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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.92


「………………セレンが………死んだ…………じゃと………」


目の前に立つレジスとルイスの姿が歪んで見える。

脳の機能がまるで停止したように、時間が止まって見えた。


「………エクルース伯爵であるセレンスティア殿は、我がローズ侯爵家の領地である、北の大国との国境での戦闘により………戦死いたしました………」


髭まみれのレジスの顔が見るからにやつれている。

隣に立つルイスも同じようなもので、その2人の表情から、これが嘘や冗談では無い事が伝わってきた。


「……何故………セレンが………?

北などに遅れを取るセレンでは無い筈だ………。

何故………セレンは死んだ?」


カラカラに乾いた喉から無理やり声を発すると、自分でもゾッとするようなザラザラとした声が静まり返った部屋に響いた。


呆然としたままの私の問いにグッと喉を詰まらせるレジスの代わりに、ルイスが答える。


「……いつもの、北の送り込んでくる魔獣との対魔獣戦闘だと思っていました……。

ですが、今回北が送り込んで来た魔獣は、今まで見た事もないような魔獣でした。

体が大きく禍々しい見た目で、こちらがいくら攻撃しようと倒れない。

こちらは徐々に疲弊させられていき戦力を削がれていきました。

状況が悪化する中で、セレンがある事に気付いたのです。

魔獣の核が多数存在するという事を」


ルイスの話をそこまで聞いて、私はギュッとキツく目を閉じた。


「……………キメラか………。

北め、そんなものまで………」


フラフラとした足取りで近くの椅子に座りこむと、私は片手で頭を押さえ、力の無い目でルイスを見上げた。


「……それで、その後セレンはどうなった?」


呟くような私の問いにルイスはギュッと唇を噛んでから口を開く。


「………セレンが気付いてくれたお陰で、こちらは確実に核を潰していき、形勢は逆転していきました。

その中でセレンは1番の大物をたった1人で相手していましたが、その大型魔獣には核が10以上もあり、流石のセレンも最後の核を破壊した時には満身創痍の状態でした。

そんな状態になりながらも大型魔獣をセレンが打ち倒した時、皆が勝利を確信してセレンを讃えた、その時、その魔獣の腹を食い破って別の魔獣が現れ、セレンに襲いかかり………。

既に力を使い果たしていたセレンはその魔獣と相打ちに………」


そこで言葉を詰まらせ、涙を流して嗚咽を漏らすルイスの肩をレジスが静かに抱いた。


「………………そうか………辛い話をさせてすまなんだ……………」


目の前が霞が掛かったように滲む。

私の目からも涙が溢れ出た。


………セレン…………。

お前は最期まで戦い抜いたのだな。

正体不明の魔獣の脅威から王国を守り抜いた。

立派であったぞ、セレン。

流石は私の一番弟子じゃ。

私はお前を誇りに思うよ、セレン………。



強く握った拳から血が滴る。

私から溢れ出る強大なオーラにレジスとルイスがハッとして目を見開いた。


「いかんっ!魔女殿っ!」


「師匠っ!落ち着いて下さいっ!」


2人の叫ぶ声が遥か遠くから聞こえてくるようだった。


「おのれぇぇぇっ!北の大国よっ!もう我慢ならんっ!

塵も残さず消し去ってやるわっ!!」


私から放たれた怒気が激しい音を立て山小屋を破壊し、私はそこから物凄い速さで飛び立った。


「魔女殿っ!」


「師匠っ!」


2人の声を背に私は一直線に北の大国を目指す。

私の可愛い弟子を殺した北の大国を滅ぼす為。


目では追えない速さで飛ぶ私の前に、その時黒い影が行く手を阻んだ。

訝しげにその場で立ち止まった私の目の前に、カインが宙に浮かんで立ちはだかっている。


「………退け、今の私はカインであれ手加減は出来ん」


怒りの滲んだ私の声に、カインは悲しげに睫毛を揺らし、静かにこちらに手を差し伸ばした。


「……………イブ、おいで……」


その悲哀の滲む声に、私は眉毛を下げ瞳から涙をボロボロと流した。


「カインッ!」


その胸に飛び込み縋り付くと、私は抑えきれない感情と共に子供のような泣き声を上げた。


「カイン……セレンが……私の可愛い、セレンが………。

あの子は私の孫のような年じゃった、それなのに、それなのに……私より………先に………」


後から後から溢れ出る涙と共に嗚咽を上げる私をカインはその胸に強く抱いて、自分も肩を震わせている。


「………イブ、セレンは頑張ったんだ。

国の為、人々の為、そして何より、自分の子供の為に………。

全てを守り抜いた立派な最期だった………。

俺達も静かにその死を悼んでやろう。

セレンの誇り高き名誉を讃えるんだ、いいね、イブ」


声を震わせるカインの優しい声色に、私はますます涙が止まらず、大声を上げて泣いた。


いつの間にか降り出した雨に濡れながら、その喉が枯れるまで………。


カインはそんな私をいつまでも強く、抱きしめ続けてくれていた……。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「………満足げな顔をしてからに………」


眠るように棺に横たわるセレンの美しい顔を見つめながら、私は涙交じりにポツリと呟いた。


「………大叔母様……」


隣に立つエレーヌが肩を震わせ私の腕に自分の腕を絡ませ、縋るように肩に顔を埋めた。


「……幻影魔法をかけてあるからね、周りからはお前は王妃らしく立っているような見えている。

気にせず泣きなさい、エレーヌ」


「………はい、ありがとうございます。

ううっ………うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


私に縋り付き泣き声を上げるエレーヌ。

可哀想に、立場上声を上げて泣く事など出来なかったのであろう。

私はその肩を優しく撫でながら、まるで眠るようなセレンの死に顔を見つめていた。


…………よく頑張ったな。

……………………セレン。






「テレーゼ、可哀想に……そんなに悲しまないで、いつか必ず、ボクが迎えに来るからね」


「テレーゼお姉様、テティの所にきっと来て下さいね」


その時幼く可愛らしい声が聞こえてきて、私はその声の方に振り返った。


泣きじゃくる少女を幼い兄弟が慰めている。

泣いている少女はブラックパールの瞳にダスティピンクの髪色をした、ふくよかな愛らしい10歳くらいの少女だった。


そのブラックパールの瞳にセレンの面影が重なる………。


「エレーヌ、あの子は………」


幾分落ち着いた様子のエレーヌは顔を上げ、ハンカチで涙を抑えながら私の視線を追って、静かに頷いた。


「……はい、あの子がセレンの子供のテレーゼです」


エレーヌからの返答に私は微かに口角を上げた。

よく見れば髪色も似ている。

セレンの方が暗めではあったが、その髪色も、瞳の色もよく似ていた。


代々エクルース家に受け継がれるブラックパールの瞳。

間違い無くあの子はセレンの娘だろう。


そのふくふくしい横顔を見ていると、セレンがあの子に詰められるだけの愛情をぎゅうぎゅうに詰めたのが伝わって来て、自然に笑みが溢れる。


「一緒にいる子達は?」


私の再びの問いにエレーヌは少し笑みを取り戻し、その目を細めた。


「あの子達はローズ侯爵家の兄妹です。

兄がノワール、妹がキティと言います」


なるほど、ルイスの子供達か………。

兄のノワールは真紅の薔薇のような髪色にボトルグリーンの深緑の瞳。

あのルイスの子にしては華奢で中性的な少女のような見た目をしている。

きっと母親に似たのだろう。


そして妹の方は…………。

その、ピンクローズの髪に新緑を思わせるようなエメラルドグリーンの瞳、愛らしい横顔を見ていると、胸の奥から込み上げる暖かで泣きたくなるような感情に、私は無意識に胸の前をギュッと掴んだ。


………………あの、魂の色は………。

ああ、間違いない…………。


そうか、私はあの未来の為に今を生きている。

私のやって来たことは、間違いでは無かったのだな…………。


込み上げる感情を大事に胸の中に仕舞い、私は子供達を目を細め見つめた。



「ノワールとキティの母親は私とセレンの学友でもあったソニアなんです。

2人ともソニアに顔立ちがよく似ていて可愛らしくて良かった。

ルイスみたいに武骨な見た目では哀れですからね」


むしろルイスが哀れなその言い方に私は軽く肩を上げる。


「ソニアはパレス伯爵家の出なのですが、母親はあのアマーリエなんです」


少し固くなったエレーヌの声に私は片眉を上げた。


「あのアマーリエとは、あの、か?」


私の問いにエレーヌは固い表情で無言で頷く。


〝あの〟アマーリエとは、前国王であるロイアスのかつての婚約者であったシュタイン侯爵令嬢の事だろう。

罪を問われロイアスから婚約破棄され、ロイアスの親友であるパレス伯爵子息に嫁いだという事だったが………。

そのアマーリエの娘がローズ家のルイスに嫁ぎ、そして生まれたのがあのキティという事か………。


そこまで考えて、私は前王妃であったユリアが若かりし頃に口にしていた、予言めいたあの言葉を思い出した。



『シュタイン侯爵令嬢とパレス伯爵子息にしか紡げない未来があり、その未来が無ければ王国に悲劇が訪れる』



その予言の力から、ユリアが先見の力を持つ最も高い光魔法の使い手だと気付いたのだ。


セレンにも先見の力はあったが、セレンが見られたのは自分に深く関係のある者の事だけ。

正解に言うとほぼ娘であるテレーゼについての事だった。

それにセレンには光属性は無かった。


ユリアは高い先見の力を持つ、光魔法を聖魔法に昇華する可能性を秘めた女性だった。


そのユリアが言っていた、シュタイン侯爵令嬢、つまりアマーリエとパレス伯爵子息にしか紡げない未来とは、まず間違いなくあそこにいるキティの事だろう。

そしてキティが生まれなければ王国に訪れる悲劇とは………。


なるほど、だからエリオットはあんなに確信を持っていたのか………。



セレンを弔う教会の鐘が高く鳴り、ますます泣きじゃくるテレーゼを支えるノワールと、哀しげに一緒に泣きじゃくるキティを見つめながら、私は自分の中の使命を今一度強く心に誓った。


もう、こんな悲劇は起こさせない。

私がこの命の全てを捧げて、あの子達の未来を必ず守る。



「なぁ、セレン、テレーゼはいつか私の所に来るのだろう。

あの子はどんな魔法を使うのだろうな?

何にしても、まずは防護魔法をしっかり教え込まねば。

私の一番弟子が最も苦手だったやつをな」


棺で眠るセレンにそう話しかけると、その口角が僅かに上がったような幻覚を見て、私は片眉を上げ涙と共に笑みを浮かべた………。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「黒髪もお似合いですよ、師匠」


ニッコリ笑っそう言うアレクは、やはりやつれたその顔に無理やりに笑みを浮かべている。


「赤髪では目立ち過ぎるでな。

しかし、エブァリーナとして参列する事も出来ぬゆえ、こうして髪と目だけ色を変えて来たのじゃ」


アレクのやつれた頬に指で触れると、アレクは泣きそうな顔で目尻に涙を滲ませ笑った。


「………セレンの死は俺のせいです。

国王として守らなければいけなかったのに……」


ぐっと喉を詰まらせ震える声でそう言うアレクに、私はゆるく頭を振った。


「いいや、お主のせいでは無い。

セレンとて王家に仕える貴族として、そして魔道士として、覚悟は出来ておった筈よ。

国を守り切り散ったのじゃ。

その名誉を誰かのせいには出来ん。

セレンはそんな人間では無い。

……………それに………」


そこで言葉を切り少し言い淀む私に、アレクは首を傾げた。


「セレンは朧げに、自分の死を感じていたように思う。

ずっと昔からの。

じゃからこそ、先見の夢を見たら私達に話して聞かせておったのじゃろう。

セレンの見る夢は娘であるテレーゼの事ばかり。

自分が生きているならセレンがテレーゼを守らぬ訳が無い。

それが叶わぬとどこかで理解していたから、私達に夢の内容を話して聞かせ、テレーゼの未来を託したかったのじゃろうな」


私の言葉にその場にいた皆がシンッと静まり返り、エレーヌが静かに涙を流した。


「………しかし、セレンは娘の事はソニアの息子達、つまりルイスの息子であるノワールとその世代の子供達が何とかするから、俺達には手出し無用だと言っていました。

託すならもっとしっかり全てを託していた筈です」


アレクが少し不満げに言った言葉に、私は微かに笑った。


「それはセレンの言う通りにするべきじゃな。

私の言っているのはもっと先の事じゃ。

テレーゼの問題をノワール達が解決したその先こそ、私達の出番なのじゃろう。

その時にいつでも手を差し出して助けになれるよう、私達は万全の体制で待っておれば良い」


そこまで言って、私は窓の外に目線を移し、高く青い空を見上げた。


「セレンは、いつか私が宿願を叶える時、自分の子供、つまりテレーゼが力になる筈だと言っておった。

あの時、何故セレン自身では無いのかと疑問に思っておったが、こういう事じゃったか…………。

セレンはテレーゼがこの国の未来に必要な人間だとも言っていた。

テレーゼ達の世代が動き出した時、この国の未来の命運も動き出すのかもしれん。

つまり、鍵となるのはお前達の子供達じゃ」


そう言ってそこにいる皆をグルリと見渡すと、皆が固唾を飲んで厳しい顔になった。


「………今より成長すれば、私の所に連れて来なさい。

王国の命運を揺るがす戦いに身を投じねばならん子供達だ。

私がしっかり鍛えてやろう」


ニヤリと笑うと、私の修行から逃げて怠けてばかりいたアレクが身体を強張らせ、頬を引き攣らせた。


「………あの子達もまた………よりによってそんな時代に………。

師匠の本気度が今までと桁違いに感じるのですが、どれだけ厳しく鍛えるつもりですか?」


わなわなと声を震わせるアレクに、私はクックッと黒い笑いを浮かべた。


「あの子達の世代が私の最後の弟子となるだろう。

この魔法人生の集大成全てを賭けて、しっかりと鍛え抜いてみせるわ」


身を寄せ合って震え出す男どもを呆れた目で見つめながら、エレーヌがニッコリと笑った。


「大叔母様の全力をもって鍛え上げて頂けるなんて、あの子達は果報者です。

どうか遠慮なく、ビジバシとお願いいたしますね、大叔母」


グッと拳を握り期待のこもった目で見つめてくるエレーヌに、私は力強く頷いた。


「うむ、任されよう」


この私達のやり取りに、男どもは可哀想なくらいガクガクと震え上がっていた………。









セレンよ、お前が遺してくれた希望、しかと受け取ったぞ。

私ももう、長くはここには居らぬだろう。

年若いお前が先に逝ってしまった事は、まだなかなか受け入れ難いが、私もすぐにそちらに行くからの。


再会したら、改めてお主には防護魔法を叩き込んでやるゆえ、覚悟しておくんじゃな。




澄み渡る青空を窓越しに見上げ、私はいつまでも枯れぬことの無い涙をまた、頬に流した………。




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