第26話 決戦を前に
「……よし、ここいらでいいだろう」
ハルティバを出てしばらく。
眼の前には鬱蒼とした森が広がっている。
スタンピードが活性化したとしても、即座に襲撃を受けず。かといって、遠すぎて中心に向かうまでにロスが増えすぎない地点。
近すぎても、敵の襲撃を即座に受け袋叩きに合う。遠すぎても、こちらが中心地までたどり着けない。
ここでの距離は非常に大切だ。
(……あとは、クロゴが戻ってくれば、中心地を割り出せそうなんだが)
クロゴの情報は、極めて重要だ。
スタンピードが森の中で発生する可能性が高い以上、中心地を特定できなければ大量のモンスターを相手にしながらあの鬱蒼とした森の中で中心地を探して歩き回ることになる。
(……まぁ、そしたらヴィトルムゴーストだか、ヴィトルムゾンビの完成だな)
あるいはヴィトルムスケルトンかもしれないが。
「意外ですな、もっと外を歩けばモンスターの襲撃を受けるかと想いましたが」
デクラウスが呟く。
「ホーリーランタンの効果だろうな。特にこれはエンチャント付きで、かなり効果が大きい。下級アンデッドはおそらくほとんど俺達の姿を捉えられまい」
そういって、俺はひときわ煌々と輝くホーリーランタンをデクラウスに見せる。
裏返せば、高位のアンデッドはホーリーランタンでも認識阻害がされない、ということでもあるが。
(――あるいはもう、集合しはじめているのかもしれないが)
スタンピードの直前、突如として波が引くようにモンスターが出現しなくなるタイミングがある。
これがなかなか厄介で、スタンピードの特徴を知らなければ、このタイミングで気を緩めてしまう。
「……よし、急いだほうが良いな」
俺は地面に手を付け、意識を集中する。
……錬金術の力は、以前よりも高まっている。それなら。
「――――【シェイプ】!」
俺の腕から、青い魔力の光が地面の中に伝わったかと思うと、次の瞬間。
――ズゴゴゴゴゴォッ!
轟音を響かせながら、大地から巨大な土壁が現れる。
よし、うまく行った――!
「なっ……なんと……!?」
「バリケードだ。遠隔攻撃をしてくるモンスターもいるからな、必要だろう」
「……凄まじいですな、錬金術というのは。まさかこれほどの術があろうとは」
ものが土なので耐久力は――といういつもの奴ではあるが、それでもこれだけの厚さなら攻撃は相当耐えられる。
ただ、当然一枚ではまともな防壁とはたり得ない。これが少なくも十枚は必要だ。
そう考えると、ちょっとだけげんなりする。
……とはいえ、これがなくてはスタンピードの波を処理するとはまず不可能。
気合を入れなければ。
「デクラウス、この防壁を基準として、他に防壁を立てるならどう建てるのが戦術的に有用だ?」
「む……?」
「おそらく、素人の俺が無造作に建てるより、知識のあるデクラウスのほうがより的確なものが用意できる、そう思ってな」
「……なるほど、そういうことでしたか。それなら」
こうして、防壁作りを俺は着々と進めていった。
*
「よし――こんなものか」
デクラウスの指示のもと、十枚の防壁の構築が完了する。
特に、剣を使う際の間合いなども考えて、かなり細かいところまで位置は調整した。
(これで――今できる対策はほとんどやったことになる)
後はクロゴの帰還を待つのみ。
(……中心地を今から叩けたら良かったんだが)
あいにくと、スタンピードの中心にいる主は、スタンピードが起こるまでは潜伏している。
ゲーム中でも、スタンピード発生前に仮にスタンピードの中心地に行っても主と戦うことは一切できないので、これはまぁ望み薄だ。
「そういえば――ヴィトルム様。スタンピード時の作戦について、まとめておきたいのですが」
「……そうだな。改めて、整理しておこう」
もうそろそろスタンピードも本格的に来るだろう。
慌てることになる前に一度まとめておいたほうが良さそうだ。
俺は、深呼吸をし、そして口を開く。
「――今回の作戦は速攻即決。スタンピードを抑え込む、というよりも、スタンピードの核たる『主』をいかに早く倒すかを目的とする」
「『主』さえ倒せば、スタンピードは止まる――そういう話でしたな?」
「そうだ」
デクラウスにうなづき返す。
スタンピードで発生するモンスターの数は膨大。一国ですら滅ぼしかねない軍団とバカ正直に正面からやり合うのは命がいくらあっても足りない。
なので、その心臓を穿つことを最初から目的とする、というわけだ。
「そして、スタンピードでは大量にモンスターが発生するが――その侵攻は必ず、段階に分けて波紋状に広がっていく、という特徴がある」
ゲーム中では、Wave1、Wave2、Wave3と表記される仕組みだった。
スタンピードは収束するまではこのWaveが無限となるため、基本的には雑魚を捌き続けて乗り越えるというのは限りなく困難だ。
まぁ、不可能ではないが、それだけの戦力は当然ない。
「そして、この波紋状の侵攻には、必ずインターバルがある。第一波を攻略すれば、次の第二波まではある程度の猶予が生まれる」
「よって我々は第一波を速攻で突破し、第二波が来るまでの猶予をもって、『主』を攻略する――そういうことですな?」
「その通りだ」
ただ、第二波が来るまでの猶予、というのもモンスターが一切いないというわけではない。あくまで、第二波となる軍団が来ないと言うだけで、自然発生したモンスターはいるし、そういったモンスターは霧払いしていく必要がある。
そして――実のところ今回のホーリーランタンは、中心地にたどり着くまでの雑魚との接敵を下げる、という部分が一番大きい。
ホーリーランタンは、アンデッドの認識を阻害できるがそれはあくまで下級かつ、絶対的なものではない。防衛にも使えなくもない――という話で、防衛において絶対的な強さを誇るわけではない。
(――だからハルティバで配ったアレも、あくまで住民が逃げる時間を稼ぐため)
可能な限り早く。
速攻で第一波を攻略し、速攻で森を抜け、速攻で『主』を倒す。
……そうでなければ、甚大な被害をもたらすことになる。
防衛に回れる人材はいない。本当なら、あの王国騎士団をアテにできたら――と思ったのだが。まぁ、あの様子を見ると、かなり厳しいだろう。
(……第一波も、俺とデクラウスでは全てを処理し切ることは出来ない。あくまで、できることは中心地に繋がる突破口を作るだけ)
つまり、モンスターの一部は必ずハルティバに向かう。
もたつけばもたつくだけ、被害が出ることは間違いない。
(……たった二人に、ずいぶんと背負わされたもんだな)
デクラウスはもちろん、今の俺が用意できる最強の戦力。
これ以上に味方にふさわしい人物はいない。
しかし――それでもスタンピードという無限に近いデッキに挑むにあたり、手札が二枚、というのは苦しいものがあるのも事実だ。
準備自体は、ほぼ完璧に出来たとは思うのだが。
勝算は確かにある。
(しかし――)
そんな事を考えているときのことだった。
「――そう、街のアレ。あなただったんだ」
突如、背後から聞こえた、透き通る声。
(なッ――!?)
黒髪のボブカットに透き通った青い瞳。
「ルミナ――!?」
――彼女は、そこにいた。




