第12話 主人公との遭遇
……間違いない。
見間違えようはずもない。どれほど俺はこの人物を見てきたことか。
黒い髪のボブカット、力強く透き通った青い瞳――。
実際のゲームで動かしていた時の姿より少し幼いが、過去の回想での姿はまさしくそのまま。
――『アーク・イリデッセンス』の主人公、ルミナ。
彼女が今、俺の目の前にいる。
(なぜ、ここにいる……!? この時点で、ヴィトルムと接点なんて――!)
「……ん? 私の顔、何かついてる?」
「あ、い、いや……。なんでも、ない」
ルミナが怪訝な顔をしてこちらを覗き込む。
ルミナが、生きている――。生きて、今俺と同じ空間にいる――。
これはすごい、こと。とても、すごいことだ。
だが――どう、どうすればいい?
「……見たところ、良いところの人、だよね。こういう店に来るの、少し意外」
「あ、あぁ。……俺も、こんな店で会うなんて、びっくり、した」
「まぁ私は、ただの迷子だけど」
……思い出した、この当時のルミナは育ての親と共に諸国をさすらっている時期。
彼女の「目が利く」という設定は、諸国をさすらい多くのものを見てきたから――という話だった。
(よりによって――この時期にまさかトラスに来ていたなんて)
視界の中の彼女が動く度に、俺の呼吸は重たいものとなる。
……元プレイヤーとして、彼女に会えたことはこれ以上になく喜ばしいことだ。
本当なら、心のおもむくままに叫びたい、そんな気持ちでさえある。
だが、ヴィトルムの死因――その内のかなりを彼女が担っている。
ヴィトルムの死亡はルートにより状況は異なるが、実際のところヴィトルムとルミナが対峙したシーンの全てでヴィトルムは死亡することになってしまう。
ヴィトルムの死因にして、おそらく上位3つにはランクインしていることは確実。
(……いや、落ち着け。まだ――俺は死なない。おそらく)
ヴィトルムの死亡は全て、五年後以降に起こること。
だとすれば、今の俺はここで死ぬことはない。
(確証は――)
ない。
「そういえば、錬金術師って珍しいね。私、初めてみたかも」
もし、彼女が未来の敵となるのなら、俺が錬金術師ということが知られているのはまずい。なら、今から否定するべきか?
……いや、文脈的に否定するとかえって不自然になりかねない。
そもそも――今の彼女は敵なのか?
「さっきから難しい顔してる」
「ん、あ、あぁ」
「それだけ、釜を選ぶのは大変なんだ」
「そう、だな。……釜次第で、今後の効率も大きく変わるから」
彼女の無垢な表情からは、敵意とも善意とも何もうかがい知ることはできない。
ゲームの主人公というだけあって、派手に感情表現したりすることもない。
とはいえ――ゲームでの選択肢を考えれば、彼女の性格は実直で冷静。
現状、俺と彼女が敵対するような理由はない、はず。
「ねぇ」
「……なんだ?」
「ご飯を作る釜、どれが向いてるとか、わかる?」
――ご飯?
「旅の途中で使ってた釜、壊れちゃって」
「……なるほど。それならこのライト鋼のやつなんかが良い。軽くて、丈夫。持ち運ぶには多分向いてる」
魔力保存は最も低いが、食べ物を作る分には問題にはならない、と思う。
「わかった。それで」
「ず、ずいぶんと思い切りが良いな。……もう少し悩むものじゃないのか?」
「パンはパン屋に任せるのが一番美味しい。知識のあるあなたに任せるのが良いと思ったから」
淀みない音で彼女は言い切る。
……これが、主人公と会話するってことか。あまりにも明瞭な物言いは、それだけで不思議と気圧される。
「ありがとう、親切な人。――これで、美味しいご飯が食べられる」
表情があるんだかわからない顔で、ルミナはこちらに手を振ったかと思うと、釜を抱えたまま店の奥にそのまま走っていった。
「――はぁ……っ!」
開放された、という安堵の呼吸が、俺の口から漏れた。
なんて、最高で――なんて、最悪な――。
(……これで良かった、のか?)
彼女にとって俺は不審な人物ではなかったか。
このやり取りが、彼女の中での危険度を上げるものでなかったか。
そして、俺の正体や能力が彼女にどれほど今のやり取りで透けたのか。
いずれも、ベストな振る舞いだったとは評価できない。
(……とはいえ、最悪ではなかった)
なら、今はそれでいい。多分。
「とりあえず今は――ん?」
ルミナが立っていた場所の近くの棚に、赤っぽい光沢のある釜が見える。
「これだ……!」
ゲーム中で見ていた通りの赤っぽい輝き。
改めて手に取り、窓の光に当ててみると――間違いない。
「……とりあえず、目的は果たせたな」
良かった、と俺は安堵のため息をついた。
「……どうも、毎度あり」
俺は、店の奥のカウンターで、会計を済ませる。
「しかし、さすがは貴族サマ、ポンと金貨が出てくるとは思わなんだ」
「……まぁな」
平静を装いながら店主に返すが、正直財布の中を見た時はぶっちゃけ俺もわりとびっくりした。
ゲーム中だと金貨は、特定のクエストやダンジョンの宝箱から出てくるようなもので、それ自体が一つの報酬となるようなものだ。
それが、ヴィトルムの財布にはそこそこの数入っていた。
(……こんなの、子どもが持ってたら金銭感覚おかしくならないか?)
と、しなくてもいい心配を思わずしてしまった。
「くくっ、金払いが良い客は嫌いじゃない。今後とも、ぜひごひいきに――。と思ったが、貴族に目をつけられるのも面倒か、売りたいものも売れなくなっちまうのも困る」
「……元から、通い詰めるような店でもないだろう」
そもそも、ここは常に開いてるような店でもない。
「そいつは違いない。……そしたら、ほどほどにごひいきに」
「……あぁ、ほどほどにひいきにする」
正直売られているものもわりと高価なものも多い。
いくらヴィトルムが財布事情が良いとは言っても、さすがに限度もある。
とはいえ、この品揃えはやはり魅力だ。
きっと、今後も顔を出すことにはなるだろう。




