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青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

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怒りの矛先2

 アイザックは、アレスの胸倉を掴み目が痛むほど睨みつけた。

 レジスタンスに加入したきっかけは、妻クレアの死だった。

 クレアは心優しく、困っている人がいれば放っておけないような人だった。

 自分とは正反対な彼女に、心から惹かれ、結婚した。

 グラン国王夫妻が、隣国へ向かう途中事故で亡くなり、赤の女王が即位したとニュースが飛び込んできた頃のことだった。

 赤の女王が政権を執るようになり、国内はどんどん引き締めが強くなり、不穏な空気がどこからともなく漂ってきていたが、クレアと過ごしている時間は幸せそのもので、どうでもいい話。自分たちの世界とは、遠く離れた場所で起きた出来事。自分たちの生活には、まったく関係のないことだった。

 稼いできた金は多く徴収され、生活はギリギリ。それでも、妻がいる。それだけで、不満は薄くなる。

 そんな時だった。アイザックが帰宅している道中、近所の男が真っ青な顔をして走ってきたのは。

「アイザック、クレアが……!」

「どうした?」

 クレアの腹の中には、子供がいた。体調を急に崩すことだって、あり得る。せかすように、男の肩を掴んだとき、顔を歪めながらいったのだ。

「食料を分けてほしいと訴えて、兵と揉めている奴がいたんだ。そいつの後ろには、小さい子供もいた。兵はそんなこと構わず、そいつを殴り続けた。それを見かねてクレアが仲裁に入ったんだ。そしたら、兵がいきなりクレアを刺した」

 全身の産毛が逆立った。視界が赤く滲んでいく。

 気づけば、アイザックは走っていた。

 すぐに、丸い人垣が視界に入った。それを全部、跳ねのけた。その先に、赤い水たまり。その中に、変わり果てた姿のクレアがいた。その瞬間だった。

 この命がある限り俺は女王を追い詰めて、八つ裂きにしてやるという決意が、全身を形作る細胞一つ一つに刻まれたのは。

 それなのに、アレスはいう。

 クレアを殺した悪の根源を許せ、と。耳を疑うようなことを。

 アレスを、胸倉をつかむ手に力が入る。

 こんなにも身体が燃え上がりそうなほど怒りで満たされているのに、アレスの表情は変わらなかった。


 その瞬間、腑に落ちた。

 アレスが暗殺者になりたいといったのを、当時頑なに拒否したのは、ジャンが望んでいないからとか、そんな綺麗ごとではなかった。自分と同じ道を歩ませたくなかった理由は、こういうことだったのだ。

 アレスには、ジャンの血が濃く受け継がれている。それは、清く正しい正論しか述べない異質な細胞だ。自分とは相対し、絶対に理解できない。そんな面倒な人間に成長するであろうアレスを、近くで見ていたくなかった。

「やはり、お前を暗殺者になどすべきじゃなかった」

 今のアレスこそがジャンが望んでいた姿だったのだろう。

 叶えられもしない綺麗な正論ばかり並びたてる偽正義者。

「俺は心の底から、後悔している。お前を一瞬でも、息子のようだと思ったことを」

 アレスは、微動だにしなかった。顔色一つ変えずただ、アイザックを見返す。

 サラは、胸のペンダントを痛いほどぎゅっと握り込んだ。

 その時、ドアがギーッと鳴った。

 淀んだ熱が、一気に外へと逃げていく。

 

「随分と荒れてるな」

 血なまぐさい風が吹き抜ぬけた。そして、突如部屋の床に一人の男が投げ込まれた。

 一斉に投げ捨てられた男へ視線が集まり、サラは目を見張る。

 両手を縛られ、さるぐつわをされている。その顔に見覚えがった。情報収集を担当しているブレイ。約一年ほど前、レジスタンスに入ってきた若手だった。顔は殴られた後が、無数に残っている。息はあるようだが、重症だ。


「兵にやられたのか?」

 アイザックの怒りは、そちらに気を取られアレスを掴んでいた手が緩められた。連れてきた男――ケビンへ向き直った。彼も情報収集担当。ブレイの一年先輩にあたる。

「裏切り者だよ」

 ケビンは、かわいがってきたのにと、吐き捨てるように言う。ケビンの後ろから、小柄な老人の苦々しい顔が現れた。

「それにしても、やりすぎだ。こんなにしては、しっかりとした証言がとれんだろう」

 もともと無数にある眉間の皺が濃くなるが、アレスの方を見るとその皺は、目じりの方へ移っていた。

「よく無事に、戻ったなアレス」

 小柄なファミルがアレスの前に立つ。

「内通者がいること、知ってたんですか?」

「すまなかったな、アレス。本来ならば、事前に見つけて処分しておくべきところだったが、見抜けんかった。内通者がいると気づいたのは、我々がここに着いた時だ。わしとしたことが、大失態だ」

 シミだらけになっている手を握り込んでいた。

 サラは、ファミルを見て驚いたような顔をしてじっと見つめている。それに気づいたファミルは、サラへの前へつま先を向けた。

 そして、一転昔を懐かしむような柔和な笑みを浮かべていく。

 

「姫、お久しぶりです」

 たった一言放たれた瞬間、サラの瞳に分厚い水の幕が張られていた。

 耐えきれず、ポロリと落ちる流れに押し出されるようにサラは呟いた。

「……無事だったのですね」

 アレスは、釘付けになる。ファミルの手を取り骨で角ばった手の甲を擦るサラの瞳は、これまでの苦悩の色は消え、目を細めていた。

「ミュラー、無事でよかった」

「その名は、宮殿を出たと同時に捨てました。今は、ファミルと名乗っています」

 サラから洞窟で聞いた名だ。その名前で呼ばれているファミルに、アレスは驚嘆していた。

 まさか、ファミルがサラが話していたミュラーその人だとは微塵も思わなかった。その場にいるメンバーも同じような反応をみせている。

「あの時は、助けていただきありがとうございました。私がこうしていられるのは、姫のお陰です。しかし、ずっと後悔しておりました。まだ幼かったあなたを一人、残してしまったことを」

「何を言っているのです。あなたのせいでは、ありません」

「ですが、あなたの心はもう飲み込まれ、元には戻らないと思い込み、信じきれず刺客を送ってしまった。恩を仇で返すような真似をして、大変申し訳無かった」

 項垂れるファミルに、サラは大きく首を振る。

 

「私は、どうすることもできませんでした。自分で自分を終わりにすることもできず、ただいいなりになるしかできないもどかしさに、耐えきれなかった。苦しくて、何も見えない暗闇の中、アレスが現れ、ここへ導かれ、あなたにまた会うことができました」

 そういうサラは昔を取り戻したように心から溢れたような笑顔をみせていた。

「ファミルが宮殿出身だとは思いもしなかった」

 アレスが呟きは、思いの外大きく響いたようで、ファミルが何度も小さく頷く。

 このレジスタンスを立ち上げたのは、ファミルだ。

 アレスの問いに、ファミルは永い年月の苦労を表すように白く濁り始めている視線を遠くへやって記憶を遡る。

「昔、グラン王から頼まれていたのだよ。外から宮殿を監視できる組織を作ってくれと」

 わざわざ、反乱分子となる組織を王自ら作れと命令した。普通なら矛盾していると思うが、アレスはそう思わなかった。

 サラから聞いた金の腕輪を作った理由と重なる。代々の王は、そういう考えの持ち主なのだ。

「さて、昔話はまた後程。やるべきことがあります」

 ファミルは、床に転がっているブレイを見下ろした。

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