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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.96


私はニヤリと笑って口を開いた。


「さて、私はここから一歩も動かずして、Aランクの討伐依頼をこなしてしまった。

なるほど、シシリア嬢ちゃんの言う通り、魔法は便利じゃな。

そして楽しくて、面白く……強い。

ちなみにさっきのは火属性の魔法なのだが、おや?ジャン坊と同じ属性じゃな?」


ジャン坊やをチラッと見ると、ジャン坊やは目を見開いて、ギラギラとその瞳に炎を燃やしている。


なんだか、ジャン坊やはそこはかとなく癒されるの〜〜。

欲しい反応を素直に返してくれるところがババァ心を抉ってくるわい。良い意味で。


満足そうに頷くと、私は今度はミゲル坊やに振り向く。


「おや、しまったねぇ……。

あんた達に見せる為、つい派手に攻撃してしまった。

人が巻き込まれて、怪我でもして無ければよいが……」


わざとらしいその私の言葉に、ミゲル坊やがカッと顔を赤くして、大声を上げる。


「そんなっ!早く救助に向わねばっ!」


そのミゲル坊やに対して、私はつい楽しくなってカラカラと笑い声を上げる。


「いやいや、すまんすまん。冗談じゃよ。

あの山はアイスドラゴンが生き物を駆り尽くし、放つ氷の瘴気で腐りかけておる。

近付く人間もいないし、先に私も確認してから砲撃を放ったからね」


ミゲル坊やはホッとしたように胸を撫で下ろした。


「じゃが、帝国にはこの距離からでもエリアヒールで傷付いた者を癒せる魔法治癒師がおる。

ミゲル坊や、あんたと同じ、光属性の持ち主なんだよ」


笑いを消してギラリと目で射抜いてやると、ミゲル坊やは息を飲んだ。


「戦いには負傷兵が付き物だ。

ミゲル坊やはその者達の前でただ祈るだけかい?

あんたは光属性では戦えないと言ったが、戦い方にも色々あるのさ」


優しく諭すようにそう言うと、ミゲル坊やは神妙に頷いた。

流石にアンヘル家の清廉な血が流れているだけある。

甘やかされて育っていても、その魂には他者への思いやりが流れておる。


「さて、ノワール坊や。

私のやり方だと、大事な者をその背に庇わずとも脅威を退けられるね。

とても効率的だと思わないかい?」


私がそう言って振り返ると、ノワール坊やはスッと私の前に膝を突き、頭を下げた。


「自分の自惚れを思い知りました。

どうか僕の魔法の師となり、ご指導下さい、魔女様……いえ、師匠」


そのノワール坊やの隣に、ジャン坊や、ミゲル坊や、レオネル坊やも並び、膝を付いた。


そしてクラウス坊やが4人の前に出て、片手を胸に当て、ゆっくりと片膝を付き、最後に私に向かって頭を下げる。


「俺は誰よりも強くなりたい。

師匠、俺に魔法を教えてくれ」


私は跪く5人に、優しく微笑みかける。


「よいよい、立ちなさい。

私から見れば皆可愛い孫みたいなものだからね、魔法ならいくらでも教えてあげるよ」


私の言葉に、皆ゆっくりと立ち上がる。

やれやれ、年端もいかぬ子供に跪かれるなど、私とてちとキツいの〜〜。


困って眉を下げる私の隣で、エリオットがニコニコ笑って口を開いた。


「師匠〜ひ孫の間違いでは〜?」


揶揄うようなその口調に、私は片眉を上げ、エリオットを見た。


「孫以下は皆同じじゃ」


まったく、エリオットはこの子達の前ではおふざけが過ぎるの〜〜。

王太子である自分がこの子達と親しくするには、威厳を取払い親しみしやすさを選択したのじゃろうけど、少々やり過ぎじゃ。


………そこまでしてシシリア嬢ちゃんの周りをウロつきたいとは………いっそ清々しいほど哀れじゃな………。


「さて、まだレオネル坊やの答えが出てなかったね。

レオネル坊や、何故王国では魔法によって差別が生まれる?」


私の問いに、レオネル坊やは難しい顔で口を開いた。


「王国では、王侯貴族並びに格式高い、古くからある貴族家の者にしか魔法が使えません。

新興貴族や平民には魔力や属性が無いのです。

そのせいで、貴族の中に魔法は一種のステータスとして根付いています。

結果、魔力のある者と無い者で、明らかな差別が生まれてしまった。

そのくせ、生まれ持って選ばれた人間にそれ以上の努力や鍛錬は不要、むしろ下賤な行為だと、魔法の能力を上げることさえ忌避する。

更には魔力量が高ければ高いほど高貴な証拠と、正統なる血順にまで口を挟む輩が現れる始末……」


レオネル坊やはこめかみを押さえて苦々しい顔をしていた。


レオネル坊やの〝正統なる血順〟という言葉が気になったのか、シシリアお嬢ちゃんがハッとしてエリオットを振り返った。


「何?あんた、何かいちゃもん付けられているの?」


シシリア嬢ちゃんが首を傾げて聞くと、エリオットは困ったようにふふっと笑った。


「僕は魔力量が低いからね、人並み外れた魔力量を持つクラウスに王太子位を譲るべきだと言っている人達がいるんだよ」


エリオットの言葉にシシリア嬢ちゃんは呆れたように口をポカンと開けた。


やれやれ、魔力量………ねぇ?

神の使徒であったエリオットに魔力量や属性など。

今は人に生まれたとはいえ、まだその力は魂に受け継がれている。

余計なことをせずそっとしておけば、王国に神に近い力を持った国王が誕生するというのに。

どこにでも余計な事をしたがる輩がおるもんじゃ。


「その者共が数年前に興した新興勢力が

魔法優勢位派です。

彼らはクラウスを王太子に就ける事を目的に活動している」


レオネル坊やが話を続け、シシリア嬢ちゃんは顎が外れるかというくらいに驚愕していた。


まっ、それも仕方のない事。

そんな事になったら、王家が潰れる恐れがあるのじゃからな。


…………いや、魔法優勢位派云々はどうか知らぬが、その裏で糸を引いている人間の狙いは間違いなく王家の混乱………。

………まったく、あの手この手で飽きもせず、よくもこうも企みを弄するもんじゃな。


シシリア嬢ちゃんが青ざめてレオネル坊やを見ると、頭が痛い、とばかりにレオネル坊やは深い溜息をついた。


「彼らの言うように、生まれつきの魔力量などで王位を決めてしまえば、国が荒れます。

王族同士で争え、と言っているようなものだ。

何故そんな危険思想になるのか……。

まったく理解が出来ない」


イライラした様子のレオネル坊やに私はふむと一つ頷き、問いかけを続けた。


「なるほどのぅ。王国は変わらんの。

では、魔力とは?

なぜ王国では魔法が平民にまで普及しない?」


私に聞かれてレオネル坊やは首を傾げる。


「……何故か王国では、王侯貴族と歴史の古い貴族の間にしか魔力を持った子どもが産まれません。

そのせいで、魔力を持っている者同士で婚姻を繰り返しています。

もちろん中には魔力の無い相手を伴侶に選ぶ人間もいますが、そうすると必ず産まれた子供には魔力が無いのです」


レオネル坊やの答えに、私は深く頷く。


「そう、それは帝国でも同じ事、魔力のある者が無い者と子を成せば、産まれた子には魔力は備わらん。

つまりな、魔力とは血の繋がりなんだよ」


私の言葉に皆が目を見開いた。


「………血の繋がり……?」


誰ともなく呟いた言葉に、また私は頷く。


「正しく帝国の血を繋ぐ事、それが魔力を受け継ぐ条件じゃ。

逆に言えば、それさえ揃っていれば、貴族でも平民でも関係無い。

つまり、魔力は貴族である事のステータスとはなり得んという事じゃな。

魔力量についても、ただの個人差じゃから、帝国では貴族より魔力量の高い平民などいくらでもおる。

そこで位などを測っていれば、国は大混乱じゃな」


のっほっほと私が笑うと、皆は自分達の国の無知ぶりに顔を赤くした。


まっ、考えてみれば当たり前の事。

王国の起源は帝国の皇子なのだからな。

帝国の皇子とその側近達が、王侯貴族と貴族として帝国の血を繋いできただけの事。

それが長い歴史の中で、魔力こそが正統なる貴族の証、ステータスだと改悪してしまったのだろう。


「では何故、国を興す時に帝国の平民を連れてこなかったのですか?

そうしていれば、王国も帝国同様、貴族だけでは無く平民にも平等に魔法が行き渡った筈です」


ノワール坊やが急に口を開いて問うてきたので、私はふむと一度頷き、なんとも言えない感情に包まれた。


「それはな、許されなかったからじゃ。

王国を興した元帝国の皇子。

初代国王には、秘匿されし秘密があった」


そう言って私は自分の足元に手をかざした。

そこから黒いモヤのようなものが、じわりと湧き出てくる。


それを見て、皆息を飲み、後ずさった。


皆、それを見て同じ事を考えたようで、額に汗を浮かべ私の足元を見つめている。


「そう、これは闇属性の闇魔法の力……。

王国の初代国王の力と同じ物じゃ」


私の言葉に皆が固まり、動けずにいる中、クラウス坊やだけが前に出て、私の足元に広がる黒いモヤなど気にもしない様子で詰め寄ってきた。


「何故あんたがその力をっ⁈」


珍しく大きな声を出すクラウス坊やに、私は優しく微笑む。


「クラウス坊や、これを怖がる必要など無い。

こんなものは個人の個性に過ぎん。

クラウス坊やなら大丈夫。

大丈夫なんだよ」


そう言って私が手を上に上げ、その黒いモヤで目の前の空を覆った。

あっという間に辺りを闇が包んだ。


暗く覆われた空に私がチョンチョンと指を振っていくと、小さく輝く光がポツポツと闇に浮かび、どんどんと増えていく。

そして夜空に輝く満天の星空のように、綺麗に瞬いた。


皆、空を見上げその美しさに感嘆の声を上げた。


「ほれ、綺麗なもんじゃろ?」


ふざけて片目を瞑る私に、シシリア嬢ちゃんが目を輝かせて何度も頷いてくれた。


王国では忌避され秘匿にされる、闇属性の力……。

だがそんなものは自然の力の一つに過ぎない。

その特異性と希少性ゆえ人々はこの力を恐れてきたが、皆が崇めありがたがる光魔法や聖魔法と何が違うというのか。



呆然と空を見上げる子供達を目を細めて見ていたが、いつまでもこうしている訳にもいかないので、パチンと指を鳴らす。

目の前に広がった満天の星空をパッと消し、空を青に戻しておく。


「師匠にかかると闇の魔法もマジックショーか何かのようですね」


呆れたように呟くエリオットに、私は片目を瞑った。


「まぁ、闇だろうが何だろうが、ようは使い方次第という事よ。

しかし、闇属性が人々に畏怖されるのも、無理からん事でもある。

何せ闇属性持ちは常人には計り知れん魔力量を持つ上、高い確率でその己の力に飲み込まれ、魔へと堕ちる。

つまり、魔族と成り果て、魔王と呼ばれる存在になるな」


事も無げに淡々と語ると、皆に再び緊張が走った。


シシリア嬢ちゃんは魔族の正体を知らなかったようで、真っ青な顔で驚愕したまま目を見開いている。


そのシシリア嬢ちゃんとは違い、他の皆はそれぞれ額に汗を浮かべ、固唾を飲んで私の話の続きを待っているようだ。

やはり、側近にはクラウス坊やの闇の力について詳しく知らされているらしい。


「王国の起源となった元帝国の皇子も、闇属性を持って産まれた。

だが、彼は清廉な精神の持ち主で、聡明で思慮深く、帝国民に愛されていた。

それを快く思わなかった、皇子の兄で皇太子だった男が、即位して皇帝に就いた早々、皇子に勅命を与えたのだよ。

帝国と北の大国に挟まれた、不毛の地に国を興せ、とな。

まぁ、ていの良い厄介払いじゃな。

更には、今までその地に見向きもしなかった北の大国が、皇子が国を興そうとした途端にその地に目を付け、我が領土にしようと攻めてきた。

あの国はの〜意地汚いからの〜。

作物もまったく育たないその地にそれまで興味も無かった癖に、人の物になるとなると、わらわらと湧きおって。

裏で皇帝と繋がっておったから、皇帝がその地で皇子を亡き者にしたかったのじゃろう。

皇子は仲間と北の大国の兵を退け、その地に王国を築いた。

更に皇子の伴侶であった、歴代最高の大聖女がその地に祝福を捧げ、不毛の地は緑溢れる肥沃な大地へと変わり、今に至っても豊かな恵みを人々に与え続けている。

それが王国の成り立ちなのじゃよ」


私が説明し終わると、皆はそれぞれ感心した様子であったが、クラウス坊やだけが納得のいかない様子で声を荒げた。


「そんな事はどうでも良いっ!

その皇子と、師匠、あんた達は何故魔族に堕ちないっ!

何故、闇属性に飲まれないんだっ!」


必死の形相で私に詰め寄るクラウス坊やを見て、隣でエリオットがボソッと呟いた。


「おやおや、本当にキティちゃんは良い仕事をしてくれるな〜。

あの子があんなに必死になるなんて」


その呟きを聞き逃さなかったのか、シシリア嬢ちゃんが訝しげにエリオットを見上げると、エリオットはそれにウィンクで返し、シシリア嬢ちゃんに嫌そうな顔をされた後、眉間に皺が寄る勢いで睨み付けられ、わざとらしくツツツと視線を逸らした。


そんな2人のやり取りを横目でチラッと見て、私は仕方なくエリオットに助け舟を出してやる。

呑気なのほほっという笑い声を上げると、シシリア嬢ちゃんばかりかクラウス坊やも拍子抜けして目をパチクリさせている。


「のほほっ!暁光暁光っ!

クラウス坊や、では逆に、お前さんは何故闇に堕ちない?」


私の問いに、クラウス坊やではなくシシリア嬢ちゃんが素っ頓狂な声を上げた。


「えっ!それってつまりっ⁈

クラウスが闇属性持ちって事っ⁈」


シシリア嬢ちゃんの大声に、クラウス坊やが嫌そうな顔をする。

レオネル坊やは頭を抱えているし、ノワール坊やは両腕を組んで深い溜息をつき、ジャン坊やとミゲル坊やはあちゃーっといった顔で天を仰いでいる。


やれやれ、知らなかったのはシシリア嬢ちゃんだけかい。


その隣でエリオットがニヤニヤしながら口を開いた。


「仕方ないよ、シシリア。

この事は、王家と一部の人間しか知らない、秘匿中の秘匿だからね。

シシリアがクラウスの婚約者候補序列一位だった頃なら、家柄も問題無いし?知る事も出来たんだよ?

でもシシリア、ま〜たくっ興味無かったじゃ〜ん」


あははっと笑うエリオットの足を、シシリア嬢ちゃんが思い切り踏み付けた。


いでーっ!と足を押さえて飛び回るエリオットなど気にもせず、シシリア嬢ちゃんはじっとクラウス坊やを見つめていた。

当のクラウス坊やの方は私から目を離さなかった。


「……俺は、魔法に制限がかけられているし、闇属性の力を使った事もない。

もし魔族に堕ちれば速やかに排除出来るよう、常にコイツらが付いて様子を見ているし、非常時の際には王国騎士団に連絡がいくようになっている。

……何故今まで生かされているのかは知らないが、今のところ闇に飲まれそうになった事は1度も無い」


慎重に私の問いに答えるクラウス坊やに、シシリア嬢ちゃんがショックを受けたように口を手で押さえた。


どうやらシシリア嬢ちゃんは人情家らしい。

先程まではクラウス坊やの危険性を危惧していたようだが、今はすっかりクラウス坊やに同情しているようじゃ。


そのシシリア嬢ちゃんに、まだ痛そうに足を押さえながらエリオットが乾いた笑いを浮かべた。


「あ〜ねっ、そうだよね。

君はそうなるよね……。

知ってた、知ってたけど単純過ぎて、やっぱり驚きを隠せないよ、僕は」


ぶつぶつ言っているエリオットの、無事な方の足を再びシシリア嬢ちゃんが大地を踏み抜く勢いで踏む。


あぎゃ〜っ!と呻きながら転げ回るエリオットにシレッとした様子のシシリア嬢ちゃん。


まったくこの2人は何をやっているのやら。

エリオットも案外不甲斐ないのぅ。

シシリア嬢ちゃんにまったく相手にされておらんではないか。


まっ、今はこの2人の事は置いておいて。

私は改めてクラウス坊やに真っ直ぐに向き直った。


「なるほど?じゃが、闇属性の力は使わなければ魔族に堕ちないといった類の物では無いんだよ。

さっきも言ったが、闇属性を持って生まれた者は魔力量が規格外じゃ。

その膨大な魔力がやがて自身を蝕み、闇へと堕とす。

クラウス坊や、今のお前さんにその兆候さえも現れていないのはね、精神が非常に安定している、という事じゃ」


私の言葉にクラウス坊やは目を見開いて、自身の胸を両手で押さえた。


「闇を抑えるには、物事にただ無関心でいてもいかん。

感情の昂りに左右される訳じゃないからね。

むしろ何事にも無関心で執着の無い者がもっとも危ない。

なにせ、闇属性持ちはその属性の特性ゆえ、感情に乏しい。

成長するにつれそれが顕著に現れ、やがて全てに無感情になった時、気が付くと闇に堕ちている。

面白い事に、皆魔族に堕ちた後の方がよっぽど感情豊かなんじゃよ。

まぁ、変わった力よな。

つまり、人でいる間に何でも良い、全てを凌駕するほどの執着を持つ事。

人でも国でも、何でも良いが、クラウス坊や、そんなものに心当たりは?」


悪戯っぽく笑う私に、クラウス坊やは目をパチクリさせて、やがて頬をほんのり染めた。


「……ティ……俺には、キティがいる……。

心から、大切で、どうしても手に入れたい、女の子……」


キティちゃんの姿を思い浮かべているのか、クラウス坊やの瞳が愛おしげに細められる。

今までは本能でキティちゃんを求めていたのだろう。

感情の気薄なクラウス坊やは、その感情が何なのか、とまでは理解出来ておらんかったようじゃ。

私との対話でクラウス坊やは夢から覚めたように目をパチパチさせて、パァッと年相応の笑顔を見せた。


「ノワールっ!俺のこの気持ちをキティにいち早く伝えねばっ!

今週末……いやっ!今すぐだっ!

早速ローズ侯爵邸に向かおうっ!」


心から楽しそうなクラウス坊やの両肩をガシッと掴み、ノワール坊やが自分に向き直らせた。


そして、ポケットから穴の空いたコインに紐を結んだ物を取り出し、クラウス坊やの目の前でユラユラ揺らす。


「気のせいです。良いですか……。

その気持ちは気のせいですよ〜。

貴方は今すぐ忘れます。

忘れるんですよ〜」


ゆっくりした口調で、揺れるコインに合わせて呪文のように呟くノワール坊や……。


「ちょっ、あれ、いいのっ⁈」


驚愕して2人を指差すシシリア嬢ちゃんに、ジャン坊やが平気な顔で答えた。


「知らねー。たまにあーやってアレをクラウスにユラユラさせてっけど。

アレじゃね、キティ嬢に暴走しがちなアイツを鎮める何かなんじゃね?」


のほほんとした回答に、シシリア嬢ちゃんがギリギリと歯軋りをしている。

この中でアレが催眠術の類だと気付けているのは私とシシリア嬢ちゃんとエリオットくらいじゃからな。

皆がのほほんとしているのも仕方の無い事じゃ。


ボーっとそのコインを見ていたクラウス坊やが、ハッと我に返り、目の前のノワール坊やに向かって首を傾げた。


「あれ?俺は……何かキティに伝えなきゃいけない事があったような……」


不思議そうに首を捻るクラウス坊やに、ノワール坊やがにっこり微笑む。


「いいえ、気のせいですよ」


そのノワール坊やに、クラウス坊やがそうか、と頷いている。


………やれやれ。

クラウス坊やが今までキティちゃんへの感情が恋情なのだと気付けなかったのは、その闇属性特有の感情の気薄さだけが原因では無かったらしい………。

よもや1番身近にこんな伏兵がおったとわな。


私同様にそれに気付いたシシリア嬢ちゃんがガクガクと震えながらノワール坊やを指差し、エリオットに振り向く。

いつの間にやら復活していたエリオットは、先程私が爆撃した山を遠い目で見ながら、ボソッと呟いた。


「……クラウスの育て方、間違えちゃった……」


エリオットの過保護のせいで純粋培養されてきたクラウス坊やを憐憫の目で見つめた後、シシリア嬢ちゃんもエリオットの眺める山を同じように遠く見つめている………。


この2人は2人で、存外気が合うのかもしれんな〜〜と妙に感心しながら、私は口元に笑みを浮かべた。


さて、可愛い弟子がまた増えた事じゃし、また忙しくなりそうじゃな。

私も歳を取り、最後の時もじきにやってくるじゃろう。

その前にこの子達を立派に育て上げねばならん。



やがて来る、最後の戦いに備えて、な。





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