表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲーム序盤の悪役貴族に転生しましたが、【錬金術】を極めて破滅フラグを回避します  作者: 月雲 十夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/32

第9話 トラスの街

「ここが……トラスの街、か」


 街の石畳に降り立ち、俺はぼそりと呟く。

 馬車に揺られることしばらく、俺たちは目的としていたトラスの街にたどり着いた。


(こうしていざ実際に街に立ってみると、感覚が違うな)


 ゲーム中では聞こえなかった街を行き交う人々の声、土や料理の匂い――そして肌を撫でる涼やかな風。

 そして思ったより、なんだか建物が大きく感じる。

 考えてみれば、ゲームではプレイヤーキャラの後ろから世界を見ていたわけだから、見え方が違うのは当然といえば当然ではあるのだが。


(……まぁ、今の俺が15歳だから、っていうのもあるのかな)


 ヴィトルムの身長はやや背が高めだった印象はあるが、あくまでそれは5年後の20歳のときのこと。今は大人に比べれば少し低い、といった感じだ。


「さて、着きましたな。……それで、改めて確認いたしますが、ヴィトルム様は買い物に行かれる、と?」


「あぁ。いくつか店を回るつもりだ。なるべく手早く終わらせる」


「いえ、別に急がれる必要はありません。何かを買うとなれば吟味も必要でしょうから。私は用が済み次第、ヴィトルム様の元へと向かいます」


「……そうか? 悪いな」


「たまの外出ですからな」


 ……そうか、少年時代のヴィトルムはあまり外出をしない性格だったのか。

 『アイリス』はかなりプレイしていたつもりだったが、それでもプレイヤーとして触れたものは、結局一部に過ぎない――ということなんだろうな。


「アリカ。ヴィトルム様の付き添いとして、よくやるように」


「あっ、はっ、はいぃ……」


 馬車からおずおずと出てくるアリカ。

 

「……わ、私馬車なんて初めて乗ったかも」


 一瞬、「俺も」と賛同しそうになったがヴィトルムが馬車に乗ったことがない、というのは考えにくいので、なんとか喉の奥にしまい込んだ。

 自分が貴族だと慣れるのは、結構時間がかかるかもしれない……。


「それと、ヴィトルム様。こちらを」


 デクラウスが腰に差していた剣の一振りを俺にわたしてくる。


「これは――」


「お下がりにはなりますが。私の使っていた剣にございます、どうぞお収めください」


「何……!?」


「街とはいえ、館の外ですからな。御身を助くものは必要となりましょう。日頃から手入れもしておりました故、ヴィトルム様のお手を煩わせることもないかと」


「いや、そういうことではなく――」


 俺は渡された剣を見る。

 たしかに、飾り気こそほとんどないが、一切の歪みもなければ、妥協のない丁寧な外装はそれだけでこの剣がそこら安物の剣とは一線を画すと直感的に理解できる。


 おそらくデクラウスの口ぶり的にもこれは真剣なのだろうが――こうして持っていると、それほど重さも感じない。正直真剣を持ったことがないので、本当のところ感覚がわからないのはあるが……おそらく、これは重心に至るまで事細かに調整されているのだろう、と思う。


「元より、その剣も使われなくなって久しいもの。ならば、新たな主の手で振るわれるほうがその剣もきっと幸福でしょうから」


「……そういうことなら」


「――それに。ヴィトルム様であれば、必ずこの剣を正しくお使いになる、そう確信しております」


 デクラウスがまっすぐとこちらを見つめて言う。

 正しく、使う、か。


(……元のヴィトルムなら果たしてどう思ったやらな)


 誠実、あるいは博愛――そういったものをむしろヴィトルムは鬱陶しいとすら思うような人間だった。

 運命は、ほんの少しだが変わりつつある――それを今、肌で感じる。


 ヴィトルム・アルトラス。

 その男として、どう生きるか――きっと、俺は運命に問いかけられているのだろう。


「……わかった。ならば、この剣は俺の一部として使わせてもらう」


 デクラウスからもらった剣を俺は腰のベルトに差す。

 剣のずっしりとした重みが足にのしかかった。


「では、アリカ。……何をしている?」


「あっ! すみません、執事長! そ、その靴紐を直してて」


「……ヴィトルム様のお手を煩わせることのないように。では、ヴィトルム様。私はこれにて。また後ほど」


「あぁ」


 そういって、デクラウスがどこかへとツカツカと向かっていく。

 改めてみると、その後ろ姿は優雅な執事――というよりは厳かな騎士を思わせるような、勇ましくも整然なものに感じた。



「……あ、あはは。二人きり、です……ね」



 苦笑いしながら、アリカが添える。

 よりによって、どうして一番気まずくなるようなことを……。


「無理についてくる必要はない。俺もある程度は、この街のことは知っているからな」


「い、いえ! そ、そういうわけにはいかない、です……はい……」


「……仕事だから、か?」


「は、はい! ……あ、じゃなかった。いえ、それはですね……」


 ヴィトルムのメイドっていうのはずいぶんと難儀だな、本当……。

 俺的には、仕事だから、でも全然構わないんだが。


「わかった。まぁ、適当に仕事として成立するくらいでついてくればいい」


 まぁ、何を言ってもこれまでのヴィトルムのイメージは覆らないのだろう。

 気の毒といえば気の毒だが、俺も俺でやることがある。

 いずれ、もう少し気楽に話し合えればいいんだが。


「あ、あの……本当に、街のことは、わかる、感じですか? あ、案内とかは……」


 アリカがおずおずと尋ねてくる。

 たしかに、先ほどのデクラウスの言では、あまりヴィトルムは出歩かないようだった。トラスの街について知っているのはやや不自然ではあるのかもしれないが。


「……小さい頃に来たことがあるんだ。だからだいたい街のことは分かる」


 実際には俺が知っているのは5年後のトラスの街だったりするが。

 まぁ、大して街の構造は変わらないだろう。……多分。


「あ……良かった。わ、私地理、苦手で……」


「まぁ、馴染みのない土地はそんなものだろう」


 トラスの街は実際街としては入り組んでいるし、覚えるのは結構大変だった記憶がある。

 古い町並みでわりと似ている場所が多いと言うか……。


 しかも店もいくつかあって、最初は何がどこにあるか把握するのに時間がかかったりもする。

 とはいえ、店が多いだけに一つの街で考えれば品揃えはいい。


(――そしたら、まずはあの店から行ってみるか)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ