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青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

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18/25

素顔8

 空の真上で輝く太陽を手で避けながら、アレスはバケツを手に川の手前でしゃがみ込む。

 作業しているアレスの背中を見つけたサラは、きゅっと手を握り込んで息を吸った。その気配に気づいてアレスは、水を汲もうとしていた手を止め、振り向いた。

 青い瞳は清らかな水のせいか、よく透き通っていた。しかし、その奥には、ナリーとブランカからもらい受けた怒りが、じんわりと滲んでいる。アレスはそれに気づかぬふりをして、ずっと胸の中にあった考えをそのまま口にしていた。

 

「サラも、逃げるなら今のうちだ」

 サラが吸い込んだ息は、そのまま止まる。目が落ちそうなほど目を見開いた。

「何を……言っているのですか?」

 目を見開きすぎて、白目が赤く充血していく。アレスは、構わず口を動かした。

「双方混乱している今ならば、姿を隠し通せるはずだ」 

「……私は、逃げきるために、生きているわけではありません。向き合うために……今を変えるために、私はこの命を使い切ると決めたのです」

 サラの悲鳴のような叫びが、静かに木霊していく。

 青い瞳が川を流れる透明と同じ色をたたえて、ペンダントは呼応するように強い光を放っていた。


「私はさんざん誰かの言いなりになって、生きてきました。でも、今は違う。アレスが私を、ここに連れてきてくれました。言ってくれたでしょう? 生きて苦しむ道を選べ、と。ならば、私はあなたについていきます」

「行先は、打倒女王を掲げているレジスタンスだ。そこでは、身分を打ち明けてもらうことになるぞ」

「そこへ私が行って、何か変えられるわけではないかもしれない。そこで消える命ならば、私の使命はそれまでだったというだけの話です。でも、逃げて、何もできずただ生き続けるのだけは、まっぴら御免です」

 サラの声が青い空を突き抜けていく。アレスは目を逸らそうとしていたが、それを許してくれない。

 なけなしの命を最後まで使い果たす。

 その思いに応えるように、やんわりと太陽を覆っていた雲が通り抜けた。サラの揺るぎない瞳は、再び降り注ぎ始めた太陽の光を力にして、更なる強い光を放っていた。その光は、アレスの暗い部分を照らしていくようだった。見られたくないとものまでも、曝け出されてしまう。そんな不安にかられてアレスは、大きくため息をつく他に、選択肢はなかった。

「……わかった」

 アレスは、フット息を吐いて決意する。

 ならば、俺が最後までサラの運命を見届けよう、と。


  

 アレスは、ゆっくりと水面へと視線を戻していく。

 上流に近いせいか、川の流れは速い。この場所はちょうどカーブになっていて、流れを変えている。岩が水にぶつかり、削られた石が、丸びを帯びてゴロゴロと転がっていた。

 透き通った水にサラの影がうつった。少しだけ横をみやれば、サラの足が見えた。足元は相変わらず素足で、包帯がまかれている。アレスは痛々しいとばかりに、目を細めた。

 

 サラは、足元に視線を感じて鋭くなっていた青い瞳を元の形に戻していた。相変わらずしゃがんでいるアレスの表情は見えないが、茶色い髪は風で大きく揺れていた。水面に反射する太陽の光が、アレスを照らしていく。

「アレスは……もう誰かが傷つくのを見たくないから、ブランカさんや、ナリーさんに逃げろと言ったのでしょう?」

 川が絶え間なく流れていく。ずっと先に海があるのだろうが、ここから確認することはできない。ただ、ザーッと流れていく水の先へ、視線を伸ばしながらアレスは呟いた。

「俺は、そんな優しい人間じゃない」

 アレスは再びため息をついて横に立つサラへを見上げた。長い睫毛がアレスの方へ伸びていて、青い瞳がパチリと合った。

「そんな人が、私にまで逃げろなんて、言いませんよ」 

 サラは眉を下げ、ほんの少しだけ口元を緩めた。


 しかし、穏やかな表情は一瞬で、下がっていた眉は少しづつ、歪められていく。 

「後悔しながら生きるのは、辛いことです。過去は、二度と戻らず、変えることはできない」

 サラはそういうと、合っていた視線を外して、流れの先へと顔を向けていく。アレスもそれを追った。

 

 過去は変えられない。その通りだ。

 いくら悔やんでも、ただその傷を抱えて生きていく時間に身を任せるしかない。頭ではわかっているのに、どうしても考えてしまう。

 もし、あの時助けに行くと言えていたら。危険だから行くなと、言いたかった言葉を飲み込んでいなければ。動きかけていた足を止めずに、動かしていたら。今とは違った景色が見えていたのかもしれないと。

 振り返れば、後悔の足跡しか残っていない。それを消すことは二度とできない。

 

「生き方を決めるのも、未来を変えるのも自分自身で、たくさんある選択肢のどれが正解なのかはわからない。ならば、せめて私は後悔しない道を選びたいと思います」

 その先の景色は、どこまでも過酷なものだとしても、それでも、サラはその道を行くのだろう。その強さを前に、アレスは頷くことしかできなかった。

 

 そして、再び太陽が雲に隠れていきそうになったとき、洞窟の方から怒声が飛んできていた。


「アレス。私が決めたことに口出しするなんて、ずいぶん偉くなったものね?」

「僕も、さすがに頭に来たよ」

「言っておくけど、アレスより私の方が先輩で年上なんですからね」

「そうだそうだ!」

「それをまた、随分と偉そうに……よくも勝手に仕切ろうとしてくれたわね? 何様のつもりなの? 私は私。あなたは、あなた。私の人生をアレスに決められる筋合いはないの。だいたい、アレスはね……」 

 

 ガミガミと文句と怒りをねちねちとぶつけてくる二人を前に、アレスは思う。

 後悔はやっぱり後から襲ってくるのだ、と。

 苦々しく思いながら、汲み終えたバケツを横に置く。とっくに作業は終わっているが背中に突き刺してくる二人の口撃のせいで、アレスはしばらく立ち上がることができなかった。苦虫を潰したような顔で、ひたすら耐え続ける。

 それを見ていたサラは、くすくす笑っていた。

 


 

 さんざん二人から攻撃を受けたアレスのダメージが回復してきたのは、日が落ち始めた頃のことだった。洞窟へ戻ったアレスは、再び問う。

「俺たちは、これからレジスタンスへ合流する。本当にそれでいいんだな?」

「当然でしょ」

「はい」

 ブランカとサラの即答に、アレスの迷いは消え、腹を決める。 

 そのタイミングで、ナリーが両手いっぱいに荷物を抱えて戻ってきていた。


「言われたもの、買ってきたよー」

「すまない、ナリー。助かった」

「レインおばさんチョイスだから、文句言わないでね」

 各自紙袋をわたす。中身は一般人に紛れ込むための洋服だった。

 アレスには茶色のティシャツに黒ズボン。サラとグレーのワンピース、ブランカは少しくすんだグリーンのワンピースがあてがわれた。


 アレスとナリーは洞窟の外で着替えを済ませ、女性二人は洞窟の中で着替えを済ませる。 

サラはグレーのワンピースに袖を通して、首に青いペンダントを掛けなおす。金色の長い髪をかき上げて、束ねた。

 ブランカも着替え終えると、ワンピースの裾をまくり、太ももにベルトを巻く。そこへ短剣を忍ばせるために手にナイフを持った。それを見たサラは、ピンと閃いた。

「ブランカさん、少しだけナイフ貸していただけませんか?」

「いいけど、どうしたの? 糸か何か引っかかった?」

 ブランカがナイフをサラへ差し出す。礼を述べて、それを受け取ったサラは、迷うことなく後頭部に向かって刃を向けはじめていた。それを見たブランカは、慌てて叫んでいた。

「ちょ、ちょっと、危ないよ!」

 サラは、ブランカの忠告を無視して、そのまま思い切りナイフを引き切っていた。



 

「着替え終わった?」

 しばらくして、ナリーが声をかけると、洞窟からブランカが出てきた。何とも複雑そうな顔をしている。

「ブランカ姉ちゃん、どうしたの?」

 ナリーの質問に無言を貫くブランカ。その後ろから出てきたサラをみやれば、答えとなっていた。絶句するナリーの背中をみて、周囲の様子を伺っていたアレスも顔をだすと、わずかに目を大きくさせていた。


「サラお姉さん、髪どうしたの?」

 サラの長かったはずの金の髪は、短く切られていた。ナイフで切ったせいで、切り口が粗い。しかし、そんなこと気にすることなくサラは微笑んだ。

「イメージチェンジです」

「急に大胆なことするから、びっくりしたわよ」

 ずっと無言だったブランカが、じっとりと文句をいう。しかし、サラは晴れ晴れとしていた。

「驚かせて、すみません」

 眉をハの字にさせるサラからは、赤の女王の面影が消えていた。吹っ切れたような清々しさも相まって、女王と名乗ったところで、なかなか信じてもらえないだろう。そのくらい、印象が変わっていた。

 まだナリーとブランカには、驚きの名残が残っているようだったが、それを視界の端において、アレスは前を見据えていた。


 太陽が空の下へ消えていくのを合図とするように、アレスの声がかかった。

「出発だ」

 四人は、月の光だけを頼りに、新たに構えているだろう第二のレジスタンスの拠点があるはずのキシアへ向かって歩き出した。


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