第31話 帰路
「――空が、戻った」
ルミナの声に、俺も空を見上げる。
どこまでも青い澄み切った空に、白い雲。
(あぁ――空ってこんなに綺麗だっけかな)
涼やかな風を受けながら、そんなことを考える。
思えば、あの禍々しい空を見た時間など、ほんの僅かなものでしかなかったはずなのに。
――スタンピードが終わったんだ。
そう思うと、ふっと力が抜けて、身体がふらつく。
「大丈……夫?」
駆け寄ろうとしたルミナもなんだか、足元がおぼつかない。
「しまらないな、互いに」
俺は、ルミナにはにかみ笑う。
「……笑うと、そんな顔なんだ」
「ん? あ、あぁ……」
「いつも、難しそうな顔してたから」
たしかに言われてみれば、ここのところは気を張りっぱなしだったかもしれない。
ましてや――ルミナの前ではなおのことだった。
(……まさか、ルミナとスタンピードを攻略する、なんてな)
本来、ヴィトルムとルミナが手を取り合う展開など存在しない。
それどころか――彼女は、ヴィトルムに終焉をもたらす存在だというのに。
きっと、ゲームプレイヤーだった俺にこの出来事を話してみたなら、『なんだその、トンデモルート。絶対デマじゃん』とか言っていると思う。
(……あくまで、今は5年前。5年後のことはわからないが)
「ルミナ」
「ん、何?」
俺の声に、ルミナが振り向く。
「……ありがとう。ルミナがいなければ、勝てなかった」
「私も。ヴィトルムがいなければ、勝てなかった」
――今の彼女は、間違いなく『仲間』と言える。
*
それから、ハルティバに戻るべく森を進む。
スタンピードの時、あれほど溢れかえっていたアンデッドたちの姿はなく。
森は元の慎ましい穏やかなものに戻っていた。
そのまま進んでいくと――見覚えのある二人の影が見える。
「おぉ! 戻ってきよった!」
俺達の姿を見るなり、声を上げたのはバルムだった。
「おじいちゃん、ただいま」
「おう、おかえり。……見たところ、大きなケガもなさそうじゃな?」
「うん。少し身体を打っただけ。……おじいちゃんも元気そうだね」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ! ルミナが頑張っとるのに、ワシがへばってどうするんじゃ。さ、今日は、腹いっぱいうまいもんを食うぞ、ルミナ!」
「うん、楽しみ」とルミナがバルムに答える。
ゲーム中でも、時たまこういう回想があったけれど――いざこうみると、何か非常に感慨深い気分にさせられる。
そして、俺の前には――。
「……やり遂げられたのですな」
俺を帰りを待つ、デクラウスの姿があった。
多少、泥を被っているがそれでもまっすぐと伸びた背筋は、先の激戦もしのぎきった、ということなのだろう。
改めて、その凄まじさを思い知る。
「あぁ。なんとかな」
「災厄を前に、冷静で勇敢な振る舞い。的確な作戦立案、現場指揮と、その実行――全てにおいて素晴らしいものでした。ヴィトルム様にお仕えする身分にあったこと、このデクラウス何よりも誇らしく感じます。旦那様もきっとさぞお喜びになるはずです」
デクラウスが跪き、深々と頭を下げる。
「……気持ちは嬉しいが、今回の成功は俺だけのものじゃない。ルミナ、バルム、そしてデクラウス。全員の力があって、初めてなし得た事だ」
元より、今の俺一人ではできない、とデクラウスに協力を頼んでいるのだ。
第一波の突破すら、デクラウスたちがいなければまともに出来たかどうか怪しい。
「だから、頭を上げてくれ。俺もデクラウスには、礼を言いたい」
「……なんと」
デクラウスが顔を上げる。
そして、俺はそのまま立ってほしい、とうなづいて合図を送るとデクラウスはおずおずと立ち上がる。
「デクラウスが力を貸してくれたからこそ、今回の勝利はあった。そして、それはこれまでのデクラウスの協力もあってこそだ。……ありがとう」
デクラウスに俺は手を差し出す。
「……そのお言葉、これ以上にない幸甚の極みにございます」
デクラウスが握手に応じる。
錬金術と、剣術――その2つがあって初めてなし得たもの。
そして、その剣術を託したもの。何より、あのスタンピードで力を貸してくれたこと。
デクラウスがいなければ――俺の運命は大きく変わっていただろう。
「さて、帰るにしてもハルティバに行かないとな。……馬車が壊されていないと良いんだが」
……街は果たしてどうなっているのだろうか?
可能な限り、手早く終わらせた――とは思うのだが。




