第10話 ゲームとの違い
記憶を頼りに足を進める。
この街は、タイルの模様や色を把握しておくのが大事だ。たしか、そう、あの店の場所はタイルの右角が欠けているエリア――。
タイルを見つめながら、歩くことしばらく。
(お、見えてきたな……)
馴染みある店の外観が見えてくる。
店の前には、特徴的な白いプランターに植わったコスモスに、おしゃれな木目デザインの小さな椅子。
間違いない、ここだ。
「それじゃ、行ってくる」
「は、はい……!」
扉を開け放ち、さっそく店にはいる。
ここは、諸国をさすらっていた剣士ディランが経営する店だ。
アイテムの幅も、ポーションのような基本のものから、戦闘中に使うと便利なアイテムまで幅広く置いており、なかでも目玉商品のバスタードソードは早いうちに買うことができれば、大きな戦力として大活躍する。
まず、トラスの街に来たらここに来るのが『アイリス』の常識――。
「どうも、グリンのテーブルウェアショップへ。今日はなにかご入用で?」
……誰?
中には、壮年の剣士ディラン――ではなく、パーマヘアの小洒落た装いの店主がいた。
――どうしよう。
「あ、ヴィトルム様。ティーセットを買われる感じ、ですか?」
後ろから入ってきたアリカの声で、ここが何の店か俺は理解した。
食器の店……。
棚には、可愛らしいティーポットやら、ティーソーサーやら、シュガーポットがところ狭しと並んでいる。
(ティーセットって……『アイリス』の職業でなにか使うことあったか?)
辛うじて、ナイフやフォークは使い道があったり、お茶くらいは使った記憶があるが。
ティーポットやらそういう食器を使うことは、多分ない、気がする。
(……間違えてきたわけじゃない、よな?)
窓の外にある特徴的な白いプランターと、木目デザインの椅子をそれとなく確認する。
間違いない、ここはディランのよろずやの外観――。
(この感じ……ディランの前の店の主が、このグリンってことか)
今は原作開始の5年前、そう考えれば人が違うのはおかしくはない。
そもそも考えてみれば、旅の剣士にしては妙に店が小洒落れてるなとは思っていた。
ディランは見た目は壮年のわりとゴツい筋肉剣士といった感じで、見た目もどちらかというと土臭い冒険者っぽいというか……。
くっ、ハメられた……っ!
「……いつまで、ぽけーっとしてるんだい、お客さん。買うなら買う、出るなら出るでしっかりしてほしいね」
た、たしかに。
用もないのに、いつまでもいるのは良くないだろう。
「悪かった、店を間違えた。行くぞ、アリ――」
「……このティーカップ」
店の棚をじっと見つめるアリカ。
「どうした? そのティーカップがなにか――」
「あっ!? い、いえっ、なんでもないです! 出ましょうっ!」
こっちが言い切るよりも先に店を出てしまうアリカ。
棚の奥には、小さい赤い花が描かれた白いティーカップ……。
「ちょっと、お兄さん、扉の前で固まってたら邪魔でしてよ」
扉を開けて入ってきた貴婦人の声が降ってくる。
「あ、あぁ。悪い、すぐに出ていく」
急いで扉を開け放ち、俺も飛び出す。
外には、こちらを待っていたアリカの姿が。
「す、すみません……。ヴィトルム様の買い物であって、私の買い物ではないのに」
ぺこぺこと頭を下げるアリカ。
「いや、別に気にしてはいない。ただ……」
「つ、次のお店に行きましょう! はい! ヴィトルム様のお買い物なのですから!」
急いた足取りで、ツカツカと歩き出すアリカ。
……と、思いきや、すぐに帰ってきて。
「……次は、どちらに参るのでしょうか?」
なんともまぁ、そそっかしいメイドだな。
さて、改めて――このトラスの街が五年前ということを意識しなければ。
(五年前だからすべてが通じない、というわけではないが――)
ディランの店の場所は実際に合っていたわけだ。
ただ、中の店が違っていた、というだけで。
細かい部分で違いはあるにしても、ゲーム通りのものはある。
とすれば。
(……たしか、『例の店』は老舗って話だったな)
今回、俺がトラスの街で一番に宛てにしていたのは先ほどのディランのよろずやではなく、別の魔導商が経営している店だ。
そして、そちらの店は創業から300年続く――と原作では言及されている。なので、存在は確約されているといっていい。
一応、いくつか店を回って最後に向かおうと思っていたが、この調子だと他の店は品揃えが違ったり、最悪ディランの店のように中身が違ったりするかもしれない。
なら――この場合はいきなり本命にいってしまったほうが良さそうだ。
「――アリカ、次の店に向かう」




