第29話 悪役貴族と主人公
「――ヴィトルム様は、行かれたか」
森の奥に、一瞬目をやったデクラウスが呟く。
「ウ゛オ゛オ゛ッ゛――!」
スカル・ベルセルクがその瞬間を狙い、四本の大腕の振るい、デクラウスに剣戟を浴びせんと迫る。
その様は、まさしく暴力の嵐と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし。
「――見え透いてる」
腕一本一本の動きを読んだデクラウスは、たくみにスカル・ベルセルクの剣閃一つ一つを回避していく。
攻撃をかいくぐり、よりスカル・ベルセルクの内側へ。より内側へ――。
やがて。
「――もらい受ける!」
「コ゛ォ゛ッ゛――!?」
デクラウスの一突きが、スカル・ベルセルクの胸部を刺し貫く。
その一閃は、確実に鎧の可動部分を狙い撃ち、瞬く間に背中まで達するが。
「むっ……」
「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッ!」
激昂したスカル・ベルセルクは四本の大腕を振るい、前方を薙ぎ払う。
その攻撃に即座に反応し、即座に大きく飛び退いてデクラウスは体勢を立て直す。
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ! 相手はスケルトン! 心臓を一突き、とはいかんかったのぅ!」
デクラウスの背後から、豪快なバルムの笑いが響く。
「……肋骨の二、三本は落としたとも」
再び、デクラウスはスカル・ベルセルクを睨む。
鎧の胸部に、風穴は相手はいるものの、戦意は依然変化なし。多少、身体が傾いていることからあの一撃は、確実に影響そのものはあるようだが――。
(――無力化には、まだ時間を要するか)
デクラウスの表情が苦々しいものとなる。
こうなると、嫌でも自らの老いを感じざるを得ない――悔しさが、剣を握る拳に現れる。
「――敵の数は?」
「いやはや、まだ全体の半分にもなっとらん。街の方に流れた連中もおるが――今から行っても追撃は間に合わんじゃろう」
「……そうか」
ハルティバには、ヴィトルムの策がある。
おそらく、即座に陥落する、ということはないだろう。あの四等騎士団もリソースを救助に回せば、おそらく最悪は免れる。
デクラウスは様々な目算を、瞬時に行い。
「我々のやることは変わらず。――速攻即決。そのために、ヴィトルム様たちにこの群れを近づけぬこと」
「ま、どうせならコイツらを全滅させるくらいはやっておきたいものじゃがの」
「……それは貴公の努力次第、といったところだな」
「なんじゃ、さみしい事を言うのぅ。頑張るのはワシ一人か?」
「まさか。――私とて栄光は欲しいさ」
二人の騎士の目に静かに闘志が宿る。
剣と大槌、二人は武器を構え――。
「背中は任せる。――存分に暴れて良い」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ! ワシについてこれるかのぅ!?」
再び、モンスターの輪の中へ、飛び込んでいく。
――『主』は任せましたぞ。ヴィトルム様。
*
(……ホーリー・ランタンの効果はしっかりと出ているみたいだな)
祈りの湖に向かい、俺とルミナは走り続けていた。
エンチャントされたホーリー・ランタンが煌々と、薄暗い森の中を照らす。赤紫の空は、太陽光も遮っているのか、昼間だと言うのにかなり薄暗い。足元も、魔霧により見づらいものとなっている。
そういう意味でも、ホーリー・ランタンの灯りはありがたかった。
「――本当にモンスター、来ないね。さっき、ウォーター・スカルがいたくらい」
ルミナが呟く。
実際、ルミナが言うウォーター・スカルもこちらには気づいている様子はなかった。
まぁ、見つけるなりルミナが即座に槍を投げ、倒してしまったのだが。
(――今のところ、第二波が来ている様子もない。これなら)
おそらく、祈りの湖にはもうまもなくたどり着く。
……そして、そこには『主』がいるはずだ。
「きっと、もう間もなく『主』と戦うことになる。――心の準備をしておいたほうが良い」
ルミナに向かって言う。
ただ、その言葉は――本当のところ、俺自身に向けたものだったのかも知れない。
「うん。私は、大丈夫」
……だろうな。
俺は、小さく笑う。
彼女は世界を救う主人公だ。世界に選ばれた――運命の子。
まだ幼くとも、実際のところ見た目よりもずっとしたたかだ。世界を救うべく救う、その素質が彼女には備わっている。
あるいは、その心配でさえ余計なものだったのかも知れない。
「実は」
ルミナがポツりと呟く。
「ん?」
「――あなたとは、またいつか会えると思ってた」
「――――」
突然の内容に、言葉を失う。
「……まさかこんな早く、とは思っていなかったけど」
ヴィトルムと、ルミナはどのルートでも一度は会う事になっている。
ただし、その内容は全て――「悪しき貴族ヴィトルムは世界から取り除かればならない」そんな意図が見えるようなもの。
今はどうしてか、共闘する事になっているが――実際のところ、ゲームにおいてヴィトルムとルミナの間に心の交流などというものは存在しない。
――ただ、主人公が倒すべき悪役貴族。それ以外にはなかったのだ。
(運命は――変わっているのか?)
今の『アイリス』は、俺の知らない物語ばかり。
……それはただ『原作の五年前』だから、で片付けられるものだけではない。
それは、確かだ。
(けれども、今は――五年前だ)
未だ、原作の時系列には達していない。
原作にはない展開は増えている一方で――原作には影響がない、とまだ言える範疇にある。
今は――ルミナが敵でないとしても。五年後もそうではない、という保証はどこにもない。
「きっと、これからもあなたとはまた会うことになる。そんな気がする」
「――そうかもな」
一つ確かなのは、彼女と俺は巡り合う運命にある、ということ。
その時の関係が互いに敵か、味方かそれはわからないが――それだけはきっと確かなのだろう。
「――ルミナ」
「ん? 何ヴィトルム」
「……『主』はおそらく強い。俺一人で倒すのは難しいだろう。だから――俺に力を貸してくれ」
「わかった。元から、そのつもり」
濁りのないルミナの答えが返ってくる。
悪役貴族と、主人公と――奇妙な同盟がここに結ばれた。
*
そして――ついに、俺達はたどり着いた。
「ここが――祈りの湖」
森を抜けて現れた、巨大な湖面。
おおよそ、人の手が入ったような形跡はほとんどない自然そのままという場所。
「……とても、静か」
森の中では、補足されなかったとはいえかなりのアンデッドたちがいた。
本来、この森にアンデッドはほとんどいない。先ほど出会ったのはほとんどスタンピードによって発生するようになったモンスターばかりだ。
そしてここはスタンピードの中心――にも関わらず、アンデッド一匹の気配すらない。
さらにいえば――その象徴たる魔霧すら、ここにはない。
「――移動、した?」
ルミナが小首をかしげる。
確かに、スタンピードは移動するもの。時間が経てば経つにつれて彼らは、移動し被害を広げていく。
しかし。
「いや、間違いない。――ここだ」
発生直後のスタンピードはむしろ、その中心にはほとんどモンスターはいない。
おそらく、台風の目のようなものなのだろう。
(そして――おそらく、『主』はあの湖にいる)
俺は少しだけ、湖に近づき様子を見る。
湖面は、禍々しい赤紫の空を映していた。
風もなければ、泳ぐ魚もいない。鏡のように、澄んだ湖はただ静寂を称えている。
「……あれ?」
ルミナが、湖を見てなにかに気づく。
「あんなところに――指輪が」
湖面の底――砂に埋もれている金色の指輪が見える。
それを見て、俺は血の気が引いた。
「――ルミナ、離れろッ!」
その瞬間、湖は大きくうねり――盛り上がる。
そして、凄まじい量の魔霧が湖の底から湧き上がってきた――!
――スタンピードの『主』が、現れた。




