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青の女王  作者: 雨宮 瑞樹
真実の在処

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16/25

素顔6

 サラの瞼の裏へと差し込んでくる光が、徐々に意識を浮上させていく。

 ゆっくりと瞼を開けると、小さな背中の輪郭が浮かびあがり、振り返った。


「お姉さん、目覚めた?」

 徐々に鮮明になっていく丸いものは、昨日いた子供だと認識したところで、サラの頭は一気に覚醒した。身を起こすと、タオルケットが体から落ちた。同時に体の至る所が、ずきずきと痛み、頬の痛みが刺してくる。

 思わず顔をしかめるサラへ、ナリーはすかさずハンカチを差し出していた。

「さっき水で濡らしてきたから、頬っぺた冷やして」

 ナリーの気遣いに、サラは目を伏せる。

「すみません……」

 ナリーからタオルを受け取り、そのまま頬へあてる。冷たさが頬だけでなく、体中の痛みを和らげていくようだった。

「……わざわざ、ありがとうございます」

 サラは、頭を下げたその先に自分の足が見えた。包帯が巻かれていて、青い瞳はそこに目が留まっている。

「アレス兄ちゃんだよ。アレス兄ちゃんもしょっちゅう怪我するから、医者並みに治療が上手なんだ」

 ナリーからさらりと返答が返ってきて、笑っていた。

「僕は、ナリー。よろしくね」

 ナリーは、笑って手を差し出していた。

 サラは、小さな手と丸い瞳を交互に見やり、青い瞳をぱちぱちと瞬かせる。

 そして、一拍おいてから、サラは遠慮がちにその手に自分の手を重ね、握手を交わした。

 まだまだ小さいのに、少し皮膚が固い。子供とは思えない手の感触に、サラは唇を噛みながら、手を握り返し、離した。

 そして、サラは、息を吸い込む。


「……私の名前は、サラといいます。そして、別名を」

 サラが言いかけて、ナリーが両手を前に突き出す。

 それに驚いたサラは、長いまつげをきゅっと上げて、中途半端に口を空けたまま止まってしまっていた。

「全部知ってるから、それ以上言わないで」

 サラは、開けた口を引き結ぶ。

 落ちていく視線の中に、洞窟の外からさしている光で、ナリーから延びる影を見つけた。

 大人よりも小さな影。その中にどれほどの苦しみが詰まっているのだろうと考えれば、全部それが棘となってサラの心臓に向かって飛んでくるようだった。手当てされた足も、冷やしている頬も、全部が何倍にもなって痛み出してくる。

「すみません。私は、なんとお詫びすればいいのか……」

 サラが顔の中心に皺が寄せ、膝に落ちている毛布をぎゅっと握りしめた。

 無数の皺が刻まれ、影が出来上がっていく。

 みんなから嫌悪されていることは、重々承知していることだ。それを全部受け止めていくと、心に決めた。

 しかし、こんな子供までもが、自分のせいで苦しめられている現実を目の当たりにしてしまえば、愕然とするよりほかなかった。普通で平和な国の下に生まれていたら、家族と一緒にずっと笑っていられたはずなのに、それさえもできなかった。

 当たり前の幸せを、全部壊してしまったのは、まぎれもなく自分だ。

 サラは、それ以上の言葉を見つけることができず、唇を引き結ぶ。

 そんな時、ナリーの高い声が突き抜けた。

 

「サラお姉さんは、アレス兄ちゃんと、ブランカ姉ちゃんを助けてくれた。それが、僕が知っているサラお姉さんだ。それ以上でも、それ以下でもない。他のことはこの目でちゃんと確かめてないから、これから知っていくつもり。よろしくね」

 ナリーは花が咲いたように、ぱっと笑った。

 サラには、その笑顔がとても眩しく、目の奥が痛くなりそうだった。

 その明るい笑顔の奥にある憎しみ、怒り、悲しみは、底知れぬほど暗く深いはずだ。そこへ突き落したのは、自分で。本当ならば顔だって、見たくないはずだ。そんな私にどうして、こんな優しい言葉をくれるのだろう。

 私は、どうやってこの優しさに報いればいいのだろう。

 鼻の奥をツンと刺激してきそうになった時、外を見回っていたアレスが戻ってきていた。

 サラはにじみだしそうだった涙を悟られないように、さっと拭う。


「体調は、どうだ?」

 アレスが観察するようにサラをみると、青い瞳が揺らいで伏せられた。サラは、自分の足へを擦る。

「大丈夫です。手当していただいて、ありがとうございました」

「意外とひどい傷だった。魔法で治せるのなら、早く治した方がいい」

 アレスの助言に、サラは首を横に振る。

「私は、自分自身への魔法が効かないので」

「え? さんざん人は治しておいて、自分は治せないの?」

「はい。体質なのか、何なのかはわかりませんが」

「……何か、すごく損してるみたいだね」

 ナリーが目をむくと、なんだかおかしな話ですよねと、サラは眉を下げた。

「でも、誰かを助けられたとき、ほっとした気持ちになるんです。それは、何よりも代えがたいものがある。私は、それで十分です」

 サラは、青い目を細めて微笑む。きらりとペンダントが光った。サラの青い瞳に、その光が反射する。

 ナリーは、ほんの少し目を大きくする。そして、目じりを下げた。

「お人よしなんだなぁ」

 

 

 煌々と降り注ぎ始めた太陽の光で、薄暗かった洞窟内を明るく照らしていく。

 日はとっくに空の上にあって、時間も昼が近い。

 アレスは、つま先を洞窟の奥へと顔を向ける。

「さっきナリーに頼んで、食べ物を買ってきてもらった。少し食べよう」

 ナリーがいち早く動いて、走っていく。こっちにおいでよ、とサラを手招きしていた。

 サラが立ち上がり少しふらふらしながら歩く。そのあとをアレスが続いた。

 

 ベッドから数歩離れたところに、小さな木の丸テーブルが一つ。おままごと用のテーブル。その上に四つ紙袋がのっている。

「僕らの行きつけのパン屋さんなんだ。宮殿広場に面しているすっごくおいしいお店なんだ」

「いただきます」

 ナリーの横に腰を下ろすと、アレスは二人の向かいに座る。

 サラが紙袋を開けると甘い香りがふわっと漂って、自分は空腹だったことに気が付いた。丸いパンをちぎり、口へ入れる。とても柔らかい。丹精込められたものなのだと、すぐに分かった。家庭の味が口いっぱいに広がって、心まで染みわたっていく。

 その感覚に、戸惑いそうになる。

「ね? おいしいでしょう?」

「はい。とっても」

 サラが微笑むと、ナリーは満足げに笑って、語り始めた。

「レインおばさんって人が作ってるんだけど、性格はすっごく適当で、豪快なんだ。まだレインおばさんのパンの味を知らない頃、パンなんて、おいしくないって叫んだら、いきなりげんこつで殴られて、無理やりパンを口に突っ込まれたんだ。そしたら、それがすっごくおいしくて。それ以来、僕はレインおばさんのパンの虜になっちゃった」

 ナリーの話にサラは目を細め、耳を傾けていた。

 そんな二人をみながら、アレスもパンに噛り付く。

 ナリーの人の心を救い上げる力は、天性の才なのだろう。

 その力は、きっとこの先役立つことがあるはずだ。そして、たった今もその力に助けられている。


 アレスの中に、素朴で、懐かしい味が身に染みていく。

 レインは、レジスタンスの協力者。アレスも幼少期から世話になっていた。

 レインはいなくなってしまった自分の子供――ニックの代わりとして、アレスもよくちょっかいかけられていた。その対象が、今はナリーになっている。両親をなくしたナリーへの、レインなりの気遣いもあったのだろう。ナリーをしつこいくらい構い倒していた。アレスは、それを素直にありがたいと思う。

 アレスは、最後の一口を口の中へ運んだ。そのとき、ベッドから声がした。


「いい匂い……お腹すいた」

 ブランカの声が響いて、ナリーが飛び上がった。一目散にベッドの横へ走って、横になっているブランカへ抱きついていた。

「ブランカ姉ちゃん! よかったー!」

 ブランカの首へ腕を回して、うわーっと大泣きするナリーに、ぼんやりとしていたブランカの声が明瞭になっていた。

「なんで、ナリー泣いてるのよ?」

 ブランカの意識がはっきりするほど、この状況が読み込めない。何か情報をと、あたりを見回せば、アレスの顔が飛び込んできて、ますます頭の中は混乱していた。

「アレスもいるし……一体どうなってるの?」

 ブランカは、しばらく額に手をやり考え込むと、断片的に映像が蘇る。

 アジトが燃やされた炎。兵に囲まれ、アイザックが暴れまわった光景。ナリーが襲われそうになっていたのを見かけて、とっさに身体が動いた瞬間。 記憶の点と点が線となり、目の色が変わっていた。

 ブランカは、一気に飛び起きた。

「ナリー、怪我してない?」

 ブランカは抱きついているナリーを力任せに引きはがした。そして、がっしりとナリーの両肩を掴んで、丹念に身体を確認していく。ナリーは突然の力業に驚いていたが、へへっと笑っていた。

「僕は大丈夫。ブランカ姉ちゃんが、助けてくれたから」

 ブランカはそういえばと、刺されたんだと、右肩へ手をやる。しかし、違和感があるほどまったく痛まなかった。

 それを不思議に思っていると、ナリーがいった。

「で、あのお姉さんが、ブランカ姉ちゃんを助けてくれたんだ」

 ブランカは、ナリーが指をさす方向へ視線をやる。

 ブランカは、サラのことを観察し始める。ぼさぼさになっている金色の長い髪。青い瞳。初めて見る顔だ。

 そこで、サラが説明を付け加えようとして口を開きかけたが、それをナリーが遮っていた。

 

「この人は、街の看護師さんでサラっていうんだ。僕がブランカ姉ちゃんを担いで逃げている時、力を貸してくれたんだよ。傷も治してくれたんだ」

「そうだったのね。サラ、助けてくれてありがとう」

 ブランカは、自分の右肩へと手をやる。そこで、気付いた。あれだけ酷かった傷が、何もなかったように消えている。

 

 

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