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青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

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素顔7

 ブランカがしきりに右肩を摩っていた。

「私たしかに刺されたよね? なんで、傷がさっぱりきえてるの?」

 ナリーがどうしようか思い悩んでいるのをみて、なんとなく察したサラがその質問を引き取った。口元へもっていこうとしていた手にあったパンをテーブルに置く。

「私には、不思議な力があって、人の傷を治せるのです」

「本当に?」

 当然の追及に、サラが困り果てる。そこにアレスが、胸の前で腕を組み、言葉を添えた。

「俺も助けられた。間違いない」

 いよいよ、ブランカの目が丸々と大きく見開かれた。そして、次第に目が爛々と輝き始める。


「凄すぎるじゃない!」

 ブランカはベッドから飛び降りて、サラの両手をとる。ブランカの顔は満面の笑みだ。ナリーは察知する。こういう顔のブランカは、とんでもないことを言い出す。

「ブランカ姉ちゃん、おなかすいたでしょ? ほら、そろそろパン食べよう!」

 慌ててナリーが間に入るが、ブランカは引かない。がっしりとサラの手を握って離さない。その目は真剣そのものだ。サラは青い瞳を大きく揺らしながら、ブランカのキラキラとしている瞳を見返した。

 ブランカは、オレンジ色の髪を大きく揺らし、手にさらに力をこめる。

「サラ、私たちの仲間になってよ! あなたがいてくれたら、百人力! 怖いものなしだわ!」

 ブランカ力が強すぎてサラの両手が、握りつぶされた。手の痛みよりも驚きが勝っているサラの瞳は大きく目を見開き、唇も半分ほど開いていた。

「な、なに言ってるんだよ……。サラお姉さんは、ただの看護師だよ? それを、いきなり僕らの仲間になんて……いくらなんでも話が飛躍しすぎだよ。ね? アレス兄ちゃんもそう思うでしょ?」

 ナリーが助け舟を出してくれと言わんばかりに、大きな瞳をアレスへ向けてくる。

 しかし、アレスの瞳は揺れることなく、無表情。口下手な自分にそれを求めるのは無理な話だと、内心愚痴をこぼしながら、心は焦る。それが全く表情に出ないから、ナリーの表情は険しくなる一方だった。

 サラは、じっとブランカを見つめて、静かに声を発した。


「……私は、みなさんの役に立つのならば、何でもしたいと思っています」

「それなら、話は」

 ブランカが言いかけるのを遮るように、サラの声が重なった。

「その思いは、本当です。でも、私にはその資格がないのです。……私は、宮殿にいたので……」

 サラが唇を噛み、ブランカは凍り付く。目を丸々とさせてサラの手を握っていたブランカの手が、ゆっくり離れていきそうなところに、ナリーが慌てて取り繕っていた。

「サラお姉さんは、宮殿で無理やり看護師をさせられていたんだよ! ほら、すごい力があるから、ずっと閉じ込められていたんだ」

「あぁ、なるほどね。確かにあなたみたいな力があると宮殿が知れば、放っておくはずがないわ。ということは、自分の意志で宮殿側にいたって訳ではないってことでしょう?」

 ブランカが自分の考えている方向へ導くように、問う。サラは、少し迷いながらその流れへ乗ることにした。


 「信じていただけるかどうかは、わかりませんが……」

 アレスは無表情すぎてわからないが、慌てた様子のナリーを見れば、ここで自分の正体を明かすことを望んでいないと、分かっていた。だから、サラは唇を引き結び渦巻く環状を飲み込んでいく。飲み込んだものが大きすぎて、どっと胃が落ちていくようだった。

 その重みと一緒に視線も膝へと落ちようとしていたが、再び両手を力強く握り込まれて、サラは顔を上げた。

「信じるわ。信じるから、私たちの力になって」

 きらきらと輝く瞳は、絶対に逃がさないとばかりにサラの青い瞳を射抜いて、張り付けてくる。

 サラは、それをじっと見つめる。自分の心臓に、その棘を埋め込んでいくように。

 沈黙が流れる。ずっと逡巡していたアレスが、ここでやっと間に入っていた。

 

「ブランカ。サラの件をここでいくら話し合ったとしても、時間の無駄だ。決定権は、俺たちにはない。ファミルたちにある」

 アレスがぴしゃりと言い放つ。ブランカがアレスを睨んだ。

「言い方が酷い!」

「今やるべきことは、一刻も早くファミル達と合流して現状を把握し、作戦を立て直すことだ」

 ブランカは、アレスの言葉で我に返ったように、目を伏せた。きらきら輝いていた瞳が曇っていく。

「確かに、そうだね」

「だいたいの経緯は、ナリーから聞いた。俺の方の状況も、話しておきたい」

 アレスは宮殿に潜入した時のことを、話して聞かせた。

 女王を仕留め損ねたこと。

 ミリオンに襲撃されて命からがら逃げだすことしかできなかったこと。

 そして、ロジャーを助けられなかったこと。

 話し終えると、ナリーの表情は硬くなり、ブランカの瞳にはうっすらと涙の幕が張られていた。

 

「すまない。ロジャーのこと頼まれていたのに。助けられなかった。俺は作戦失敗しただけでなく、みんなを危険な目に合わせた」

 アレスは、全部自分の責任だと、という。

 ブランカは、上を向いて零れ落ちそうだった涙を引っ込ませると、はっきりといった。

「ロジャーが死んだなんて、私は信じない。あいつは、軽率で感情のままに突き動かされて、いつも危なっかしい。でも、簡単には絶対に死なないような奴よ」

 ロジャーは、いつも誰よりも泥臭く、あきらめが悪かった。

 作戦で傷だらけになっても、這ってでもみんなの場所に帰ってきた。だから、ブランカの髪の色と同じ少しオレンジがかった瞳に明かりがとともった。

「この目で、ロジャーの死体を見るまでは絶対に信じないから」

 ブランカは、肩をすくめて笑って見せる。そして、今度はアレスの心臓に向かって指さした。

「アレスは、そうやって全部背負い込もうとする。そういうの、本当に直した方がいいよ」

 ブランカは、アレスの中心を見据えたまま、次第に鋭くさせていく。

 今までみたことがないほど研ぎ澄まされたところで、ブランカは静かにいった。


「アレスも、ロジャーも嵌められたんだと思う」

 ブランカの見解に、さすがのアレスも驚きを隠せなかった。

 ずっと腕を組んでいたアレスの手が緩んでいく。

「どういう意味だ?」

 アレスは眉をひそめ、前のめりになる。ブランカのオレンジの目には、怒りが滲んで赤みを帯びていた。

「だって、全部おかしいと思わない? レジスタンスの本拠地は、今までずっと宮殿に知られていなかったはずでしょ? それなのに、アレスたちが宮殿に潜入したその日に、ちょうどバレた。偶然にしては不自然が過ぎるわ。しかも、家に火を放たれたときには、すでに兵に囲まれていたんだよ? あれは、前もって立てられていた作戦だったとしか思えない。そう考えたら、私たちの作戦は全部宮殿に筒抜けだったと考える方が自然よ」

 

 アレスは、再び腕を組みブランカの指摘を、頭の中で一周させる。

 アレスも宮殿に入った時のことを思い返してみれば、決定的な場面があったことに今さら気づく。

「ミリオンは、俺の名前をすでに知っていた」

 父のジャンという名前を出されて、一気に頭に血が上っていたから気づけなかった。

 俺は、ミリオンには一度もあったことがないはずだ。父と同じ顔を持つミリオンならば、会っていれば、必ず覚えている。

 自分自身の浅はかさに腹が立ちそうだった。


「アレスとロジャーは、殺されに行ったようなものだった」

 ブランカは、悔しそうに拳を握り、そして再び目を鋭くさせて言い放った。

「つまり……レジスタンスの中に、内通者がいる」

 洞窟内に響き渡っていく真実が、重々しく広がっていく。

 アレスは、再び固く腕を組み口を開いた。


「どちらにせよ、俺はレジスタンスと合流する」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 内通者が誰なのかわからないのに、合流して大丈夫なの? アレスは、そいつのせいで殺されかけたんだよ?」

「全員が、内通者というわけじゃないだろう。潜んでいるとしたら、一人か二人だ。ということは、残りのメンバーも危機が迫っているということだ。放っておくわけにはいかない」

「そりゃあ、そうだけど……」

 ブランカは額に手をやって、何かいい案がないか考え始めようとするが、それをさせる前にアレスが言い放った。

「ブランカ。ナリー。お前たちは、レジスタンスから離れろ」

「え?」

 二人の声が揃う。

「今、宮殿もレジスタンスも、ガタガタだ。この混乱に乗じて、逃げれば追ってはやってこない。たかだか一メンバー相手を追跡するほどの、余裕はないはずだ」

 アレスの逃げ道を提示して、立ち上がった。バケツを手にして、水を汲んでくるといいおいて、洞窟の外へ出て行ってしまう。

 その背中を呆然と見つめる二人の目には、怒りが滲んでいた。

 その怒りの理由が手に取るように理解できるサラは、外へ出て行った大きな背中を追っていた。


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