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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.94


あれからまた数年経ち、私は魔力の温存に切り替えたとはいえ、必要な時は出し惜しみせずにこの力を振るい、やはり好き勝手に生きていた。

まぁつまり、方向性は変わっても、やってる事はさして変わらぬという事じゃな。



「イブ、アランの事、本当にありがとう」


遊びに来ていたエリオットがお茶を飲みながら呑気にニコニコ笑っている。


「いやなに、あれくらいは大した事ない。

帝国での身分などどうとでもなる。

アランが帝国の魔法騎士団に入団出来たのも、そこで異例のスピード出世を遂げているのも、全て本人の努力と実力じゃ」


私がそう答えると、エリオットはまるで自分の事のように嬉しそうにはにかんだ。



アラン・パーシヴァルは帝国の貴族、身分は伯爵だ。

入団試験が厳しく毎年数人しか入団出来ないと有名な、帝国の魔法騎士団に一発合格しただけではなく、飛ぶ鳥を落とす勢いで武功を立て、スピード出世爆進中の若き彗星。

何を隠そう、私の弟子でありエリオットの元婚約者であった、クラーラ・ルシェットその人であった。


クラーラ改めアランとの共同研究はついに実を結び、この世界初の性転換魔法手術が理論上成功した。

アランは自らその手術の被験者第一号となり、手術は成功してアランは本来の自分の性を手に入れた。


魔法手術であるからには、その姿だけで無く内蔵器官全ても男性のものになる。

つまり、生殖器官も男性になったアランには、将来自分の子供を持つ事も可能となったのだ。


帝国で新たな名と身分も手に入れ、女性と婚姻する事も可能。

アランは完全にクラーラという過去の自分に別れを告げ、今は本来の姿で生き生きと過ごしている。


「流石だね、イブは」


ニコニコ笑うエリオットに、私は自重気味に片眉を上げた。


「いや、アレはアランの情熱の成果だよ。

本来の自分を取り戻す為、あの子は並々ならぬ努力を繰り返し、そして決して諦める事が無かった。

今ある結果は、全てあの子が掴んだものだよ」


そう言って笑う私に、エリオットはふふっと嬉しそうに笑う。


「僕の初めて出来た親友が幸せになってくれて、僕も嬉しいよ。

本当にありがとう、イブ」


無邪気なその微笑みに、随分人間らしくなったものだと私は密かに感心していた。

やはり元々、人に興味を抱いていたようだ。

今はその〝人〟に自分が生まれ、与えられる感情を素直に受け入れているのだろう。

こんなに人間味が溢れるようになるとは、改めてエリオットの適応能力の高さに感心する。


「あっ、そうだ。

近々僕の弟とその側近達、それから〝あの子〟がここに遊びに来ると思うから、よろしくね、イブ」


楽しげにニヤリと笑うエリオットに、私は作業の手を止め、振り返った。


「弟とは、あの闇属性を持って生まれたクラウス第二王子殿下の事じゃな?

そして〝あの子〟とは、エリオットが犬の姿をしたタロちゃんだった頃に出会った〝あの子〟かい?」


私の問いにエリオットは嬉しそうにピョンと飛び跳ねながら椅子から立ち上がる。


「そうっ、僕の可愛いシシリアだよ。

今年10歳になったんだっ。

彼女も前世の記憶を思い出したみたい。

早速何やら動き出してね、王立騎士団に混じって剣を振ったりしてたんだけど、今度はこの世界で刀を生み出したいみたいでね。

前世の刀にこの世界独自の魔法を付与して、更に最強の武器にしたいみたいで、その魔法付与についてイブに相談にくるよ」


ニコニコ笑うエリオットに私は頭痛に襲われ、片手の手のひらでとりあえず話を遮った。


「そういえば………いつも背中に竹刀を背負っていたね、あのお嬢さんは………。

なるほど、剣道だけでは無く刀剣にも精通していたみたいだ。

………じゃがなぁ……私は必要の無い武器などは作りたく無いのじゃよ。

趣味として前世の記憶を利用した色々な物をこの世界にも生み出してはいるが、それはあくまで便利家電や美味しい食べ物なんかで、武器などを作り出すのは気が進まんなぁ……」


ハァッと溜息をつくと、エリオットが困ったように眉を下げた。


「でも、シシリアには刀が必要なんだよ。

1番馴染み深い武器だからね。

シシリアは大人しく守られているようなご令嬢じゃないんだ。

誰かに守られるよりも、誰かを守る方に回る、それがシシリアだから。

それに、前世で親友を守れなかった気持ちが今だにその心を大きく占めている。

だからシシリアは誰かを守る為なら躊躇なく荒事に首を突っ込むと思う。

そんな時にシシリアの力を最大限に引き出して、彼女を守れる武器は刀しかないんだよ」


ションと耳を垂れる(幻覚)エリオット。

私はその姿に大きな大きな溜息を一つつき、やれやれと首を振った。


「とにかく、話だけは聞いてあげよう。

だがやはり、気が進まなければ刀の話は無しじゃ。

いいね?エリオット」


厳しい私の声にもエリオットは怯みもせず、ヘラヘラと笑っている。


流石親子と言うべきが、そのヘラヘラ笑いにアレクの顔を思い浮かべ、私はまた盛大に大きな溜息をついた。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「私は王国のアロンテン公爵家のシシリアと申します。

この度は赤髪の魔女様にお願いがあって参りました」


そう言って私を見上げるまだ幼い少女に、私は密かに目を細めた。

ああ、この魂は間違いなく、あのお嬢さんのものだ。


私の前世でタロちゃんと一緒に仲良くなった2人のお嬢さん。

1人は可愛らしい小柄な少女。

その魂に惹かれた理由を、今この世界に生まれ変わってやっと理解した。

あの少女の魂は今、この世界でキティ・ドゥ・ローズとして生まれ変わっている。

………そしてあの魂は、間違いなく、この世で最も高貴で尊い魂………。

私が成そうとするその先にあの魂が誕生する。


………それは、この先の未来による。



そして、その少女といつも一緒にいたもう1人の少女。

スラっと高い背に、中世的な綺麗な見た目。

短い髪を照れくさそうに掻くのが癖のようだった。

その少女こそ、タロちゃんであったエリオットの心を掴み、未だ離さない存在。

唯一無二のエリオットの愛する少女。


その少女の生まれ変わりが、今私の目の前に立つ、シシリア・フォン・アロンテン。

前国王の王弟である、あのダリウスの孫娘。

公爵令嬢シシリア、という訳じゃ。


「いやいや、君達の事は皆知っているよ。

王国の王子に貴族の子供達。

クラウス坊やに、ノワール坊や、レオネル坊や、ミゲル坊や、ジャン坊や。

シシリア嬢ちゃんの事も知っておる。

全部エリオット坊に聞いているからね。

さぁさぁ、立ちっ放しではなんだ。

皆でお茶にでもしよう。

座って座って」


ニコニコ笑いながらも私は先程の失敗を無かった事にするべく、何食わぬ顔で皆をダイニングテーブルに座らせた。


……まさかお菓子の家が不評に終わるとは……。

確かにエリオットに、子供=甘いお菓子という発想は老人の悪い癖だと注意はされていたが。


久しぶりに可愛い小さな客人を招く事になって、テンションの上がった私は、山小屋をお菓子の家に変えて出迎えたのだが………。

皆、微妙な反応だった上にジャン坊やなど膝を折って崩れ落ち、絶望の表情をしていた。


エリオットにジャン坊やは甘い菓子がトラウマなのだと言われ、慌てて元のロッジ風の山小屋に戻したのだが………。

知らなかったとはいえ、まだ幼い子供のトラウマを刺激してしまうなど、胸が痛い。

それならそうとハッキリ言ってくれれば良いのにとエリオットを恨みそうにもなるが、多分テンションの上がっていた私には何を言っても無駄だと判断されたのだろう………。

まさに、自業自得。


チラッとジャン坊やを見ると、改めて私が用意した煎餅を嬉しそうに頬張ってくれている。

その姿にホッと胸を撫で下ろし、チラリとシシリア嬢ちゃんを見た。


シシリア嬢ちゃんも夢中で煎餅に齧り付いている。

ジャン坊やの未知の味への興奮という反応とは違い、こちらは懐かしい味に頬を緩ませているようだった。


「シシリア嬢ちゃん、懐かしいかい?」


私にそう聞かれて、シシリア嬢ちゃんはゴクンと煎餅を飲み込んだ。

目を見開いてこちらを見ているシシリア嬢ちゃんに優しく微笑む。


「ちょっと2人きりで話そうかね」


そう言って私がパチンと指を鳴らすと、景色が真っ白に変わった。



何も無い、ただただ白い空間。

そこには私とシシリア嬢ちゃんだけ。

ちょっとした空間魔法だが、秘密話をするにはうってつけだ。

驚いた様子で辺りを見渡すシシリア嬢ちゃんに、私はふふふっと笑った。


「シシリア嬢ちゃんは転生者だね?」


私の言葉に、シシリア嬢ちゃんは驚いたように身体を揺らした後、静かに頷いた。

察しの良い子じゃ。

多分、ここに来る前には私が転生者だと薄々気付いておったのじゃろう。

まぁ私は、同じ転生者であれば気付くような便利家電や懐かしい食べ物を次々にこの世界に誕生させているからの、バレていても不思議ではない。


「ふむ。では、嬢ちゃんがこの世界で何を成そうとしているのか、教えてくれるかい?」


優しい表情と声色でそう聞くと、シシリア嬢ちゃんはその瞳に強い光を浮かべた。

よっぽど胸に何か強い思いを抱えていたのじゃろう。

その瞳が一瞬揺れて、迷いを打ち消すように再び強い光を放った。


そしてシシリア嬢ちゃんはゆっくりと話し始めた………。



驚いた事に、シシリア嬢ちゃんはこの世界を前世のゲームの世界だと思い込んでおった。

荒唐無稽な話ではあるが、確かに前世ではそのような漫画やアニメ、小説が流行っておったから、同じ世界から生まれ変わった者同士、シシリア嬢ちゃんがこの世界をゲームの世界と思い込んでしまう気持ちは分からんでもないが………。


シシリア嬢ちゃんから聞いたそのゲームの世界観や設定は確かにこの世界に酷似している。

クラウス坊やや他の皆も出てくるらしく、名前ばかりか見た目もそのままなんだとか。


そしてそのゲームの中でのシシリア嬢ちゃんとキティちゃんが、悪役令嬢の役で、後々色々な不幸を背負う事になるらしい。


特にキティちゃんの運命は残酷で、様々なルートがあるにも関わらず、そのどれに進んだとしても最後は避けられぬ死を迎えるらしい………。


………それは流石に看過出来ぬ状況ではある。

あるのだが、うーむ、しかしここは実際、そのゲームの中では無いからのぅ。



「なるほどねぇ……じゃあシシリア嬢ちゃんはそのキティちゃんを助けたくて、あの5人を私のところに連れてきたんだね?」


とりあえず話を合わせたまま、私はシシリア嬢ちゃんにそう話しかけた。


「はい、あの5人を攻略対象では無くすのが目的です」


シシリア嬢ちゃんの返答に私はうむと軽く頷く。


ふむ、つまりシシリア嬢ちゃんの狙いは、キティちゃんを守る為の戦力増強ってとこかのぉ。

しかし、あの5人はシシリア嬢ちゃんの言うところの攻略対象者達であって、そ奴らの戦力を上げるという事は………。


「私は申し訳ないけど、乙女ゲームやらに詳しく無いのだが、もしあの5人がゲーム通りヒロインに夢中になった場合、あの子達を強化すれば、それはそのままキティちゃんの脅威にならないのかい?」


思った事を口にすると、シシリア嬢ちゃんはハッと目を見開いた。


「なんじゃ、そこは考えてなかったのかい?

存外抜けた子じゃの〜」


のほほと笑うと、シシリア嬢ちゃんはカッと顔を赤くした後、アワアワと青くなる。

私は呆れたように溜息をつき、再び口を開いた。


「やれやれ、赤くなったり青くなったり、忙しい子だね」


どうやらシシリア嬢ちゃんは武力に傾倒しやすい質らしい。

実にシンプルな解決方法じゃが、さてそれでは足りないものもある。

まぁその辺はエリオットが補うつもりなのじゃろうな。


呆れつつも優しい眼差しを向けてると、シシリア嬢ちゃんは恐る恐るといった風に口を開いた。


「あの〜魔女様も転生者って事は、やっぱり何かの物語りやゲームの中に生まれ変わったんですか?」


う〜む、その考えからはやはり外れぬか。

前世ではそういった作品で溢れていて、一種の概念が出来上がっておったからな、致し方なしといったところかの?

あれは既に一つの宗教と化していたと言っても過言では無いからのぅ。

シシリア嬢ちゃんの問いに私は困ったように首を捻って答えた。


「さっきも言ったが、私はもともと、その転生もの?とか何とかに明るく無くてな。

前世で娘がそういった漫画やらゲームやらが好きで、題名や表紙くらいは目にした事はあるが、それだけだよ。

シシリア嬢ちゃんの言う〈キラおと〉とかいうゲームもサッパリでね。

この世界がそのゲームの世界だと言われても、いまいちピンとこないね」


私の答えにシシリア嬢ちゃんは意外そうに目を見開き、また口を開く。


「じゃあ、今までに不自然な状況を目の当たりにした事とか無いですか?

平民とか、貴族でも位の低い女性が、不自然に高位貴族の男性と仲良くなったり、なんなら王族と結ばれたり……」


それを聞かれた瞬間に、私の頭の中に弟子であり聖女であるアメリアの顔が浮かび、私はポンっと手を打って目を見開いた。


「ああっ、そういえばそんな事があったねっ!

平民の娘が光属性の最上級クラスを持って生まれて、聖女として認定されたんだよ。

後ろ盾になった皇子と結婚したよ。

その皇子の側近の、高位貴族の息子達ともやけに親密だったね〜」


まぁ、アメリアを自分の都合で聖女に仕立てたのは何を隠そう私じゃがな。


「そうっ!正にそれですっ!

それが乙女ゲームの世界観なんですっ!」


私の言葉にシシリア嬢ちゃんは鼻息荒く詰め寄ってくる、が、私は困り顔で眉を下げた。


「なるほど、ああいった事かい?

……しかしあれは道理に反してはいなかったよ。

何せ彼女は聖女だから、王族だろうが何だろうが、好きな伴侶を選べる立場だったからね」


実際に皇太子を聖夫にしたからね〜〜。

私の策略で。

という事はもちろん言わぬが花。

私は平気な顔でシシリア嬢ちゃんと話を続けた。


「それにシシリア嬢ちゃんは、これから現れるかも知れないヒロインを、今のところは何をどうしようってんじゃないんだろう?

攻略対象だろうが何だろうが、男女が惹かれあうのは自由だと思うがね。

まぁ、流石に身分が違い過ぎれば、よっぽどの事が無い限り、弊害はおきるだろうが」


その身分の差を力技で埋めて皇太子をアメリアに押し付けた人間の意見に、シシリア嬢ちゃんは難しい顔で眉間に皺を寄せた。


「もしアイツらが攻略対象でなくなれば、もしかしたらゲーム自体が始まらないんじゃ無いかと、期待しているんです。

ゲーム自体始まらなければ、キティの悪役令嬢なんて役目は消滅して、死も免れるんじゃないかと思って」


そのシシリア嬢ちゃんの言葉に、私は難しい顔で首を捻った。


「なるほどの〜。

しかし、例えばキティちゃんの死が、キティちゃんに起因しているものだった場合はどうじゃ?

ゲームやらヒロインやら攻略対象やらは、全く関係無くなるぞ?」


シシリア嬢ちゃんはそこには考えが至っていなかったらしく、目を見開いたまま固まってしまった。


「やはり、そこには思い至っておらなんだか。

私はね、ゲームやら何やらは分からないから、シシリア嬢ちゃんのように、その〈キラおと〉基準で物を考えられない。

キティちゃんの死因には変死が混ざっているからね、個人的な恨みや欲望が無いとは言い切れんと思うがね」


前世の概念のまま、ここをゲームの世界とタカを括っていては、あらゆる可能性を見逃してしまう。

それではシシリア嬢ちゃんの望む未来は掴めぬだろう。


厳しいようだが、私はそこからシシリア嬢ちゃんに目を覚まして欲しかった。

前世の記憶があるからこそ、その記憶に頼って縋りたくなる気持ちも分からないでは無いが、シシリア嬢ちゃんはもう既に新しい生を得てそれを生きねばならないのだ。


例えこの世界が前世でよく見知ったゲームの世界に思えても、そうでは無い現実がそこにあるだけなのだから。


目の前の強い光を放つ魂に、私は祈るような気持ちで、それに気付いて欲しいとただ願った。




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