怒りの矛先4
サラとブランカの話は尽きないようで、しばらく待つことにしたアレスは、二人から離れて腰を下ろし、ポケットを探る。
厚みのあるつるりとした紙の感触を確かめて、それを取り出した。ケビンから借りてきたメモだ。もう片方の手でも、撫でてみる。
紙の厚みと質感。一般では出回っていない上質な紙だ。紙に書かれている文章をもう一度確かめてみる。やはり、宮殿から出されているものとみて間違いなさそうだった。となれば、ケビンたちが下した判断は正しいと、アレスも思う。
しかし、一方でザラリとした違和感がどうしても拭えなかった。
もし、自分が内通者だったとしたら、こんな証拠が残るのような紙は、すぐに証拠隠滅するはずだ。
それができない理由があったと仮定したとしても、他人が手を伸ばせば簡単に見つかるような場所に保管するだろうか。普通ならば見つかることを恐れて、肌み放さず持ち歩くか、絶対に見つからない様な場所に隠すだろう。
それをわざわざレジスタンスの仲間たちがいる場所で、しかも簡単に取り出せる自分の鞄に仕舞うだろうか。
あまりに考えが足りなさすぎる。
逡巡していると、三人がアレスの元へやってきていた。
「何それ?」
ブランカがアレスの持っている紙を指さす。
「ブレイが持っていたらしい。内通者の決め手となった証拠だ」
アレスがブランカへ差し出すと、横にいたサラが覗き込むと、ナリーも背伸びをして視線を伸ばしていた。
「これ、偽物ってわけじゃないのかな?」
ナリーが首を傾げる。それに答えたのは、サラだった。
「この紙は、宮殿内部で使用されている文書で間違いないと思います。この印をみる限り、上級兵が書いたものですね」
一般兵の刻印とは、違うとサラはいう。散々見てきているだろうから、この中にいる誰よりも判別は確かだろう。念の為アレスが「偽物ではないと、断言できるか?」と問えば「間違いありません」と、はっきりと答えた。
元気を取り戻しつつあったブランカが再びしゅんとしていた。ブレイはブランカと同じく情報収集担当だった。ならば、間違いなく交流があったはずだ。
「ブレイはどんな奴だったんだ?」
「ブレイは母親と弟の三人家族だったの。母親は、宮殿の給仕として働いていたけれど、粗相があったと言われて、収監され、そのまま亡くなったと聞いたわ。弟もそのあと、病気を患ってしまって、薬を買うお金に困っているんだって言ってたけど……」
カネに困っていたということであれば、このメモにある死体一体につき報酬を与えるという内容と、利害が一致する。弟の命を助けたいがために、宮殿へ自らが内通者となると申し出たという可能性もある。
内通者として動く割に随分と稚拙な部分はあるが、ここまで揃ってしまえば、もう疑念を保つ必要もないだろう。そこへ着地しようとしたアレスをとめるように、ブランカがぽつぽうと話しはじめた。
「でも……だからといって、私たちを裏切るような奴じゃないよ」
「なぜ、そう思う?」
「真面目で、誠実だもの」
真面目に聞いた割に、何とも曖昧な理由が返ってきて、アレスは嘆息する。
「ブレイはいつから、レジスタンスにきた?」
「えっと……たしか一年前くらいだったわ。母の無念を晴らすためにどうしても、レジスタンスに入りたいんだって、泣きながら訴えてた。すごい悲壮感だったし、よく覚えてる」
「僕も、覚えてる」
ナリーが相槌を打ち、ブランカはいう。
「あれで、演技だったとしたら、私人間不信になっちゃうわ」
ブランカは、そういうがやはりどれも内通者ではないという証拠にはほど遠い。アレスは、質問を変える。
「ケビンの方は?」
「たしか、ケビンの方があとから入ってきたのよ。たしか、半年前。ブレイがケビンの教育係になったから、二人の絆が深まって、そのままコンビを組むようになったんだわ」
半年前は、女王暗殺計画を本格的が始動した時だ。この頃から、計画が立てられていった。
アレスが、再び思考の波の流れへ意識を委ねようとした時、夜の闇から一人の男が慌ただしく走ってくるのが見えた。
アレスは立ち上がり、身構える。それをブランカご制した。
「大丈夫だと思う」
ブランカが、大きく手を振りサインを出す。情報収集担当者なは、人数が多いため本人だと証明するための秘密の合言葉のようなものがある。男も手を振り返し、サインを出していた。
正面の男は、ブランカに向かって更に走るスピードを上げていた。その手に何やら白いものが見えた。
肩で息をしながら、ブランカの前に立つ。
「ブランカ! これ、見てくれ」
男はぜいぜいと息をしながら、握りしめられていた紙をもう片方の手で広げてみせる。
『明日の正午、宮殿広場にて反逆者の死刑執行を行う』
そこに、罪人として載せられている切れ長の瞳の男。
「ロジャー……」
ブランカの目は大きく見開かれ、その名を呟いた。
アレスは、冷えた瞳でそのチラシをみやり、唇を噛む。
ロジャーが宮殿で自分の名前を叫んでいた時の絶望の顔がフラッシュバックする。
あの絶叫は、幾度となく木霊し続けていた。
あの時、自分がもっと、うまくやっていたら。せめて、潜入していた仲間たちへ退避するように伝えられていたら。ロジャーは今のような事態にはなっておらず、今もこの場にいたかもしれなかった。この事態を引き起こしたのは、俺の失態の産物以外にない。
そんな最悪な気分なのに、確かな希望の光が力強く輝き始めたような気がした。




