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仮面公爵と赤髪の魔女  作者: 森林 浴
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EP.8


「駄目だっ!」


私の話を聞いたお父様は、厳しい顔でそれだけ言って、じっと私を睨みつけた。


あらあら、困ったわ。

木偶の坊のボンクラのくせに、私の行く道を閉ざそうだなんて、本当に困ったさんなお父様。

これは少し痛い目に遭わせた方がいいのかしら?


私はわざとらしくビクリと体を震わせ、プルプルと震えながら怯えた顔でお父様を見つめ返した。

もちろん、瞳には涙をいっぱいに溜めて。


その私を見たお父様は慌てたように自分の執務机から立ち上がり、私の所まで駆け寄ると、目の前で床に片膝をついて大きな手で私の頭を撫でた。


「大きな声を出してすまなかった。

しかし公爵家の令嬢であるお前が、市井に降りて民に治癒を施すなど、いくらお前が光魔法が使えるとはいえ許可は出来ないのだ」


オロオロと私の顔を覗き込むお父様。

私はそのタイミングで瞳に溜めた涙をポロポロと流して、ヒックヒックとしゃくり声を上げた。


「ああ、イブ、私の可愛いイブ。

泣かないでおくれ………」


ますますオロオロとするお父様に、私は内心舌を出しながら、か細い声を出す。


「……ヒック、わ、私は……貧しい方々が病気や怪我になっても医者や治癒師にかかれないと聞いて……私は希少な光魔法が使えて、教会にも属していませんから、私なら皆様を助けてあげられると、エッグ、ヒック、お、思ったんです………ええ〜〜ん」


ポロポロと涙を流しながら本格的に泣き出した私に、お父様はもうどうしたら良いのか分からずオロオロするばかり………。


うふふ、少しは痛い目を見せてあげられましたかしら?

この私の行動を邪魔しようだなどと、100年早かったですわね、お父様。


私が何を言って、最初お父様があんなにお怒りだったのかは先程お父様が仰った通りです。

この帝都は栄えて華やかな場所ではありますが、反面貧富の差の激しいところでもあります。

市井になれば更に貧富の差があり、貧しい地区、いわゆる貧民窟に暮らす方々は医者に払うお金も無く、もちろん教会に寄付するお金もありませんから、病気や怪我をしても何も出来ず、運が悪ければそのまま命を落としてしまう事も………。

悲しい事に、どこにでもそのような悲劇は存在していますが、今の私は帝国の中でもトップの権力と財力を持つ家の令嬢。

更に光魔法の治癒まで使える身ですから、貧民窟の改革をしてみてはどうかしら、と思い至った訳です。


貧しい人を放ったらかしにしたままでは、健全な国とは言えませんからね。

将来、どんな形であれこの国を動かす一柱となる私としては、貧民窟の現状は見過ごせない問題の一つでもあります。


……それと、市井に降りたいもう一つの理由は、前世を共にした夫の存在です。

貴族については抜け目なく全て調べ上げましたが、彼の生まれ変わりだろう人間は残念ながら見つける事が出来ませんでした。

そこで彼が平民に生まれ変わっていると仮定して、市井での捜索を始めようと思った訳ですが、私はどうしても不自由な身。

気軽に市井に近付く事は出来ません。


体の成長を待って、赤髪の魔女の姿で彼を探そうかとも考えましたが、やっぱりそれまで待てそうもありませんし。

それに彼に初めて会う時は、本来のこのエブァリーナの姿で会いたいのです。


これから成長すると共に、私の自由は更に少なくなっていくでしょう。

貴族令嬢に生まれた枷というものです。

それを打開する策として、イブ2号ちゃんと赤髪の魔女を思い付きましたが、通常運用するにはまだまだ時間が掛かりそうですし、とにかく今の私でも出来る範囲で彼の事を探したいのです。


そんな私の乙女心のゆく手を邪魔するなら、例えお父様でも容赦は致しませんわ。

幼い娘の涙にどれだけ耐えられるか、見ものですわね、お父様。


え〜んえ〜んと泣きじゃくる私にオロオロするばかりのお父様。

その現状を打破してくれたのは、私にお願いされて一緒にお父様の執務室に同行していたお母様だった。


「ねぇ、スペンス?イブが貴方にお願い事だなんて、初めての事なのよ?

それに、イブの言っている事は大変崇高で素晴らしい考えだわ。

確かに、貧しい者には慈悲が必要ですもの。

それは私達高位貴族の義務でもあるのですよ?

公爵家の幼い令嬢であるイブが、治癒魔法で彼らを癒す活動を始めれば、他の貴族達が貧民窟に注目するきっかけにもなりますわ。

皆が貧民窟の救済に動き出すでしょうね。

貴族は美談に弱く、そこに自分の身も置きたがるものですから。

きっと貧民窟救済は貴族の間で流行になりますわよ」


お母様の穏やかな声に、お父様は目を見開きゴクリと唾を飲み込むと、冷や汗を流した。

きっと頭の中で葛藤しているのでしょう。

であれば、再考してくれる余地があるという事です。


そこに、まるで最後の一押しをするかのように、お父様付きの筆頭執事が、和かに笑いながら口を開く。


「誰もやりたがらない事をなさったお嬢様は、皆に崇められ讃えられることでしょうな。

お嬢様の優しさと清らかさは直ぐに帝都中に広がることでしょう。

小さな天使を帝国民が口々に褒めそやす姿が目に浮かぶようです」


フォッフォッと笑う妙齢の執事に、お父様は目を見開き、ややしてほんの僅かに口角を嬉しげに上げた。


「んっ、ゴホン。確かに、イブの素晴らしさを皆が知るには良い機会かも知れぬ……。

光魔法の鍛錬にもなるだろう。

分かった、許可しよう」


わざとらしい咳をしながらお父様がそう言った瞬間、私はパァッと笑顔になって、お父様に抱きつきとどめを刺しにかかった。


「ありがとうございます、お父様っ!

お父様、だ〜〜いすきっ!」


無邪気な私に抱きつかれて、お父様はとうとうデレっとその顔を崩した。


落ちましたわね。

ふっ、他愛無いものですわ、お父様。


「しかしっ、護衛はしっかりとつけて、絶対に1人にはならない事、それが条件だ」


デレデレとした自分の顔を片手で隠しながら、お父様は念を押すようにそう言った。

私は小首を傾げ、可愛らしく片手を上げながら、子供らしく元気なお返事で返す。


「は〜〜いっ、お父様っ!」


その私にますますデレっとするお父様を、お母様がクスクス笑いながら見ている。

好々爺然とした執事も微笑ましげに眉毛を下げていた。


……まぁ、正直、護衛だなんで邪魔でしかありませんけど。

あのお父様から許可が出た事を良しとしてここは言う通りにしておきましょう。

護衛などいざとなればどうとでも出来ますし、ね?



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「次の者」


お父様に付けられた護衛の1人がドアの外に声をかけると、小さな赤ん坊を抱いた母親が遠慮がちに部屋の中に入ってきた。


「……あ、あの……もう2日も熱が下がらなくて……乳も飲まず……このままではこの子は……」


オズオズとそう言う母親に私は座っていた椅子から立ち上がると、慌てて駆け寄り赤ん坊の額に手を当てた。


「まぁ、大変だわ、かなりの高熱ね。

さぁこちらに早くかけて下さい」


そう言って私の椅子の前に置かれた椅子を指差すと、母親はギュッと赤ん坊を抱いて、どうすればいいか分からないという表情になった。

瞳の奥に戸惑いと恐怖が浮かんでいる。


「あの……でも私は……その、お金が……治していただいても、治癒師様にお払いする、お金が……」


我が子に迫る危機と、どうする事も出来ない現実に、母親の瞳に涙が浮かぶ。


「お金なら大丈夫です、一銭もいただきませんよ。

ご覧の通り私は光魔法が使えるとはいえ、まだ幼い身。

光魔法の鍛錬の為にこうして実践を重ねさせて頂いているだけですから。

未熟な私の治癒で良ければ、どうかその子にかけさせて頂けませんか?」


母親を下から見上げて懇願すると、母親はポロポロと涙を流しながら、私が示した椅子に座ってくれた。


「ありがとうございます……お嬢様のように高貴な方が、まさかこのような場所で無料で治癒を施して下さるなんて……人に聞いても信じられなくて」


私は母親の目の前の椅子に座り直すと、赤ん坊の額に再び触れて、そこに治癒の力を流し込んだ。

パァッと金色の光が私の手から放たれ、赤ん坊の中に吸い込まれてゆく。

ややして、熱で真っ赤だった赤ん坊の顔色が戻っていき、ぐったりとしていた体に力が戻って、目をパチパチさせてキャッキャッと笑い声を上げた。


「もう大丈夫ですよ。流行性の悪い風邪だったようですね。

しっかり水分をあげて、体を拭いて清潔にしてあげて下さい。

表の炊き出しの側で衣服や綺麗な水も配っていますから、赤ちゃんの分と貴女の分、他にも家族がいるなら書類に記名して、遠慮なく受け取って帰って下さいね」


ニッコリ笑いかけると母親は安心したように赤ん坊を抱きしめ、ボロボロと涙を流した。


「……あ、ありがとうございますっ!

貴女様は天使様ですっ!この子を助けて頂いて、本当にありがとうございますっ!」


我が子の命は自分の命より重いもの。

私には目の前の母親の気持ちが心から理解出来ました。

彼女が勇気を出してこの診療所に来てくれて本当に良かった。


お父様から許可を頂いて直ぐに動き出し、あれから3ヶ月が経ちました。

貧民窟の現状は酷いもので、不衛生な環境に栄養不足の人々。

家も無く道端で暮らしている者も珍しく無く、食べる物もなく朽ち果てた人からも、ボロ切れのような衣服を剥ぎ取る人もいて……。


流石にこの帝都の中にこのような場所があって、しかもそれを国が半ば見捨てているような現状を看過する事は出来ません。

私は直ぐに簡易的な診療所を建て、炊き出し場所に衣服や水の提供、それに公衆浴場を建て、まだ動ける人間に仕事としてそれらを手伝わせて賃金を払う事で、人らしい生活を立て直してもらう事にしました。


まだ3ヶ月では全ての人の生活は向上しませんが、少しづつ人間らしい生活に近づいていっているところです。


診療所は連日大賑わいではありますが、何せ教会に頼めば高額な寄付金を求められる光魔法の治癒が無料で受けられるという話を、皆が素直に信じてくれる訳ではありません。

初めてここを訪れる人は、さっきの母親のように疑心暗鬼になっている人も珍しくありませんでした。

そこで私のこの年齢が、思いの外役に立ってくれています。

まだ幼い身の拙い治癒だから無料で受けられるのだと、納得してもらえる良い体裁になっています。


この3ヶ月の内に誕生日がきて6歳になった私ですが、もちろんまだ子供ですから、皆それで納得して私の治癒を受けてくれています。


これが普通の街であれば、子供のごっこ遊びと相手にもされないでしょうが、私のような子供でも何でもいいから治療をと求める程、この街の人間は困窮しているのです。


先程の母親と赤ん坊を見送った後、俄かに廊下の方が騒がしくなり、何事かと私付きの護衛達が一気に警戒を強めました。

私がその護衛達に軽く手を上げ警戒を解かせた時、1人の大柄の男性を3人がかりで引き摺って、複数の人々が部屋に雪崩れ込んできました。


「天使様っ!お願いしますっ!この方を見てやって下さいっ!」


声を上げたのは私も顔をよく知るこの街の若者。

比較的体力がある方だったので、他の動ける人間を集めてもらい、この簡易診療所や簡単な湯浴みが出来る大衆浴場の建設、炊き出しや配給の手伝いなどを取りまとめてもらっています。


「まぁトリス、どうなさったの?」


彼と他の者に抱えられた大柄な人物は、筋骨隆々のしっかりした体躯をしているけれど、顔色が悪く、立っているのもやっとという様子だった。


「この方はクライン男爵といいます。

騎士団に所属されていて、男爵の称号を与えられた時に、この地区の監視官として任命された方です。

俺達が今までギリギリ生きてこれたのは、この方が国に掛け合い、何とか配給をもぎ取ってくれていたからなんですっ!

それに、あらゆる手を使って木材を確保してくれて、屋根のない者に1人でバラックを建ててくれたりと、俺達を助けてくれていたんですっ!」


その若者、トリスの話に私は内心なるほどと頷いた。

確かにこの場所は目を覆いたくなる程の惨状だったけれど、所々に有り合わせの木材で一時しのぎ程度のバラックが建てられていたり、トリスのように何とかまだ働ける者がいたりしたのは、このクライン男爵のお陰だったのね。


「立派な御仁ね。体調が悪そうだわ、早くこちらへ」


私が自分の目の前の椅子を指すと、クライン男爵は慌てたようにトリス達の手を振り払い、背を伸ばして騎士の礼をとった。


「とんでもございませんっ!アルムヘイム公女様。

私なら、全くもって健康です。

私のような者にアルムヘイム公女様の崇高な治癒を受ける資格はございません。

そのお力はどうか、他の病める者の為にお使い下さい」


流石に騎士、今にも倒れそうな顔色なのに、足元さえふらつかせず、ビシッと背を伸ばし騎士の礼を崩さない。


「あらあら、そうですか?

私にはとてもそんな風には見えませんけど。

困りましたわね………イザーク、彼をこちらに」


ニッコリ笑って護衛騎士に命じると、お父様の私兵隊1番隊長でもあるイザークが恭しく私に礼をした後、無言でクライン男爵にツカツカと近付き、目にも見えない速さでその鳩尾に拳を入れた。


「グッ………」


小さく呻き前のめりになったクライン男爵の足を素早く払い、その巨体を軽々持ち上げると、また無言でツカツカと私の所に戻ってきて、ドカッと椅子に座らせる。


その一部始終を目をパチクリさせて見ていたトリス達を尻目に、私はクライン男爵の首筋に手を当てた。


「……ウグ……なりません、アルムヘイム公女様……私は見ての通り卑しい身……貴女のお手が私に触れるなど……」


イザークの一発を受けながら意識を飛ばす事なく、体調も悪いというのにまだ喋れるクライン男爵に感心しながら、私は彼にニコリと笑いかけた。


「先程から気になされているのは、貴方が獣人である事でしょうか?」


苦しげに息を吐きながら、クライン男爵は頷いた。


入ってきた時から、彼の容姿はしっかりと見ていました。

頭の上に黒い耳、それにお尻の後ろから生えている黒い尻尾。


「貴方は黒豹の獣人ですね。

誇り高い黒豹族の戦士が、先程から何を気にしているのです?」


ニコニコ笑う私に、クライン男爵は驚いて目を見開いた後、フルフルと力無く頭を振った。


「確かに私は黒豹の獣人ですが……この帝国では蔑まれる存在でしかありません。

戦闘力を見込まれ……一等兵から戦に参加し、戦歴を評価して頂き騎士の称号ばかりか……先の戦での功績を認めて頂き………男爵の位まで戴きましたが、獣人である事には変わりありません……。

この国で最も高貴な貴族であるアルムヘイム公女様に触れて頂くなど、私の首が飛んでも文句も言えないのです……」


途切れ途切れに、でもしっかりとした眼光でそう言う彼に、私は光魔法で彼の体の病んでいる部分をスキャンしながら、ふふっと笑い返した。


「獣人族も人族も同じ人間です。

貴賤などありませんわ。

貴方が先程から気になさっている事は、どれも私にとってくだらない事ばかりですのよ?」


ニッコリ微笑む私に、クライン男爵は目を見開き驚いたように息を呑んだ………。





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