素顔5
「ここにいるのは、お前の考えている通り。赤の女王だ。お前は、どうしたい?」
アルスはずるい質問だという自覚はあったが、ナリーへかける言葉は、それしか思い浮かばなかった。
ナリーの瞳はゆらゆらと揺れて、手は電流が流れたようにびくっと上下した。その衝撃を抑えるように、手をさらに握り込む。
ナリーが持っている子供用の護身用のナイフが、鈍く光った。
「僕の父さんと母さんは、この人のせいで殺された。……だけど、ブランカ姉ちゃんを助けてくれたのも、この人だ。よく、わからないんだ。本当の女王は、どっちなの?」
苦し気に投げられかけられた質問だった。
それが、アレスの切れ切れになっていた頭の中の回路がつながっていくように、今までの映像が流れた。
怒りに打ち震える女王の姿。
「今すぐ、私を殺してください」と叫んだ強い瞳。
自分を顧みることなく、放った青い光。
それをアレスが話して聞かせたところで、すべてが偽りの姿にしか聞こえないだろう。
自分は、口下手だという自覚もある。
憎しみで赤黒い色に染まった心臓へ、水をさしてやれるとは到底思えなかった。最も自分に向いていないことだ。
「真実は、お前がその目でみて、聞いたものだけだ。これから見極めて、答えを出せばいい」
ナリーは、うつむき黙り込む。
子供に対する答えにしては、ずいぶんと冷たいなと自覚はあったが、それがアレスの精いっぱいの言葉だった。
うまく人の心を救い上げられるような口が、こんな時あればいいと思う。
ただでさえ、ナリーは周りの子供たちよりも、辛い経験をしてきている。これ以上、小さな背中に荷物を背負わせるわけにはいかない。
アレスは、立ち上がり、ナリーの前に手のひらを向ける。
「お前の答えが出たら、教えてくれ。そのあとは、俺の仕事だ」
ナリーは、とがっていた瞳を丸めていたが、次第に元の大きさに戻し、頷いていた。
手の中にあった小さなナイフをアレスの手へと渡していた。
アレスは受け取り、ナリーの腰にある鞘へと戻す。そして、ナリーのぼさぼさの頭を撫でまわした。痛いよといいながら、ナリーは顔を緩ませていく。
その目の下に深い影ができていて、アレスはその影を親指でさっと拭った。
「お前も、休める時は休んでおけ。明日は、お前に色々動いてもらうことになる」
アレスの顔は割れているだろうし、二人だけを洞窟に置いていくわけにもいかない。
ナリーは、うんと頷くと、洞窟の奥ブランカが眠っている方へと引っ込んでいく。しかし、月明かりが届くかどうか、ぎりぎりのところで、ナリーは立ち止まって振り返ってくる。
「どうした?」
「ブランカ姉ちゃんには、このこと、しばらく内緒にしておいた方がいいよね?」
「今隠していたとしても、すぐに俺たちはレジスタンスのみんなと合流する。遅かれ早かれバレることだ」
ならば、今言っておいても結果は変わらないだろうと思うが、ナリーはいう。
「だとしても、今ここでブランカ姉ちゃんに本当のこと言ったら、大荒れになって収拾がつかなくなっちゃうよ?」
ナリーの言うことはもっともだった。
ブランカは、気性が荒い。感情をむき出しにして殴り掛かっていくことも、しばしばだった。
ナリーのような思慮深い答えを出すとは思えない。
そんな彼女に、今目の前にいるのが女王だと告げてしまえば、いちいち脳へ血を回すことなく行動に出ることは、容易に想像がつく。レジスタンスに合流さえすれば、メンバーの中で最も冷静で的確な判断を下せるファミルがいる。彼の命令は絶対だ。
ブランカには、せめてそこまで隠し通すべきか。
「女王をレジスタンスへ連れていくことが、大事だよね?」
ナリーは、的確に言葉を重ねてくる。
ナリーは、人のいざこざを察知したり、回避させる力がある。
レジスタンスは、血の気の多い人間も多く、衝動のままに動いてしまう人間は多い。そのため、それを抑え込もうとする人間との間で、衝突が起こるのは日常茶飯事だった。それを、うまく抑えたり、回避させてくれるのが、ナリーだった。
アレスには、絶対にない能力だ。
ナリーには、人と人をうまく操る特別な才能があるのではないかと、アレスは思っている。
「ナリーがそう思うのならば、その方がいいかもしれないな」
ただの時間稼ぎにしかならないだろうが、ナリーの言う通りここで二人に衝突されては、動けなくなる。
アレスが頷くと、ナリーは口角を上げ今度こそ奥へと引っ込んでいた。
アジトが失われた場合は、隣街にある第二地点へ移動することになっている。ファミルとアイザックは、必ずそこにいるはずだ。生き残ったメンバーも、そこへ向かうだろう。早く合流したいところだ。
ふとサラの方に視線をやる。壁に寄りかかり、深い眠りについているサラはの頬は相変わらず赤く腫れている。足も随分と痛々しい。
いくら、ファミルが冷静な判断を下す人物だとはいえ、打倒赤の女王と大々的に掲げているリーダーだ。
他のメンバーも、宮殿兵により家族や仲間を殺されたり、深い憎しみを持ち続けてきた者ばかり。赤の女王への憎しみを増幅させ、倒すことこそ、生き甲斐にしている。実際に、ついさっきまで自分自身もそうだったのだ。
そんな中サラを連れていけば、どうなるのか。
殺せと大合唱が始まるだろう。
いくら、サラが誠意を以て謝罪したとしても、苛烈な思いを抱いている者達に到底受け入れられるとは思えない。
ロジャー。
胸の真ん中でポツリとその名が広がり、ブランカとしたはずの約束が波紋のように広がっていく。
真っ暗な不安は濃度を増していくのに、空の暗さは明けていく空の奥に消えていく。
アレスの心を皮肉るように、白々とした夜明けを向かえていた。




