責任を取ったのか取られたのか
思いの外早く書けたので投稿します。
人間関係というのは、中々に難しい。知り合い、家族、友人のような関係から、教師と生徒、店員と客、作者と読者のように、酷く限定的な関係まで様々だ。現代日本において、全く人間関係を構築せずに生活をするということは不可能だろう。
当然、僕も人間関係を構築して生きている。幾人かの大切な友人も、名前も知らないけど課題を見せ合う同級生、それなりに仲のいい家族、それ以外にも色々あるだろう。僕は、僕が築いてきた人間関係の全てを把握しているわけではないけれど、これまでの人生で大きな不満を持つことの無い程度に恵まれた人間関係を構築してきたと自負している。
ただ、そんな人間関係だけれど、恋人というものは他に比べても随分と特別な関係だと僕は思う。まず、成り方が珍しい。多くの場合において、恋人関係が成立するには、告白というプロセスを通過する必要がある。とりあえず日本ではそうだろう。校舎裏に伝説の木の下、浜辺に花火大会といったシチュエーションがテンプレ化する程度には、日本において、告白という文化は根強い。
これは結構面白いことだと思う。恋人関係になる以外に、告白というプロセスを必要とする関係は早々ない。それこそ、何かの契約を交わす時とかかな?僕はあなたとこれこれこういう契約を結びます、と宣言をするわけだ。で、それを契約書なんかで形に残す。
友人になるのに、僕と友達になってください、なんて言う奴は滅多に居ないだろう。少なくとも、僕は言ったことがないし、言われたこともない。けれども、これが恋人となると話が変わる。告白をしないで、何となく恋人になるっていうケースは多分、結構珍しい。
何でかと言うと、僕が考えるに、分からないからだろう。何が分からないのか。それは、自分たちの関係が、だ。友人なら良い。一緒に遊んで、ご飯を食べて、お酒を飲んで、くだらないことで通話をする。うん。幅は広いけど、いちいち誰かの目を気にするようなことはしないはずだ。
しかし、恋人は違う。デートして、キスして、エッチなこともするだろう。人によっては、そのまま結婚するということもあるよね。これは、友人とは出来ないことだ。少なくとも、一般的に言えばね。恋人には、恋人にしか出来ないことがあるという訳だ。それを、確認を取ることもせずに、恋人関係だと一方的に決めつけるというのは、まぁ怖い。
だから、人は恋人になりたい時には告白をする、というのが僕の持論だ。
さて、ここまで長々と何を言っているのかと言えば、言い訳だ。僕に恋人が出来たことが無いという、残酷な事実に対する言い訳。二十一年間、僕は恋人が出来たことが無い。別に、そういう類の関係に関心がないわけじゃない。可愛いと思う女の子を好きになったこともあるし、憧れの先輩とかもいた。ラブコメはラノベでも漫画でも、色々嗜んだ。結構読んだ方だとは思う。
気になる人が居たってことは、出会いがあったってことだ。出会いもあって、関心もある。じゃあ、何で恋人が出来ないのか。それは偏に僕が告白をしたことがないからだ。因みに告白をされたこともない。何で告白をしないのか。それは至極単純だ。怖いのだ。これまで築いてきた人間関係をぶち壊すことになるかもしれないと考えると、どうしても告白までいかなかった。
まぁ、僕の好きという感情と人間関係を壊すかもしれないという恐怖を天秤に乗せた時、恐怖の方に天秤が傾いた訳だ。だから僕は告白をしたことがない。加えて、僕のスペックというのも恋人がいない原因の一端を担っているに違いない。
普通の顔に、ちょっと低めの身長。特別瘦せているわけでもムキムキな訳でもない。勉強もそこそこだ。無論運動も。凄く裕福な家庭に生まれた訳でもない。何か飛び抜けたものを、僕は持っていない。少なくとも、多くの女の子にとって魅力に思えるようなものはね。
そうなってくると、告白をされるということも、まぁない。別に、僕みたいなスペックの人間が女性とお付き合いを出来ないという訳じゃないだろう。けれど、学生という立場において、圧倒的な何かを持っていないのに、受け身でいる男性が告白されるということも、これまた珍しいことなのだ。
だから僕は彼女が居ないし、出来たことも無い。欲しいなー、と友人と愚痴り合いながらも、何か行動を起こす訳でもない。これが僕だ。当然、キスもしたことがないし、それ以上のことは言うまでもないだろう。
そんな僕が、ワンナイトをかましてしまった。所謂、陰キャという属性を持っている僕が、学内でも有数の美女と、ワンナイト。実は、酔って脱いで寝ただけ、とかじゃない。キチンとやることやってしまっている。
うん。全部覚えてる。湊川とのあれやこれやを全部、鮮明に。ハッキリクッキリしてる。これは、不味いことだ。だって、僕らは恋人じゃない。いや、ワンナイトってそういうものだけど、だからこそ困る。僕にとって、そういう行為は恋人とするものだ。
それを恋人関係にない人とするというのは、僕にとって想定外のことだ。というか僕、初めてだったのに。酒の勢いでゼミのメンバーとしちゃうって、どうなの、それ。
分かっている。これはただの現実逃避だって。しちゃったことは仕方がない、訳ではないけど、無かったことには出来ないんだから受け止めるしかない。取り敢えずは、目を覚ました癖に僕に引っ付いたまま、何やら言っている湊川の言葉に意識を向けるとしよう。
「うん、腰は痛くないよ、湊川」
「良かった。ほら、結構激しかったでしょ、昨晩」
大丈夫かなって、そう続けた湊川は、足を僕の足に絡ませ、左手を僕の腰辺りに回している。凄いね、湊川は。この状況に動揺もせずに僕から離れようともしないのは、一体どういう心境なのか問い詰めたくなってくる。
まぁ、僕にそんな度胸があるわけもないんだけど。今の僕に出来ることは少ない。その中でも、出来るとこ、ではなくやらなければいけないこと、というのも確かにあるのだ。
ほら、湊川の身体を心配するとか、後は……責任の取り方とか、ね。
「そっちこそ大丈夫なの?その、初めてだったみたいだし……」
そう。何とも慣れた手つきで僕をホテルに連れ込んだ湊川は、実のところ経験がなかった、らしい。本人がそう言っていたのだから、信じるほかない。僕を騙そうとしているのではと考えないでもないが、そんなことを言い出したら僕の目減りしつつある尊厳が、一気に地の底に叩きつけられることになる。
「そうだね。ちょっと違和感があるけど、何か支障をきたす程じゃない、かな。君、優しかったし」
ゲホゲホと咳き込む羽目になった僕は、それはもう哀れだろう。何だってこんな辱しめを受けないといけないのか。そんな僕をニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めていた湊川は、何が面白いのか僕の頬をつついてきた。
「あーあ。しちゃったなぁ。君、私の痴態覚えてる?」
「痴態とか言わないでくれる?触れずらいんだけど」
「あれを痴態と言わずに何を言うのさ。思ってたよりエッチだったなぁ、君」
ひどい言い分じゃないか。僕だって酔った頭で頑張ったんだぞ。まったく。しかし、まぁ、変に気まずくなっていないのは良かったと思う。湊川はいい奴だし、少なくとも僕は友達だと思っている。そんな人と一夜の過ちで気まずくなったりしたら、寂しいし悲しいというものだ。
けれどね、僕は責任というやつを取らないといけないんじゃないかと、そう思っても居る。今の、何んとなーくいい具合に流せそうな状況が悪化するかもしれないというのを前提としても、やっぱり僕にはするべきことがあるんじゃないかとね。思ったりするわけだ。
困るよね。これまで関係が壊れるかもしれないって怖がっていたのに、もうそういう状況じゃなくなっているんだから。今僕が立っているのは、関係を壊さない為に気持ちを秘めておくのか、関係が壊れてしまうかもしれないというリスクを呑んだ上で告白するかっていう分岐点じゃない。多少クズくても責任をとった人間になるか、取るべき責任から逃げた糞チキンになるかの分岐点だ。
これが遊びまくってる人同士とかだったら、話が変わってくるんだろうけど、生憎、僕も湊川もそうじゃないのだ。極一般的な貞操観念を持つ青少年にとって、酒の勢いとはいえ友人としてしまうのは大問題である、はずだ。
まだ人間で居たい僕は、結果がどうなるにせよ、責任を取る姿勢を誠意をもって見せなければいけないという訳だ。因みに、この場合の責任というのは、してしまったことに対する謝罪と、それが不自然にならない関係への再構築の提案であると、僕は思う。
「湊川、ごめん」
「何?しちゃったこと?」
「うん」
「いや、私も酔ってたし、何なら私の方から──」
「責任取るから結婚しよう」
「……」
「結婚しよう」
「……」
湊川が固まってしまった。どうしよう。僕が思いつく限り究極の責任の取り方だったんだけどな。これ以上となると、腹を切って詫びるとかになってしまう訳だけど、流石にまだ死にたくはない。ので、僕にできるのはここまでなんだけど……。
「ATM扱いして頂いて結構です」
「……」
「結構、家事は得意だよ、僕」
「……」
「あの、湊川?どうかした?」
「……倉科、君がこんなにヤバい奴だとは思わなかったよ」
「?」
「ホントに分かってなさそうな辺り、天然だとは思ってたけど、予想の十倍はぶっ飛んでるね」
「……もしかして、いきなり結婚はまずかった?」
「普通は付き合って、とかじゃない?」
そうなのか!いや、冷静に考えればそうなのか。結婚って、こんな風にするものじゃないか。うん。僕、テンパってるね。それもかなり。何分、こんな状況は人生で初めてなものでして。何時かの未来でも、こんなことをするなんて想定はしていなかったからさ。僕の灰色の脳細胞が致命的なバグを引き起こしてしまったみたいだね。
「じゃあ、付き合ってください」
「じゃあ、っていうのもどうかと思うけど、良いよ」
良いのかい。
「結婚しようか」
そっちかい。
「在学中に籍入れるのって大丈夫なのか調べないとだね」
結構乗り気だね。
「取り敢えずは婚約者ってことにしておこうか」
「いやいやいや、マジで言ってんの、それ?」
「何、求婚してきたのは君だろう?」
いや、それはそうなんだけど。あれは、僕の人生における女性関係の貧弱さと世紀の大混乱が引き起こした醜態だったんだけどな。
「ま、よろしくね、彰」
うーん。受け入れて貰えたのなら、それでいいのかな?うん。両者納得の上のことなんだし、問題も特にないか。それはそうと今気づいたけど、ナチュラルに名前で呼ばれてるね、僕。これ、僕も合わせるべきだよね?
「こちらこそ。よろしく、茜」
「そういうところ、どうかと思うな、私」
茜が零した声は、僕の耳に入る頃には意味がほどけて心地良い鈴の音になっていた。
◇◇◇
私立文系のくせに彼女が出来たことの無い哀れな男子大学生に婚約者ができました。いえい。
次回は湊川さん視点になると思います。このままだと、何考えてるか謎過ぎますからね、彼女。
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