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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.93


北の大国。

年中雪が降り積もり、大地の枯れた広大な国。

土地柄ゆえ他国に輸出するものも無く、広大な土地に住まう多くの国民は常に貧しく飢えに苦しんでいた。


北の地は雪深く、人間が住むにはあまりにも厳しい環境である。

春や夏は短く、殆ど雪に閉ざされてしまうから穀物も育ちにくい。

ゆえに、自国に国民全てを十分に満たすほどの食料が無いのだ。


それでも国として存在出来ているのは、各国の取り決めた国家間協定に則っているからだ………表面上は。

これにより他国から輸入を受ける事を許されている。

食料や燃料、物資などの約80%を輸入に頼っている現状で、国民全てを十分に満たす事など出来ようはずが無い。

いや、元からそのつもりも無いのか。


北の大国はたった4つの大老家が牛耳っている。

この4大老家がお互いを潰し合い覇権を争い続けてきたのだ。

お陰で国名がコロコロと変わる。

実権を握った家の名が国名になるので、五十年くらいのスパンで変わるのだ。

ゆえに皆面倒くさがって、国名では無く〝北の大国〟と呼んでいる。


今は国を仕切っているのはその内の一つ、ゾウール家だが、これもいつひっくり返るか分かったものではない。

最近、このゾウール家から覇権を取り戻そうとしているのが武力派のサフ家だ。

ゾウール家が色々と小賢しい策略を巡らせるのに対して、サフ家は非常に単純明快、シンプルに武力で他国を牽制するつもりでいる。


自らを神の軍隊と呼んで憚らないようなちょっとアレな奴らだが、それはサフ家だけの話ではない。

ゾウール家にしろ他の二家にしろ、自分達を神の末裔だなどと本気で思っているのだから、結局4大老家全てがアレという訳じゃ。


北の異常な選民意識は人への非情な行いとなって表に現れる。

奴らは他国の人間になど何をしても良いと思っているのだ。

ゆえに、北の大国による拉致や人身売買は後を絶たない。

奴らの狙う人間は主に帝国人。

奴らは帝国人の持つ、魔力、つまり魔法を自国に取り込もうと躍起になっている。


ゾウール家のやり口は、拉致や騙して連れてきた帝国人と自国の人間との間に子を成し、北の血の入った魔力持ちの人間を得ようとするような、あろう筈がない方法。

魔力は純粋な帝国人にしか宿らない。

自分達の血を混ぜてしまえば魔力を持つ人間など生まれようが無いと、奴らはいつまでも理解しない。


自分達はこの世で最も尊い、神の血脈だと本気で信じているからだ。

その自分達に魔力が宿らない訳が無いと言って話を聞かないわりに、帝国人を無理やりに連れて来て子を成そうとするのはどんな心理なのか。

自分達が本当に神の血脈であれば、帝国人など必要ない筈だ。

自分達のみの魔力、それこそ神の半身であったエリオットのような力が宿っていてもおかしくないのだから。


それこそ、他国の血など混ぜてしまえば、その選民様の血が穢れるというもの。

人の国から連れ去っておいて、その魔力を取り込もうとしておいて、我々は選ばれし神の民とはよく言ったもんだ。


しまいには連れ去った帝国人同士の魔力持ちの子供を、この地で生まれた我々の国民だとぬかし、北の大国には魔法が存在すると声高らかに言いのけるのだから、もう空いた口が塞がらないとはこの事じゃな。


………しかし、いよいよ北の大国もこちらの予測を超えてきた。

セレンが相打ちになり、その命を落としたあの魔獣のキメラ、あれは北がコツコツと集めてきた魔力持ちの人間を使い、非道な研究を繰り返し誕生させたものだろう………。


北の大地には他国とは比べ物にならないくらいの魔獣や魔物が存在する。

それらを古くから伝わる秘術や帝国から奪った魔力で使役し、戦場に投下するのが北の戦術。

それを使ってしつこくアインデル王国を侵略しようとするのも、まずは実り豊かなアインデル王国を領地にして、そこを拠点に帝国を滅ぼし手に入れようと本気で考えているからだ。

帝国さえ滅ぼせば大陸の覇者は自分達だと信じ込んでいる。

そのせいで、北との国境に位置するローズ侯爵家の領地、辺境伯領ではたびたび北が送り込んでくる魔獣との戦闘が繰り広げられている。


武を誇るローズ侯爵家、しかも歴代上位の強さを誇ると名高いレジスが辺境の守りを固めているとはいえ、あそこはアインデル王国の国防の要とも言える地。

その場所を最後まで守り切り、私の一番弟子であるセレンが勇ましく散った場所でもある。


新しくキメラ魔獣を北が戦場に放ってきたというなら、こちらも今までとは違う方法であの場所を守るしかない。


「………やれやれ、アレをやるしかないねぇ。

しかし、アレをやれば今度は逆に魔力の温存に切り替えなくてはいけなくなる。

今までにかなりの魔力を消費してきたが、最後の力以外を使い切るには少々足りなかったくらいだ。

アレをやるのは別に問題ないが……」


顎に手をやり私は考え込むと、ヤレヤレと首を振った。


「魔力を温存しながら最後の弟子達を鍛錬する事になろうとは。

北め、まったく腹立たしい存在じゃ」


チッと舌打ちをしながら、私はレジスの守る辺境伯領へと向かった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「魔女殿、急なお越しであるが、何かあったのか?」


私の来訪を知ったレジスが門まで走ってきて、その目をまん丸にして驚いていた。


「なに、セレンに手向けをな」


そう言って腕に抱えていた桔梗の花束をレジスに見せると、レジスはその目を哀しげに細めた。


「…………そうであったか、セレン殿にピッタリな花ですな」


レジスの鼻が赤いのは、この地の厳しい寒さだけが原因ではないのだろう。


「セレンが亡くなった場所に案内しておくれ」


私の言葉にレジスは静かに頷くと、兵士数人を連れて私の道案内を始めた。


北との国境にある繁った森の手前、実りの無い木々の向こうには広大で寒々しい北の大国が存在するその場所に、私はそっと桔梗の花束を置いて祈りを捧げた。

レジスと兵達も同じように祈りを捧げている。


「………セレンよ、私に未来を見せてくれてありがとう………。

お主のお陰で、私にも区切りがついたよ。

あの未来の為に、私もお主と共に戦おうぞ」


小さく呟くと私は両手を空高く伸ばし、ゆっくりと目を瞑った。


その私の両手に銀色の魔力が輝き出す。

レジス達はそれを何事かと固唾を飲んで見守っていた。


「邪悪の闇を貫く無数の光よ、我が前に大地を守りし光のベールを張り巡らせん。聖なる光よ、女神の与えし加護を守れ、大いなる力を解き放ち、この場に宿りし邪悪を払え、レディアント・レクイエム・サンクチュアリッ!」


私の手のひらから銀色の輝きが放たれ、まるで薄いベールのように地から空に伸び、ローズ侯爵領を包み込んでいく。

キラキラと輝く銀の光に包まれた空を、レジス達は口をあんぐり開けて呆けた顔で見上げていた。


「うむ、これで良いだろう」


腰に手を置き満足してうんうんと頷く私に、レジスがハッとして我に返ると食い付くように口を開いた。


「まっ、魔女殿っ!これは一体、どういう事ですかっ⁉︎

こ、この力は、これは、まるで………」


そこまで言ってレジスはまた空を見上げ、目を見開いたまま言葉を失ってしまった。

そのレジスの代わりに1人の兵がポツリと呟いた。


「……大聖女様のお力のようだ………」


その兵の呟きにほぼ無意識にその場にいる全員がうんうんと頷く。


「大聖女の力だなどと、そんな訳が無いであろう。

私は聖女ではなく魔女じゃからな。

なぁに、ちぃと大聖女の加護を強化しただけじゃ。

いくらこの国が大聖女の加護に守られているとはいえ、この辺境にまではその力も完全には及んでおらん。

ゆえに北の放つ魔獣がここから侵略しようと攻め込んでくるのだ。

もし万が一攻め込まれたとしても中心部に近付くにつれ、魔獣達の力は大聖女の加護によって弱まるだろうが、それも数で攻められてはどうなるか分からん。

ここは正に王国の国防の要。

この場所の加護を強化さえ出来れば、王国の安全は更に守られる」


懇切丁寧に説明してやるとポカンとしていたレジス達が急に高速で頭を振り始めた。


「いやいやいやいやっ!大聖女様の加護を強化出来る人間が聖女では無いとかっ!いやっ、そもそも聖女でも難しい事をそんなアッサリやってのけておいて、空っとボケるのもいい加減にして下さいっ、師匠っ!」


焦るあまりに久方ぶりに私を師匠と呼ぶレジスにニヤニヤしながら、私はチッチッチッと舌を鳴らし顔の前で立てた指を揺らした。


「良いか?この結界は魔女が張った結界じゃ。

たまたま大聖女の加護と相性が良かっただけで、お互い干渉が避けられただけじゃ。

そういう事で良いな?レジスに、他の者も」


黒い笑顔でニヤァリと笑うと、皆身体を強張らせ、ピシッとその場に直立不動となった。


「………しかと承った、魔女殿。

良いか、皆、この事はもう一生口にするな。

墓まで持っていく極秘事項と思え」


瞬時に威厳を取り戻したレジスに横目でギロリと睨まれ、哀れなたまたま巻き込まれただけの兵達は涙目でカクカクと頷いている。


「………で、よろしいか?魔女殿」


キリッとして私を見るレジスの額から汗が一筋流れていく。


「うむ、よろしく頼む」


私は和かに笑い返し、ギシギシと痛む身体を悟られないように必死で支えた。


………うむ、流石にこの規模は老体には堪えるの。

じゃが、いつ叶うかどうかも分からぬ宿願の為、その分の魔力を温存しておくのも、時と場合によりけりじゃ。

北の状況が変わった今、この場所にこの措置をしておかない訳にはいかぬ。

どちらにせよ、この身に宿る魔力は全て使い切るというのが神との約束なのじゃから。

まぁ、この先に期待を込めてここからはなるべく温存する方向になりそうじゃが、必要とあらば出し惜しみするべきでは無いな。


私はセレンの為に手向けた桔梗の花を見下ろし、自重的に口の端で笑った。


弟子に教えてもらってやっと気付くとは、私も情けないのぅ………セレン。


どうかせめて心安らかに。

お主が命がけで守り抜いたこの地は、必ず私が守ってみせるからのぅ。


北の辺境の地に吹く冷たい風に揺れる桔梗に、私は哀悼を捧げ、改めてセレンにそう誓った………。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「やるじゃないですか〜〜師匠〜〜」


ノリノリでご機嫌な様子のアレクに溜息をつきながら、私は片眉を上げアレクに向かって口を開く。


「またお主は何事か企んでおるな?」


訝しげに問う私にアレクは平気な顔でヘラヘラと笑っていた。


「いやぁ、北の辺境伯領は今や師匠のお陰で、王国一の安全な場所になった訳ですよ。

なにせもう絶対に魔獣や魔物が侵入出来ないんですからね。

そこでっ、そこでですよ?

ならいっそ、あそこを冬のリゾート地にしちゃうのはどうかな〜〜なんて」


舌を出しテヘッと小首を傾げるアレクの提案に、私はほぅっ、と興味を持って身を乗り出した。


「なるほどの〜〜。今まで調子に乗って散々攻め込んで来たあの場所を、北の大国の鼻先でリゾート地にしてやる訳か。

そりゃ、面白そうじゃな、乗った」


アッサリ話に乗ってきた私にアレクは更にノリノリでステップでも踏みそうな勢いでこちらに身を乗り出してくる。


「でしょ?でしょ?面白いでしょ?

いやぁ、アイツらの悔しがる顔が目に浮かぶな〜〜。

キメラ魔獣に成功した事でアイツら今頃調子に乗ってるはずですからね。

その高くなった鼻をバッキボキに折り散らかしてやりましょ〜よ」


クックックッと悪い顔で笑うアレクに、私も同じように笑いながら同意するように頷いた。


「奴らの集大成であるキメラ魔獣が無駄になったところに、畳み掛けるように冬のリゾート地を作ってキャッキャッしてやるわ」


ケッケッケッケッと笑い合う私とアレクを呆れた顔で眺めていたレジスが、ヤレヤレと肩を上げた。


「まったく、なんつー嫌味な奴らだ。

うんっ、よしっ!ローズ侯爵家は全面的に協力するぞ。

我が領地で良ければ好きにしてくれ、魔女殿、陛下」


良い笑顔で親指を立てるレジスに私とアレクも親指を立ててそれに応えた。



かくして、王国の北の辺境の地、ローズ辺境伯領に、王家肝入りの壮大な冬のリゾート地が建設された。


前世の私の記憶をフル稼働し、スキーやスノボ、スケートやスノーモービル等、冬のレジャーを取り揃えてみた。

更に随所に細かく魔法で快適に過ごせるアイデアを盛り込み、以後北の辺境伯領は毎年冬になると大盛況となる冬の一大リゾート地へと変貌したのだった。


北の大国と燐した、本来なら緊張感漂う土地の筈なのに、王国随分の武を誇るローズ家の守りと、私の強力な結界のお陰で、今や平和そのもの。

沢山の人で賑わう、活気的な土地に生まれ変わったという訳じゃ。

直ぐに、新しい物好きな貴族達がこぞって別荘を建て、土地の値段も爆上がり、ローズ侯爵家並びに共同開発者の王家は更に潤い、私財を肥やした。


まぁ、それも、アレクの今後の企みへの資金源となるのだろうけど。



これがアレクなりのセレンへの手向けなのだろう。

セレンが散ったこの場所を、辺鄙で寂しい場所のままにしておくのではなく、皆が集い賑わう活気ある場所に変えてやりたかったのだろうな。


仲間を失った哀しみをこんな形で昇華してみせるアレクは、やはり今までの王とは違う、少々型破りで変わってはいるが、良い王だと私は思う。


そんなアレクが繋ぐ次世代の子供達こそ、この王国の未来を担う重要な役目を負うだろう。


そこにはセレンの示してくれた私の未来が待っている。






守ろうぞ、永久に。

この母なる大地に安寧を。

今度こそ、揺るぎない永久の大地とする為に………。






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