第20話 商談
「――こうか!」
デクラウスの剣を剣先を抑え込み、足を一歩踏み出す。
こちらが剣先をそらしていることで、デクラウスはこちらに攻撃できない。
「見事。……目覚ましい成長でございます」
「あぁ、日頃意識していた甲斐があった。……最初の稽古がなければ、俺もここまで早く覚えることはできなかっただろう」
俺は、今日も『パリィ』の訓練を、デクラウスと共に行っていた。
習い始めた当時は、ほとんどうまくいかなかったが、今は徐々に成功率を上げられつつある。
やはり、最初にデクラウスと稽古を行い、『パリィ』の完成形を見たのが大きいだろう。
「しかし、一つ。戦場においてはこれでもまだ、不完全です」
「む……」
「なぜなら――」
剣先を逸らされていたデクラウスが一気にこちらに身を寄せてくる。
俺がデクラウスの剣に乗せていた重みが、重心を変え一気に体勢が崩れそうになる。
「うぉ……っ!?」
「『パリィ』はあくまで『剣』の攻撃を抑えるものに過ぎませぬ。しかし、立ち回りにおいてまだ戦いは続いている。……こうして踏み込まれれば、剣を抑えたとて、むしろ返されることもある」
デクラウスの足がまるで俺の眼の前で根を張るかのように、力強く踏み込まれている。
たしかに、デクラウスの剣こそ届かないが、このままデクラウスにぶつかられでもすれば一気に劣勢に陥る――そう、デクラウスは示していた。
「剣を抑え流すことはあくまで、引っかかり。そこから、有利な立ち回りに持ち込むことができるかがどうかが本懐なのです」
「……なるほど。俺はまだまだ、ということか」
勝負あり、だな。これは。
お互いに剣を離し、鞘に剣を収める。
「えぇ、まだまだヴィトルム様は強くなられる。……毎度、その成長には驚かされるばかりです」
「……そうか」
改めて、すごい人物から教えてもらっているな、と思う。
正直こうして教えを受けていると、俺がエルディナのような剣の才能がないことが申し訳なくなってくるくらいだ。
剣術は、あくまで俺がこの世界を生きるために学んでいるものではあるが……デクラウスに報いるためにももっと強くありたい、と思う。
「……ところで」
「ん?」
「ここ最近、屋敷の雰囲気が少し変わったのを肌で感じております」
ただ、そういったきり、デクラウスはそこから続けることはない。
「……視野を広げようと思ってな。遠くを見るなら、近くから見るものだろう?」
「――ほう。それは」
デクラウスが立派なヒゲをさすり、反芻するような深い音で呟く。
と、その時のことだった。
「執事長! アクロノーツ商会の人が……」
「……そうか、今日来る話だったな。わかった、今行く」
アクロノーツ商会……!
『アイリス』の世界をさすらう行商人グループだ。決まった場所に店を構えず、世界中を渡り歩く商人で、以前の隠しショップとは異なり専門性はないが面白い商品が多い。
ゲーム中だと、この地方には来ていなかったが――昔は来ていたのか……!
「デクラウス、俺が同席することはできるか?」
「む……? それは、構いませんが……」
アクロノーツ商会は、錬金に使える素材を取り扱っていることもある。
これは、新しい錬金がまたできるかもしれん……!
デクラウスと共に応接室に向かう。
すると――。
「これはこれは、デクラウス様。お久しぶりでございます、かれこ――」
応接室の椅子についていた男と目が合う。
「あ、あの……そちらの銀髪の坊っちゃんは? お孫、様……?」
「……まったく、恐れ多いことを言う」
デクラウスが呟く。
すると、椅子についた商人の顔が少しずつ青ざめていき。
「つ、つまりヴィトルム様……! 申し訳ない、急用を思い出したので。そ、それではお暇させていただきます。ほほほ……」
一礼したかと思うと、商人の男は足早に扉に向かおうとする。
「待て、イゼデン。今日は、ヴィトルム様も参席する。……そちらの商品に興味がある、とのことだ」
「あぁ。……どういう商品を取り扱っているのか、見せてくれるか?」
「……え、えっと、つまり。ヴィトルム様も商談に参加なさられると?」
「そうだ。……俺がここにいるのはそぐわないか?」
まぁ、たしかに15歳の子どもが商談に参加する、というのは妙と言えば妙かもしれないが……。
「あぁ、いえ。いえ……。そ、そうですな! いつもとは違う御仁と話すのも商談の醍醐味ですからな、は、はははは……」
「ヴィトルム様は面白いお方だ。きっとお前も後悔はすまい」
デクラウスが商人――イゼデンに言う。
意外だ、まさかデクラウスからここまで言ってもらえるとは……。
イゼデンが再び、席につき、商談が始まった。
「……それで、近頃はどうなのだ?」
「王国の方は変わりなく。殿下もますます栄光を手にされ、輝かしいばかりですな」
「まぁ、殿下がいるなら、私も不安なことはない。良いことだ」
おぉ……。
デクラウスは、今でこそ執事をやっているが、元は王国の騎士。
それも将軍も務めたことのある男。ゲーム中では、騎士デクラウスの話ばかり聞いていたが、ヴィトルムとなってからは執事デクラウスとして関わることが多かったので、なんだか新鮮な気分だ。
「まぁ、王国のことは私も聞き及んでいる。私も気にかけてはいるし、勝手に耳に入るものでな。……私が聞きたいのは他のことだ」
「トラス地方の話――ですな」
「うむ」
トラス地方のこと――?
「近頃は盗賊はめっきり減りましたが、代わりにモンスターが増えてきておりまして。朝はまだいいのですが、夜はとてもではないですが、一人では歩けません。その影響で――」
背負っていたリュックサックから商品を取り出すイゼデン。
「こういったものしか取り扱うことが難しく」
出てきたのは鳥の羽根。黒いコンパス。
緑色の液が入ったビン。ゴワゴワとした毛皮。そしてなにかの……。
(スキルブック――!?)
表紙は、かなりかすれていて読めなくなってはいるがⅡの文字だけ、うっすらと見える。
元のスキルがわからないとはいえ、いきなりⅡ……!
「……魔石の類はなしか」
「えぇ。近頃のモンスターは魔石に強く反応しましてな。私も護衛は雇ってはいるのですが、輸送リスクが高く、ここしばらくは取り扱うことをやめることにしています」
「そうか、生活用の魔石が増えることを期待していたが……」
「そちらについてはもう少し落ち着きましたら、取り扱いを再開する予定です」
「在庫があるのなら、先に取引しておくことはどうなのだ?」
「えぇ、それでしたら。何分相手が自然ですので、いつになるかはお約束できませんが……」
デクラウスがペンを取り、書類に様々書き込んでいく。
こうみると、やはり将軍というだけあって、事務仕事もできるらしい。
と、そうだった。
「今出してくれた商品で気になるものがあるんだが」
俺が声を掛けると、ビクッとイゼデンが身構える。
「ほ、ほう。どちらになりますか……?」
「そのビン、液の色的におそらくハイエーテルだろう?」
「……なんと! よくこれがハイエーテルだと」
「ああ、かなり特徴的な色だからな。……コカトリスの羽根とか、ナイトコンパスとか、クァールの毛皮も気にはなるが……今すぐという感じではないからな」
いずれのアイテムも、もう少し設備が整ったら使えるアイテムではあるのだが。
ただ、これくらいのアイテムなら、おそらくあの隠しショップでも取り扱っているだろう。
結局使い道が豊富がでない以上急ぎではない、といったところだ。
「ちょ、ちょっとお待ち下さい、これが全てわかるのですか!?」
「ん? あ、あぁ」
……しまった。ゲームで見たからごく当たり前に言っていたが。
考えてみれば、こんなの冒険者でもなければ普通知らないものばかりだったな。
「……本で読んだんだ」
「――なんと博識な。驚かされます」
「そ、それと。その本……スキルブックだ。それに興味がある」
「ん? この小汚――あ、いや年季の入った本に興味が?」
小汚いっていったぞ、今。
いやまぁ、たしかに表紙は何がなんだか読めないくらいになってはいるが……。
「たしかに、あなたほど聡明ならば。読む本は選ばず、でしょうな。元より、売れるとは思っておりませんでしたので、こちらについてはぜひお譲りします。持ち歩くにはなかなか重くて困っていたので、ほほ!」
イゼデンからそのまま本を手渡される。
一応、スキルブックやクラスブックは、かなり貴重品なのだが……。まぁ、行商人的にはあまり価値がないものか、これだけ汚れているとなると。
ともかく、これで新しく何か技を覚えられるかも知れない。
そうでないにしても、ゴーレムに使える可能性もある。もらっておくに越したことはない。
「では、今日のお買い上げは……ハイエーテルと、魔石ですな。といっても魔石についてはもうしばらくお時間をいただくこととなりますが」
「まぁ、やむをえまい。では、代金はこちらから」
そういって、デクラウスが袋から数枚の金貨を取り出し、イゼデンに手渡す。
魔石は『アイリス』だと結構な価値があるとは聞いたことがあると金貨が何枚も手渡される姿はなかなかぞっとするな……。
あと、思い出した。一応、この話も聞いておかないとな。
「そうだ。……モンスターが出るという話だったが。一応、聞いておくがそのモンスターはゴースト系――もとい、幽霊や屍人の類か?」
「ほう、耳聡い。そうです。おかげで、魔獣に利く香水もほとんど意味をなさず……」
「――なら、そいつらに利くランタンがあれば、夜道はどうにかできるな」
「……それは、なんでしょう。仮定の話ですか?」
「いや、そういわけじゃなくて――。まぁ、たしかに持ってくる方が早いか」
俺は即座に部屋に戻る。
「――これだ、ホーリーランタン」
速攻で部屋に戻り、持ってきた。
聖水にランタンを合わせるだけのわりと簡単な錬金でできるアイテムだが、効果は高い。
「こいつがあれば、夜道にゴーストに襲われることは減るはずだ」
元々、ここ最近のゴーストの出現を考えて、作っておいたものだ。
だんだん部屋のディバイン・リーフの枚数が減ってきたので、あまり手渡したくはないが。
それでも物流に影響するのはまずい。最悪俺にとってもよくない結果に繋がりかねない。
「たしかに、何か神聖なオーラを感じる……! こんな物があるなんて……!」
「これで少し魔石も運びやすく――」
「ぜひ商品化させていただきたいッ! いくつほど用意できるのでしょうか、これはッ!?」
「えっ? い、いや。ディバイン・リーフがないと量産はちょっと……」
「なるほど、ディバイン・リーフ。わかりました、魔石の納品に合わせて、調達します。なので! ぜひこれを商品化させていただきたいっ!」
ち、近い……。
もはや、最初に会ったときの態度はどこへやら。完全に興奮しきりだ。
「わ、わかった。好きに商品化すればいい」
「おぉっ! 話がわかるお方! やはり実に聡明でらっしゃる……! これで、物流も回復できる。……何よりこのデザイン、インテリアとしても悪くない」
完全に一人の世界に入りブツブツとうわ言をいうイゼデン。
『アイリス』ってこんな商人のキャラ濃かったか……?
「いや、今日は実に良い話し合いができました! 今後も末永くお付き合いしたいものですなぁ!」
恭しく、頭を下げ喜びの声をあげるイゼデン。
俺とデクラウスにそれぞれ頭を下げたかと、思うと部屋を出ていった。
取り敢えず、なんのこともなしに参加してみたが、まさかこんなことになるとはな……。
「まったく、ヴィトルム様といると不思議なことばかり起こるものだ」
ボソりとデクラウスが呟いた。




