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ジュジュとグロッサ(1)

 私たちはあの日、予定通りカレーを作るはずだった。


「御神本さん、どうしてそんな事するの?」

「ごめんなさい、わざとじゃ……ないの」

「だとしても、なぜ野菜のほとんどが川に流れちゃうの?」

「カゴを置いた場所が悪かったから倒れちゃって……」

 私が失敗したあの時、棗ちゃんはどんな気持ちだったんだろう。

「みんなー!!ほらっ、すごいでしょー!!キノコ農家の方とナスビ農家の方から譲ってもらったの!!」

「見角さん、すごい」

「どうやったの?」

「ねえ、私たちの班は“キノコとナスの秋カレー”にしよう!」

「さんせーい!!」

「さっ、準備おねがーい」

「ごめん、ありがとう棗ちゃん……」

「いいじゃない、お肉とお米は無傷なんだし。みんな心が狭いのよ、失った時間は取り戻せないんだから」

「棗ちゃん、言い過ぎだよ……」


 あの言葉が今になってずっしりと私の心に響く。

 失った時間は取り戻せない。

 棗ちゃんだから言える言葉だよ。

 

「守護神、飛んだ先での時間は、こっちに戻った時は少しも経過してなかったよね」

『煙を浴びて年をとることもないらしい』

「あの未来でジィオスは、この三賀山断層がスイッチになるみたいに言ってた」

『こんなもの、本当に意図的に造り出せるというのだろうか』

「それはそうと、エリス様はその後どんな存在になったのかしらね」

『そもそもエリス本人も父親の城を沈没させると宣言していたのだから、一般的にも親に反発する我儘(わがまま)なお嬢様がまた逃げ出したという結末だろう』

「沈没させる……どんな方法でなのかな」

『ご本人にお会いしたいものだが』

「よおおおおおおし!!」


 ジャァァァァァンプ!!


 たとえば目の前の横断歩道にある白線を、一本ぴょーんと飛び越える。

 もしもその飛んだ先が1時間後だったら、私はその1時間の間に起きたことを知らずに前に進むことになる。その1時間でとても大切なことを失ったとしても私はそれを知ることはない。

 では今の私のハイジャンプはどのくらいなのか。その間に日本はどう変わったのか、世界はどう変わったのか。私は知らずにそれを飛び越えてる。そんなこと気にもせずに。


「やっぱ暑いわここ」

『何とも毎回うまく同じ場所に着地できるものなのだな』

「成長したな、梓。とか言えばいいのに」

『なるほど』

「いや、でもこれって……」

 三賀山旅客ターミナル駅から先の風景は、以前と比べてずいぶんと違った様子だった。橋の手前には検問っぽいゲートが設けられてて、あの亀の奴ら“浦島亀(リュウグウ)”がウヨウヨいる。

「これ結構ピンチかも」

『あの橋を渡らずに塔へ行く方法はなさそうだ』

「マジかーどうしよう」

 空から?いやいや無理でしょ。橋の下を行く?それこそ自分で逃げ道閉ざしちゃってるじゃん。私はそんな作戦を立てるだけで、無駄に長い時間を足止めされていた。

《エリスさま、エリスさま》

「ん?」

 私の足元には一匹の……バッタがいた。まさかでしょ。

「未来はバッタも喋るの?」

『リモートコントロール型なのだろうか』

「いやいや、これ完全に生きた昆虫でしょ。どうせならここはシロウサギじゃないの?」

《エリスさま、こっちです》

 私たちはまったく無関係な所を見ていたみたいだった。声がしたのは地面からで、その声の主は私の数少ない友達だった。

「ヒネちゃん!」

 前にも逃げる時に使ったような地下に通じるハッチを、彼女は少し開けて手招きしてくれた。

「あー、よかったです。私、マコトさんより申し使って頻繁(ひんぱん)にこちらをチェックするようにしておりましたのです」

「マコトが?!ありがとうヒネちゃん、ピンチ救われたよ」

「エリス様、お戻りになられるとお待ちしておりました。しかしながらその後エリス様は、発見しだい報告せよとのご指令です」

「じゃあこんなことして、ヒネちゃんが罰を受けるなんてことになったら私……」

「エリス様、そんなことお気になさらないでください!」

「えっ?」

「ヒネはどうしてもエリス様の力になりたかったのです!もう命令されたまま従うだけの奴隷(どれい)みたいな人生は嫌なのです!」

「ごめんね、ありがとう」

「さあ、入りますよ」

 当然だけど見たことのないルートだった。ヒネちゃんが言うには、物流にスタッフが使う専用ルートらしく、そこからは直接スタッフバックヤードを通行できた。

「エリス様のお探しの本、ヒネはその後あらゆる情報ラインを駆使(くし)し、ついにその隠し場所といわれる資料保管庫へのアクセスに成功したのですよ」

「ヒネちゃんなんだか、前よりたくましくなった気がする」

「えへ、でも私って元々が資料管理チームの関係なので、保管物を調べるのは専門ですから」

「頼りになるよヒネちゃん」

「そうでしょう!でもそれは……」

「なに?」

「エリス様の影響なんですよね、きっと」

「ヒネちゃん」

「さあ、あそこです。私が警備と話してる間に、あの白い扉のお部屋に。これが鍵です」

 やっとあの本が取り戻せる。

 私はヒネちゃんから渡されたカードを手に扉を目指した。

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