第22話 災厄は迫る
「――何か、気にかかる」
デクラウスは自室にて、真剣な面持ちで広げた地図を見つめる。
ここのところ、デクラウスの耳に入ってくるのはモンスターの被害ばかり。
商談の時も、モンスターの被害から物流に影響が出ているという話が出ていた。
(相手は、自然――。その数にもムラはあるものだが)
モンスターの数が多い年もあれば、少ない年もある。
しかし、その総量というのはだいたい決まっている。その時は多く感じても振り返ってみれば、周期的なもので例年の平均にほんのりと数が載っただけ、というのもよくある。
「……ただ私の気が逸っているだけだと言うのか?」
早急な結論を出しても、事実は必ずしもその通りではない――それは近頃のヴィトルムから学んだことだった。
(トラス地方以外でのモンスターの被害はそれほど多くはない。……ならば、これはたまたま、と?)
現状、トラス地方の被害も多いとは言え、昨年までのピークの値に近しいもの。
昨年のピークが今、ただ前倒しになっているだけ――そう見ることもできる。
(……もし、仮にそうだとして。聡い殿下ならば、この事態もすぐに見抜かれるはず。であれば、私のような老兵の出る幕はない)
ペンを握った拳をゆっくりと机に置く。
元より、今の自分はアルトラス家の執事に過ぎない。今更、騎士団に声をかける権限も存在していない。老兵が古巣に突然戻り、現在の将軍を無視して指揮――などという横暴が許されるべきではない。
「――だが」
握ったペンは拳を離れることはない。
トラス地方は、アルトラスの力の及ぶ地。そうであれば、アルトラスの一員として守るべき土地でもある。
(……しかし、私は執事であって騎士ではない。剣術指南を任されているのみ。館や主を離れ、力を振るって良い身分ではない)
勝手なことは、アルトラス家――ひいてはヴィトルムに対する裏切りともなり得る。
苦悩のしわが、デクラウスの眉間に幾重にも刻まれる。
「――ここは」
苦い決断を、重い口から放とうとしたその時。
「――デクラウス、少し時間をもらえるか?」
扉の向こうから、若き主――ヴィトルムの声が聞こえてきた。
「単刀直入に言う。――力を貸して欲しい」
俺はデクラウスに頼み込む。
クロゴを調査を向かわせてから3日ほど。
だいたいの目処が立ってきたので、協力者を求めに来たのだ。
スタンピードは対策が可能とはいえ、それは一人では限界がある。
力、知識、そして精神力――。その全てが揃った人物が揃い、最適な行動を取って、初めてスタンピードを抑え込むことができる。
そして、その要素を重ね持つ人物といえば――まず他の誰でもない、デクラウスだろう。
「……力、というのは?」
デクラウスの問いかけに俺は背筋を正す。
順序立てて、しっかり話さなければデクラウスを動かすことは難しいだろう。
デクラウスは執事ではあるが――あくまでアルトラス家の執事であって、俺個人の執事ではないのだから。
「近頃のモンスターの頻出――これをどう見る?」
「……危険な兆候とは感じています」
デクラウスも危険視はしていたようだ。
「しかし、現状の数はおそらく去年のピークほど。……少し前倒しになったと思えば、合点は行きます。今後少しずつして、収まっていくやも知れません」
「いや、収まることはない。――むしろ、この地方を飲み込むほどに増大していくだろう」
「……ほう」
デクラウスが慎重に、相槌を置く。
当然、そういう反応にもなるだろう。
「デクラウス、窓の外は見たか?」
「窓の外。……えぇ、霧が出ていますな」
「霧じゃない。――『魔霧』だ」
「『魔霧』――!? いや、トラス地方に『魔霧』が現れる場所は存在しないはず……!」
デクラウスが驚きの声を上げる。
さすが、デクラウス。魔霧のこともしっかりと把握しているようだ。
「そうだ。本来この地方に『魔霧』は存在しない。――だが、ある現象が起こる場合、その限りではない」
「ある現象――」
「ここ最近、不可解な事が多くてな。書斎の本を調べていたんだが、その本によると――この現象は『スタンピード』によって引き起こされているというのがわかった」
ちなみにだが、そんな本は書斎にはない。
そもそも、スタンピード自体今回起こるスタンピード以前はほとんど起こっていなかったために『アイリス』の文献にはほとんど残っていないのだ。
「――ここに、その本の重要部分を要約した写しがある」
デクラウスに、スタンピードの内容をまとめた紙を見せる。
これは、攻略wikiなどに書かれていたスタンピードの仕様についてまとめたものだ。まぁ、話がややこしくなるので、ここでは計算式なんかは省いている。
「……なるほど」
デクラウスが一通り内容に目を通し、うなづく。
正直、ある程度小細工はしたとは言え、結局この時代の誰もがほとんどスタンピードを体験はしていない。
すぐに信じろといっても、正直難しいかも知れない。
「スタンピードは甚大な被害が出る災害。――しかし、人間にも付け入る隙はある。そのためには、力を持った人間が必要だ。
――だから、必要なんだ。デクラウスの力が」
デクラウスの目をしっかりと見据えて訴えかける。
「……ヴィトルム様は、スタンピードを止めよう、と?」
「そうだ」
俺は強くうなづく。
「――勝算は?」
「ある。……今回はゴーストモンスターのスタンピードだ。対策方法はかなり広く取れる。すでにいくつか手も打ってきた。下地は整いつつある。――あとは、実行できる人物が欲しい」
「……なるほど、ホーリーランタンはそういうことでしたか」
デクラウスがうなづく。
さすがに、ここ最近の行動でなんとなくは察していたようだ。
「よろしい。……そういうことであるならば、私も協力を惜しむことはありませぬ」
よし――!
デクラウスが参加してくれることはかなり大きいぞ……!
「ただ、一つ」
内心、喜んでいるとデクラウスが尋ねてきた。
飛び跳ねたい気持ちを抑えつつ、デクラウスの言葉を待つ。
「――なにゆえ、ここまで?」
俺は、少し考え。
「――ただ、ここで終わりたくなかったからだ」
*
「それで、今後はどうなさられるおつもりで?」
デクラウスに尋ねられる。
さて、ここから具体的な行動になってくるな。
「まず、スタンピードの集団が最初に到達する場所に移動し、防衛拠点を敷く」
「スタンピードの集団――。たしかに、この紙の内容によればスタンピードには中心があるようですが。しかし、現状それらしい情報は」
「たしかに、正確な場所はまだ俺も知らない。ただ、なんとなくの当たりはついている」
しまった、地図を持ってくるのを忘れていたな。
と、机の上に地図が広げられているのが見える。よくよくみると、いくつか印がつけられているがこれは……?
「すまない、この地図に書き込んでも?」
「えぇ。構いません。元より、私も今回のモンスターの頻出については調べておりましたので」
なるほど、これは目撃情報を書き込んだものか。
……もしかして、放っておいたら最悪一人で解決に向かっていたかも知れないな。改めて話しておいてよかった。
「俺の方でゴーストを方角ごとに集計していた。それによると北東に――75体」
近くにおいてあった鉛筆で、なんとなくの範囲を囲んでおく。
「なっ……!? いえ……数も驚きですが、どうやって?」
「俺にはゴーレムがいる。夜中の内にゴーレムを調査に向かわせていた。――出てこい、クロゴ」
――ジジ。
足元から黒い流体が人型が現れる。
なんとなくの当たりはつけたので、今は集計は休止中だ。防衛拠点につき次第またやってもらうことになると思うが。
「――なるほど、メイドたちから話は聞いたが、それがゴーレム。なんとも不思議な見た目をしている」
デクラウスがまじまじとクロゴを見つめる。
たしかに、王国でゴーレムを見る機会はなさそうだな……。
「北東方面で、ゴースト大量発生が見つからないゾーン――人が踏み入らないゾーン。たとえば森や谷がある場所。そして、トラス地方で最も人が多いトラスの街の通り道となってしまう場所。不幸にもその条件に合致してしまった場所は。
――ハルティバ」
地図の地名、ハルティバを俺は指差し。
「――ここをスタンピード防衛拠点とする」




