第11話 隠し魔導店
「はっ、はい。わかりました」
「……ただ、次の店は少々道が複雑でな。しっかりついてこなければはぐれることになる」
「そ、そうなんですか……?」
次に向かう店は、知る人ぞ知る店――というか隠しショップだ。
一応、壁の中にあるとかそういう感じの隠しショップではないものの、普通にプレイしている時はまず行かないような複雑な道を進んでいく必要がある。
たまに、迷いに迷ってたどりつく事もあるといえばあるが……まぁ、何にしても覚えてしまったほうが早い。
「少し時間もかかるかもしれない。馬車の近くで待っていても構わないが、どうする?」
「い、いえ! ついていかせていただきます!」
「わかった。なら、はぐれないようにな」
「は、はい……!」
改めて仕事熱心だな、この子は。
今の俺とそう変わらないくらいの年齢だろうに。
「あの……」
「ん、どうした?」
「あ、いえ……なんでも、ないです」
一瞬なにか考えたようだったが、すぐにこわばった表情に戻るアリカ。
少しは、ほぐれてくれたら、とは思うんだが。まぁ、やはりそうすぐにはほぐれるものではないようだ。
「……この道だな」
メインストリートからはやや外れたところにある路地裏。
ここを基点として、店への道は続いている。
「ここが……お店に続いているのですか?」
「いや、この奥にある。といっても、少々迷路じみていてな。狭いし、道の分岐も多い。普通に歩けば方向感覚はまずなくなる」
「はぁ……」
要領を得ない、といった感じのアリカ。
まぁ、パッと見は人が一人やっと通れる程度の広さで、それほど続いてなさそうには見える。普通の人なら、そういう反応になるだろう。
「では進むぞ、先ほどもいったがはぐれないように」
「わ、わかりました……!」
少々、こわばっているが、こちらに近づいてくるアリカ。
互いに手を伸ばしても、ギリギリぶつからないくらいの距離感。まぁ、これなら……おそらくはぐれない、かな?
とりあえず、向かうとするか。
(さて……あの店の行き方は『サイゴニ』、だったな)
人気のない路地裏をアリカがはぐれない程度の速度で、俺は進んでいく。
徐々に、街の喧騒が耳から遠いものとなっていく。
「……な、なんだか、雰囲気が……違います、ね」
「あぁ。ここは旧区画だからな。もうほとんどの建物が放棄されていたはずだ」
歩いていると時々建物の窓が見えるが、カーテンもかけられておらず部屋の中は薄暗くホコリを被った無人の部屋ばかり。
この光景は、5年後と変わっていない。ゲームではBGMがあって、もう少し雰囲気が良かったが、こうして歩いてみると結構不気味な道だ。
そうして進んでいると。
「……分かれ、道」
アリカが呟く。
右に一つ、前に一つ。そして左に一つ。
(サイゴニ――3、1、5、2。つまり、最初は右から3つ目)
ここは、最終的に三叉路どころの話ではなく、五つや七つくらいの道が分岐している。
なので、ネットの有志がこの道にそれぞれ番号を振り、目的地にたどり着けるように図解したマップを公開していた。
この路地裏には店以外にも、宝箱的なものがあったがが中身はどれも店売りの微妙なアイテムばかりなので、今回は特にそちらは回収しない。
(まぁ、宝箱100%プレイならやらなきゃならんが)
ちなみに宝箱100%を達成しても『アイリス』だとアチーブメントが開放されるだけなので旨味は薄い。
『アイリス』は要素が膨大なのもあるだろうが、コンプリートにはわりと冷淡なゲームだった。……まぁ、アチーブメントがあるだけマシとも言えるが。
「アリカ。こっちの道だ、行くぞ」
「……?」
俺が声をかけるも、アリカから反応が返ってこない。
「今、声が――」
少しして、アリカが呟く。
アリカが向いている方向に耳を澄ますが……何も聞こえない。
「……俺の声ではなくて、か?」
「どう、だろ……?」
一応、ここから辛うじて街の人の声もギリギリ届かなくはないかもしれないが。
ちょっと、これだと不安だな……。
「悪いな、少しの間だが手を繋ぐぞ」
「えっ!? あっ……」
「さっきも言ったが、ここは迷いやすい。一度見失ったら、探し当てるまで時間がかかるからな」
本人的には不本意ではあるだろうが、少しの間なので許してほしい。
「……すみません、お手間をおかけして」
「まぁ、別に大したことじゃない」
まぁ、こんな路地裏まで付き合う、なんていうのは本来の職務ではないだろう。
そう思えば、よく頑張ってついてきてもらってると思う。
とりあえず、とっととこの道を進んでしまうことにしよう。
「なっ、ほ、本当にこんなところにお店が――!」
アリカが驚きの声を上げる。
周囲の建物は人が去りほぼ廃墟となり、明かりが消えている中――たった一つ、ランタンの柔らかな光をたたえている建物がある。
扉の前には「営業中」と古めかしい字体のアイリス文字で書かれた立て看板があった。
(ここは――5年後と変わってないな)
今まではゲームの記憶とどれも少しずつ違っていて、それはそれでとても刺激的で新たな『アイリス』に触れたようで楽しかったが――ここは逆にあまりにもそのままでなんだか安心感を覚える。
流れるように、俺はドアノブに手を伸ばす。
「あっ、わ、私は外でお待ちしております。ヴィトルム様のお買い物を邪魔してはいけないので……」
頭を下げるアリカ。
彼女のことだから決して邪魔にはならないだろうが――まぁ、彼女の『仕事』を増やして無理をさせるのも不本意だ。
ここはこのまま入ってしまうことにしよう。
「……ほほう。珍しい、今日は客人が二人も来るとは」
店に入ると、低くくぐもった声が奥から響いてくる。
店の奥のカーテンから、ローブにフード姿のなんとも怪しい人物がおずおずと現れる。
あれが、この店の店主。見たところ、特に店主も変わっていたりはしないようだった。
真っ黒なフードの奥、二つの眼光が俺を捉える。
「ふむ……あんたの顔、どこかで」
店主が怪訝そうな雰囲気のままこちらに近づいてくる。
すると。
「――アルトラス! なるほど、ついにここもお取り潰しかね。まだたった300年しか営業できていなかったんだが」
突如、店主が嘆くように声を上げた。
たった300年とは。
「い、いや。待ってくれ。そういう用事じゃない!」
「……何? 違うのかい?」
「俺はその、ただ買い物に来ただけだ。ここの品揃えはいい、と聞いたからな」
唐草模様の風呂敷を広げ、今にも夜逃げしそうな店主に訴えかける。
なぜ、唐草模様なんだろうか。
「ほほう、こんなへんぴな場所を噂する好きモノがいるのかね」
「……まったく人が来ないわけじゃないだろう?」
「たしかにね。まぁ、だいたいは迷ってくるような方向音痴ばかりだが。よくたどり着いたもんだ」
店主は唐草模様の風呂敷を丸めたかと思うと、乱雑にバックヤードに投げ捨てた。
「ふむ……たしかにアンタ、アルトラスにしちゃずいぶんと小さいな。まぁ、客だと言うならそれはそれで結構」
好きに見ておいき、と一つ添えて店主はカーテンの奥へとのそのそと戻っていった。
そういえば、この店主かなりの長寿種族って話があった気がする。
かつてのアルトラス――まぁ、今の俺からすれば先祖も、店主は知っていたのかもしれない。
もし、そうだとしたらなかなか興味深い話ではあるが。
(今はとりあえず、目的を。……外でアリカも待たせているしな)
目的は錬金釜の元となる壺や釜。
周囲を見渡しながら、目的のものを探す。この店、外観はそこそこ小さいのだが、実際に入ってみると妙に広い。
よくみると床のタイルが引き伸ばされたかのような不自然な形となっている。たしか、アイリスには空間拡張魔法があったはずなので、そういう技術を使っているのかもしれない。
(――たしか、ゲームだとこのあたりの棚だったような)
そう思い、進んでいくと――あった。
「さすが、よりどりみどりだな……!」
壁一面に並ぶ壺やら釜やら。
素材も、土から金属、果ては木製のものまで様々ある。この店は魔導商。つまり、魔導師系の職業でよく使うものを様々取り揃えているのだ。
黒魔道士や精霊魔導師なども、儀式や何やらで壺や釜を使うため、こうして売られている、というわけである。
(……これは、土の釜か)
さっそく手にとって見る。
土の釜はスタンダードなもの。完成までのスピードも耐久も悪くはない。
問題は、どこの土を使っているかだが……。
「ラモリザ――あんまりかな」
底にはラモリザと地名が彫ってあった。ラモリザの土は、たしか耐熱性が低い。
モノによってはかなり高温で錬金を行うため、一部の錬金はできないしそもそもどうしても高温にする錬金術では壊れやすくなってしまう。
とりあえず、これはナシだな。熱耐性がそこまで重要じゃないウィッチクラフトをする分には悪くないが……。
(バルジール鋼のものがあれば理想なんだけど……)
錬金釜で求められるステータスは5つ。
まずは魔力保存、完成速度、品質向上、耐熱性、耐久力。
魔力保存が高ければ、錬金で作ったものに高位のエンチャントがつきやすくなる。
完成速度は完成するまでの時間で、これが早ければ早いほど高速で錬金可能。
そして品質向上は、成果物そのもののランクを決めるもの。同じアイテムでもランクが高ければより効果が高い。
そして耐熱性は、温度に対する耐性で、一部の錬金では一定以上の熱耐性が必要な資格のようなもの。
最後に、耐久力は高ければ高いほど、一度のメンテナンスで長時間使えるようになる。
バルジール鋼は、古代合金を除けば総合力が最も高く、もし手に入れられるなら錬金が大いに捗ること間違いない、というところなのだが……。
(それっぽいのは……あるか?)
バルジール鋼は、赤っぽい光沢があるのが特徴だ。
棚にある釜に光をかざしては元に戻し、光にかざしては元に戻し――俺は赤っぽい光沢の釜がないか探す。
すると、その時。
「――珍しいね、そんな真剣に釜を見てる人」
突如、後ろから透き通った声が降ってくる。
アリカの声ではない。ましてや、店主の声でもない。
(……そういや、さっき店に入った時店主が二人も来るなんて珍しいとかいってたな)
てっきり、それはアリカのことかと思ったが、外にいるのだから店主が気づくのは難しいだろう。
しかし、原作でもこの店にあまり人がいた記憶はないし――たしかに誰かがいるのは珍しいな。
そんなことを考えながら、俺は無警戒に声の方向へ振り向く。
「あぁ、錬金術で使――」
声の主が視界に入った瞬間、俺は思考が止まった。
「……錬金術、そう。錬金術も釜使うんだ」
――『アイリス』の主人公が、俺の目の前にいた。




