橋の端と端(5)
エリス。
エリス、さあこっちだ。
そっちへ行っちゃだめだ。
『梓!』
「えっ!!あっ、私寝ちゃってた?!」
『ほんの数分だ』
「そっか、良かった」
『うむ』
「おなか、すいたな……」
私は部屋の外を扉から少しだけ顔を出して見渡した。
「なんかいいニオイする」
そういえばさっきキョコが、スタッフはご自由にみたいに言ってたこともあったし、ちょっと見てこよ。
そんな動機が不純な私の心は甘い誘惑に揺さぶられる。
「あっ、あれって……」
スタッフらしき人たちが集まってる場所には“FREE”と書かれてて、そこは見るからに“おやつコーナー”だった。
そして心の中で深く感謝する。
「いただきます!」
カラフルに包装されたお菓子たち。私が選んだ3つは、ガトーショコラもどき、おまんじゅうボール、エクレアっぽいパイ?よく分からないけど、ほっぺが落ちるほど美味しいってコレのことだよね。
だからといって顔の表情だけは普通にしてなきゃ。そう心に誓っても、休憩フロアのソファもまたふわっふわで、私の身体にピッタリフィットする座り心地で最高の気持ちよさ。流れる音楽はリズムでもメロディでもなくて、脳に直接すんなり流れ込むようなリラクゼーション感覚。
これなら少し長居しても平気かも。ここは私をそんな風に思わせた。
「あ、エリス様、お帰りなさいませ」
「まあ、エリス様だわ」
「お帰りでしたのですね」
「エリス様、お元気そうでなによりです」
「ああ、みんな、ありがとう」
私を見た人たちは口々に私を“様”づけで呼んでいる。気付いていたし、気になってはいたけど、エリスって人は貴族かなんかなの?
フロアのど真ん中の空中に浮かぶ巨大映像には、宇宙旅行のCMが流れていた。隣のソファに来た私と同じくらいの年の女の子は、ふいに私にこう言った。
「私もいつか行ってみたい。エリス様みたいに自由に旅をしてみたい」
「私、みたいに?」
「あっ!ごめんなさい、大変失礼いたしました!」
「えっいいのいいの、じゃあ、あなたは例えばどこに行きたいの?」
「ここ以外なら、そうですね、014310530かなぁ」
「ああ、そうなんだ、いいかも」
番号ながっ!位置情報かな?宇宙も広いから……今どき“冥王星”とか言わないのかも。迂闊にヘタなこと言えないわ。
「エリス様は、今度はどこか行きたい場所はおありなんですか?」
「えっと」
私は言葉を詰まらせた。正確な番地が言えるハズもない、しかも見当違いな返答はかえってマズイことになりそうだし……。
「今はここが、いいかな……」
「そうですよね、エリス様は自由ですものね、何にも縛られませんものね」
「あ、あの」
「これっ!ヒネ!何してる!」
「あっ、キョコさん。すみません、少しエリス様とお話しを」
「そうなのね、それは構わないのだけど、計画の準備は遅れずにお願いね」
なぜヒネさんは叱られたのかな?そんな疑問は口に出さないでいた。
「エリス様、し、失礼いたします」
「うん、ありがとう」
ヒネと呼ばれた女の子は慌てた様子で足早にこの場を去った。
「エリス様」
「キョコ、どうしたの?」
「ヒネと、どんなお話を?」
「えっと、次はどこに行きたいかって話かな」
「そうですか、あの私……」
「何かあったの?」
「恐れながらエリス様にお願い事がございまして……」
「え、何かな?」
「この計画資料お届けいただくこと、お願いできませんでしょうか?」
「届ける?」
マズイかも……その届け先、エリスは知ってる場所なんだ。でも私は知らないし、どうしよう。
「はい、実はキョコはこれより添乗がございまして、こちらどうしても本日中にお届けせねばならないゆえ、別の者に依頼するにも何とも……」
無理だ。
これは断れない。
私の直感がそう感じた。
でもどうしよう……届け先は。
でもやるしかない。
「わかった、引き受けるよ」
「ああ、さすがはエリス様です」
「届け先は?」
「はい、ご承知の通り我が社のオーナー」
「えっ」
「エリス様のお父上、ジィオス様でございます」