怒りの矛先5
ロジャーの死刑執行。
ファミルはそのチラシを持って力なくだらりと下げられ、呆然としている。メンバーも各々暗い表情を浮かべていた。
そこにサラの声が、響いた。
「彼を助けましょう」
迷いのない力強さだった。
俯いていた者たちが、一斉に顔を上げ、サラをみた。
メンバーの視線は、相変わらず厳しい。その眼の奥には、葛藤が隠されている。サラの言葉は、誰も口にすることができない言葉。レジスタンス内で絶対に破ってはならないルールの一つ。
ずっと黙り込んでいたブランカは、苦しげな瞳でサラをみつめていた。希望にすがるような顔をして。
淡い期待が、そこから周囲に広がっていく。しかし、そこへ冷えた声が響いた。
「ダメだ」
水を差したのは、アレスだった。意外なところからの否定に、サラは驚きのあまり言葉を失っていた。
ブランカの瞳にあった希望は、失望に変わっている。光がさしていた瞳に影が落ちる。ほかのメンバーも似たような色が浮かんでいた。しかし、誰の口からも反論が出てこない。ただ重苦しい沈黙ばかりが落ちていくばかりだった。メンバー全員の頭の中に刻まれているレジスタンスの鉄則が、すべての口を閉じさせていた。
しかし、サラの青い目は鋭く変化していた。
「なぜ、そんなことを言うのですか……!」
アレスが、一番ロジャーを助けたいと思っているはずなのに。
サラは、その言葉を飲み込むと、アレスが静かにいう。
「何故、わざわざ広場でロジャーの死刑執行すると予告する必要がある? 宮殿の反乱分子の見せしめとして、公衆の面前で執行して、黙らせるためという意味もあるだろう。しかし、それは大した理由じゃない。一番の目的は、サラ。……つまり、赤の女王を取り戻すための罠だ。わざわざそこへ飛び込んでいくのは、浅はかだ」
アレスは、冷えた瞳でサラを見やる。しかし、サラの尖った瞳は、萎えるどころか、鋭利さを増していた。
「そうだとしても、この機を逃しては彼を助けられなくなります! 私を誘き出すことが最大の目的だとするのならば、私の身と引き換えにロジャーを助けましょう」
「そして、再び赤の女王へ戻るのか?」
アレスから鋭く放たれた冷たい現実は、真っすぐサラへ飛んでくる。
アレスの言う通りだ。再び、宮殿へ戻されれば、自分を失ってしまう。抗う方法がない。
ならば、いっその事。サラは自分の胸に手をやる。青いペンダントが光った。
「取引が無事終了次第、私をその場で殺してください」
サラの主張が部屋中に広がる。誰しもがサラの主張に異議はないという顔をしていたが、ファミルは長い白髭を撫でつけながら、前へ出ていた。
「姫、その作戦は却下です。ロジャーの犠牲は、致し方ない」
ファミルの動じない声が響き、サラが目を見開いた。
「ファミルの言う通りだよ、サラ」
ブランカは、目を閉じて、その現実を受け入れるしかないと言い聞かせるようにいった。
サラは、うつむくブランカを痛々しく見つめて、堪らず叫んだ。
「ブランカまで……なぜ、あきらめるようなことを言うのですか……!」
ファミルは冷たい目でサラを見据えた。
「メンバーが危険にさらされた時、助けることを禁ずる。当然自ら危険に陥った時も。この組織の鉄則です。ここにいるもの達は、その覚悟があるからこそ、ここにいるのです」
ファミルのこれまでのサラへの敬意は、消えてる。ただ敵と対峙するような鋭い眼差しを放っていた。
「一人を助けたがために、ここにいる者……いや、この国全員が危険な目に遭うことになる。それだけは、避けねばならぬことは、お分かりでしょう。宮殿の兵士と同じです」
受け入れ、諦めるしかないのだというファミルの目は、一切揺れることはない。
サラの細く小さな手が、震えた。
昔、一人の宮殿兵士が死んで、仲間が泣いていたのを目撃したことがあった。その時、リーダーらしき兵は、泣いている者たちへ言っていた。
『兵士はただの捨て駒だ、いちいち悲しむ必要はない。代えは、いくらでもいるのだ』
サラは、胸のペンダントに手を当てて、ぎゅっと握りしめる。
「……私には、その道理がわかりません。組織にとっては、たった一人の歯車でしかないのかもしれない。だけど、人はモノではありません! 血が通っている人間です! それぞれに、感情があって、命がある! 切り捨てていい命なんて、一つもあるはずがありません!」
サラの叫びに、ブランカの肩がビクリと震えた。
「その時は、みんな口をそろえて『最小限の犠牲だった』と、いうでしょう。でも、残された人達にとって、その一人は最小限の犠牲なんかじゃない。大きな悲しみを抱えることになる。そして、その悲しみは、増幅されて憎しみとなり、新たな死を呼び込んでいく。それでは、何の解決にもならない。永遠に、負の連鎖を繰り返すだけではないですか!」
サラの悲痛な叫びは、何の汚れのない空気の中へ、淀みなく木霊して、心にも染み込んでいくようだった。ブランカは、凍らせていた悲しみが、溶け出すように、肩を震わせていた。
その震えが伝わって、サラの声も震えていた。
「綺麗事だと言われても、甘いと言われても、それでも……。諦めてばかりいては、何も変わらないではないですか」
サラの青い瞳に、涙が溜まる。それが零れ落ちないように、唇をかむ。
ずっと憎しみの感情を隠そうともしていなかったメンバーの顔から、感情が消えていた。誰一人としてサラを踏みつけるものはいなかった。ずっしりと各々の胸の奥にサラが放った言葉が、小さな刺となってそれぞれの胸の奥に埋め込まれて、疼いていく。
サラは、うちに籠りすぎた熱を吐き出すように、大きく息を吐いた。
「……すみません。私が言えたものではないことは、わかっています。……少し、頭を冷やしてきます」
サラは、ドアの外へと出ていった。バタンとドアは閉じられた。ずっと泣きそうな顔をしていたナリーも、二階へと駆け上がっていく。ブランカも、その後に続いていた。
足並みのそろわない足音。ファミルは大きく息を吐いて、困り果てたように口ひげを撫でた。アレスの横に立った。
「姫は、本当に何も変わっておらん。正しく美しい志は、幼い頃から一際輝いていた。しかし、その正義はとてつもなく弱く、脆いのだ。……だから、操られた」
深々と溜め息をつくファミルの言葉に、アレスの古傷も呼応するように鈍く痛みはじめていた。
よく父が語っていた理想も、サラと似たような場所にあった。だから、死んだのだ。
真の理想は現実に一番遠い場所にあって、それは俺の手では決して手繰り寄せることはできないところにある。そう知ったから、この道を選んだ。
ファミルは、アレスをみやる。ナリーの両親が死んだ日と同じような、やるせなさが滲み出ていた。
「……アレス。ロジャーのことは、お前が責任を感じることではない。変な気を起こすなよ」
「そんな気、ありませんよ」
無表情のまま答える端正な横顔の瞳は、揺れることもなく、ただ一点を見つめている。
ファミルは全身から溜め息をつく。
「アレス、外は危険だ。姫を見てきてくれ」
「……了解」
アレスは、静かにドアを押した。




