第13話 錬金術を使った戦い方
「あっ……ヴィトルム様。ご用事の方は」
店の外に出ると、アリカが即座に頭を下げ、尋ねてくる。
「あぁ。目的のものは手に入った。デクラウスと合流する」
「そ、そうですか! 良かったです」
……思えば、アリカには外で結構待たせてしまったかもしれない。
ただ、立つというのも案外疲れるし、正直少し申し訳ないな。
「え、えっとそしたら、先ほどの道を戻れば良いんですよね? どの道を……」
「――ァ、エ」
「……前?」
アリカが声に首を傾げた。
突如、周囲の空気が一気に冷え込んでいくのが感じられる。
(――今のは、俺も聞こえた)
「アリカ、今の声は俺のものでは……。――ッ! 頭を下げろっ!」
「えっ! あっ、えっ、はっ、はい――!?」
アリカが反射的に頭を下げるや否や、何か透明のものがアリカの頭をかすめる。
そして、それはアリカの後ろの地面にバチィ! と破裂音を響かせて、飛び散っていった。
即座に、俺は腰の剣を抜き通路の奥を注視する。
……さっそくだが力を借りるぞ、デクラウス。
「えっ、なっ、何……? 何の音……ひぃっ!?」
アリカが小さくえぐれた地面を見たらしく、悲鳴を上げる。
「悪いが、こいつを預ける! 安全なところに!」
「はっ、はいっ! と、とと……!?」
釜をアリカに投げて渡す。ややキャッチの手際は悪かったが、この際釜が多少どうにかなっても致し方なしだ。
最悪、壊れたとしても、その時は別の釜を買えばいい。
「……来た!」
俺の視線の先がゆらりとブレたかと思うと、巨大な水の塊が現れる。
そして、現れた水の塊の中心には――青い眼光をたたえた白い頭蓋骨があった。
(――ウォーター・スカル!)
店に来る前にアリカが聞いた声はこのウォーター・スカルのものだったのだろう。
ただ。
(……まだ日は、落ちていない)
一瞬、空に目をやるが、空はまだ青々としており晴れやかな様子。
昼間に――それも、多少外れにいるとは言え、街にモンスターがなぜここにいる?
まさか……。
「――ァ、ア」
ウォーター・スカルの青い眼光が、こちらを捉えてうめき声を上げる。
最初に戦うモンスターは、スライムとかの安全なモンスターにしたかったんだが。まさかこんな厄介なモンスターと戦う羽目になるとは。
だが、もうこうなってはそうも言っていられない。
「――オォオオ!」
ウォーター・スカルの周囲に水玉が浮かび上がったかと思うと、こちらにめがけて勢いよく飛んでくる。
明らかに、殺気の宿った一撃。当たれば、ただでは済まない……!
(よし、なんとか――ッ!)
俺は、横に飛び跳ねて、飛んできた水玉を寸でかわす。
「最初のモンスターが飛び道具持ちとはな!」
剣を構え、ウォーター・スカルに接近する。
ウォーター・スカルは水の魔法――『アクア』が無制限に使えるという、なかなかに厄介な特徴を持っている。
しかし、逆にそれ以外には使える能力がない。よって、剣が届く至近距離にさえ達してしまえば――。
「……オォ! オォオオオッ! ォォオオオ!」
こちらの意図を察したのか、あるいは興奮しているのか。
ウォーター・スカルの周囲にいくつもの水玉が浮かび上がる。
陰気な青い眼光はこちらをしっかりと捉えていた。
(くっ、このまま接近は無理か……!)
俺は、即座に走る足を止め、後ろに飛び退く。
無数の水玉が、俺の視線の先の地面に連続でぶつかり爆ぜる。
水玉があたった地面はこぶし大の穴がいくつも空けられていた。
「ヴィトルム様……っ!」
遠くでアリカの悲鳴に近い声が聞こえた。
ゲームでも、序盤にこいつと当たると面倒だったが……いざこうしてみるとなおのこと、面倒さを痛感させられる。
しかし、今となってはただ面倒というだけでは済まない。判断を間違えれば、命を持っていかれかねない。
(――ッ)
一瞬過った死の概念に、剣を握る手に力がこもる。
いや……落ち着け。多少強力だとして、デクラウス以上ということはない。
なら、やりようはどうとでもあるはず。
「オォ……オォ……」
再び、ウォーター・スカルの周囲に水玉が浮かび始める。
(――このまま、正面から飛びこむのはリスクが高い)
『パリィ』――。いや、デクラウスから習っているとはいえ、まだ完全に使いこなせるわけではない。
何より、『パリィ』が得意とするのはもっと武器を使うような物理的な攻撃。魔法による攻撃を防ぐのはかなり難しい。
(魔法――)
ふと、地面を見る。
ちょうどこのあたりは石畳もなく、地面が露出している。つまり、【シェイプ】ので操作できる土には事欠かない。
あの高速で飛ぶ水玉をシェイプで捕捉するのはおそらく難しいだろうが、ここにある土ならば問題ないはず。
なら――。
(……実戦で試してみるか)
左手をかざし、足元の地面に意識を集中させる。
「オォオオオッ――!」
ウォーター・スカルが叫び声を上げると、周囲の水玉がこちらにめがけ加速しはじめる。
……向こうの方が早いか。それでも!
「――――【シェイプ】!」
地面から泥の板を作り上げ、迫りくる水玉に向かって展開する。
泥の板は、水玉を受け止めたかと思うと、その衝撃によって砕け散っていく。
【シェイプ】はあくまで形を整えるのみ、作り出した泥の板は決して堅牢なものとは言えない。
しかし――。
(――こちらには届かない!)
俺の元まで届く水玉は一つとしてない。
泥の板を破壊はできても、板を貫通してこちらに届かせるだけの鋭さはあの水玉は持っていない。
これが矢や槍のような鋭さを持った飛び道具なら、泥の板程度やすやすと貫通していただろうが――あくまで水の球体なら、物体にぶつかれば力は分散する。
「オォ……!?」
ウォーター・スカルが、予想だにしない、というようなうめき声を上げた。
……ゲーム中だと【シェイプ】は戦闘中に限っては使い物にならない術だったが、こうして実際に使ってみるとなかなかどうして面白い術じゃないか。
「オォオオオッ――! ウォオオオオォォォオッ――!」
ウォーター・スカルが絶叫し、周囲に無数の水玉を展開する。
生気のないその青い眼光には、強い怒りが宿っていた。
あれが持つMPは無限。その性質上、あれの魔法をしのぎきって、MPの枯渇を狙うということはできない。
ただ。
(――俺のMPは、あくまであれに接近できるまで持てば良い!)
剣を構え、俺は勢いよく地面を蹴り出す。
「――【シェイプ】!」
走りながら、無数の泥の板を作り出し、こちらを狙う水玉の群れに向かって展開する。
無数の水と泥がぶつかり合う音の中、俺はウォーター・スカルに向かって走っていく。
「ウォッ――!?」
接近を許した事に、ウォーター・スカルが慌てふためき、驚きの声を上げるが――。
俺はすでに、間合いに入っている!
「はあぁあああッ――!」
握りしめた剣を思い切り、ウォーター・スカルの脳天から叩きつけた。
ウォーター・スカルを覆う水を切り裂き、鋼の剣身がその硬い頭蓋骨にまで達する。
そして。
――ザンッ!
勢いよく振り抜かれた剣が、ウォーター・スカルを鋭く斬り伏せた。
「ギェエエェェェ……ッ!」
一刀両断されたウォーター・スカルが絶叫を上げたかと思うと、青い炎に包まれながら落下し地面に叩きつけられる。
周囲に浮いていた無数の水玉たちも力を失ったのか、重力に引かれるまま雨のように地面に降り注ぎ、ビチャビチャと水音を響かせた。
(――倒した、のか?)
地面に落ちたウォーター・スカルの残骸に目をやると、頭蓋骨はただ青い炎に黙って焼かれるばかりで、もう動く様子はなかった。
これは。
「はぁっ……!!」
安堵のためいきとも、勝利の笑いともつかない音が口から漏れる。
初めて、モンスターをこの手で俺は倒した。それも、スライムなんかじゃない。ウォーター・スカルを。
「ヴィトルム様! だ、大丈夫ですか!?」
物陰に潜んでいたと思われるアリカがこちらに駆け寄ってくる。
見たところ、ケガはしてなさそうだ。
「あぁ。なんとか」
「す、すごかったです。あ、あんな恐ろしいモンスターを倒してしまわれるなんて……!」
「……修行の賜物、だな」
デクラウスとの修行、そして錬金術の研究。
錬金術の適応能力と、剣の戦闘力、この二つを選んだことにはやはり効果があった。現時点では、ウォーター・スカルのほうがやや格上だが、それでも倒すことが出来たのは錬金術と剣術の二つがあってこそ。
普通ならば、この時点ではまず一対一で倒せるような敵ではない。
(……そうだ)
俺は、あることを思い出しウォーター・スカルの残骸に近づく。
コイツはたしか……。
「ひぇっ!? ち、近づいて大丈夫なんですか、それ……?」
「あぁ。もうコイツは死んでいる。……いや、元々死んでいるんだが。ともかく、コイツはもう俺達を襲うことは――。よし、あった」
ウォーター・スカルの残骸の近く。
燃え上がった青い炎の一部が結晶化し、そのまま残っている。俺はその結晶化した炎を拾いあげる。
「それは……?」
「エクトプラズムだ。……魔術の媒介に使える」
「……魔術の媒介?」
アリカが首を傾げる。
「いや、こっちの話だ。……ひとまず、ここを出よう。デクラウスと合流のこともある」
「あっ、はっ、はい! そうですね……!」
初めてのモンスターとの実戦。
これは、あくまでヴィトルムとしての始まりに過ぎない。ここから、俺は幾度となく、強大で恐ろしいモンスターと戦うことになる。そしてそれは、俺がヴィトルムである限り決して避けられないこと。
初めての戦闘で感じたこの緊張感と感覚を、決して忘れることのないように。
――改めて、『アイリス』を攻略していこう。




