第18話 変化の兆し
「――ヴィトルム様、紅茶をお持ちしました」
大広間。
思えば、ヴィトルムとなってからは色々な検証や、稽古に打ち込みっぱなしだった。
しかし、ひとまず錬金術も、錬金もできるようになり、ゴーレムも作り出せた――ということで、ほんの少しだけこうして羽根を伸ばすことにした。
「ありがとう、アリカ」
小さい赤い花が描かれた白いティーカップに、熱々の紅茶が注がれていく。
紅茶の芳しい香りが鼻腔をくすぐる。あいにくと紅茶にはあまり詳しくないのだが、きっと良い紅茶なのだろう。
「……そういえば、足の方はどうだ?」
「あ、えっと……。あはは、本当にほんの少しひねっただけなので。一応、気を付けて歩けば全然問題はありません」
「そうか、良かった」
ティーカップに口をつけ、慎重に紅茶を傾ける。
……うん、美味しい。
「ただ、ひねりの癖がつかないように、と執事長のご判断で少しの間だけ配置が変わることになりました。なので、少しの間洗濯やお庭のお仕事のような力仕事や歩き回る仕事はやらなくていい、と」
……さすが、デクラウスだな。
こういう気遣いができるのも、きっと彼が慕われていた理由なんだろう。
「洗濯とか、庭仕事のメイド仲間からは体力のあるやつがいなくなってキツいなー、なんて言われちゃいましたけど」
「……ほう」
ヴィトルムになってからはなんだかんだだいぶ経つのだが、正直未だに館にはどれくらいの人がいるのかは把握できていない。
中庭もデクラウスと稽古ができるくらいには広いし、いつ見ても綺麗に手入れされていることから、よほど日頃使用人達が頑張ってくれているのだろう。
「……洗濯は特にキツくて。一日に何十人分の服を洗濯して、干して、ですから。ちょっと申し訳なく思います」
「ふぅん――」
ただ服が何十人分もあるわけではなく、水をたっぷりと吸っているわけだからかなり重労働なはずだ。
正直、想像してもなかなか、激務なのは想像できる――。
と、その時、ひらめいた。
「――もしかすると今後はもう少し楽をできるかもしれんな」
「えっ……?」
場所は、館の近くにある川。
昔は、川で洗濯をしていた――というのは聞いたことがあるが、『アイリス』も基本的には川や井戸の水で洗濯をしているようだ。
いくつも置かれた大きな籠に、大量の物干し竿――そして、その数に対して圧倒的少人数の洗濯メイドたち。
「……あれだな、アリカ?」
「え、えっと……はい。あ、あのこれはどういう……?」
と、川で洗濯していたメイドたちが俺の姿に気づく。
しかし、メイドたちは俺を見るなり。
「ひっひぃっ……ヴィ、ヴィトルム様……っ!?」
「そ、それにアリカも! ま、まさかなにかやらかしたんじゃないだろうね!?」
……まぁ、こうなるか。
ヴィトルムのこれまでの評価を見れば、想像はつくことではあるが。
とはいえ、いい加減こういう互いに触れづらい関係もなんとかする時だな。
「……少し手伝ってやろうと思ってな」
「えっ、て、手伝う? ですか? まさかヴィトルム様が直々に――?」
隣のアリカが尋ねてくる。
「まぁ、それでも構わないといえば構わないが、少し違う」
俺は手に持っていたバケツをひっくり返す。
出てきたのは――。
「なっ、なんですか……それ?」
バケツから落ちた砂の塊は、べちゃりと一度と身体を崩したかと思うと再び身体を起こし、大きく伸び上がる。
そして、膝下ほどの大きさの人形に変じた。
「ゴーレムだ。俺の命令に従い、自在に動く。コイツが洗濯を手伝う、ということだ」
「ゴ、ゴーレム……?」
メイドたちがゴーレムを見て、顔を見合わせる。
……あぁ、そうか。たしかに、力仕事なら、この大きさでは不安かもしれない。
「――【シェイプ】!」
周囲の砂をかき集め、徐々にサンド・ゴーレムの身体を大きくしていく。
先ほどまでは膝下程度のサイズだったが、すぐに俺の頭ほどの高さまで大きくなる。
……モノが砂だから、大きさの調整は楽だな。
(ちょ、ちょっと。アレ、お、おっきくなったよ……)
(ヴィトルム様が……何か術を使った用に見えたけど……)
メイドたちが、何やらひそひそと話し合っているが、内容までは聞き取れなかった。
……とりあえず、サッとやってしまうとするか。
「ゴーレム、そこにある洗濯かごを持て」
――ズズ!
命令を受領したゴーレムは川の近くまで降りていくと。
洗濯かごを、ひょい、と両腕で抱え込みながら持ち上げた。
「ふぇっ!? あ、あんな重たい洗濯かごをそんな軽々と……!?」
「あ、あれは本当は背負いながら運ぶのに……?」
「す、すごい……」
アリカやメイドたちが驚きの声を上げる。
剣のような細く重たいものを運ぶのはサンドゴーレムは適していないが、逆にそこそこ面積のあるものについては問題なく運ぶことができる。
よし、そしたらこのまま。
「物干し竿まで運べ、ゴーレム」
――ズズズ!
丘にある物干し竿まで、サンド・ゴーレムは足を波打たせながら進んでいく。
モノが砂だからなのか、運ぶ時も重心が崩れることなく危なげなく丘にある物干し竿まで運びきってしまう。
……よし。この命令については十分にこなせているな。
なら、反復させた場合どうなるか、見てみるとするか。
「す、すごい――! 私なら、途中で休むのに……」
「では、ゴーレム。
――ここにある洗濯かごを全て運んで、そのまま物干し竿でかけてしまえ」
「なっ――!?」
ゴーレムは俺の命令を聞くなり、洗濯かご川の近くに向かっていく。
*
――そして。
「す、すごい……。あっという間に終わっちゃった……」
アリカが驚きの声をあげる。
おそらく何百着とあった服が、全て物干し竿にかけられ、涼やかな風に揺られている。
「ご苦労、手袋をこちらに」
――ズズ。
サンド・ゴーレムが手袋を俺に手渡す。
砂の手なのでそのままではできない事がいくつかあったが、俺のしていた手袋がたまたま防水性能に優れていたようで、洗濯もかなりの部分もこなすことができていた。
まぁ、代わりにこの手袋が砂っぽくなってしまったが……。
「――【シェイプ】」
手をかざし、サンド・ゴーレムの身体の砂を取り除き、最初のバケツに収まるサイズにサンド・ゴーレムを縮小させる。
「なんてこと……信じられない。あんなに大変だった洗濯がこんな」
「あのゴーレム? が全部やってしまうなんて……」
洗濯メイド二人が、呆然とした表情で語る。
「まぁ、日頃頑張ってくれていたようだからな。……そのねぎらいといったところだ」
「なっ……ヴィトルム様が」
「私達に、ねぎらいを……!?」
洗濯メイド二人が顔を見合わせる。
と、少しして。目尻に涙がたまり始め。
「う、うぅっ……ありがとうございますぅ……」
「わ、私たち、ヴィトルム様のこと、なんてひどい誤解をしていたのでしょう……!」
あれ。なんか流れが変だな……?
い、いや。ここは、なんか仕事が楽になってラッキー、くらいのテンションを想像していた、んだが……。
「……ともかくだ。今後も、コイツには引き続き洗濯を任せることにした」
「えっ……こ、今後も……!?」
「……聞けばお前たちは、元々は別の職務があったのだろう? ならば、その職務に戻るがいい。デクラウスには俺の方から話をつけておく」
元々、ヴィトルムの影響で多くのメイドが入っては抜け、入っては抜け、ということを繰り返していた。その結果として、希望の役職から外れ、本来のスキルを活かせないメイドも多くいるという。
だから実際のところ、これはねぎらいとは言ったものの、ある意味贖罪的な意味も兼ねているのだ。
「――ありがとうございます。必ずや、ヴィトルム様のお役に立ってみせますわ」
二人のメイドが深々と頭を下げる。
……そう、館のメイドと関係を改善するのは、ただ単にバッドエンドを回避するだけが目的ではない。
彼女らと協力できることはそれだけで、俺が――ヴィトルムが取りうる選択肢が増えるということでもある。
「では行く。邪魔したな」
――まだまだやるべきことも、できることもたくさんある。
そして、やりたいことも、まだまだ。
錬金が使えるようになった、今。
確実に、俺は俺の手で前に進めるようになりつつある。
――この調子で、もっと色んな物を変えていこう。




