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青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

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怒りの矛先7

 

 縛られ転がされているブレイの腹へ、アレスは一発蹴りを入れた。

 小屋いっぱいに、ブレイのうめき声が響く。

「いきなり……酷い、だろ……」

 抗議を無視して、アレスはブレイの横で片膝をついた。手に持っているナイフで、手を縛っていた縄手を切り解くと、右手をひねり上げた。ナイフの刃は、右手人さし指の付け根にある。

「裏切り者に対して、遠慮なんて不必要だろ。まずは右手の指から切り落とす」

 握っているナイフに力が入った。ブレイの指に刃が指に触れる。皮膚が裂けた。赤い液体が一筋道を作って、ぽとりと床に落ちた。先ほどの腫れ上がっていた時の顔の方が血色良かったのではと思えるほど、ブレイの顔は真っ青になっていく。

 サラは、口元に手を当てて身を引いていた。

 アレスの相変わらずな無表情に恐れ慄いたブレイは、溜まらず叫んでいた。

 

「頼む……! や、やめてくれ……! 知っていることは、全部話す!」

 窓の外側からでも聞こえるほどの大声だった。

 アレスは声を落とせと、手で合図する。

「暗殺計画を宮殿側へ漏らしたのは、お前だな?」

 アレスの冷たい瞳を前に、ブレイの目は恐怖を滲ませながら重々しく頷いた。

 アレスの予想を覆して、ブレイはやはり内通者。それで、間違いなさそうだ。

 しかし、どこか釈然としない。

「誰からの指示だ?」

 ブレイは、泳がせていた視線を地面へ落とし、苦しげに言った。

「……わからない……」

 アレスは溜息をつく。目つきが変わった。

「次は、本当に指が一本なくなるぞ」

 アレスの警告にブレイの顔は、青を通り越して真っ白だった。不憫なほどに怯えている。

「本当だよ! 信じてくれ! そもそも、初めて接触してきた時も、手紙だったんだ! 俺のカバンに、差し入れられていたんだ!」

 再び大声になったブレイの目に、涙が浮かんでいた。

 しかし、アレスは同情の色をみせることはない。

「アレス。本当にこの方は、知らないのではないでしょうか?」

 見かねたサラが、間に入る。アレスは、じっとりとブレイを睨み付けると、ブレイは慌てて口を動かしていた。

 

 ブレイの言い訳はこうだった。

 最初の宮殿側との接触も手紙で、ブレイのカバンに入れられていた。最初の命令は、レジスタンスのメンバー情報を横流しすること。報酬は、弟を腕のいい医者の元へ送ってやるというものだった。

 約束が守られるかどうか半信半疑ながら、ブレイはそれに従った。すると、弟の元へ実際に医者がやってきて入院できることになり、約束は守られることを知った。しかし、入院だけでは、治療はできない。膨大な金がかかる。

 内通者として仕事をすれば、ブレイの報酬は宮殿から病院へ流され賄えると、助言された。ブレイはその言葉に従い、次々と要求される情報を横流ししたのだという。


「実際に弟は、投薬治療を受けることができている。弟さえ助かれば、相手が誰かなんか、どうでもよかったんだ。俺は、ただ弟を助けたかっただけなんだよ……」

 自由になっているブレイの左手は、拳を握っていた。ブレイの涙で、もともとあった赤い点が薄まっていく。

 アレスは、柄を握りしめた。

 家族を助けたかった。

 その思いは、理解はできる。もしも、自分がブレイだったら、心を揺らしてしまうかもしれない。しかし。

「だからといって、仲間を売ってもいいという通りには、ならない」

 アレスの正論に、ブレイは目に新たな涙をためて「ロジャーには、すまないと思ってる……」と呻く。

 アレスは、締め上げていたブレイの右手を離す。ナイフを鞘へおさめた。

 アレスは、わっと湧き上がってきそうな感情の熱を冷ますように、息を吐いて、ポケットを探った。


「ちなみに、これはお前のもので間違いないのか?」

 ブレイが内通者だと露見された証拠の紙を、ブレイの足元へ投げた。

 ブレイは、苦々しい顔をして、その紙を見下ろす。

「……確かにそうだ。でも、俺はその紙を処分したはずなんだ。それなのに、カバンに入っていた。誰かが、また入れたんだと思う」

「お前以外の内通者が誰なのか、お前は知らないのか?」

「え? 俺以外にも、いるっていうのか?」

 ブレイは、目を丸々とさせている。

 むしろ、その可能性を疑わないブレイの浅い思考力に頭が痛くなりそうだった。

「お前が内通者になるきっかけとなった手紙は、誰が入れた? 処分したはずの書面は、誰が戻した? 紙が勝手に動き回るはずがないだろ」

 ブレイは、ごくりと固唾を飲み、首を横に振った。

 アレスは、何度目かになる溜息をつく。


「質問を変える。お前の荷物がどこにあるのか知っている奴は、誰だ?」

「同室のケビンは、当然知ってる。あとは」

 ブレイが言いかけたとき、野太い声が背後から轟いた。


「アレス! 勝手に何をしてる!」

 アレスは、小さく舌打ちをして、立ち上がり、体を後ろへ向ける。

 アイザックだ。不機嫌この上ない大きな顔がそこにあった。

 射貫くような鋭い目で、アレスとサラを睨み付けながら、アレスの横に立つ。そして、目を大きく見開いた。

「一体、何をした……? さっき見えた青い光のせいか?」

 ブレイのいる真横に窓がある。サラから放たれた青い光が、窓から漏れたから、アイザックはここにきたということなのだろう。

 酷い怪我が消えているブレイを前に、これは現実なのか確かめるようにいう。アレスが、どう答えようか迷う時間もなくサラはいった。

「私が、治しました。私には、傷を治す魔法があるのです」

 アイザックが目を見張り、アレスへ確認をとるように目を向ける。

「喋られない状態では、話を聞きだすこともできないので、サラに治してもらってコイツに話を聞いていました」

「吐いたか?」

「自分は、内通者だと認めました。でも、こいつはただの末端で、詳しい情報は何も持っていなさそうです。こいつは、利用されたに過ぎない。最後に、聞きたいことが一つある。それだけ、聞いたらこいつを追放しましょう」

「……裏切り者を、殺さずに生かすというのか?」

「殺しても何の得にもならない。生かしたとしても、こんな小物では毒にもならない」

 アレスがそういうと、アイザックは探るようにアレスをじっと見つめ、 早くしろ、と顎をしゃくった。

 


 アレスが再び、ブレイの方へ体を向ける。

 その時だった。

 窓が突然割れた。ガシャンと派手な音を立てて、粉々に飛び散る。

 何かがしゅっと風を切った。

 アレスは、反射的にサラの腕をつかんで後方へ飛ぶ。サラを物陰に押し込んで、構えをとる。アイザックは、割れた窓の真横へ立っていた。息をひそめ、攻撃に備える。

 しかし、新たな動きはみられなかった。

 長い沈黙を破って、アイザックが窓の端から外を探る。

「窓ガラスが、割れただけか?」

 アイザックが、警戒を解く。サラには、そこにまだいるように制して、アレスも窓際へ足を向け、外を見やった。

 誰かいるような気配も、殺気もなかった。

 アレスは肩の力を抜き、気を取り直す。そして、ブレイを見やった。


「ブレイ?」

 アレス、眉をひそめた先にいるブレイは俯せになって、呻いていた。

 首を抑えて、苦しそうに悶えている。

 仰向けにさせると、白目をむいて、口から泡を吹いていた。

「……毒か」

 ブレイが手で抑えている首から、ナイフのようなものが刺さっている。

 サラが、駆け寄ってくるが、悔しそうに両手を握りしめていた。

「この状態では、どうしようもありません……」

 アレスの横にサラが跪いて、苦悶の表情で首を横に振る。

 即効性のある強力な毒であることは明白だった。ブレイは、すでに絶命していた。

 アレスは、ギリギリと奥歯を噛む。

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