第4話 剣術訓練
「……では、まずは現時点でヴィトルム様の剣の心がどこまであるか。試させていただくとしましょう。そちらにあります剣をお持ちください」
デクラウスが、そこにあったテーブルを指し示す。
テーブルの上には鞘に入った長剣が置かれていた。
「稽古用の剣でございますゆえ、刃はつぶしてございます。重みもさほどありませぬ。この剣を持って私に打ち込んでくだされば」
「打ち込むというと……生身にか? 刃はないとはいえ――」
「まぁ、この服は特注でしてな。刃のない剣など通りませんし、打ったところで大して痛くもありません。ですので、ヴィトルム様の思うままに」
あっけらんと言ってのけるデクラウス。
……これがきっと、『アイリス』の感覚なんだろうな。
デクラウスが用意していた剣を取り、慎重に鞘から引き抜く。
刃は潰してある、とデクラウスは言ってはいたものの。剣身自体はよく手入れされており、白い鋼の上に端正な俺の顔が映り込む。
――これで戦う、か。
正直、プレッシャーがないではない。
だが、こうしてデクラウスの剣術指南に来たのは単に、デクラウスに会うためではない。
錬金術師は強力な職業ではあるものの、序盤は直接的な戦闘力は低い。だからこそ、デクラウスから剣術を習うことは錬金術師の弱点をカバーすることにもなる。
剣を学ぶことは、ヴィトルムとして『アイリス』生きる上で必要不可欠なことなのだ。
(まぁ、やってやれないことはないだろう。――俺がヴィトルムなら)
柄を握り込み。
デクラウスをじっと見つめる。
それに応えるように、デクラウスが自分の剣を抜き構える。
「遠慮はいりませぬ。さぁ」
一つ息をついて。
俺は、デクラウスに向かって走り込む。
そして、最初の一撃を叩き込んだ。
「はっ!」
――キィインッ!
甲高い、鋼の音が眼前で響き渡る。
(……っ! さ、さすがだな)
おっかなびっくりではあったとはいえ、俺の剣はデクラウスの剣にしっかりと受け止められていた。
デクラウスの顔には、汗一つ浮かんでいない。
「試し打ちの一撃といったところか。……師に立つ者として、どんな剣も受け止めましょう。このままヴィトルム様の剣を私にお見せください」
「……そうか。わかった」
こちらが少し及び腰になったことも、デクラウスには筒抜けだったようだった。
(――向こうが俺を試しているのなら。俺も俺がどこまでやれるか試すとしよう)
実際に剣を握るのも、正直初めてだが。
しかし、これからは剣を使い戦っていくことになるわけで。なら、剣の感覚は当然早く掴んでしまったほうが良い。
ここは、デクラウスに甘えさせてもらうとしよう。
「行くぞ――ッ!」
思い切りデクラウスに向かって剣を振りかぶる。
「ふむ」
デクラウスの剣が俺の剣を受け止め、そのまま押し込まれる。
(剣が流される――ッ!?)
即座に剣を引き、後ろへと引き下がる。
見え透いた一撃はさすがに全く通用しないらしい。
(……今ので、なんとなく剣を振る感覚はわかった。それなら)
腰を落とし、剣の柄を握り直す。
――足の向きと、腰の高さ。
ゲームで見ていた剣士たちの構えを再現する。
正直、正確な記憶ではないが……それでも、棒立ちよりはいいだろう。
「……む」
「はぁぁ――ッ!」
そのまま飛び出し、思い切り剣を振りかぶる。
――ギィイインッ!
甲高い鋼のぶつかる音が耳に突き刺さる。
……当然、この一撃はデクラウスには届かない。
しかし。
「ここから――ッ!」
「ほう――!?」
返す刃で二撃目を試みる。
「届かせに来たか――!」
――キィンッ!
即座に流れるようにデクラウスの剣が、こちらの剣戟をすくい上げ、確実に刃を遠のかせる。
……きっと、これがゲーム中におけるパリィなのだろう。
ここまで、素早く正確に攻撃をいなすのは、さすがデクラウスという他ない。
「さて、どうなさりますか?」
デクラウスが言う。
……ここで攻撃の手は止めない。
もし、これが実戦であるなら、俺は息をつく暇もないはずだ。
――だったら、このまま攻勢を維持する!
「はぁッ――!」
追加の一撃。
「やぁあああ――ッ!」
続けざまの一撃。
「ほう、あくまで攻勢は崩さず、と。――その意気や良し」
俺の剣が何度もデクラウスに降りかかるが、鮮やかなデクラウスの剣が確実に俺の剣を捌き切る。
こちらが思い切り動いているにも関わらず、デクラウスの体勢はほぼ変わらず。冷静にこちらの剣がいなされていく。
(……正直、こちらの剣が届く気は全くしないな)
乾いた笑いが思わずでそうになる。
この感じ、明らかに上位のパリィをデクラウスは習得している。先ほど、書斎で見つけた【パリィⅠ】とは明らかに次元が違うものだ。
しかし、だとしても。
(どうせなら、一撃だけでも――!)
俺は飛び退いて、剣を構え直す。
これほどの達人が、実際の剣の覚えのない俺に付き合ってくれているわけで。
せめて、デクラウスの誠実な姿勢には、これから弟子となるものとしては応えたい。
俺は思い切り踏み込み、デクラウスに肉薄する。
(――届かせるッ!)
その思いで剣を突き出そうとして。
――ッ!?
デクラウスの眼の前で俺の足がせき止められた。
「――そこまで」
俺の首元にデクラウスの剣があった。
そのまま走れば自ら首を落とす、そうわかる位置に剣が置かれている。
……いや、もちろんデクラウスの剣は訓練用の剣で刃はないのだろうが。
間違いなく、これが実戦であればそのまま俺の首が落とされていたことを示していた。
「いささか前のめりが過ぎるようですが。……ふふ、しかし私はこういった剣も嫌いではありませぬ。よくぞ食らいつきなされた」
そう言われて、なんだか急に力が抜けるのを感じた。
……これは、敵わないな。
「――さすが。剣聖エルディナが生まれるわけだ」
デクラウスは、『アイリス』でも最高の剣士であるエルディナの師匠だった、という話もあった。
作中ではあくまで噂話として語られていただけだが、実際に素人ながら剣を交えればエルディナの師匠というのも納得の行く話だ。
「……なぜ、エルディナの名を?」
デクラウスが訝しげに呟く。
――しまった。た、たしかにヴィトルムが知っているのは不自然、かもしれない。
「か、風の噂で聞いた。……違ったか?」
「いえ。確かに、アレは私がいっとき剣を教えていたことがあります。……やれやれ、人の口に戸は立てられぬとはよくいったものですな」
「……正直、その噂を聞いて今日ここに来た。剣聖を教えた剣とはどういうものか、知りたくてな」
それっぽく話をつなげてみる。
ただ、実際完全に嘘というわけでもなく、多くの騎士や剣士の師匠だったデクラウスに剣術を教えてもらいたかった、というのも事実ではある。
なので、嘘ではない、のだが……。
「と、ともかく! 明日もここに来れば剣術を教えてくれるのか?」
「え、えぇ……。それはもちろん。そのように申し付けられておりますから」
「なら、明日も来る。――期待しているぞ、デクラウス!」
なんとなく、居心地が悪いのでここは退散することにする。
嘘ではないにしても、本来のヴィトルムが知り得ない情報であることは間違いない。ボロが出る前にとっとと部屋に戻らねば。
俺は、机にデクラウスからもらった剣を置いて、脱兎のごとく中庭を脱出した。
「……まさか、ヴィトルム様の口からエルディナの名前が出るとは」
中庭に一人残ったデクラウスがぼそりと呟く。
剣聖を教えた剣とはどういうものか、知りたかった――ヴィトルムのその言葉をデクラウスは想起していた。
(――やれやれ、まったく過去とはどうつながるかわかったものではないな)
静かにデクラウスが剣を鞘に納める。
まさか、これまで決して来ることがなかったヴィトルムが、エルディナの名前を聞き、こうして剣を習いに来るとは。
運命の数奇さを、デクラウスは感じずにはいられなかった。
「……では、ヴィトルム様の剣も片付け――む?」
デクラウスは、ヴィトルムが持っていた剣を持ち違和感を覚える。
自分の記憶よりも、ずっと手に沈み込むこの感覚――。
「なっ、これは……!」
デクラウスが手帳を取り出し、破ったページを刃先に押し当てる。
破られたページがなんの抵抗もなくするりと切り裂かれる。
「まっ、まさか――!
……あれほどの動きを、ヴィトルム様は真剣でやられていたというのか!?」