EP.86
「改めて、久しいの、ロイアス殿下……いや、今は国王であったか」
愚弟達4人は密かに貴族牢に連れて行かれ、密談に使用していた部屋には私達と国王だけが残った。
「帝国の魔女殿……この度は私の不甲斐無さが招いた厄介ごとの後始末にご尽力頂き、かたじけない」
一介の国王が正体不明の魔女相手に頭を下げられるのも、この場所が非公式な場であるからゆえ。
私はそのロイアスに向かって片手でその行動を制し、やれやれと肩を上げた。
「いや、私は弟子達に言われてノコノコ顔を出しただけじゃ、気にするでない。
お主も色々と大変じゃったの、ユリア嬢の事、大変残念に思う」
私の言葉にロイアスは傷付いたような表情で言葉に詰まり、その瞳に悲哀の色を浮かべた。
その様子に、ロイアスが未だユリア妃の死から一歩も立ち直れていない事が窺い知れた。
「………ユリア嬢とはこれまた懐かしい呼び名ですな………。
貴女と話していると、まるで時が戻ったかのようだ………。
あの時、私が貴女の言う通りに、ユリアに聖女となる事を許していれば………。
いや、過ぎた事を悔やんでも詮無きことよ……。
魔女殿、貴女は先程、ダリウス達の為に力を貸してくれたように言っていたが、真に助けられたのはこの私だ。
やはり礼を言わせて頂きたい」
そう言ってまた頭を下げるロイアスに、私は困ったように眉を下げた。
それに気付いたダリウスが兄の肩を抱き頭を上げさせると、気遣うように微かに笑った。
「兄上、魔女殿は堅苦しい事がお嫌いなのです。
今回の事も、魔女殿にとっては片手間にお力を使っただけの事。
魔女殿の気にするなという言葉は、そのままの意味なのですよ」
兄を気遣うダリウスからは、ロイアスへの尊敬の念が感じ取られる。
本当に、このロイアスという王は、その王としての資質のみで言えば、何の文句も無い賢王であるのだろう。
「そうそう、ダリウスの言う通りじゃ」
ニコニコと笑う私にロイアスはホッとしたように胸を撫で下ろしたが、私の目から逃れるようにスッと視線を外した。
あの時私の提案を退け、ユリア妃の聖女としての未来を握り潰した事への罪悪感があるのだろう。
代わりにロイアスがユリア妃に与えた〝陛下〟という身分は、結果的に彼女の苦しみを増しただけだったのだから。
その贖罪を抱え、ロイアスは未だ苦しみの中にいる、というところか………。
まったく、難儀な男じゃの、こ奴も。
「………大公閣下が全て不問にして既に国へ帰られたそうだが、私から改めて陳謝の手紙を送らねばなるまい」
私からスッと視線を外したまま、ロイアスがダリウスにそう言うと、ダリウスは静かに首を振った。
「いえ、その必要はありませんよ、兄上。
大公閣下は全てご存じで私達の力になって下さったのです」
そのダリウスの言葉に、ロイアスは目を見開き驚いた顔をした。
「なんと……それはどういった意味だ?」
そのロイアスにダリウスはチラリと私を見て、ニヤッと笑った。
「全て魔女殿、私達の師匠の計画だったのですよ。
大公閣下がアレクシス殿下に見えるよう、奴らに幻術魔法をかけたのは師匠ですから」
ダリウスの言葉にロイアスは驚愕した様子でやっと私の顔を真っ直ぐに見つめた。
「あの幻術魔法を魔女殿が……一体、何の為に?」
動揺した様子のロイアスに私はヒョイと肩を上げ、なんて事ない様子で話し始めた。
「なに、丁度エブァリーナもこちらに来ていたのでな、奴らを捕えるための芝居に協力してもらったのじゃ。
他国の要人に刃を向けたとなると、奴らももうクーデターどころでは無くなる。
奴らの言う正統なる継承権とやらも、今後二度と主張出来んじゃろう。
加えて、自分達が幻術魔法までかけられて利用されて嵌められたのだとなれば、前国王の血筋である自分達を担ぎ上げようとする輩に二度と近付かんじゃろうし、おいそれと人を信用も出来なくなるじゃろうしな。
世の中には王族である自分達でさえ手駒にしようとする性悪な人間がおると、あ奴らには良い勉強になったじゃろう」
カッカッカッカッ!と胸を逸らして笑う私を、ロイアスは目を見開いて信じられないとでも言いたげに見ている。
そのロイアスの肩をポンポンと叩き、ダリウスが諦めたように首を振った。
「兄上、師匠はこういう方なのです。
やるなら一挙両得に、というやり方を好む方です」
やれやれといった様子のダリウスをロイアスが目をパチクリさせて見ている。
「お前達の師匠殿は、大した御仁だな」
ロイアスが一応の賛美を口にした瞬間、ノックも無しに部屋が開かれ、そこからアレク坊やが姿を現した。
「やぁやぁ、師匠、お疲れ様です。
無事にクーデターを鎮圧くださり、ありがとうございました。
あっ、クーデターなど最初から無かったんですよね?
いやぁ、流石師匠っ!」
ヘラヘラ笑いながら私に向かって親指を立てるアレク坊やに、私も親指を立てて返した。
「なに、これくらいは朝飯前よ。
まっ、表面上は無かった事には出来たが、分かっておる者には分かっておる。
ダリウス達は秘密裏にこの国の内乱を鎮圧した英雄となるであろうな。
さて、国王ロイアスよ、最後の始末はそなたが着けねばならぬぞ?」
ニヤリと笑う私に、ロイアスは生真面目な表情で深く頷いた。
「そうですな、こ度の内乱に関わった者でまだ王位継承権を有している者達からはその継承権を剥奪し、一貴族に降ってもらおう。
あの4人については更に保有している貴族位も剥奪の上、王家の所有する領地へ更迭、そのまま生涯蟄居してもらう。
私の最後の温情も、奴らには届かなかったのだから」
そう言って少し悲しげに顔を伏せたロイアスに、アレク坊やが不思議そうに指を顎に当て首を傾げた。
「んっ?温情?まさか奴らを唆した人間の名前でも言わせようとしました?
国の為にとその名を明かせば、もう少し寛大な処置にしようとでも?
無理無理無理、父上、それは無理というものです。
奴らは貴族派、つまりゴルタールに実質人質を取られているようなものですから。
妻や子、母親、恋人、などなど、それぞれに大事な人間を懐柔されているんですよ?
その名を出せばその人達がどうなるか分かったものじゃない」
いやいやと顔の前で手を振るアレク坊やにロイアスはハァッと溜息をついた。
「分かっておる、だがそれを犠牲にしてでもこ度の内乱を誘導した人間の名を、我が国の未来の為に口にする気概が奴らにあれば……と僅かな希望を抱いただけだ」
残念そうに首を振るロイアスに、アレク坊やが弾かれたように笑い声を上げた。
「アッハッハッハッハッ、本当に父上は夢想家でいらっしゃる。
まぁ腹違いとはいえ弟ですからね、手心くらいは加えても良いんじゃないですか?」
そう言いながらもその瞳の奥をギラリと光らせるアレク坊やに、ロイアスは諦めたように首を振った。
「いや、奴らの蟄居は決定だ。
どうせ手心を加えて多少の自由を与えたところで、お前がまた何事か画策して奴らを表舞台から引き摺り落とすのは目に見えておる」
ロイアスはそう言って今にも頭を抱えたそうな様子だった。
「嫌だなぁ、人聞きが悪い。
それじゃまるで、私が彼らに何かしたみたいな言い方じゃないですかぁ」
ヘラヘラ笑うアレク坊やを横目でチラリと見て、ロイアスは眉間を押さえた。
「こ度の内乱自体はゴルタールが何年も前から計画してきたものであろうが、エリオットが産まれたこのタイミングで仕掛けてきたのは、アレクシス、お前が誘導したものだろう?
貴族派の中に使える手駒でも忍ばせておったか?
その者に今が好機と騒がせでもしたのだろう」
頭痛でもするのか眉間に皺を寄せるロイアス。
だがアレク坊やは相変わらずヘラヘラと平気な顔で笑っていた。
「父上、それは考え過ぎですよ。
例え私がそのような者を飼っていたとしても、ゴルタールをこのタイミングで動かせたとは限らないじゃないですか。
来るならこのタイミングかな〜〜、くらいにしか思っていませんでしたって」
そこまで言って言葉を切り、アレク坊やはヘラヘラ笑うその瞳の奥を鋭く光らせた。
「ですが、無駄に繁った枝は剪定しないと。
幹まで痩せ細り衰えるとは思いませんか?父上。
彼らが王族であり王位継承権を有する以上は、その生活は国庫で賄われるのですよ?
その財源は国民から預かる尊い税に他ならない。
無駄なものにまで栄養を与え続けるなど、その税を納め続けている国民が納得しますかね?
お祖父様が増やし過ぎた枝を、私がちょっと剪定しただけの事。
王族の問題は同じ王族で片付けねばなりますまい?」
平気な顔でそう言うアレク坊やにロイアスはついに頭を抱えてしまった。
それも無理はないじゃろう。
アレク坊やはゴルタールの企みを逆手に取って、王位継承権を有する限り国庫から年間予算が賄われる叔父叔母達を根絶やしにしてしまったのじゃから。
既に婚家に嫁いでいる叔母達にまで年間予算が支払われ続けている無駄を、このアレク坊やが良しとする筈が無いのじゃ。
「一体………お前は誰に似たんだか………」
力無いロイアスの呟きにアレク坊やはハハハッと笑った。
「母上以外にいないでしょう?」
そのアレク坊やの返答にロイアスが目を見開いた。
「何を馬鹿な事を、ユリアはお前のように裏で謀をするような人間では無い」
ロイアスの反論をアレク坊やはハハッと鼻で笑う。
「確かに、母上には力も人脈も腹黒さもありませんでしたが、王位継承権を有する者を廃そうという考えは母上のものですよ。
もちろん、その理由も私と同じ。
国民の尊い税の無駄遣いに我慢ならなかったからです。
よく考えて下さい、父上。
私達王家以外に、16人もの人間に法外な年間予算を払い続けてきたんですよ。
その年間予算を返還したダリウス叔父上はまぁ別としても、これじゃあちょっと多すぎる。
国民の負担を考えれば、ダリウス叔父上のように予算の返還をする者がもっといても良い筈だ。
それなのに成人してなお、まるでそれが当然の事と彼らは受け取り続けた。
だから母上は、彼らに呼びかけ続けたのです。
これ以上国民の負担となる事は、本来彼らの生活を守るべき王族のやる事では無い。
王位継承権を放棄し、自分の身は自分で立てるべきだ、とね。
母上が王太子妃であった頃は、平民上がりが口出しするなと相手にもしなかったが、父上が王となり、母上が王妃〝陛下〟になった事で彼らは危機感を抱いたのでしょう。
今度は母上を何とかしようと醜い画策を始めた……」
そこで一旦言葉を切ったアレク坊やをロイアスは青ざめた顔で見つめている。
「王妃であるにも関わらず社交界から爪弾きにされ、〝陛下〟である母上の話に誰も従わない。
立派な不敬罪であるにも関わらず、それを率先して行い他者にも強要していたのが王位継承権を有する王族では誰も口出し出来ず………。
やがて母上は己の無力さに心を病んでいった、というのは父上もとっくに知っている事でしょう」
平気な顔で淡々と語るアレク坊やに対して、ロイアスは真っ青な顔のままその場でふらついた。
その体を支えダリウスが椅子に座らせてやる。
「という事で、不要な王位継承権保有者の一掃は母上の考えであり、私はそれを叶えるべく多少謀を巡らせはしましたが、上手くいくかどうかは天命次第。
無事に無駄な枝を切り落とせた今、私が裏で何をどう動いたかなど瑣末な事ですよ」
ハッハッハッハッハッとあっけらかんと笑うアレク坊やだが、父親が頭を抱えて微かに震えている事に気付いてすぐにその笑いをスッと消した。
「………やはり全ては私の罪だ……。
あの時魔女殿の言う事を聞いて、ユリアを聖女にしていれば、こんな事にはならなかったのだ………」
とうとうハッキリと己の愚かさを認めたロイアスにアレク坊やが躊躇なく口を開く。
「そうですね、そうしていれば最悪死ぬ事は無かったでしょう」
残酷なアレク坊やの言葉にロイアスは真っ白になった顔を上げる。
「母上が亡くなったのは何も心を病んでいたからだけではありません。
母上は魔力硬化症を患っていたのです」
無表情になったアレク坊やの言葉にロイアスは驚愕してその目を見開く。
「…………魔力……硬化症……?
何故、それを私に話してくれなかったのだ……?」
呆然とするロイアスに向かってアレク坊やはヒョイと肩を上げる。
「それこそ、父上に罪悪感を感じて欲しく無かったのでしょう。
母上自身、自分の身体の異変に気付いた時には病気はかなり進行していて、どうする事も出来ない状態だったのです。
その状態で父上に話せば、父上はご自分を責め、それこそ心を病んだでしょう。
何せ魔力硬化症は膨大な魔力を内に閉じ込め、長く発散しない事で起きる症状。
つまり、聖女として活動していれば魔力を発散出来、もしかしたら発症していなかったかもしれない、という事になる。
更に発症自体が珍しく、誰にでも起こる症状では無いゆえに、確実な治療方法も確立しておらず、奇病の類に分類されていますしね」
アレク坊やの説明を聞いていたロイアスは堪らずガタンッと椅子から立ち上がった。
「だがっ!分かった時点で治癒師に魔力循環をさせていれば、多少なり……」
そこまで言ってロイアスはハッとして、ストンと椅子に座った。
「そうですよ、父上。
魔力循環を急激に促すには手や体に触れるだけでは足りない。
人工呼吸のように唇を合わせたり、必要とあればそれ以上の行為も必要となる。
母上の命を救う為とはいえ、父上はその治療に耐えられましたか?
例え耐えたとして、その治癒師を生かしておいたでしょうかね?」
腕を組みフッと笑うアレク坊やに、ロイアスはまた頭を抱えて俯いてしまった。
「母上は自分の症状がかなり進行していた事を知っていました。
例え治癒師の治療を受けたところで助からないかもしれない。
それどころか治療の途中で魔力暴発を起こして治癒師を傷付ける事になるかもしれない。
無事に治療を受けられたとしても、病気自体は完治しないだろうし、その治癒師を父上が生かしておく保証も無い。
そして何の治療もしなければ、やがて身の内の魔力が暴発して多くの人間を巻き込みかねなかった………」
淡々とそこまで話すと、アレク坊やはそこで初めて哀しげにその顔を曇らせた。
「………だから母上は自死を選択したのですよ。
誰も傷つける前に、自分の死で全てを終わらせたのです。
母上は、誰かを傷付けるよりも、誰かを癒す方を選ぶ方だったでしょう?
心を病んで自死を選んだ、というよりもよっぽど母上らしい死だったとは思いませんか?」
優しい口調でそう問われて、ロイアスは顔を両手で覆ったまま何度も頷いていた。
その肩が微かに震えている事から、涙を流しているのだと皆が黙って悟っていた。
「それに母上とて、父上だけに操を貫き通したかったのでしょう。
医療行為とはいえ、受け入れがたいという思いは母上も同じです。
母上は父上の独占欲を愛していましたよ。
聖女になれずとも、父上の側に寄り添えればそれで良かったのでしょう。
自分の病を知ってなお、父上の独占欲を優先するくらいね」
はぁヤレヤレといったようにアレク坊やは肩を上げ、呆れるように首を振った。
部屋にはロイアスの押し殺した泣き声が響き、誰も何も喋れず、ただシンと静かな時が流れた………。




