第15話 新たな錬金へ
「さて――」
場所は自室。
机の上には先ほど買ってきたバルジール製の釜が置かれている。
興奮のまま俺はさっそく、錬金釜の製作にとりかかっていた。
(初錬金もそろそろだな……)
とはいえこの状態ではまだ錬金釜としては機能しない。
錬金釜として、機能させるためにまず下処理をする必要がある。
(……たしか、後ろのページに載っていたはず)
クラスブック――『錬金術-初級-』の本のページをパラパラとめくり続けること少しして。
――見つけた。
「あった。――錬金釜用の術式」
釜を錬金釜へと変化させるには、釜に術式を与え、実際に錬金術の力を流れを通してやることが必要になる。
この錬金釜を作る手順というのは、ゲーム中でも錬金術師として象徴的なシーンとして有名なものだ。いざ、こうしてやってみるとなると、胸が高鳴るのを感じる。
「……よし、この泥なら。多分いけるはず」
泥の乗った皿と、水の入ったボウルを釜の隣に置く。
『――この指は、万物を解く指なり』
指先に泥をつけ、文字を描いていく。
なかなか、指で文字を書くというのはしたことがないので、やや文字は震えているが。
『――この指は、万物を識る指なり』
本に描かれた通りの文字を一文字一文字、丁寧に指先で書き写していく。
『――万物は、一より始まり。一へと還す』
(ふぅ……)
指先についた、泥を一度落とし、呼吸を整える。
ここまでは、特に大きく崩れていない。
よし。なら続けて一気にやってしまおう。
再び、俺は指先に泥をつけ、ボウルの水で湿りを与えてやる。
『――万物は、一の連なりにあり』
『――毒を薬へ、命を砂へ、砂を金へ』
『――この指は、万物を記す指なり』
『――金を練る、大いなる指なり』
(よしよし……)
一通りの術式を書き終える。
釜に描かれた泥文字たちからは水が滴り、じわじわとその輪郭を失いつつある。
このままではこの泥文字たちはやがて崩れ去り、術式としての効果を発揮することは出来なくなるだろう。
(……第一の術を扱えぬものは、錬金術師にはなれない。今なら、その理由もよくわかるな)
泥文字が描かれた釜に俺は両手をかざす。
深く息を吸い――そして。
「――――【シェイプ】ッ!」
釜の表面の泥文字に、魔力を流し込む。
崩れ落ちた泥は、時を遡るかのごとく遡るように文字へと帰り――。
バチィ――!
「ぐっ……!?」
青い火花を散らしながら、釜に泥文字が固着していく。
身体から、大量の魔力が抜け出ていくのが感じられる……!
(魔力保存の高いバルジール鋼の釜だからか――!? それとも、錬金釜を作るのってこんな――!?)
たしか、クラスブックには、固着が完了するまでやり続けるとあった。
ここでやめればおそらく、錬金釜は完成しないだろう。
せっかく、高品質の釜を手に入れたんだ。ここで諦めるわけには行かない……!
(『アイリス』を生き抜くには錬金術が必要――。なら、これは試練に他ならない――!)
屈することなく、魔力を流し続けることしばらく。
バルジール鋼の釜に刻まれた泥文字たちを一筋の青い光が駆け抜ける。
――キィィイイィッ!
現実世界では聞いたことのないような、独特な高周波が耳を突き刺す。
やがて、釜の泥文字がうっすらと青い光を帯びたかと思うと。
――突如として、釜は光を失い、静かになる。
(……こ、これは?)
朦朧とする頭で、クラスブックを開き、ページの文字に目を走らせると。
「――成功、した?」
たしかに今この時、錬金釜が完成したことを、クラスブックは俺に教示していた。
バルジール製の、錬金釜――。俺は恐る恐る手に取ってみると、釜の表面に刻まれた文字はすっかり硬質化しており、いくら触っても崩れる気配はない。
(触り心地も……バルジール鋼になってる?)
先ほど刻んでいた文字自体が、様々な術式の集合体である、とクラスブックには書かれていた。おそらく、【シェイプ】をトリガーに様々な術式が発動し、釜自体を変質させた、のだろうと思う。
「……とりあえず、実験してみよう」
最初は、とりあえずわかりやすく簡単なものがいい。
そう思い見回してみると――あるものが目に付いた。
「そういやこれ――魔除けの植物として置かれているんだっけか」
以前、実験に使われた植木。
前回はここから枯れ葉やら土を拝借したが、そもそもこの植木自体結構特徴的なものだったことを忘れていた。
たしか、名前はディバインリーフ。貴族の自室などに飾り、部屋の主を魔から守る効果がある――という話だ。
(これなら、行けそうだな)
青々とした葉っぱの内、何枚かをちぎって拝借する。
なかなか立派な葉っぱなので、ややちぎるのは抵抗はあるが――これも実験のためだ。
「あとは、水だ」
先ほどの水の入ったボウルには、少々泥が入っている。
植木鉢に泥を戻し、改めて水を入れ直した。泥が多少入っていても問題はないかもしれないが、一応結果に問題があっては困る。
「よし、それじゃやってみるとするか――」
錬金釜にディバイン・リーフと水を手早くぶちこみ、手をかざす。
(――たしか、呪文は)
息を吸い、意識を集中させる。
「――合成!」
俺の声に呼応するように、錬金釜の表面の術式が青く光り出す。
そしてすぐに、バチバチバチィ――! と青白い電光が釜の内部から何度も溢れてきた。
(来た――! 間違いなく『錬金術』は発動している――ッ!)
しばし、錬金釜の蓋の周りを小さな電光が走り回っていたが、少ししてその勢いが弱まり、錬金釜の術式の発光も収まり。
キィン……と何かを小突くような音が聞こえてきた。
これで錬金は完了――。
「中は……どうなってる?」
錬金釜を覗き込むと、キラキラと光る空色の液体が底に溜まっていた。
錬金前はディバイン・リーフの大きな葉が丸ごと何枚も入っていたのだが、こうしてみると綺麗さっぱりなくなっている。
(入れ物に入ってないとどうにもピンと来ないけど、見た目は『聖水』っぽいか……?)
錬金釜から、中の液体を取り出し近くにあった空のインク瓶に詰めてみる。
窓の光に当ててみると、明らかに水ではないキラキラとした光が液体の中で踊っている。
「とりあえず、試してみるとするか」
ゲームのようにウィンドウが見えれば楽だったのだが、あいにくと見られるのは自分のHPだけのようだし、こういう時はそのまま試してみるしかない。
『アイリス』だと、たしか聖水は中の液体を散布することで魔物を忌避させたり、ゴースト系のモンスターを攻撃できたはずだ。
「それっ」
インク瓶につまった推定聖水を、軽い気持ちで部屋の中に散布する。
すると――。
――ボォオオオオオォッ!
空気に触れた聖水は、純白の炎となり激しく燃え上がる。
「うおおおおぉーーーッ!?」
俺は即座にボウルに水を汲み消火できるように身構えたが、意外にもすぐに白い炎は鎮火し、部屋に平穏が訪れた。
「は……はぁ……っ!」
……焦った。めっちゃ焦った。
ウォーター・スカルを相手にした時以上に、心臓がバックバクだったかもしれない。
元の世界なら火災報知器が作動して、消防車待ったなしだぞ……。
「せ、聖水ってこんな派手だったっけ……?」
ゲームだとキラキラしたエフェクトが散布したところに少し残るくらいだったんだが。
これもゲームと現実の違いなのか……?
そうして空になったインクの瓶をとりあえず、机に置いたところで。
(――バルジール鋼)
机の上に鎮座する錬金釜が目に入る。
……そうだ、バルジール鋼で作られた錬金釜には『エンチャント』効果がある。
調整なしだと付与される『エンチャント』の種類には限りはあるが、わりと強力なものもあったはずだ。
「これは――」
エンチャント付きのアイテムについて調べるためにも。
しばらくの間、錬金術を試してみる必要があるかもしれない。




