EP.84
「お前は5番目……いや、6番目だったか?
まぁどちらでも良いわ。
それで?己の持つ王位継承権をどうすると言ったか?」
「ほっ、放棄しますっ!ですのでもうっ、お許し下さいっ!」
私の闇魔法の力でギリギリと締め上げられ、高い天井に手が届くほどに持ち上げられ宙吊りにされた男が情けない声で叫んだ。
「うむ、そうじゃろうて。
兄が国王となり、その子供が王太子となり、またその次の世代まで生まれた今。
そなたが王位継承権にしがみついておる方がおかしいと、やっと分かってくれたようじゃな。
うむうむ、やはり人とは魔族と違って、腹を割って話せば分かり合えるものよ」
感慨深く頷きながらそう言う私の後ろで、レジスがダリウスの肩をポンっと叩いて乾いた笑い声を上げた。
「ハッハッハッハッ!話し合いとは何だろうな?ダリウスよ」
そのレジスに眉間に皺を寄せダリウスが答えた。
「師匠の話し合いの形はアレなのだ。
あのスタイルで魔族とも話し合ってきた師匠をもう忘れたのか?」
ダリウスの返答にレジスはまた乾いた笑い声を上げる。
「ハッハッハッハッ!忘れる訳ないだろうがっ!
あのスタイルで次々魔族を滅しやがってっ!
本当の恐怖を植え付けられたあの若き日々は忘れたくとも忘れられんっ!」
その2人の後ろでゼノとヨハネスが抱き合ってプルプルと震えている。
まったく、情けない弟子どもじゃっ!
良い歳をしてまだ私に臆するとは。
ゼノなど既に孫までおるというのに。
これならセレンの方がまだ肝が据わっておる。
セレンならこの状況で嬉々として私のサポートに回るがな。
情けない弟子達をギロリと睨み上げると、皆固まった表情でビクリと震え上がった。
本当にますます情けない事じゃ。
「さて、こやつの処遇をどうする?ダリウス」
私の問いにダリウスは腕を組み、宙吊りになっている自分の異母弟を見上げた。
「そうですね、自ら王位継承権を放棄すると言っているのですから、そのように。
王族としての権利を剥奪した上、一貴族にでも降ってもらいましょう。
王家の保有する男爵位辺りでも与えておきましょうか」
ダリウスの言葉に宙吊りになっている男が悲鳴のような大声を上げた。
「前国王の息子である私に男爵位だなどとっ!
ダリウス兄上っ!貴方は正気なのですかっ!」
その異母弟を睨み上げ、ダリウスは冷たい低い声を出した。
「貴様こそ正気なのか?
誰に唆されたのか知らぬが、王太子殿下の王位継承権を剥奪しようだなどと。
ユリア妃の婚姻前の身分を理由にしようとしていたようだが、ならば貴様を男爵位に落としてやれば、もう何も言えまい。
本来なら内乱画策罪で一生投獄してやっても良いほどの罪なのだぞ」
ギラリとその冷たい目で睨み上げられ、異母弟はすくみ上がって目に涙を浮かべた。
「私とて、この年になって自分が王になろうだなどという野望はありませんでした。
ロイアス兄上は王たる器を持つ、私など足元にも及ばぬ人物。
ロイアス兄上が王である限りは何の不平も無いのです。
ですがいずれは必ず代替わりをせねばならない。
その時に、あの平民上がりの元男爵令嬢などの息子がこの国の王になるのかと思うと………。
あの妃は平民であった頃の癖が抜けず、一国の王妃であるにも関わらず、市井に目を向けろ、平民の立場をもっと考えろ、だなどと愚かな事ばかり口にして、あまつさえ王族、貴族の特権階級にまで口を出す始末。
あろう事か、我々王族も平民も同じ人間だなどと馬鹿げた事まで口にし始め……。
あんな思想を持つ者など到底許されるはずが無いっ!
そんな女の息子とて、くだらないその思想に染まりきっているはずっ!
そんな者を王になどしてしまえば、この国はもう終わりだっ!」
喋るうちに段々と力のこもっていく異母弟に、ダリウスは下賎な者を見下す目を向けた。
「それがどうした。
ユリア妃の理想は王であるロイアス兄上の理想でもある。
ユリア妃亡き今でも、ロイアス兄上は夫婦で夢見てきたその理想を実現する為に王を続けているのだ。
貴様は今まで兄上の何を見てきた?
王族も貴族も平民も無く、皆が幸福を感じられるような国にしようと奔走してきた兄上の何を見てきたっ!
お前が王たる資質を認めた兄上の、その王たる資質の根幹は、ユリア妃の理想に寄り添う事によって生まれたのだっ!
その2人の子であるアレクシス殿下は正に、2人の描いた理想を種に変え、芽吹かせる未来を叶える為に、いずれ自分が王となる覚悟のある人物。
貴様など足元にも及ばぬのはアレクシス殿下であれ同じ事よっ!」
ダリウスの激昂を受け、異母弟は目を丸くして驚いたのち、みるみるうちに青ざめていった。
その表情から付きものが落ちたように感情が消えていった。
「…………何故だ………?
私は確かに、若かりし頃は、貴賎の無い世に変える為奔走していた兄上を支持していた筈……。
なのに、いつの間にか、王族という身分に固執し縋り付き………。
それを脅かす存在になりつつあったユリア妃を憎むようになっていった……。
ユリア妃が王子を産んでからはますます強迫観念に囚われていって……彼女に心無い言葉をかけてしまった……。
私は、私は一体、なんて事を……」
宙吊りになったまま顔を両手で覆い、さめざめと泣き始めるその男に、ダリウスだけでは無く私達も皆、白けた目を向けた。
「貴様達は何も背負わず、ただ王族である事のみで生きてきたのじゃ。
長子でも無ければ正妃の子でも無い。
ロイアスとダリウスがおる限り、まかり間違っても自分のところには王位は転がっては来ぬ。
ゆえに王の子である事、それのみに縋ってきたのよ。
愚かなのは己で何も成してこなかった事じゃ。
王の子である以外に自分の根幹を築いてこなんだ。
その己を棚に上げ、理想に燃える若き王妃をその身分一つで貶めてきたのだ。
今更殊勝ぶって懺悔されても、貴様の罪は消えぬ。
元から何も持ち得なかったお主にダリウスが男爵という身分を与えてやろうと言うのだ。
ありがたく頂戴してさっさっと引退せぬか。
その身分も家族に与え、お主は1人静かに己の人生を顧みるが良い」
私の厳しい声色に男は絶望の表情を浮かべ、ガクリと肩を落とし、今度こそついに全ての気力を失った様子であった。
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「ふぅ、やれやれ、あと残るは面倒な強硬派だけかの?」
私の呟きのような言葉にダリウスがすぐに頷いた。
「はい。現在王位継承権第一位のアレクシス、第二位のエリオット、そして第三位の私。
この3人を除いて、他に継承権を持つ者が14人いましたが、セドリックがこれを放棄し13人に。
内、既に婚家に嫁いでいる妹達5人には内々に継承権を放棄させましたから、残り8人。
そのうち4人も、師匠の腹を割った説得により継承権を放棄、王族という身分を剥奪出来ましたので、残りが4人………。
ですが………この4人は………」
ダリウスがそこで言葉を濁すと、後をレジスが請け負うように続けた。
「まだ若いからな、アレクシス殿下とそう歳の変わらない者もいる。
こいつらは本気でアレクシス殿下を王位継承から引き摺り落とし、王弟から王になる気満々だ。
しかもゴルタール率いる貴族派とズブズブの関係。
自分達の誰が王になっても、これまでロイアス陛下がコツコツと築き上げてきた、身分差の無い世の中への実現の為の基盤を打ち壊し、王族と貴族の支配する絶対的身分制度を打ち立てるつもりだ。
そんな奴らこそ、この国の王になってもらっては困るってもんよ」
レジスがあっけらかんと言ってのけるとダリウスがガクリと肩を落とした。
「同じ王族として、情けない………。
貴族派などに取り込まれるなど、本来ならあってはならぬ事だ」
悔しげにギリッと唇を噛むダリウスの肩を、ゼノがポンポンと慰めるように叩く。
「元々、継承権が低く腐っていたような奴らだ。
そこへアレクシス殿下の継承権の否を囁かれ、自分達の継承権の方が本来は正当なものであるべきだなどと吹き込まれれば、簡単にその気になって決起するだろう。
その辺の人身掌握には、ゴルタールは嫌なほど長けているからな。
公爵に目の前で傅かれ、貴方様こそ真の王になるべき方、とか何とか言われればイチコロだろう」
ゼノの言葉にダリウスは力無く頷き、深い溜息をついた。
「若造共を一捻りにしてやるだけの簡単な仕事じゃ。
まっ、そう悲観しなさんな」
私がそうあっけらかんと言うと、ますますダリウスが悲壮感を増してしまった。
うむ、解せぬ。
「ですが、彼らは若い分、今までのように話し合い(?)だけでは済まないでしょう。
もし万が一、彼らが武装でもしてアレクシス殿下に襲い掛かれば、内乱罪が成立してしまいます。
そうなれば王家の失態として激しく貴族達に追求される事でしょう。
それこそゴルタールの望む王家弱体化の道筋になってしまいます」
心配そうに眉根を寄せるヨハネス。
私はそのヨハネスに向かってニヤリと笑い返した。
「じゃから私をここに呼んだのじゃろう?
反乱者共を制圧するだけなら、お主達で十分事足りる。
しかし、内乱自体を無かった事にするにはちいと仕掛けが必要になるからな」
クックックッと黒く笑う私に、皆がゴクリと唾を飲み込んだ。
「何にしても、2度と邪な想いなど抱けんくらいに捻り潰してやれば良いだけじゃ」
私の眼光がギラリと輝くと同時に、まるで災害級の脅威が訪れたが如くヨハネスが胸の前で手を組み、神に祈りを捧げ始めた。
うむ、解せぬ。
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「偽王太子アレクシスよっ!貴様の王位継承権を我々は認めないっ!」
武器を持って追いかけてくる男達から逃げ、人気の無い王宮の庭園の奥に追い込まれたアレクシスは、切羽詰まった表情でジリジリと後退する。
が、すぐ後ろは人工湖であり、もうこれ以上後ろには下がれない状態であった。
数人の男達に取り囲まれ、まさに万事窮すという状態のアレクシスを満足気な表情で眺めていた4人の男がニヤニヤと笑いながら一歩前に進み出た。
「平民の子、アレクシスよ、貴様も今日で終わりだ。
貴様のような卑しい存在が今まで王太子を名乗っていた事こそ、王族の恥よ。
生まれたばかりの息子共々、大人しく継承権を放棄して市井にでも降るが良い」
クックッと笑う男達に目を丸くして、アレクシスは訳が分からないと言った顔で震える声を絞り出した。
「い、一体これは………何のつもりですか?」
その怯えたアレクシスの様子に男達は弾かれたように笑い出した。
「アーハッハッハッハッハッハッ!
まだ分からないのか?お前はその身に相応しい身分へと落とされるのだっ!
お前のような平民の子供が本当に次期国王になれるとでも思っていたのか?
笑止っ!そんな訳が無いだろうっ!
お前はここで終わる、そして俺達の誰かが次期国王になるのだ。
自ら継承権を放棄すると言うなら俺達もこれ以上手荒な真似はしないでやろう。
だが、余計な抵抗をするというなら………」
チャキ……と音を立て、男達はアレクシスに向かって長剣を向けた。
それと同時に周りの男達も同じようにアレクシスに剣を向ける。
「………そうですか、分かりました。
これは王国の継承権を巡るクーデターという事ですね。
貴方がたの主張としては、故王妃の出自、元の身分の低さにより、王太子を王太子と認めず、王弟という立場を利用し自分達がその地位に取って代わろう、と、これはそういう事でよろしいですか?」
怯えた様子は無くなり、冷静な声で毅然と自分達を真っ直ぐ見つめるアレクシスに、男達はぐっと息を呑みたじろいだ。
「ク、クーデターなどでは無いっ!
これは本来あるべき姿に王家を戻すべく、正当なる戦いなのだっ!」
男の1人がそう叫ぶと、アレクシスはクッと口角だけを上げ微かに笑った。
「………なるほど?では何故その正当性を正規の方法を使って主張しないのですか?
貴方がたが王太子より正統なる継承権を有すると言うなら、法に訴えれば良いではないですか。
ところで、国王の嫡子より腹違いの弟達の方が継承権が正統である、などという法は聞いた事もありませんが、いつから王国にはそのような法が樹立したのでしょうね?」
男達を小馬鹿にするようなその態度に、男達は持っている剣をブルブルと震わせ、怒りに顔を赤くした。
「貴様っ!この状況でよくもそのような口が叩けるなっ!」
男の1人が叫ぶと、アレクシスはもう我慢出来ないとでも言うようにクックッと笑った。
「まさに〝この状況〟が貴方がたの正当性を否定する行為なのですが、そんな事もお分かりにならないとは。
やれやれ、王国の王族もここまで落ちましたか」
ひとしきり笑った後、呆れたように顔を上げたアレクシスに男達は憤怒の表情を浮かべ、剣を握る腕どころか全身をブルブル振るわせて怒りを露わにした。
「貴様っ!もう許せぬっ!
大人しく自分の不当性を認めるなら命だけは助けてやるつもりだったがっ!
我々を怒らせた罪、貴様のその卑しい命で償うが良いっ!」
男達が一斉に剣を上げアレクシスに向かって走り出した。
それぞれがアレクシス目掛けて手に握った剣を振り下ろそうとした、その瞬間ーーーーー。
「貴様らっ!何をしているっ!」
ダリウスの怒鳴り声と共に、騎士を引き連れたダリウス、レジス、ゼノが駆け寄ってきて、その後ろから少し遅れてヨハネスも走ってきた。
「なっ⁉︎ダリウス兄上っ!何故ここにっ!」
素っ頓狂な声を上げる男達はあっという間にダリウス達に囲まれ、呆気に取られたような顔で呆然としている。
「貴様達こそ、ここで何をしているっ!
他国の要人に対して剣を向けるなどっ!
この王国を滅ぼすつもりかっ!」
ダリウスの怒声に男達は恐怖で縮み上がりながら、ふと不思議そうな顔をしてダリウスを恐る恐る見返した。
「………他国の要人………?
ダリウス兄上、何を仰っているのですか?
俺達はアレクシスを王位継承から引き摺り落とそうと………」
そこまで言って隣にいた男に肘で押され、自分達の謀をほぼ口にしてしまった男はハッとして口を押さえた。
「………アレクシス?何を言っているのだ?
貴様らにはその方がアレクシスにでも見えると言うのか?」
ダリウスの訝し気な様子に男達はハハハッと渇いた笑いを上げながら、強がるように鼻で笑った。
「ダリウス兄上こそ、何を仰っているのですか?
これがアレクシス以外の一体誰に見えると………」
半笑いのまま後ろを振り返り、男達はその情けない顔のまま顔を強張らせ固まった。
まるで夜空の星を映したかのように美しい銀髪に、紫のかかったゼニスブルーの瞳。
陶器のように白く艶やかな肌に、整った目鼻立ち。
そこに佇む1人の淑女は彼らの親くらいの年齢に見えたが、息を呑むほどに美しく、男達は今の状況を忘れて無意識に頬を染めた。
「その方は大公国の君主であらせられる、エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム大公閣下だ」
それも束の間、男達はダリウスの言葉に目を見開き、信じられないとでも言うように真っ青になって、〝私〟こと、エブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム大公を穴が開くほど見つめた。
「えっ?えっ?えっ?えええーーーーーーーっ!!」
男達の大絶叫が庭園の奥に響き渡り、木々の枝で休んでいた鳥達が一斉に羽ばたいた。




