これもまた人生
見切り発車なので続くのかも分かりませんが、それでも良ければお願いします。
人生とは、様々なものを積み重ねて出来ている。
部活帰りに友達と買い食いした肉まんの味。
受験に失敗して膝から崩れ落ちそうになった絶望。
街中で見かけた凄くタイプな女の子。
鬼ごっこ中に派手に転んで膝の半月板をヤッた経験。
こういった些細な出来事を積み重ねることで、人間としての深みが出るのだ。人間五十年、かの信長公はそう言ったが五十年も生きれば、それはもう多くの物を積み重ねることになるだろう。
僕、倉科彰も同じである。二十一年という月日を生きてきて、それなりの経験を積んだ。人生における諸先輩方には及ばないまでも、僕の人生には二十一年の重みがある訳だ。中々馬鹿にできたものじゃない。
バイトのシフトをド忘れして電話がかかって来ても、課題の締め切り期限を勘違いして単位を落としても、それを相談した友人が実は留年していても、案外なんとかなるものだと僕は知っている。
ただ、残念ながら。本当に残念なことだけど、ありとあらゆるアクシデントに対応するだけの積み重ねを、僕の人生は持ち合わせていなかったらしい。困るなぁ。イヤ、本当に。
「ふぅ……」
ガンガンと痛む頭を抑えながら瞼を開く。全ての悩みを置いて夢の国に舞い戻る事も考えたけど、僕の完璧とは言い難い人生においても、それは明確な過ちだとされている行為だった。
瞳に映る天井は見慣れたものではない。ただ、見知らぬ天井という訳でもない。具体的に言うなら昨晩初めて見た天井だった。身体にかけられたシーツも、身体を横たえているベッドも同様。昨晩初めて利用したものだ。
当然、僕がいきなりリフォームを慣行した訳でもない。ここはとあるホテルの一室である。より詳細に述べるのであれば、所謂ラブホテルと言われる種類のホテルの一室。
そんな部屋に僕は一人で寝ている、と言うことも無かった。明らかに左半身に生々しい人の体温を感じる。というか抱き着かれている。柔らかい。なんかもう本当にやわっこい。ついでにいい匂いもする。加えて、すぅすぅと寝息も聞こえてくる。
うん。ここまで言えば嫌でも分かるだろう。僕の隣には女性がいる。それも、ただ添い寝をしたとか、寝ぼけてベッドに潜り込んできたとか、そういうヤツではない。
明確に、確実に、間違いなく裸の女性だ。怖くて見れてないけど、密着されているから間違いようがない。
誰がどう見ても完璧な朝チュンを、僕は今体験している。
因みに人生で初めてだ。恋人とか出来たことなかったからね。別に今も居ないし。
そう。僕に彼女は居ない。小学校中学年高校に大学でも、恋人が出来たためしがない。そんな僕が、ラブホテルの一室で、隣には裸の女性が居ながら朝を迎えている。
お分かりいただけただろうか。これはただの朝チュンじゃないのだ。
どうやら僕は、ワンナイトというのをしてしまったらしい。
いや、らしい、というのはズルいかもしれない。だって、僕は昨晩何があったのかを覚えている。それもひどく鮮明に。
だから僕は、隣りで寝ている女性が同じゼミに所属しているメンバーであることも、大変綺麗な顔立ちをしていることも、グラマラスな体型で学内での人気が目覚ましいということも、そんな女性と飲み会で一緒になったことも覚えている。
これが何を意味しているのかというと、非常に簡単だ。
僕は彼女、湊川茜から逃げられない。
◇◇◇
八月一日、東京某所。僕はとある居酒屋チェーン店に居た。サークルに所属していない僕にとって、居酒屋は結構物珍しい飲食店なのだが、所詮は居酒屋チェーン店。何が何でも避けたいということも無く、理由があれば行くことくらいはあるのだ。
今回の理由はゼミの飲み会。無事、学期末を乗り越えたゼミのメンバーで飲みに行こうという趣旨のアレである。大学生という生き物は、事あるごとに飲み会をしようとする生態をしている。理由は不明。特別イキった大学生が在籍しているわけでもない我ら近世文学ゼミでも、事あるごとに飲み会が開催される。
普段一緒に食事をするわけでも、遊びに行くわけでもない僕たちでも、飲み会には参加するのだ。うーん、不思議。
そんな益体のない事を考えながら、僕は目の前に置かれたジョッキを片手に焼き鳥を頬張る。因みに、皮。タレね。くにくにした食感が結構好きなのだ。美味しい。それをビールで流し込む。こっちはよく分からない。不味いとは思わないので、周りに合わせると大抵の場合、飲み会ではビールを飲むことになる。これを美味いと思うようになるのだろうか。
「ねぇ、倉科」
僕が焼き鳥を楽しんでいると、何だか楽し気な声で呼びかけられた。声の主は僕の隣に座っている女性。この人の女性にしては少し低めの声は、耳ざわりが良くて、結構好きだ。本人に言ったことはないけど。
「何、湊川。僕はこの頼むだけ頼んだけど、飽きられた焼き鳥の群れを処理するのに忙しいんだけど」
「えぇ……。君、流石にどうかと思うよ、それは」
苦笑交じりに帰ってきた言葉に、僕は内心で同意した。
「で、どうしたのさ。湊川もこの群れを処理してくれんの?」
「そうじゃないけど、まぁ、引き受けるよ。私、さっきまでサラダばっかり食べてたからね」
まだまだお腹減ってるの、そう言って湊川は焼き鳥に手を伸ばした。ぼんじりの塩だった。さっき散々食べたヤツだね、それ。食べかけだった串の最後の一欠けらを口に放り込んで、ビールで流し込む。うーん、やっぱり美味しいのか分からん。
「これ、イケるね。美味し」
特に何か続ける訳でもなく、湊川は焼き鳥を食べている。どうやらお気に召したらしい。良かったね。
「湊川」
今度は僕が、呼びかける番である。用があるなら早くしてほしい。焼き鳥を処理しないといけないし、何より緊張する。そう、緊張。湊川茜は、美人なのだ。艶やかな黒髪をウルフカットにして、本当に似合っている辺り、凄い美人だと思う。目鼻立ちは言うまでもなく、ダウナー系女子に見せかけておきながら、割と普通に見せる笑顔が特に素敵だと思う。
加えて、女性にしては高めの身長に、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる女性らしい体型である。ビジュアル面を見れば完璧だ。羨ましいことこの上ないが、ここまで行くと、もう称賛の域である。そんな美女と話すのだから、彼女いない歴=年齢の僕が緊張するのは当然のことなのであった。
「ごめんごめん、私から話しかけたのに、悪いね」
そう言って、湊川も食べていた串を平らげてビールを飲む。言い食べっぷりだ。しかも、随分と美味しそうにビールを飲む。凄いなコイツ、ビールのCMとか出れるんじゃないの?
「本題なんだけどさ、倉科って就活どんな感じか聞きたくて」
おっと。湊川から飛んできた質問は、思いの外真面目だった。まぁ、考えれば当然だ。僕らは大学三年生。真面目な学生なら就活を始める時期である。湊川は外見だけでなく、中身も優れているようで、成績優秀な出来た大学生なのだ。単位が取れればそれでいい僕とは違って真面目さんなのだ。
「うーん。それなり……かなぁ」
「それなりって?」
「それなりはそれなりだよ。インターンを幾つか申し込んで、それで終わり。コネ入社も出来ないし、ニートもフリーターもやる気無いから就活はしてるけど、特別何かしてる訳でもない。だから、それなり」
まぁ、僕だって就職先の無いまま大学を卒業するのは御免である。最低限やることはやっている。
「何だ、そんな感じかぁ」
「何さ。湊川は違うの?」
「んー。そんなことないよ。私も君と同じ感じだね」
良かった。もう就職先が決まってるとか言われたらどうしようかと思っていた所だった。ふぅ、と息を吐いてからビールを飲む。特に理由はない。ただ、無言で何もしないというのも気まずかっただけだ。美女との会話は疲れる。舞い上がって何か変なことを言ってしまわないか不安になるし、僕のことをが好きなんじゃないかと勘違いしそうになるのを勘違いだと、自分に言い聞かせるのも大変だ。
湊川なんか、特にそうだ。やけに距離感が近いし、良く話しかけて来る。同じゼミのメンバーと言う関係でしかないのに、単純な僕はこれだけでちょっといい気になってしまうのだ。それに、周りの視線も怖い。今は皆目の前のアルコールと料理、おバカな会話に夢中で気がついていないようだけど、普段なら怖いくらいの嫉妬を視線から感じる羽目になる。
「何?僕は就活してないと思った?」
「んー。まぁ、ワンチャンあるかなって?」
なぬ。僕、湊川にそんな風に思われてたの?心外だな、全く。僕だってやる時はやるのだ。
「湊川は僕を何だと思ってるのさ」
「あー、違うよ。倉科を馬鹿にしたとかじゃないからね?」
じゃあ何なのさ。……お、これ美味しい。つくねに温泉卵が乗ってる。
「倉科、小説書いてるでしょ?プロなるのかなって」
「げほっげほっ」
な、何で知ってんの僕の秘密!?恥ずかしくて人に言ったことないんだけど!?
「な、何で知って……」
「え、君教室でも書いてるでしょ?あ、ゼミじゃない時ね」
「う、うん」
「たまたま君の後ろ通った時にチラッとね、見えちゃった」
「そ、それで?」
「気になって検索掛けた。で、読んだ。というか読んでる」
「現在進行形?」
「現在進行形」
終わりだ。もう無理。僕の大学生活、終了のお知らせ。恥ずかしすぎるでしょ、何此の仕打ち。僕、何か悪いことしたかな!?……したな。講義中に関係ないことするのは悪いことだね?
とはいえ、だ。何もこんなに無慈悲な目に合う程の悪行だっただろうか。そんなわけがない。はずだ。そんな僕の絶望に、湊川は付き合ってくれなかった。
「いや、最初は単なる興味だったけど、今じゃ普通に面白くて読んでるよ」
普通にファン。といいう湊川の言葉に僕は困惑した。
「からかってんの?」
「そんなことしないよ。マジね。ファンなの」
何というか恥ずかしいやら、嬉しいやら感情が追い付かない。そっか、ファンね。僕の。ふーーーん。
「めっちゃ面白いし、書籍化するんじゃないかと思ってさ。そしたら、プロじゃん」
なるほどね。湊川は僕がプロ作家になるんじゃないかと思ったわけだ。僕らは文学部生だけど、プロ作家なんて在籍してない。卒業生でも聞いたことがない。随分と珍しい職業と言えるだろう。
そんな珍しい職に僕が就くかもしれないとくれば、興味の一つや二つも沸くだろう。ただ、残念かな。そんな話は微塵もない。
「無いよ。ナイナイ。書籍化の話なんて来てないし、来たとしても専業でやるだけの自信もない。結局、就活はするだろうね、僕」
「えー、あんなに面白いのに?」
何だコイツ。こんなに褒められたら好きになっちゃうぞ?生憎、僕はちょろいのだ。二十一年間、女友達は居ても彼女は出来たことが無い僕にとって、僕に少しでも好意を見せてくれる女性は、それだけで気になってしまう存在と化す。
「悪い気はしないけど、無いよ」
「そっかぁ、残念だ。……好きなんだけどなぁ」
凄いな湊川。すっごくいい奴だ、コイツ。面と向かってこんなに肯定されるとは思ってもみなかった。それもあの湊川に。キャンパスで知らない者は居ないとまで言われた美女に。正直、物凄くいい気分だ。
「よーし、今日は飲んじゃうぞぉ!」
「いいね、私も飲んじゃおうかな」
居酒屋という空間、周りも皆アルコールに溺れている環境、変に上がったテンション、隣には僕にある種の好意を向けてくれた美女、飲み会に慣れていない僕。数え役満、48000点。無事、僕は酔っぱらった。滅多に無いくらいには酔ったね。
そんな僕と同じくらい酔った湊川は、周りのメンバーにも心配されて僕が送ることになった。何故、僕なのかと言うと、他の連中は僕ら以上に酔っている奴が大半で、頼りにならなかったからだ。加えて、僕と湊川は家が割と近いこともあり、送っていくことになった訳である。
こうして僕と湊川は、揃って夜の街に消えていった。
◇◇◇
ここまでを思い返していた僕は、受け入れなければいけない現実が、あっちからやって来たことを思い知らされた。
「おはよ、彰。昨日は凄かったね?腰、痛くない?」
凄い冷静ですね、湊川さん。
全くもって羨ましい限りです。
◇◇◇
きっかけと言えば、これくらい。僕、倉科彰と彼女、湊川茜のそれなりに愉快な日常はこうして始まったのでした。
お気に入り登録や、評価、感想など励みになります。
良ければお願いします。




