第17話 ゴーレム起動
「……正直、アレが出てきた時はかなり驚いたが。結果的には幸運だったかもな」
机の上でゆらりと揺れる青い炎の結晶。
ウォーター・スカルが落とした素材『エクトプラズム』だ。
ゴーレムを作る素材はいくつか存在するが、共通しているのは高い魔力を秘めた結晶。
特に『エクトプラズム』はかなり高ランクの素材で、数ある素材の中でも非常に適正が高いといえるだろう。
(モノが幽霊から出たものだから、やや不安はあるにはあるけど……)
多分、安全のはずだ。
一応、ここまででおかしなことはなかったし……。
「一応、確認のためにクラスブックに目を通しておくか」
『錬金術-初級-』の一番最後に、たしかゴーレムの作り方が書いてあった。
パラパラとページをめくり、内容を見てみるが概ね俺が知っている通りの情報だった。
必要なのは、高魔力体、神経となる金属、そして核を構成する物質。
「高魔力体はエクトプラズム、神経となる金属は――フォークとかでいいか。核はたしか泥でもいけたはず」
一つ一つを確認して釜の中に収めていく。
(……ゴーレムか、か)
いざ作るとなると、感慨深い。
ゴーレムは錬金術師の象徴とする存在の一つ。それを今まさに作り出そうとしている。
いよいよもって、俺も錬金術師らしくなってきたな。
よし。
逸る呼吸をなんとか整え、錬金釜に両手をかざし。
「――――合成!」
俺の魔力に呼応し、錬金釜が激しく震え始めた。
そして、釜の蓋から青い電光が幾度となく漏れ始める。
――よし、『エンチャント』を引いた!
ゴーレムで『エンチャント』を引けたのは大きい……!
しばし、錬金釜は激しい反応を見せたかと思うと。
――キィィン。
錬金完了の心地よい音色を響かせた。
「どうだ……!?」
一刻も早く確かめたい気持ちで、錬金釜にかけより勢いよく蓋を開ける。
中には、複雑な幾何学模様が浮かび上がった球体が、魔力の光をたたえぼんやりと黄色く光っている。
――間違いない、ゴーレムコアだ。
出来上がったゴーレムコアを落として壊してしまわないように、そっと手に取り釜の中からすくい上げる。
触った感触は意外にもすべすべしていて、球体の表面にところどころにある金属線でできたゴーレムの神経がひんやりとしていてなんとも独特な感じだ。
「……とはいえ、これ単体じゃ意味はない」
ゴーレムには体を構成する媒質が必要だ。
身近になにか媒質になるようなものといえば。
「砂――よし、サンドゴーレムでいくか」
【シェイプ】の練習用に用意していた砂の入ったバケツにゴーレムコアを沈める。
そして。
「――【シェイプ】!」
ゴーレムコアにまとわりつくように、周囲の砂を操作する。
すると、ゴーレムコアは俺の【シェイプ】に反応したのか、青く輝きはじめ。
――ズ。
先ほどまで、【シェイプ】により砂玉となっていた砂たちがうねりはじめたかと思うと、それは四方に伸びていき。やがてそれは頭、右腕、左腕、胴体を思わせる形へ変わっていく。
――ズ、ズズ。
バケツの中にいる砂の人形は、頭部らしき部位をこちらに向け止まった。
……もうすでに、俺の【シェイプ】の効果は切れている。にも関わらず、そこにいる砂の人形は崩れることなく、こちらを見ている。
間違いない、これは。
「成功だ――!」
初サンドゴーレム、無事完成だ。
自然と口角が歪んでいくのが自分でもわかる。
(たしか……ゴーレムは口頭でも命令できたはず)
ゲーム中では、コマンドという形だが、設定上は声を掛けて命令していたはずだ。
「――バケツの中から、出てこい」
ゴーレムに聞き取れるようにゆっくりハッキリと言ってみる。
すると。
――ズ、ズズ。
ゴーレムは、バケツを這い出てこちらにじわじわと近づいてくる。
といっても、立ち上がるというなことはなく、砂の身体を変形させて溢れ出るようにしてバケツから出てきた。
サンドゴーレムには足はないため、流体のように流れるように身体を変形させて移動する。
「……命令もしっかりと受理できている。完全に成功だな」
サンドゴーレムは俺の足の前まで来ると、静止し再びこちらを見つめている。
頭部に目らしきものはないので、実際のところ見えているのかどうかはちょっとわからないのだが。
おそらく、俺の命令を待っている、用に見える。
「右手を上げてみろ」
――ズズ。
俺の呼びかけに、サンドゴーレムが右手を上げて見せる。
「椅子の近くまで移動しろ」
――ズ、ズズ。
サンドゴーレムが下半身を波打たせながら、椅子の近くまで移動する。
なるほど……。
(自分の身体も、場所も理解できるみたいだな)
場合によってはもっと細かい指定、あるいはさらに単純な命令が必要になるかと思っていたが、こちらの感覚的な指定もなんとなく理解できているようだ。
……なら、これはどうだ?
「バケツをもってこい」
――ズズ。
サンドゴーレムは翻り、バケツの元へと近づいたかと思うと両手で抱え込み、再び下半身を波打たせながらこちらの手元まで運んできた。
「どうも。……お使い系の命令もこなせる、と」
この調子なら、そこそこの頼み事なら十分にこなしてくれそうだ。
(――っ! そうだ、忘れてた!)
俺はあることを思い出す、慌てて机に駆け寄る。
ゴーレムといえば、アレができたはずだ。
机の片隅においていた本――スキルブック『剣術【パリィⅠ】』。それを手に取る。
「……やっとこれの使い道が来たな」
パリィ自体は非常に有用なスキルだが、あいにくと俺にはすでに剣の師匠たるデクラウスがいる。それにデクラウスに教えてもらうほうが、より高位の『パリィ』も学べる。
そういったこともあって、これを使うことはなかったのだが。
以前クラスブックは、スキルブックの上位互換と説明したが――実は一つだけスキルブックはクラスブックを上回る利点がある。
それは、ゴーレムなどの使い魔に、習得させることができる、ということ。つまり、今回でいえば【パリィⅠ】をサンドゴーレムが習得して使うことができるようになるのである。
「どう、だ?」
スキルブックのページを広げ、サンドゴーレムの前に差し出す。
すると、サンドゴーレムはスキルブックの前に近づき。
――ズ、ズズズ!
サンド・ゴーレムの砂の身体から、ゴーレムコアが顔を出しぼんやりと青く発光する。
すると。
「なっ――!?」
スキルブックの書かれた大量の文字がページを離れ、空中に飛び出した。
――キィィイイイ!
大量の文字たちは、ゴーレムコアの青い光に吸い込まれるようにして飛び込んでいく。
……たしかに、スキルブックは特殊なインクで描かれているとはゲーム中の設定でもあったが、まさかこんなことになるとは。
ページを離れ空中に大量に漂っていた文字たちは、掃除機に吸い込まれるように余すことなくゴーレムコアの中に飲み込まれていき、スキルブックは白紙のブランクノートと化してしまった。
「……これで、【パリィⅠ】を習得した、のか?」
さっそく、検証しなければ。
その思いで、腰に差していた剣を引き抜く。
「さぁ、見せてくれ。お前のパリィを――!」
俺はサンドゴーレムに剣を手渡した。
すると。
――ズボッ。
サンドゴーレムの砂の手をすり抜けて、剣は地面に転がり落ちた。
「……。まぁ、そうか、砂だもんな。お前」
サンドゴーレムは何事もなかったかのように両腕を上げ、剣をくれと言わんばかりに構えているが、おそらく結果は同じだろう。
気持ちだけ受け取っておこう。
(……まぁ、これはサンドゴーレム以外のゴーレムになれたなら、役に立つ日が来るかもしれない、か?)
少なくとも、白紙になったスキルブックを見る限り、『パリィⅠ』の内容はゴーレムコアに移動しているはずだ。なので、その知識は存在するはず。
ただ、残念ながら使えない、というだけで……。
(とはいえ――とりあえず、ゴーレムは作れた。これで『工房レベル』も少し上げられたはずだ)
安定してエンチャントができるようになるのは、おそらく先ではあるだろうが――。
少なくとも錬金とゴーレム、二つが揃ったことで大幅にできることが増えた。
ここから、かなり状況は変わってくるはずだ。
これは楽しくなってきたぞ……!




