第23話 血筋
「……さて、着いたな」
馬車に揺られること、しばらく。
俺とデクラウスは、ハルティバへとたどり着いた。
馬車から降りた俺がハルティバを見回すと。
(これは――)
立派な石造りの家、整備された石畳。そして街の中心部にある時計塔。
広さそのものは、トラスの街より劣るとは言え、一つ一つの建物はかなり立派なものだ。
(ここってこんな立派な街だったのか……)
ゲーム中でもハルティバは訪れることはできるのだが、その姿は大きく違う。
どちらかといえば木造の建物の多い慎ましい町並みで、町の中央には半壊し苔生した塔があった――という感じだった。
(……時計塔だったんな、あれって)
トラス地方全体がスタンピードでかなりのダメージを受けたと聞くが、ハルティバはこうみると被害は本当に甚大だったことが想像つく。
……まぁ、スタンピードの最前線となってしまった街である以上、どうしてもそうなる他になかったのだろう。
「しかし、まさかハルティバとは」
デクラウスが苦々しそうに呟く。
「……何かあるのか?」
「少々、アルトラス家とは、折り合いが悪く」
アルトラス家と折り合いが悪い……?
「いえ。……あるいは。一度、この地の領主と話をしてみましょう」
街をあるくことしばらく。俺はハルティバの領主の住まう屋敷へと到着する。
門の前には、屈強な門番が一人。
「急な来訪をご容赦願いたい。こちらはアルトラス家の若君ヴィトルム様だ。領主様との面会を希望しておられるのだが、取り次ぎを願えるか?」
デクラウスが門番に告げると。
「アルトラス家――」
一瞬にして、門番の顔が険しいものとなる。
「よくぞ、ここまで辺鄙な場所まで。しかし、領主様はお忙しい。不急の用事であれば、日を改めていただきたい」
鋭い調子で、門番が返す。
一瞬にして、緊張感が高まったのを感じる。
「事態は、急を要する。領主様のお力が必要なのだ。少しでも良い、面会の時間を」
対して、デクラウスは一歩も引かない。
しばしの間、二人が睨み合った後。
「……わかった。しばしここでお待ちいただく。しかし、領主様がお会いになられるかどうかはわからん」
根負けした門番が、しぶしぶと重たい門を開け放つ。
……ほんの少しの時間だったはずだが、ずいぶん長い時間に感じられた。
なるほど、折り合いが悪い、ね。
「――アルトラスと聞いていたが、息子の方だったとは」
招かれてそうそう、そんな声が耳に入る。
部屋の奥には、どっしりと椅子に座る派手な装いの男。真紅のコートに、綺羅びやかな金色のボタンが目に刺さる。
……俺の着ているこの黒いコートもかなり高級品なことはわかるが、これはまたわかりやすく高価そうな感じだ。
「旦那様は療養中であらせられます」
デクラウスがそっと添える。
「まぁ、陰気な男だ。いつか病気になるとは思っていたよ。……それで、今日は何用だというのかね。すでに聞いていると思うが、私も忙しい身分なのだ」
「領主様――ハーマン・レトラス様に折入ってお願いしたいことがあり、ここに」
レトラス――。
デクラウスが頭を下げ言うと領主――ハーマンの眉間がピクりと動いた。
ここからか。俺は小さく息を吸い。
「本題から。……もうすぐ、スタンピード――つまりモンスターの大群が押し寄せる」
「スタンピード?」
「あぁ。今はまだそれほどだが、やがて誰の手にも負えないほどの数になる。しかし、今から手を打てば、被害は最小限に抑えられる。……そこで、あなたの力を借りたい」
ハーマンが窓の近くに立ち、外を見る。
「……力を貸せ、というのはどのような?」
「ここに対スタンピードの防衛拠点を構築する上で、その許可を。そして、民衆の避難の呼びかけをお願いしてほしい」
「何……?」
ハーマンの語気が突如力の入ったものとなる。
そして、すぐに。
「ははぁ。……わかったぞ。近頃のハルティバは、成長をし続けている。それを疎ましく思ってそのようなことを言った、というわけか」
「……!? いや、そのような意図はない。……適切な言葉はできていなかったかも知れない。だが、事態は差し迫っているのだ。一人でも犠牲者を減らすために、あなたの力を――」
「我がハルティバは、いつまでもアルトラス家の背を望むものではない」
ハーマンが眉間にシワを寄せ、こちらを睨む。
まずい、態度が硬直化してきている――!
「仮にそのスタンピードとやらが起こるとして、我らにも兵はある。……近頃は王国との関係も良好でしてな。一介の貴族に頼るまでもない。
――お引き取り願う!」
ハーマンは机をドンと叩き、こちらを射殺さんばかりに睨みつける。
……これは。こちらの準備が足りなすぎたか。
――これ以上の交渉は難しい、そう判断せざるを得ない。
「……わかった。礼を欠いた振る舞いだったこと、謝罪申し上げる。申し訳なかった」
俺は席を立ち、頭を下げる。
部屋を出ようとドアノブに手をかけたところ。
「――子供相手に私も大人気なかった。街に滞在する分には好きにするが良い。それが、祖を共にする一族に対してのせめてもの尊重だ」
「……心遣い、痛み入る」
一言だけ置いて、俺は部屋を出た。
「……祖先をともにする一族、か」
ハルティバの街に戻り、最初に出た言葉はそれだった。
アルトラスとレトラスの間にある深い溝――どうにもそれがあまりにも致命的となっている。
「かつて、アルトラスとレトラスは一つの家でした。……しかし、レトラス家はアルトラス家との政争に敗れ、遠方の地に。レトラス家があの態度を取るのも自然ではあります」
「……なるほどな」
ハルティバは、かなり発展した街だが――それもあのハーマンやその祖先が、必死な思いで開拓したものなのだろう。
たしかに、そんな状態でアルトラス家の人間が来れば、ああもなる、か。
ましてや、俺はあのヴィトルムだ。……侵略者として見られるのは、ある意味至極当然かもしれない。
「今後は、いかがなさいますか?」
「まぁ、正直言えば、交渉が決裂すること自体は想定していた。さすがにあれほど嫌悪されるとは思ってはいなかったがな。……拠点は少しハルティバから離れた場所に設置する。いずれにしても、スタンピードを見逃すことは出来ない」
「……さすがです、ヴィトルム様」
ハーマンがこの街を誇りに思っているとすればするほど、あの未来の光景は痛ましい。
そうでなくとも、スタンピードでは大量の被害者が出るのだ。
多少驚きはしたが、これですごすごと諦めて帰れるほど事態は単純ではない。
「ゴーストどもの対処は今からでもできる。一つ一つ、やって――」
と、その時だった。
「モンスターが出たぞおおおおおっ――!」
尋常ならぬ叫びがハルティバの街に響き渡った。
モンスターが街の中に――!
「ッ! 行くぞ! デクラウス!」
「はっ。声の方角は北東か――!」
俺とデクラウスは引き絞られた矢のように、一気に飛び出した。




