EP.83
「しっしょーーーーっ!お久しぶりですぅ〜〜〜〜っ!」
私の顔を見るなり抱きついてきたアレクのせいで、私の身体からバキボキと乾いた音が鳴る。
「これっ!アレク坊やっ!老体に無茶するでないっ!」
ギュウギュウに抱きしめられて悲鳴を上げる私からアレク坊やをベリっと引き剥がし、そのまま後ろにポーイっと放り投げて、エレーヌが居住まいを正し胸に手を当て腰を落とした。
「お久しゅうございます、大伯母様」
そのエレーヌに私はやれやれとヒラヒラ手を振った。
「これこれエレーヌや、私は赤髪の魔女としてここに来たのじゃから、お主との血縁関係を示すような呼び方はやめておくれ」
私の言葉にエレーヌはハッとして、慌てて頭を下げた。
「申し訳ございませんっ!魔女殿っ!」
相変わらず生真面目なエレーヌの肩をポンポンと叩き、私はぐるりと皆を見回した。
王弟殿下となったダリウスに、大将軍となったレジス、近衛騎士団元帥となったゼノ、大司教となったヨハネス。
そしてそれぞれの息子達。
ダリウスの子、ジェラルド。
レジスの子、ルイス。
ゼノの子、ベルーケ。
ヨハネスの子、ガレンシア。
皆、私の可愛い弟子達だ。
ダリウスに勧められ、アレク坊や達が赤髪の魔女である私の元に鍛錬に通い出したのも、やはりいずれ起こるであろうこの内乱に備えての事だった。
だがそれだけでは無く、この豊かな大地を狙う不埒者は後をたたないゆえ、他国に数で劣るアインデル王国は常に国防の強化を意識してきたのだ。
ダリウスの代で飛躍的に上がった国防力を維持する為、アレク坊や達も私に師事してきた。
ふむ、良い世代だ。
エレーヌに放り投げられ今だに壁にめり込んだままのアレク坊やはアレとして、この世代は一段と魔力の才に優れ、アインデル王国の国防力をまた底上げしてくれた。
そして何より、この世代には………。
「遅れて申し訳ありませんっ!師匠っ!」
部屋の扉をバタンっと開けて飛び込んできたのは、私が歴代一と認めた一番弟子。
「なに、お前とはいつも一緒にいるからな、気にしなくて良い、セレン」
セレンスティア・エクルース。
まだ15歳だというにその魔法の才を国から認められ、最年少で魔導士となり、既に数多の戦場で活躍している私の一番弟子だ。
「師匠が来てくれたなら私は安心して再び戦場に戻れます」
ホッとしたように胸を撫で下ろすセレンの肩を、レジスの息子であるルイスがバンバンと叩いた。
「今回は父上達はこちらの制圧に手一杯だからな、北の相手は俺とお前の仕事になるぜ。
俺の足を引っ張るなよ?セレン」
快活に笑うルイスの顎を下から片手で掴み、その頬をギリギリと締め上げながらセレンは額に青筋を浮かべた。
「貴様、誰にものを言っている。
師匠の鍛錬にヒーヒー言っていた奴が。
お前こそ私の足を引っ張るなよ?」
身体強化魔法でそのままルイスをギチギチに締め上げるセレンにエレーヌがヤレヤレもっとヤレとばかりに声援を送っているのを眺めながら、私はうんうんと頷いた。
「本当にお主達の世代はいいの。
ガラリと空気が変わったようじゃ。
それもアレク坊やのお陰かの?」
まだ壁にめり込んだままのアレク坊やを目を細めて見つめると、ダリウスが珍しく顔を綻ばせた。
「ええ、殿下のお陰で次代は明るい。
ですがその新しい世代に暗い影を落とそうとする連中がいる……。
師匠、どうかこの子達の未来を守る為にそのお力をお貸し下さい」
そう言って深く頭を下げるダリウスの肩を私はポンポンと叩いた。
「当然じゃ、その為に私は今ここにいるんじゃからな」
顔を上げたダリウスを見上げながらそう言うと、ダリウスがその瞳の奥に安堵の光を浮かべている。
「さて、一通りの挨拶はすんだの。
アレク坊や、いつまでもそうしてないで、私にお前達の可愛い子共を紹介しておくれ」
私が壁にめり込んだアレク坊やに話しかけると、アレク坊やは壁からヒョイと抜け出し、全くの無傷で嬉しそうにヘラヘラと笑った。
流石は光魔法の使い手。
壁に衝突すると同時に自身に光の加護を張っていたのじゃろう。
母に似て非凡なその才能は、他より少し並外れている。
更に若い頃から私の所で鍛錬に励んできたのだ。
今や光魔法の才はヨハネスの子、ガレンシアにも並ぶほどだろう。
が、アレク坊やはその力を今まで極力隠して過ごしてきた。
それはひとえに、君主たるもの、属性や魔力量で民を束ねる訳にはいかない、というアレク坊やの考えによるものだった。
確かに人々は強い王を求めるものだが、それは政治的判断力や外交手腕、または為政者としての在り方を見て判断されるもの。
なまじ光属性だなどと神聖視されやすいものを前面に出しては、民が自分を見る目を曇らせてしまう。
自分が神聖視され、何事も神の御業と思われては、やり甲斐もない。
というのがアレク坊やの考えなのだ。
高位神官にも引けを取らないその力を隠してきた事には、アレク坊やなりのポリシーがあり、先を見据えた思慮深い理由があるゆえ、ユリア妃がその力を秘匿された理由とは訳が違う。
アレク坊やの力を知れば、ゴルタールに唆されアレク坊やの王位継承権を剥奪しようと愚かにも立ち上がった者の何人かは諦めるやも知れぬが、それでは意味が無いとアレク坊やは思っているのだろう。
ヘラヘラと阿保を装いながら、その実は王家に謀反を翻そうとする者を一網打尽にするその時を虎視眈々と狙ってきたのだから、アレク坊やは今までの王とはまた一風変わった面白い国王となる事じゃろうて。
そのアレク坊やの王位継承権を簒奪だなどと、この私がさせん。
ゴルタール並びに勘違いした本物の阿保共には私が目にもの見せてくれよう。
クックックッと黒く笑う私にその場にいた皆が危機感を感じていた時、エレーヌが私の願いを叶えるべく我が子を抱いて部屋に戻ってきた。
「大叔母様……いえ、魔女殿。
どうか私達の子を抱いてやってください」
そう言ってまだ産まれたばかりの赤ん坊を私の腕に渡してくる。
産まれたばかりだというのに既に目鼻立ちの整った赤ん坊を大事に抱き、その顔をジッと見つめて、私は誰にも気付かれないようにハッとして目を見開いた。
「私達の子、エリオットです、師匠」
アレク坊やの声が何故か遠く聞こえる。
私はその赤ん坊、エリオットと2人きりでいるような感覚に囚われていた。
透けるような淡い金髪。
瞳の色は逆に濃いロイヤルブルー。
人形のように美しいその赤ん坊を見つめていると、知らずに目尻に涙が滲んだ。
…………ああ、また、会えた。
「どうかしましたか?師匠?」
アレク坊やにポンと肩を叩かれ、私はハッと我に返ると何事も無かったかのように顔を上げた。
「うむ、属性は風、魔力量はさして高くは無いのぅ」
私の言葉にアレク坊やは驚いたような声を上げた。
「流石師匠、この短い間に的確な鑑定ですね。
その通りです」
そんなものはエレーヌが抱いて部屋に入ってきた瞬間に分かっていたが、うまく誤魔化せたようなので私はそれらしくうむと頷き、ややしてニヤリと笑った。
「じゃが、この子はスキルを持っておる。
それも複数持ちで、全てのレベルが生まれながらにカンスト。
アレク坊や、どうやらお主は神のみ使いを子供に持ったらしいの」
私の言葉にその場が一気に騒ついた。
「スキル持ちですか?しかも複数………それに既にレベルがカンスト………」
呆然としながらアレク坊やとエレーヌが顔を見合わせ、その他の者も信じられないと言った風にエリオットの顔を覗き込んだ。
「……魔法と違ってスキルを見抜けるのはスキルのみ。
つまり師匠のような鑑定眼を持つ者だけだ……。
その師匠がそう言うのなら、まず間違いは無いのだろう」
ダリウスの息子、ジェラルドの呟きのような言葉に、今度は皆が顔を見合わした。
「で?どうする?」
「とりあえず、秘匿にするしか無いだろう」
「魔法と違って魔力量でバレる心配もないしな」
「複数スキル持ちなど前例がありません。
スキル自体が希少なのですから。
教会ではその希少性と神秘性に、神、または天からのギフトだとスキルを呼んでいるくらいです。
それなのにエリオット王子のこの力を公にしたら、間違いなく人々の混乱を招きますよ」
皆が話し合っている間中、私にあやされながら当の本人はキャッキャッとご機嫌な様子だった。
「スキルならバレないから問題ないだろう。
エリオットには物心ついたら教えていけば良い」
軽い口調に戻ったアレク坊やに私はクックッと楽しげに笑った。
「いや、もう既に自覚しておるようじゃな。
隠者スキルで自分が承認した以外の人間には、自分の存在が薄くなるように調整しておるようじゃ。
これから国の内部が荒れるであろうから、継承権第二位の自分を外敵から守る為の生存本能であろうな」
笑い混じりにそう言う私に、皆が驚愕に目を見開いた。
「ふむ、この子なら自分の身は自分で守れるじゃろうて。
皆、エリオット坊の心配はいらぬ。
存分に暴れてやろうではないか」
そう言ってニヤリと笑うと、何故かエリオット坊も同じようにニヤリと笑った……かのように見えた。
新生児微笑とは明らかに違うその笑いに、皆が頭を抱えて同時に大きな溜息をつく。
「……まぁ、俺達の子だ、これくらいは、うん、あり得るあり得る」
無理やりに笑顔を作るアレク坊やに比べて、早くも吹っ切れた様子のエレーヌが私からエリオット坊を受け取り、その胸に抱いて口を開いた。
「うむ、良い心がけじゃ、エリオット。
王族であれば、我が身くらい自分で守れねばな。
仕える者が弱くては、臣下に無駄な犠牲が出かねん」
うんうんと満足げに頷くエレーヌに、皆が一瞬で肩の力を抜いた。
赤ん坊相手に王族たるもの、だなどと説くのはエレーヌぐらいのものだろう。
今はその生真面目さが皆の緊張を和らげたのだから、エレーヌの天然ぶりは本当に役に立つ。
流石あのシルヴィアの孫じゃな。
その時、コンコンと扉が叩かれ、外から少年らしき幼い声が聞こえた。
「アレクシス殿下、僕です」
その声にアレク坊やは扉を中から開けると、1人の少年を中に招き入れた。
「やぁ、セドリック叔父上、よく来てくださいました」
アレク坊やはそう言って1人の少年を中に招き入れた。
「師匠、ご紹介いたします。
この方は俺の叔父のセドリック。
我が祖父の17人の子の中の末息子であり、俺の叔父ですよ」
ニヤニヤとアレク坊やに横目で見られたその少年は、妙に大人びた様子で、ハァッと呆れたように溜息をついた。
「アレク兄さん、やめてよ、僕を揶揄うのは。
叔父と甥とはいえ、歳の離れた兄弟のような関係のくせに。
僕は6歳も年上の甥なんか嫌だっていつも言ってるだろ」
シッシッと鬱陶しそうにアレク坊やを手で払い、セドリックは改めて私に向き直り胸に手を置き頭を深く下げた。
「お初にお目にかかります、帝国の赤髪の魔女殿。
僕はセドリック・フォン・アインデル。
先程紹介された通り、前国王であった父の末の王子ではありますが、エリオットが産まれた時に王位継承権を放棄したので、今は父から譲り受けた伯爵位を名乗っています。
セドリック・アルノー伯爵。
それが今の僕の名です」
セドリックの自己紹介を受け、私は片眉を上げた。
「なるほど?成人前に貴族位を襲爵した訳じゃな。
特例措置とはいえ、自ら王位継承権を放棄したならそれもやむなしという事かの」
私の言葉にアレク坊やがヘラヘラ笑いながらセドリックの肩を抱いた。
「成人したら新しく公爵位を叙爵してもらうつもなんですよぉ。
ダリウス叔父上と同様にね」
ヘラヘラニヤニヤ笑うアレク坊やをセドリックが嫌そうに見上げている。
「だから、要らないって言ってるでしょ?
僕はアルノーの名と領地だけで十分なんだってば。
余計な事しないでよ、アレク兄さん」
本当は叔父であるセドリックから兄さんと呼ばれても満更ではない様子のアレク坊やは、イヤイヤと残念そうに首を振った。
「無理無理、君には超重要な役目を頼んでいるんだから。
この件がうまく収まった暁には、ダリウス叔父上と同様、キチンとそれ相応の身分を受け取ってもらう」
そのアレク坊やの言葉にセドリックは面倒くさそうにそっぽを向いた。
「まぁ、私は受け取ったところで直ぐに息子に譲るがな」
2人の会話を聞いていたダリウスがニヤリと笑ってそう言うと、セドリックはショックを受けた顔で口を開いた。
「ずるいよっ!ダリウス大兄様っ!」
ぷぅっと頬を膨らませたセドリックは年相応の表情になっていて、私はクックックッと楽しげに笑った。
「それで?セドリックの大事な役目とは何じゃ?」
私の問いに、セドリックはなんて事ないようにヒョイと肩を上げる。
「僕は兄弟の中でも一番若いですし、なんなら成人前のまだ子供です。
それにアレク兄さんと中の良い事は皆が知っていますから、他の兄弟からちょっとした頼まれ事をされているんですよ」
そのセドリックの返答に私は面白そうに片眉を上げる。
「なるほど、ちょいとアレク坊やから色々聞き出してきてくれないか?とか何とかかの?」
「はい、まさにそれです。
僕は周りには年相応の子供らしい態度で接してきましたから、誰も僕を疑っていません。
世間話程度で良いから、アレク兄さんから聞いた話は全て兄弟達に知らせるように、と言われているので、全て向こうに伝えていますよ。
アレク兄さんにこう伝えろ、と言われた内容を全て、ね。
アレク兄さんは今、妻子に夢中で政務も滞っている、とか。
アレク兄さんの側近達は北の大国との争い事に忙しく、王都から長く離れたまま、だとか」
そう説明しながら、セドリックはニヤリと笑った。
「特に、僕が王位継承権を放棄した事で、あちら側はますます僕を使いやすい駒になったと勘違いしていますから、あちら側の情報は簡単に手に入るんですよね。
アレク兄さんみたいに虚偽の情報では無く、本当の情報が」
そのセドリックに私は顎な手をやり、ほぅ?と感心して口を開いた。
「つまりセドリック坊は二重スパイという事か。
随分とあちらも間が抜けている。
年齢と演技にまんまと騙されるとは。
そんな者達だけで王位の簒奪など考えようも無い。
やはり裏にはあの者がいるとみて間違いなかろう」
私の言葉に皆が頷き顔を見合わせた。
「この件にゴルタールが絡んでいるのはまず間違いない、が、ここでゴルタールにまで手が届くとは思わない。
大事なのは、王族内で王位簒奪を目論む内乱など無かった、という事だ」
アレク坊やの言葉に皆が頷く。
「ゴルタールの目的は、この騒乱に乗じて王族の力を削ぐ事にある。
であれば、内乱など存在しなければ奴の目論見も潰れる、という事だ」
ダリウスがそう言った後、再びアレク坊やが固い決意を込めた表情で口を開いた。
「絶対にゴルタールの思い通りにはさせない、絶対にだ」
そのアレク坊やの強い力の宿った瞳に、皆が同じように強く頷いた。




