表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/25

怒りの矛先

 検問所での一件のせいで、サラは妙にソワソワしていたし、ブランカはずっと不機嫌さ引きずり続け無言を突き通していた。

 ナリーは、ブランカに「だから、やめた方がいいって言ったのに」と、ぶつぶつ言っている。

 そんな微妙な空気を受け流してアレスは、いつも通りの顔で淡々と歩みを進めていた。

 

 そして、再び空から太陽が消えたころ、四人はイシスの町へと入ると、一同の気分は一転していた。

 殺風景だった視界も賑わいを見せ、気分が明るくなる。

 ブランカは、みんなと再会できるという喜びから、口数が多くなっていた。

 そんな中、アレスは小声で再度周知する。

「内通者がいることは、念頭に置いておけ。だからといって、不自然な態度をとれば怪しまれる。いつも通りでいろよ」

「いちいちうるさいなあ。わかってるわよ」

 ブランカは、口を尖らせながらもアレスの忠告を胸に刻んでいた。ナリーも頷く。

 そして、いざレジスタンスのアジトとなった宿屋にたどり着く。アレスは、サラを一番後ろにつくように促す。

 サラは、緊張した面持ちで頷き、ずっと隠してきていた青いペンダントを胸に戻し、きゅっと握り込んだ。

 アレスがメンバーだという証明のための共通のノックをする。と、アレスがドアノブへ手をかける前に開け放たれていた。


「お前たち、無事だったか!」

 メンバーから歓声が上がる。ナリーはもみくちゃになり、アレスは本当に生きているのかと、こぞってべたべたと身体を触ってきていた。どうやら死んだものと扱われていたらしい。そんな状況の空気にブランカは、不満の声を上げていた。

「私の扱い、雑過ぎない?」

 その声を聞き付けたアイザックが、二階からドタバタと騒がしくかけ降りてきた。乱れた白髪と銀色の髭がアレスをみるなり、びりっと電流を受けたように逆立っていた。

 

「お前が殺されたとか、全面戦争が起きるという噂が飛び交ったりと情報が錯綜していて混乱していたんだ。アレス、本当によかった!」

「すみません、俺がしくじったばかりに」

「いや、いいんだ。ナリーも無事だったようだし、こちらは建物を壊されただけで、死人はいない。これから、立て直せばいい。ロジャーは、一緒ではないのか?」

 アイザックが、アレスたちを一瞥すると、一人見知らぬ顔を前に眉をひそめていた。

 あの女は、誰だ?

 メンバー全員の顔が疑問を浮かべている。

「まずは、ロジャーの状況を説明します」

 アレスは、その時あったことをありのまま伝える。全員の表情が一気に暗いものになっていく。

「みんなそんな顔しないでよ。ロジャーは絶対に生きてるんだから」

 ブランカは座った目で自分へ言い聞かせるように、そういう。同意するものも、否定するもいなかった。ただ、事実だけを重く受け止めていく。重苦しい空気が漂う中、アレスは大きく息を吸った。

「それと、大事な話があります」

 アレスから珍しく緊張感が漂っている。それに気づいたブランカは、首を傾げた。

「どうして、そんなもったいぶった言い方するのよ。そんな言い方されたら、サラだって緊張しちゃうじゃない」

 そういうブランカへアレスが黒い瞳を向ける。その眼には、うっすらと謝罪が滲んで見えた。

 ブランカの顔に、不安という分厚い雲が覆っていく。その雲を振り払うように、ブランカは身振り手振りをして、早口に言った。

「ただの宮殿で囲い込まれていた看護師さんでしょ? あ、ただのじゃないか。魔法が使えるんだから、特別なってつくかもしれないけどね。あ、だから、そんな言い方するのか」

 自問自答して、納得していくブランカ。その前に立ったサラの青い瞳は、痛々しいほどゆがめられている。

「ブランカさん……騙すような真似をして、本当に申し訳ありませんでした」

 短くなった髪を大きく揺らして、深々と頭を下げた。サラは顔を上げ、呆然と見つめてくるブランカを直視することができず、長い睫毛を伏せ、目を閉じた。目の下に、黒々とした影が出来上がり、視界を遮断する。

 そして、サラはブランカからつま先の位置を変えた。

 青い瞳、短い髪、整った顔立ち。胸元の青いペンダントが輝いた。

 部屋の空気がなくなってしまうのではと思えるほど、一斉に息を呑む。

 サラは胸のペンダントを揺らし、アレスの一歩前へ出た。

 

「私は、赤の女王です」

 サラは、凛とした声が部屋の隅々まで響き渡った。

 全員が意表を突かれて、目を見開き絶句する。その中で唯一ブランカの声だけが響いた。

「は? 嘘でしょ?」

 ブランカの衝撃はそれ以上だったのだろう。手を震わせて確かめるように、アレスの腕を引っ張る。アレスは、視線だけブランカへ向け、表情をピクリとも動かすことなく言った。

「本当だ」

 アレスをつかんでいたブランカの手が、だらりと下がった。顔も足元へと落ちていく。

 一方、アイザックは、灰色がかった瞳と銀色の髭は、冷たい光を放っていた。その目の奥は、赤く煮えたぎっている。

「アレス、どういうことだ。殺せと、いったはずだ」

 アイザックの前に立つサラを睨みつけながら、アレスへと疑問を投げつけた。

 アレスは、サラの横へ並ぶ。

「総合的な判断で、殺さずここへ連れてきました」

 

 アレスは、ロジャーの話をする際に、伏せていた事実を淡々と述べていた。

 そして、宮殿での出来事のすべて話して聞かせると、日に焼けた茶色い肌に深く細かい皺が真っ黒になり、底のない怒りが刻まれていた。この場にいる全員残っている傷が、ぱっくりと開き、そこから怒りが流れ出してくるようだった。

 その場の空気が急速冷凍されたように、凍りついていく。

 すべての者達の内にある激しい感情を剥き出しにして、サラを鋭く睨む。この場に集まっている全員の殺気が、一斉にサラへ向けられていた。

「お前は、そんな夢のような話を信じたのか?」

 短気なアイザックの導火線は短い。一直線に向かっていたサラへ殺意が、アレスにも向かっているようだった。

 それを真正面から受け止めようとするアレスの前に、サラが立った。

「申し訳ありません。皆さんが抱かれている思いは、当然です。私がやったことの取り返しは、つかない。多くの人を傷つけ、苦しめました。私の言い訳など、聞いたところで、現実は何も変わりません」

 アイザックの湧き上がる怒りを拳に込めて、横にあった小さなテーブルへと叩きつけた。

 木でできていたテーブルに大きな亀裂が入った。


「ならば、何故まだ生きている! 悔いているのならば、すぐにでも自らの首に刃を向けるべきだったのではないのか! それなのに、のこのことここへやって来た。許しを得られると……命だけは助かることができるかもしれないと、期待を抱いていたからではないのか!」

 アイザックの激昂がビリビリと家全体を揺らす。

 それが号令だったように、周りのメンバーから、激しい言葉の矢が飛び交った。

「ずる賢く生き延びようとしたんだろう!」

「今ここで、死ね!」

「首を切れ!」

 冷えていた空気が一気に上昇して、酸素が薄くなるほど沸騰する。

 これまでの鬱憤を晴らすように、激しい。サラは、その怒りを全部抱え込むように、胸に手を置いた。

「そのような甘えは、一切ありません。私は皆さんの怒りを、憎しみを……全部受け止めるために、ここへ参りました。皆様には、心から謝罪したい……そんなことをしたところで、私の罪は消えるはずもありません。この命を何度捧げても償いきることは、できません」

 怒号が飛び交う隙間をぬって、決して大きくはないサラの震える声が、荒波を凪いだ。

 しんと静まり返っていきそうな熱を、アイザックが全部吸収していく。目の奥が更に煮えたぎっている。


「アレス! 口先ばかりよく回るこの女を、お前は許したのか!」

 アイザックは憤りを、アレスに向けていた。

「ジャンはあんな酷い死を与えられ、ソフィアは苦しめられた。お前の人生、すべてこいつが壊したんだぞ!」

 サラの髪が、びくりと震えた。

 その隙をつくように、アイザックがサラへ畳み掛けようと口を開きかけるその前に、アレスが静かに言い放っていた。

「許したわけではありません。怒りと憎しみが、今もずっと渦巻いている。この悔しさを片時も忘れたことはない。だから、俺はその道へ進みました。でも、ふと思ったのです。その先に何が残るのだろうか、と。女王の死で、憂さ晴らしすることはできるかもしれない。しかし、そのあとは、一体何が残るのでしょうか?」

「夜明けだよ、アレス。この国はやっと暗かった夜から抜け出して、朝日を浴びることができる」

「それは、女王を倒した後に得られる充実感。一瞬の光だけだ。それは、すぐに消えてしまう。そのあと国にもたらされるのは、混乱だ」

「ならば、我々が実権を握ればいい。そして、俺たちの手で、よりよい国を築き上げるのだ」

「それでは、ミリオンとやっていることは同じでは、ないですか?」

 

 本来のレジスタンスの目的は、宮殿を監視し、是正すること。政権を覆すことではない。

 いつか聞いた言葉だ。アレスの口調が強くなる。

「腐った柱は、もう元には戻らない。すべて壊し、作り替えなければ、新たに築き上げることなどできんだろう。必要な作業だ」

「そうやっていくら力でねじ伏せれば、また新たな摩擦を生み混乱を招く。宮殿だけでなくこの国自体が混乱し、世界が乱れる。それこそが、まさにミリオンが思い描いている未来そのものだ。それでは、奴の思う壺なのでは?」

 いつか我が父ジャンが言っていた言葉を思い出す。

 暴力では何も解決はできない。対話が必要だ、と。

 何を生ぬるいことを言っているんだと、まだ子供だった自分はそう思っていたが、今ならよくわかる。

 憎しみに突き動かされ、戦ったとしても、何も得るものはない。得られるのは一時の、充実感。それはあっという間に劣化して、虚しさに変わっていく。一瞬で消えてしまう甘い果実を味わうだけだ。

 

「まさか……お前、こいつを生かせというのか?」

 アイザックの充血した瞳は、まじまじとアレスを見た。

「この国の未来を思うのならば目先の感情にとらわれず、激しくとも収め、その先へ続く道を模索する方が建設的だと思います。少なくとも、今この状態の女王であれば、この国を納める者として誰よりも相応しい」

 すべてを分かり合えなくてもいい。それでも、お互い歩み寄る勇気が、明るい道を作っていくのだ。

 アレスは言いきる。

 意外な言葉にサラは青い瞳を大きくさせて、アレスの横顔を見つめていた。

 そんな二人を見てアイザックは、ふんと鼻で笑う。

 

「この女に丸め込まれたか」

 アイザックは、わざと下品な目付きでサラをみる。アイザックは、喧嘩を吹っ掛ける名人だ。熟知しているアレスは取り合わない。その応対が更なるアイザックの怒りを助長させる。

 そこへ、異質な声が響いた。

 大人達を、掻き分けてナリーが前へ出る。アイザックは、容赦なく怒鳴り付けた。

「子供が出てくるな!」

 それでも、ナリーは怯むことなかった。透き通った茶色い瞳が鋭くなる。

 大人でも怯んでしまいそうなほど、強い。

「僕は、死んでもおかしくない状態だったブランカ姉ちゃんを必死に助けてくれた姿を、この目でちゃんと見たんだ。みんなも、自分の目で、見極ればいい。ずっと、民衆の前で演説していた赤の女王が本物なのか、それとも今ここにいるサラお姉さんが本当の姿なのか。それからだって、判断を下すのは遅くないでしょ?」

 ナリーの主張が、アイザック以外の外野を黙らせていた。みんな口を引き結び、複雑な色が浮かんでいる。

 アイザックがナリーを乱暴に横へ避けた。小さな身体は、吹き飛ばされ、危うく壁に衝突しそうになる。その直前に、ブランカが無言でナリーを受け止めていた。ナリーは、目を見開く。ブランカの目には涙がいっぱいにたまっていたからだ。ブランカは、小さな手をきゅっと握る。

「ナリー。私と少し外に出よう」

 ナリーは、渋々頷く。ブランカは、そのまま背を向けて外へ出ていった。

 ぱたんと閉じられたドア。その音が合図だったかのように、再びアイザックの目には赤い炎が灯る。


「俺たちは、今まで散々苦しめられてきた! いくら時間をかけようが今さらこんなやつを、信用できるはずがない! 今は自分の命惜しさに、演技をしているだけだ! すぐにまた赤の女王となり、寝返るに決まっている!」

 アレスは、冷静だ。アイザックが頭に血が上っている間は、何を言っても通じないことは、分かりきっている。

 アレスは火が静まるまで、無言を貫く選択をすることにするが、それも効果はうすそうだった。

 アイザックの火力は増すばかり。顔を真っ赤にし、目をつり上げて、アレスの胸ぐらめがけて手を伸ばしていた。

 それをただ他人事のように見つめ、微動だにしないアレスとアイザックの間に、青い瞳が割って入っていた。

 

「その時は、私を容赦なく断罪してください。覚悟は、できています」

 真っ直ぐに放つ鋭い視線は、有無を言わせぬ力がある。

 その場はしんと静まり返り、部屋中に籠っていた熱気も青に吸い込まれていた。

「もし、そのときが来たら、その役目は俺が引き受けます」

 アレスの揺るぎない声がサラの意志を支える。アイザックは、サラを睨み付け、そして再び、間近にある黒い瞳を睨んだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ