第14話 ヴィトルム・アルトラスとして
――やはり、日は落ちていないな。
路地裏を抜け、改めて空を見るが見事なまでに白い雲と青い空が広がるばかり。
アンデッドやゴーストは、本来昼間に出現することはほとんどない。仮に昼に出たとしても、屋外にいるような個体はアンデッドやゴーストが積極的に人を襲うことはほぼない。
(……アリカが声を聞いていた、というなら。その時点で、ウォーター・スカルがアリカに狙いをつけていた可能性は高い)
ゲームと、実際の世界には違いがある、といえばそれまでの話ではあるのかもしれない。
しかし、昼間でもアンデッドやゴーストが攻撃的に活動する、というのはゲームでも限定的ながら存在する。
もし、そうだとするなら。
(……かなり、面倒なことになるかもしれない)
場合によってはこちらの方でも対策が必要になるだろう。
「あ、あの」
「ん?」
アリカが声をかけてくる。と、俺は気付いた。
「……そうだった。釜を預かってもらったままだったな。こっちで持つ」
「えっ!? そういえば……。あ、いやそうではなくて」
アリカがぶんぶんと首をふる。
「さっきは! そ、その、助けてくださって、ありがとう、ございます……!」
アリカが深々と頭を下げる。
「……そのことなら気にするな。そこにモンスターがいたから倒しただけだ」
正直、突然のことでアリカを守るとか、守らないとかそこまでの意識はほとんど回っていなかった。
……思えば、店に隠れろとでもいえば、もう少し怖い思いをさせずに済んでいたな。
とっさのこととはいえ、あまり我ながら気の利いた対応ではなかった。
「い、いえ……。でも、ヴィトルム様が頭を下げろと言ってくださらなければ。私の頭が……こう、スイカみたいになってるところでした……!!」
絶妙に想像しやすい例えで困る。
思えば、わりとギリギリだったかもしれないな……。
「私、ずっとその……ヴィトルム様のこと怖い人だって、思ってて。それで、あの今までも失礼なことばっかり……」
アリカが頭を下げる。
……正直言えば、彼女の見立ては間違っていない。本来のヴィトルムは、気まぐれで威圧的な性格だ。唐突に虫の居所が悪くなり、周囲にあたる――くらいのことは想像に固くない。
(……たしか、一つだけ館の使用人に反抗されて吊られるルートがあったな)
ただし、その他のルートでは基本的にヴィトルムの気まぐれで何かしら使用人がひどい目に合うのだが。
正直、館の人間と関わっているだけで、否が応でもヴィトルムが培ってきた問題を痛感せざるを得ない。俺とヴィトルムは本来違う人間ではあるのだが。
それでも。
(今は――俺がヴィトルムだ)
寝ても覚めても、俺はヴィトルムとして生きている。違う人間だと、思おうとしたところで、現実に俺はヴィトルムとしか生きられない。
そして、ヴィトルムがこれまでしてきたことも、なかったことにはなっていない。
だから。
「……正しく剣を扱え、とデクラウスに言われたからな。それに倣ったまでのことだ」
デクラウスのおかげ、ということにしておく。
「ヴィトルム様! こちらにおられましたか!」
遠方から、デクラウスの声が聞こえてくる。
こっちから合流しにいくつもりだったが、向こうの方が早かったか。
「店に行くと聞いておりましたので、そちらにおいでかと思いましたが」
「ちょうど用事を済ませてな。今から戻るところだった」
「ふむ。……この辺りに店があったとは。新たにどこか開いていたのか」
まぁ、あの店の存在は、一応伏せておくとしよう。
デクラウスに知られた、ともなればいよいよあの店主も夜逃げしてしまいそうだし。
(悪いが、あの店のことは秘密にしておいてくれ、アリカ)
(えっ!? あ、あっ、はい! わかりました!)
街の喧騒に紛れる程度の音量で隣のアリカに話す。
「では、戻るとしましょう。馬車も近くまで寄せてあります」
デクラウスに導かれるまま、俺たちは続く。
正直、気になることはいくつかあるが……。
錬金釜の元になる釜、バルジール鋼の釜も手に入った。
それに、偶然とはいえこのエクトプラズムを手に入れられたのはかなり大きい。
錬金の素材として、エクトプラズムはかなり優秀だ。
最初は、比較的地味な錬金になるかと思ったが、これなら――。
「あっ、とっ……!?」
突如、隣で歩いていたアリカが転けそうになる。
なんとか暴れまわるアリカの腕をつかみ、安定させてやる。
「す、すみません。ヴィトルム様」
「……靴紐か?」
「あ、いえ、執事長。ちょ、ちょっと先ほど足をひねってしまって……」
足をひねる――。
と、考えていたところ原因が見えてきた。
(そうか。さっきウォーター・スカルから避難する時――)
あの時は、俺もウォーター・スカルから目を離せなかったから、気付けなかったが。
たしかに突然のことだった。足がついていかなくなっても何も不思議ではない。
「あとでメイド長に診てもらうといい。……歩けそうか?」
「あっ、はい。全然軽いものではあるので……」
「そうか、ならいいが。では、馬車に――」
「悪い、デクラウス。一つ用事を思い出した。最後にそちらだけ寄っていっても良いか?」
「ふむ……?」
気にしすぎといえば、そこまでだが。
こうして勇気を出してくれたことに、なにか労うものがあってもいいだろう。
「どうも、グリンのテーブル――って、あんたさっきの。ウチは溜まり場じゃないんだ、用がないならあまり来ないで欲しいんだが」
「それなら問題ない、用ならある」
店の中に入り、棚を確認する。
たしか、このあたりの棚にあったような……。
売れていたりしていないといいんだが。俺は棚にあるティーカップを一つ一つ調べていく。
「……まぁ、そこそこの家みたいだが、あの感じはそんなだな」
何か、物色していると、店主の独り言のようなものが聞こえたが、あまり頭に入ってこない。
たしか、小さい赤い花が描かれたティーカップだったはず。
ここより、上の棚だったか、あるいは……。
たしか、奥の方にあったような、と思い出し思い出しやっていると。
――あった。
「ヴィトルム様。やはり、狭いとはいえ、お一人というのも」
扉を開け、店の中にデクラウスが入ってきた。
一気に、店内の空間が狭まる。騎士というだけあって、デクラウスの体格はかなり大きい。
……正直、店内はもう一人入るかどうか怪しいといったところだ。
まぁ、ティーカップも手に入ったし、とっとと買い物を済ませてしまうとしよう。
「――えっ、ヴィトルム?」
店主グリンの顔が青ざめていく。
「と、ととととということは、う、後ろにいるのもデクラウス、様……?」
「まぁ、ただの買い物だ。あまりそう大事にしないでもらえるか? 店主」
デクラウスが静かに店主に言う。
すると。
「えぇえぇ! もちろん! いやぁ、やはりそのオーラ、やんごとなきお人だと思っておりました!! なるほどぉ。アルトラス家の御子息様! 通りで何か神妙な気配だったはずですな!」
なんか急に人が変わったな……。
この店、こういうタイプだったのか……。
「アルトラス家の御子息様ということでしたら、ぜひぜひごゆっくりと御覧くださいませ! 店の端から端まで、ぜーんぶ見てもらって結構です!」
「いや、もう買うものは決まってる。これを」
カウンターに手早くティーカップを置き、代金も速やかに添える。
セールスモードに変じた商人というのは相手にしてはいけない。
これは、どこの世界でも一緒だ。正直、魔物と変わらない。
「どうもありがとうございます! 今後ともますますのごひいきを! よろしければ、ウチのとっておきの商品をご紹――!」
「行こう、デクラウス。用事は済んだ」
「む、そうですかな」
そそくさと俺とデクラウスは店を出る。
……初めて、五年後になってほしいと思ったかもしれない。ヴィトルムの運命を考えると時間の経過はあまり望ましくはないが。
この店だけ、五年くらい時が進んでくれたりしないだろうか。
「デクラウス、これをアリカにわたしておいてもらえるか?」
「……わかりました。ヴィトルム様の頼みとあれば」
「悪いな」
(まぁ、ささやかな労いだが)
さて、トラスの街でやることも終わった。
ヴィトルムになったときは最初どうなるかと思ったが……。
様々想定外はありつつも、今のところはなんとか上手く行っていると考えていいだろう。
帰れば、いよいよ錬金を始めることができる。
ここから、錬金術師として一番面白い「錬金」ができるようになる。
そうなれば、ヴィトルムとしての生存率も大きく上げることになるのはまず間違いない。
「ふふっ……」
想像するやいなや、一人笑いが溢れてしまう。
初錬金、今からとても楽しみだ――!
これにて、一章は終了となります。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
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