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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.98


麗らかな午後。

ティータイムをのんびり楽しむ私の元に、それは突然訪れた。


教会からの報せに私は急いで大神殿へ向かった。

聖夫以外の男性の立ち入りを固く禁ずる大神殿へはカインは足を踏み入れる事は叶わず、教会にて待機する事になった。



「お久しぶりですわね、聖女様」


豪奢なベッドに寝たまま、アメリアさんは私をチラッと見て、更に二度見して驚愕したように目を見開いた。


「アンタッ!なめてんのっ!

何よそれっ!年取りなさいよっ!

アンタ私と歳同じでしょっ!」


そう言って起き上がりそうになるアメリアさんの肩をそっと押して、私はその頭をフカフカの枕にそっと乗せ、困ったように微笑んだ。


「まぁ、そう言われましても……。

私もちゃんと歳は取っていますのよ?」


ただちょっと、獣人であるカインに合わせて魔力を体内に巡らせ、細胞レベルで老化を遅らせていますけど。


うふふと口に手を当て首を傾げると、アメリアさんは皺が深く刻まれた目で刺すように私を睨み付けた。


「本当にふざけてるわよね。

アンタってそんだけ魔法が使えるのに、何だってそんな知らん顔出来るわけ?」


チッと舌打ちするアメリアさんに、私はあらあらと困り顔で眉を下げた。


「私もこの力を少しでも皆様のお役に立てようと、赤髪の魔女という存在を作り上げたのですよ?

知らん顔なんてしていませんわ」


私の返答にアメリアさんは呆れたように溜息をついて、フイっと横を向いた。


「まぁ、もう今更、アンタがやる事なんてどうでも良いわ。

私も皺皺のおばあちゃんになっちゃったし、そろそろ死ぬしね」


アッサリとそう言うアメリアさんの手をそっと取って、私は軽くギュッと握った。


そこから、アメリアさんの生命力が微弱になっているのが伝わってくる………。

お互いに80歳を過ぎた身。

それはいつ来てもおかしくない事だった。


「貴方の体調が思わしくないと聞いた時は驚きもしましたが、こうしてお元気な姿を見られて良かったですわ。

私にはまだまだご健在に見えますけど?」


冗談めかして笑うと、アメリアさんも弱々しくフッと笑った。


「忌々しいアンタの顔を見て、ちょっと血圧が上がっただけよ。

残念だけど、私はもう長くは無いわ………。

アーサー達も先に逝ってしまって、退屈していたから丁度良いけどね」


フンッと鼻を鳴らすアメリアさんは、あの輝かしい10代の生意気な少女のままに見えて、私は知らずに微笑みを浮かべた。


「貴女はこの国の最上の女性。

歴代最高の大聖女ですよ。

そのような弱音など似つかわしくありませんわ……」


囁くような私の声にアメリアさんはピクリと反応して、その口元に笑みを浮かべた。


「悪くなかったわね、歴代最高の大聖女っていう人生も。

欲しいものは全て手に入ったし、豪華で贅沢な暮らしも出来た。

沢山の男を侍らせ、傅かせて………。

まぁ一つ心残りだったのは、その男達の中にカインがいなかった事かしら。

いえ、それも本当はもうどうでも良いわ。

若い頃は私に興味が無い男を無理やりにでも振り向かせ手に入れてやるって息巻いていたけど、今となればそんな執着もうどうでも良い。

私は私に選ばれた事を史上の誇りにして、従順に私に従う可愛い男達がいれば良かったんだから」


そこで言葉を区切ると、アメリアさんは少し苦しそうに浅い息を吐いた。


「………国民にも、愛され、聖女様聖女様と崇められ………。

あのど田舎のしがない男爵令嬢でしかなかった私が……この国で最も敬われる存在になった……。

本当はアンタの力だったけど……魔獣や魔物……魔族を倒す度、皆が私を崇めた……。

上々の人生だったわ………」


そしてアメリアさんは私の方を向き、その瞳を心配そうに揺らめかした。


「……ねぇ、私がいなくなれば、アンタは自由に力を使えなくなる……。

そうしたら、どうなるの?

魔族をどうやって討伐するつもり?

私がいなくても国民を聖魔法で守ってくれるわよね?」


心配そうなその瞳を私は真っ直ぐに見つめ、安心させるように微笑んだ。


「実は魔族に関してはもうほぼ殲滅してありますの。

残る魔族はもう……いないも同然ですから、ご心配はいりませんよ」


私の言葉にアメリアさんはホッとしたように胸を撫で下ろし、だけど直ぐに少しその顔を曇らせた。


「………ニシャは?ニシャももう、滅したの?」


そのアメリアさんの問いに私は緩く頭を振り、小さな声で気遣うように答えた。


「………実は、残っている魔族というのが……その、ニシャ・アルガナなのです」


私の返答にアメリアさんは困ったように眉を下げた。


「あの人、用心深かったから………。

仕方ないわね、おおかた聖女である私が死ぬのを待っているんでしょ。

私さえ死ねば魔族を滅する力は無くなるとでも思ってどこかに潜んでいるのよ……。

………ねぇ、エブァリーナ、一つお願いしてもいい?」


慈悲を帯びたアメリアさんの表情に、私は少し息を呑んで頷いた。


「……あの人、ニシャを滅する時は一思いに、苦しめないで滅してあげて。

塵一つ残さず、魔族であった痕跡も、残さないであげて….……。

あの人はただ、純粋にアンタを崇拝していただけなのよ……。

そういう人なの、誰かに依存しなければ生きられない、可哀想な人………。

理想が高すぎて、誰もあの人の拠り所になれなかったけれど、アンタが現れてあの人は自分の理想全てをアンタに委ねた。

完璧主義者のあの人には、そのアンタが皇后にならない未来も、獣人のカインを選ぶ未来も受け入れられなかった………ただ、それだけ……。

ねぇ、エブァリーナ、私たち、書類上だけでも姉妹でしょ?

死に際の姉のお願いを、アンタなら聞いてくれるでしょ?」


幼い少女のようなアメリアさんの上目遣いに懐かしさを感じながら、私はゆっくりと頷いた。


「……ええ、ニシャ・アルガナを捕える事が出来れば、苦しませず滅すると約束しますわ」


私の言葉にアメリアさんはホッとしたように微笑んだ。


「貴女は、大聖女という名に似つかわしく慈悲深い方ですわ、アメリアさん」


私がそう言うと、アメリアさんは寝たまま肩を少し上げた。


「別に、一度身体を重ねた男の事を心配するくらい当たり前の事でしょ」


照れたようにフンっと鼻を鳴らしそっぽを向くアメリアさんに、私は緩く首を振った。


「いいえ、貴女は慈悲深く、愛情の深い方だわ。

一度に大勢の殿方を愛せたのも、貴女のその懐の広さゆえ。

貴女は一度その懐に迎え入れた者を無為には扱わず、その一生に責任を持って、真っ直ぐに向かい合っていましたわ。

一人一人の本質を見極め理解する心理眼もお持ちだった。

ニシャ・アルガナについてそれほど理解出来ているのは、貴女だけでしょう。

そして貴女は、この国も、この国の民の一人一人を大聖女として愛してくださった。

利己的な私にはとても出来る事ではありませんわ。

確かに、大聖女の力は私が使っていましたが、大聖女としての資質は貴女にあったのです。

貴女だからこそ、民は大聖女として敬い、心の拠り所としてきた。

それはアメリアさん、貴女にしか出来ない偉業だったのです」


静かに私が語る間、アメリアさんはそっぽを向いたまま耳を赤くしていた。


「私の力を使ってくださるのが貴女で本当に良かった………。

貴女でなければ、この国の今の発展と安寧も無かったことでしょう。

アメリアさん、貴女と同じ時代に生まれた事を幸運に思うと共に、誇りに思います。

貴女という大聖女をお支え出来て、本当に光栄でしたわ」


「分かったっ!分かったからっ!もうやめてっ!」


急にアメリアさんはグルっと私に振り向くと、真っ赤な顔を隠すように掛布で自分の顔を隠し、覗いた目だけで私をギロリと睨んだ。


「アンタって本当……なんなのよ、もぅっ。

皇子様を奪ってやっても知らん顔でシレッとしてるし、大聖女なんて面倒事を押し付けてくるし。

私はアンタの手のひらの上で転がされてただけじゃない。

正体は魔力の低い異端の聖属性持ちなだけの存在だったのに。

アンタに目をつけられたのが私の運の尽きだったわ………。

はぁ、もう………そりゃ、楽しかったけど……なぁんか腑に落ちないのよね」


掛布越しのモゴモゴとくぐもったアメリアさんの声に、私は微笑ましくふふっと笑った。


「アンタの言う通りに大聖女なんて役を演じてやったんだから、葬儀は国を挙げて盛大なもんにしてよね。

それから大広場に私の銅像を建ててちょうだい。

あっ、今の私じゃなくて、若い頃の超絶可愛くて美しかった頃の私の銅像よっ!

アンタは私にそれくらいの借りがあるんだから、頼んだわよっ!」


掛布をバッと跳ね除けて、ギラギラした目で私を見るアメリアさんに、若い頃となんら変わらないエネルギーを感じて、なおさら私は哀しくなった。


どんなに本来のエネルギーに溢れていようとも、老いは必ず訪れる。

輝かしい生命の力はいつか天に還る宿命にある………。

今目の前にいるアメリアさんが、あの輝かしい時を思い出させてくれようと、現実からは逃れられない。


「アメリアさん、必ずお約束しますわ。

帝国一の彫像家に貴女の美しい姿を銅像として残して頂きます。

そしてその銅像を、民の全てが崇められるよう、我がアルムヘイム家が責任を持って管理致しますわ」


私がそう答えると、アメリアさんは納得したように頷き、そしてチラッと私を見た。


「それから……私の墓石はアーサーのお墓の隣に作ってちょうだい。

聖夫はみんな可愛かったけど、結局あの人ほど可愛い人はいなかったから」


照れたように目を伏せるアメリアさんの手の上に、私はそっと自分の手を重ね、その顔を覗き込んでその目を真っ直ぐに見つめた。


「ええ、必ずそのように致しますわ」


私の目をアメリアさんも真っ直ぐに見つめ、その瞳に安堵の色を浮かべた。


「アンタなら、絶対に約束を破らないものね。

死んだ後の事なんて自分じゃ分からないから、信頼出来る人間に頼みたかったの……。

あの……エブァリーナ………。

昔アンタに酷い事を色々言って、悪かったわね……。

見た目の事とか………。

まっ、あの傷はアンタがわざとつけてたんだから、私が責められる謂れは元から無いけど。

それでも、悪かったわ………」


申し訳なさそうにまつ毛を伏せるアメリアさんに、私はゆっくりと頭を振った。


「いいのです、そんな事はもう。

ですが、そのように言って頂き、ありがとうございます。

アメリアさん、私達、最後くらい姉妹として過ごしましょう。

私、出来るだけ時間を作ってここに参りますわ」


ニコリと笑う私にアメリアさんはハッと小馬鹿にしたように笑った。


「やめてよ、今までだって大聖女の外見と中身としてベッタリだったのに。

そもそもアンタのその若い姿を見ているだけで血圧が上がって残り少ない寿命が更に縮むわ。

だいたいアンタ、大公として忙しい上に赤髪の魔女としてもあちこちで大暴れしてるじゃない。

私になんか構ってないで、この国の為にその寿命をさっさと使い切りなさいよ」


フンっと鼻を鳴らすアメリアさんに私はクスクスと笑い、その手を優しくギュッと握った。


「承知致しましたわ、我が偉大なるお姉様。

大聖女様のお言い付け通り、大公国国主として、帝国を粉骨砕身お支え致します。

長年貴女が守り、慈しんでくださったこの国を……」


私の返事にアメリアさんはフッと口元を緩ませた。


「アンタもすぐに寿命がくるでしょうけど、私が死んだ後、暫くはまだ保つでしょ?

頼んだわよ、エブァリーナ、この国を。

私の生まれた、そして私が大聖女として生きた、この国を、お願いね」


窓から差し込む柔らかい光に包まれたその姿は、間違いなく、大聖女というに相応しい神々しさを放っていた。


私はそのアメリアさんを眩しそうに目を細めて見つめ、その瞳を真っ直ぐ見つめ返した。


「ええ、この残り少ない命に懸けて、アメリアさんが守ってきたこの国を私が守りますわ………」


私の返答にアメリアさんは安心したようにグッタリと身体をベッドに預け、疲れたように目を閉じた。


「………なら、もういいわ。

カインに、よろしくね。

エブァリーナ、さようなら……」


静かな呟きのようなその声に、私は目尻に浮かんだ涙をアメリアさんに気付かれないように指でそっと拭った。


「ええ、おやすみなさい、アメリアさん………。

どうかアーサー様によろしくお伝え下さいませ」


私の声は最後まで聞こえていただろうか。

アメリアさんはそのまま静かな寝息を立て始めた。


歳をとってもなお美しいその寝顔をぼぅっと眺めながら、私は偉大なる大聖女の功績に思いを馳せ、時が経つのも忘れ眠るアメリアさんを見守り続けていた………。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





その日、帝国中が大聖女を失った哀しみに包まれ、全ての国民がその魂の安寧を祈った………。


荘厳なる教会の鐘の音を聞きながら、私達は長年この国を守り続けてきた大聖女を皆で見送った。


あれから数日後、アメリアさんはまるで眠るように静かにこの世を去った。


その死に顔はとても安らかで、生前と変わらず美しかった………。



「………また1人、大切な旧友がいなくなってしまったわね」


ポツリと呟く私の肩をカインがそっと抱いて、隣に立つジルヴィスが哀しげにまつ毛を伏せた。


「僕達もすぐに彼らの元に旅立つさ」


静かなジルヴィスのその言葉に、私は片眉を上げ、チラリとジルヴィスを横目で見た。


「あら、貴方はきちんと私達を見送ってね。

私とカインはいつでも一緒だもの、共に旅立つつもりだから、2人分のお葬式は大変でしょ?

だから貴方も喪主である子供達を手伝うのよ」


チクリと釘を刺すと、ジルヴィスは脱力したようにガクリと肩を落とした。


「………結局僕の役回りは最後までそんな感じなんだね………」


不満げなジルヴィスの声に、私とカインは顔を見合わせて肩を上げた。



「さぁ、私達の偉大なる大聖女様を最後までちゃんと見送りましょう」


私はジルヴィスの腕に腕を回して、カインと共に教会に向かって歩きだした。


アメリアさんの遺言通り、国を挙げた大聖女の国葬には全ての国民が訪れ、その葬儀は3ヶ月にも及んだ。


その亡骸は聖夫アーサーの隣に埋葬され、墓石に訪れる者も後を絶たなかった。


大聖女として一つの時代を生き抜いたアメリアさんが、元は田舎の男爵家の出だった事は、まるでシンデレラストーリーのように国民達の間で語り継がれ、物語や絵本の題材になるのはほんの後の話………。


彼女の人生が真に彼女の望むものであったなら良い………。


今の私に願える事は、たったそれだけ。


アメリアさん、ご機嫌よう。

どうか安らかに、神の御許で聖夫様方とまたお過ごしになれるよう、心からお祈り申し上げます…………。


さようなら、そしてありがとう………。

私のお姉様………。





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