女の名前を呼んだ。
「ブランカ……」
男は心臓を射抜かれたように、目を見開いていく。
女王に扮していたブランカは、声を震わせた。
「ロジャー……どうして? 何故、裏切ったの……?」
ブランカの瞳に、今にもこぼれそうな涙がため込まれている。
ロジャーは冷えた瞳を微かに揺らしながら、零れ落ちた涙を見つめていた。




