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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴


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EP.89


「……フハッ、フハハハハッ!

し、勝機は我にあり………。

我を覚醒させた者の名を聞いたな?狂眼の魔女よっ!

ならば、教えてやろう。

その名はっ!ニシャ・アルガナはくしゃ……」


そこまで言った瞬間、デズモデーナの首から上が目の前で激しく爆発し、私とセレンはそれをまともに喰らってしまった。



「……ぐっ……がっ……ヌハ、ヌハハハッ、ば、かめ…………魔女………これで…………」


爆破した頭がウゾウゾと集まり、再び形成されている最中、デズモデーナの口がパクパクと動き言葉を紡ぐ。

片方だけ残されていた目が顔に戻ろうとしているところを、グシャリとセレンが片足で踏み潰した。


「あっ、すまない、もう片方も潰れてしまったな」


予想外なセレンの声を聞いたデズモデーナは、慌てたように頭を再生させ、見えない目でキョロキョロと私達の気配を探した。


「そ、そんな………馬鹿なっ!あの、爆発で………無事で済、むはずがないっ!」


まだうまく動かない口をモゴモゴ動かし必死に私達を探すデズモデーナの額にガッと足を乗せ、そのままグリグリと踏みつけながら私は呆れた声で言った。


「馬鹿はお前じゃ。手の内を見せられてからならいくらでも対処のしようがあるわい。

まっ、あの程度の爆破で遅れを取る私達では無いがな。

それでも知らずに喰らっていれば、もしかしたら服の端くらいは焦げていたかもしれん。

やぁ〜〜危ないところじゃったな、セレン」


私が振り返りそう話しかけると、セレンはん〜〜と考えながら首を捻った。


「私は攻撃魔法に全振りですから、結構な致命傷を受けていたかもしれません」


平気な顔でケロッとそう言うセレンに、私は急激に頭痛に襲われ眉間を指で押さえた。


「じゃから、防護魔法をもちっと鍛錬せぬかとあれほど………」


私の弱々しい声を聞いて、セレンはシュンとして縮こまった。


「………すみません、師匠……」


一応は反省したらしいセレンをとりあえず溜息で諫めながら、私はデズモデーナに向き直った。


「さて、お主を魔族に覚醒した者の名、しかと聞いたぞ。

ニシャ・アルガナ伯爵。

その者は帝国で魔族に覚醒した男の名じゃ」


私の言葉にデズモデーナは焦ったように口をパクパクさせた。


「そんなっ!奴は魔族だなんて言わなかったぞっ!

魔族信仰をしている魔族研究者だと言って、魔族に覚醒しうる者に仕えるのが我が使命と、命を全て捧げて我に魔力を注入したのだ。

それだけ崇拝されるなら、引き換えに舌に呪くらいは許してやろうと、我は……」


唖然とした様子のデズモデーナに私はふーヤレヤレと肩を上げる。


「奴に謀られたのよ。

死んだふりくらいは朝飯前だろうて。

奴とて魔族として覚醒してまだ60年ほど。

魔族の中では最弱の部類じゃ。

とはいえ、この私から今まで逃げおおせるだけの知恵は持っておる。

奴の強みは、人をまだ理解出来ておる事にある。

ゆえに人を操る事に長け、人を惑わし罠を張り、私から逃げ惑っておる。

つまり貴様を使って私をここに誘導している間に、また遠くに逃げたのであろう」


………ニシャ・アルガナめ……。

今度はどこに逃げようというのか。

私を帝国から離したのは、つまり帝国に舞い戻り潜伏する為か……?

いや、奴がそんなリスクを選ぶ筈がない。

まず間違いなく、奴は2度と帝国には戻らんじゃろう。

では、帝国を通らねば行けぬ土地………。


隣国アインデル王国はあり得ぬ。

あそこは大聖女の加護厚き土地。

そのような場所で魔族が生き延びる術など無い。


………で、あれば。

北の大国か。


これはちと、面倒な事になりそうじゃぞ。


考え事をしている私の真下で、デズモデーナの啜り泣く声が聞こえてきた。


「………うっ、グス……我はアイツを信じて魔族にまでなったのに……。

魔族になってもなかなか魔獣や魔物を生み出せず、数体の魔物を連れて国に反旗を翻したものの上手くいなされてしまい……。

あの独立自治区を明け渡されただけでお茶を濁され。

だから我は苦労して魔獣や魔物を増やし、国を蹂躙すべく虎視眈々と狙っていた。

魔族の配下になどなりたく無いと逃げ出した者を、国が無理やり拉致したのだろうと言いがかりをつけ、魔獣魔物を従え城を襲い、やっとあの玉座を手に入れたというのに………」


目玉の無い空洞から体液を流し、デズモデーナは泣き続けた。


本来であれば魔族になど堕ちる必要の無い人間であったのだろう。

闇属性とはいえ、魔力は弱く、放っておいても問題の無い人間であった。

それをニシャ・アルガナは無理やりに魔族に堕としたのだ。

それこそ、人の心理をつき、デズモデーナが全てに虚無になるように誘導し、自らの魔力を注入して新しい魔族を誕生させた。


新しく作り出すという感覚は、奴にまだ人の思考が残っている証拠じゃ。

魔族としては若い部類に入ろうとも、奴とて魔族に堕ちて既に60年………。

人としての感覚などとうに失っていてもおかしく無いというのに。

それだけニシャ・アルガナは魔族としてイレギュラーだと言える。

予想外に人の心をまだ理解しているゆえに、私から逃げ仰せている。

奴が人であった頃の自分に縋り付く理由はたぶん、その一点のみ。


私から逃げ回る為だ。


小癪な奴よ、元々が頭のキレる奴じゃったからますますタチが悪い。


「残念であったな、デズモデーナよ。

あの者になど目をつけられなければ、普通の人として生きていけたであろうものを。

せめてもの慰めとして苦しまずに逝かせてやろう」


私はそう言うとデズモデーナの額から足を退け、代わりにそこに手を当てた。

そこからデズモデーナの血液が抜き取られ、黒く丸い球体となって空中に浮かぶ。


「……………本当に………苦しく……無い…………」


最後の呟きと共に、デズモデーナは塵となってサラサラと空気に舞って消えた………。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






「それにしても師匠、良かったのですか?

一国を滅ぼしてしまって」


私の山小屋に戻りお茶をしながらセレンが小首を傾げた。

その大して心配はしていない様子に、私は片眉を上げる。


「まっ、良くはないが、良いじゃろう」


私はお茶を一口啜ると、なんて事ない様子で答える。


「あの国に着いてすぐに土地の記憶を読んでみたが、碌でもない国じゃったからな。

移民を甘い言葉で誘き寄せ、奴隷以下の労働力として利用しておった。

まぁ、それで移民に反旗を翻され、独立自治区として移民の居住スペースを認めた訳だが、そこへタイミング良く魔族が現れ国を差し出せと言ってきたもんじゃから、その独立自治区を譲り渡し、知らん顔を決め込んでいたのじゃから、同情の余地はないの」


呆れ顔の私の説明にセレンも同じように呆れ顔でヤレヤレと肩を上げる。

その反応を見ながら私は再び話を続けた。


「結局、魔族の統治から逃げ出した移民達が難民となり、それを逆手に取られて魔族に国を蹂躙されてしまったがな。

そうなると国民はいの一番に国を捨て逃げ出したのじゃから、あの国の王家の人望の無さよ。

貴族まで逃げ出した後で、王族や主要貴族は地下牢に繋がれておった。

奴らと共に哀れな移民達も帝国に送ってやったゆえ、新しい土地で生きていけよう。

王族も今やただの移民となった訳じゃ」


カッカッカッと笑う私を見て、セレンはへぇっと大して驚いた様子も無かった。


「あの国が、いくら小国とはいえ人の気配がほとんど無かったのはそういう事でしたか。

お陰で周りを気にせず暴れられました。

それにしても、デズモデーナを作った魔族、ニシャ・アルガナはどこに行ったのでしょうね?

師匠の隙をつき帝国に入ったにしても、今は既にその気配は無いですし。

我がアインデル王国に住み着くのも無理でしょう。

何せアインデル王国は大聖女様の加護で守られていますから。

魔族など息も出来ない筈です。

で、あれば………?」


そこで言葉を切ったセレンに答える代わりに、私はコツコツと机を指の爪で叩いた。



「…………北の大国であろうな。

魔族である事は隠し、あそこで次のよからぬ謀でも企てておるのだろう。

ニシャ・アルガナめ、私からいつまでも逃げおおせると思うなよ。

奴が最後の魔族になるよう、他の魔族を狩り尽くしてやるわ。

そうすれば奴も焦って必ず尻尾を出す筈じゃ」


ケッケッケッと悪い顔で笑う私に、セレンはキラキラした顔をした。


「流石です、師匠っ!魔族狩りには是非私もお供いたしますっ!」


そう食い気味に迫ってこられた私は逆に若干引きながら、ふとセレンについて気がかりに思っている事を口にした。


「ところでセレン、まだ夢は見るのかい?」


私の問いにセレンはんっ?という顔をした後に頷いた。


「はい、たまに見ますよ。

婚姻相手の顔などはやはりハッキリしませんが、大事な存在の夢を見ます」


セレンは先見の才能があり、たまに未来を夢で見る。

力自体は強いものではなく、ハッキリと詳しい夢までは見ないものの、繰り返し同じ夢を見ると言う。


「たぶん、私の子供だと思うのですが、その子は我が国にとって重要な人間になるようですね。

師匠の宿願にも関係するような気がします」


セレンの言葉に私はうむと頷き、コツコツと爪先で机を叩いた。


セレンの子供であれば魔力量は常人を超えるじゃろう。

魔法の才能もある筈じゃ。

その子が成長して後に私の力になってくれるとしたら、今から15年から20年後の未来、だとして………。

不思議なのは何故セレン本人では無く、子供についての夢を見るのか。


確かに先見とは自分の事は見えにくいものだが………。


セレンの見る先見の夢の内容は大きく分けて三つ。

決まった相手と婚姻して授かる子供だけが、未来のアインデル王国を守る重要な役目を負う。

その子には大きな試練が降りかかるが、その世代の子供達に任せるしかない。

そして、その子は必ず私の元を訪れる。


そんな曖昧な未来など気にせず、セレンには自由に婚姻相手を選んで欲しいが、何故かそこだけはセレンは譲らない。


セレンは一人娘ゆえ、将来はエクルース女伯爵となる事が約束されている。

よっぽどの事がない限りセレンが廃嫡される事は無いだろう。

未来の婿の能力次第ではその者にエクルース伯爵位を譲るかもしれないが、エクルース家はそもそも、代々優秀な魔導士を輩出する家系。

本家の後取りであるセレンが魔法の天才である以上、婿に伯爵位を譲る必要も無い。


つまりセレンは女性ではあるが、自分で婚姻相手を選ぶ立場にあるという事だ。

貴族である以上政略結婚は免れないが、それでも少しくらいは自分の意見を通せるというのに、セレンは顔も分からない、先見の夢で見る相手を婚姻相手にすると既に決めてしまっている。


それは何より、国の為に、そして私の宿願の為に………。



「………のぅ?セレンよ………。

私にも多少先見の力があるが、それで自分についての物事を決めた事は一度も無い。

そのような力は参考程度だと思った方が良いぞ。

自分の人生をその力に捧げる必要は無いのじゃぞ?」


机の上でセレンの手を握り、心配そうにその顔を覗き込む私に、セレンはこちらが呆気に取られる程に悠々たる笑顔を浮かべた。


「いえ、師匠、私は早くその子に会いたいくらいなのです。

これまで私の関心ごとと言えば、いかに自分の攻撃魔法の練度を上げるか、くらいでしたが、あの夢を見るようになってからは、もう私はあの子に夢中なんです。

夢の中であの子の側にいると、想いが湧き上がってきてそれはもう愛しくて、いつも起きた時には涙がでているんです。

信じられますか?この私が涙を流すなど。

きっとあの子は私にとってそれほどの存在なのです。

ですから私は先見の夢に自分の人生を左右されているつもりはありません。

あの子をこの世に生み出す事。

それこそが自分の使命で、そして何にも変え難い幸せになるでしょう。

あの子の事以外はハッキリと見えませんが、それはあの子以外に必要なものなど無いからです。

実は私は楽しみにしているんです、あの子に会える事を、本当に心から」


その強く穏やかな眼差しに、私は気掛かりであった事が胸から消えていくのを感じた。


セレンがそう言うのなら、本当にそうなのだろう。

元々自分の事には無頓着な性分であるセレンなら、自分の婚姻相手など家族の者に丸投げして適当に済ませてしまっていただろうし。

それを考えるとまだ、先見の夢で見る相手とは言え、自分で選んだ相手と子を為した方が良いのかもしれん。


願わくば、その相手が善良な者であれば良い、とは思うが。


「お前さんがそう言うなら、まぁ良いが」


私がそう答えると、セレンはニコニコと笑っていた。



………ただ、どうしてもまだ気になる事は残る。

それは、何故セレンの子供なのか、という事じゃ。


セレン程の才能の持ち主が既にいるというのに、私の宿願の力になる者が何故そのセレンでは無く、子供の方なのか。


王国に危機が迫れば、まず間違いなくセレンは前線に立つ事になるじゃろう。

であれば、エクルース家を守る為、その子供は王都に留まる筈じゃ。

だが、セレンの言いようではその子供こそ、最前線で戦うように聞こえる。


………それはつまり、その子供の能力がセレンを超えている、という事であろうか?


そこまで考えて私はう〜むと唸りながら首を捻った。

このセレンを超える能力の持ち主とは………。

ちと、とんでもないの。


将来そのような弟子がまた出来るかもしれないと思うと、正直楽しみで仕方ない。



まだ見ぬ未来に思いを馳せながら、私達は向かい合って穏やかな午後のお茶を楽しんだ。




………ちなみに、私はこの後、一国を滅ぼした事をレイ並びに各方面から散々怒られる事になる………。

更にちなみに、私の武勇伝として王国の一部の者に話して聞かせたセレンも同じ運命を辿る事になった……。




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